お宝映画・番組私的見聞録 -199ページ目

事件記者(日活版) その2

前項の続きである。日活の「事件記者」シリーズのゲストについて目を向けてみる。結論から言えば、大物と言われるようなゲストはいない。レギュラーが多いし、SPだということもあるのだろう。
一番目立つのは、やはり第1作の宍戸錠であろう。ネット上で見つけたポスター(他にもあるかもしれないが)には、主演の沢本忠雄を含めてレギュラー陣の姿はなく、宍戸とその相棒役だった野呂圭介(だと思う)がでかでかと載っているのである。このコンビだとどうしても「どっきりカメラ」を思い出してしまう。しかし宍戸錠はこの時点(59年7月)では、まだスターといえるまでの存在ではなかったと思う。野呂圭介は6作目の「深夜の目撃者」でも犯人役を演じている。伊那記者(滝田裕介)の婚約者を演じているのが丘野美子で、5作目の「影なき男」で二人は結婚する。丘野美子の活躍時期は58年~62年くらいまでと短い。日活を退社して最後に出演した映画が「波止場で悪魔が笑うとき」(62年)という、5本しか存在しない大宝配給作品の1本だったりする。
後はその「影なき男」に出演した待田京介、3作目「仮面の脅迫」の垂水悟郎、4作目「姿なき狙撃者」の深江章喜、南風夕子(2作目「真昼の恐怖」にも出演)、7作目「時限爆弾」に竹本記者(高原駿雄)の妹役として出演した稲垣美穂子、8作目「狙われた十代」の杉山俊夫、草薙幸二郎といったところであろうか。
以前も書いたが、個人的には沢本忠雄に日活のイメージがないのだが、日活では人気の軸であったアクション作品に、あまり出演していなかったこともあるのだろう。その坊ちゃんぽい容姿から、専ら歌謡映画や恋愛物が主であったため、人気の点でも一歩遅れをとる結果となったようだ。事件記者シリーズの終わった62年に日活を退社しており、その後は「どてらい奴」や「あかんたれ」などで活躍している。

事件記者(日活版)

「事件記者」の話題が続くのだが、今度は映画版について取り上げてみたい。全部で12本あり、日活版が10本、東宝版が2本で、今回は日活版である。
日活版は「事件記者」(59年7月)をかわきりに60年2月にかけて8本。つまり毎月SPとして公開されていたのである。2本目以降のタイトルは「真昼の誘拐」「仮面の脅迫」「姿なき狙撃者」「影なき男」「深夜の目撃者」「時限爆弾」「狙われた十代」となっている。
出演者は、永井智雄、原保美、大森義夫、滝田裕介、園井啓介、綾川香、高城淳一、山田吾一、外野村晋、そして部長刑事役の宮坂将嘉はテレビと同じ役で出演しているが、他は日活版キャストが加わっている。主演の菅記者を演じるのは沢本忠雄である。テレビ版にも須賀(須賀了輔)という共同通信の記者がおり、同じスガでややこしいが、こちらは出演していない。荒木記者役は内田良平(1,2作目のみ)。荒木ということは清村耕次の代役ということだろうか(全然イメージが違うが)。清村が出ていないのはおそらく多忙だったからであろう。清村は59年~60年にかけて東映を中心に30本以上の映画に出演していたのである。3作目以降は高原駿雄が竹本記者として登場する。後は東京日日の記者として相原巨典、毎朝新聞のキャップ役に雪丘恵介(テレビ版は中原成男)、捜査一課長に二本柳寛(テレビ版は高島敏郎)、日活オリジナルの溝口刑事役に木島一郎といったところがレギュラーとなる。セミレギュラーとして滝田裕介演じる伊那記者の婚約者役で丘野美子が3作ほど、上野山功一が電話を受ける警察官というチョイ役で2作ほど登場しているらしい。
9作目「拳銃貨します」と日活最終作となる10作目「影なき侵入者」は62年に公開されており、原保美、高原駿雄、二本柳寛らは出演していない。9作目で原の代わりに長谷部記者を演じたのは木浦祐三(10作目は登場しない)、捜査一課長役は松下達矢、映画版には登場していない白石記者(近藤洋介)だが、10作目で長弘が白石という記者を演じている。
例によってキャストの話だけになってしまったが、ゲストについては次項にまわそうと思う。

特ダネ記者

NHKの「事件記者」が終了したのは66年3月で、前2項で述べたフジテレビ版「事件記者」と「ある勇気の記録」がスタートしたのはともに66年10月である。それよりも早く、66年4月つまり「事件記者」終了直後にスタートしたのが日本テレビの「特ダネ記者」である。
本作の舞台は毎朝新聞の社会部となっており、主演はこれが連続ドラマ初出演となる二谷英明である。制作は日活のテレビ部で、当然日活の役者がよく出演していたようだ。二谷の他には新克利、小高雄二などがレギュラーだったようだが、実はこれ以上はよくわからないのである。レギュラーかなと思われるのが、石浜朗、睦五郎、高原駿雄、そして「事件記者」にも出演していた高城淳一などである。ゲストとして出演したのが浜かおる(当時・浜川智子)、西尾三枝子、山本陽子など日活女優たち、ロミ山田、木の実ナナ、露口茂、立川談志そして宍戸錠といったところが判明している(レギュラーかゲストかは間違っているかもしれない)。
この番組は土曜夜8時というゴールデンタイムで、放送期間が約1年半。ナイターなどで休止があっても50話程度は放送されたはずである。にもかかわらず、この番組について語られることは皆無であるといえる。ネット上を探っても、番組が存在したという事実以外は全て不明で、この番組に関する記事などは発見できなかった。もちろん私も知らなかったけれども。割合長く放送され、出演者も結構豪華でありながら、すっかり忘れられたドラマというレアなパターンといえよう(レアでもないかな)。
まあいずれにしろこの時期、「事件記者(フジ版)」「ある勇気の記録」そして「特ダネ記者」と最低でも3つの記者ドラマが放送されていたことになる。現在よりもずっと記者を目指す人は多かったのではないだろうか。

ある勇気の記録

前項からの流れでいくと、やはり「ある勇気の記録」(66年)についても触れねばなるまい。これは広島で勃発していた暴力団抗争に対して、中国新聞が「暴力団追放キャンペーン」と銘打ち、暴力団に立ち向かった事実を元にしたドキュメンタリードラマである。
広島の暴力団抗争と聞いてピンと来た人もいるかもしれないが、これはあの「仁義なき戦い」を記者の視点から見たドラマでなのである。もっとも自分はヤクザ映画の類は全く見ないので、このドラマが「仁義なき戦い」と繋がりがあるとは全然知らなかった。それどころか「仁義なき戦い」が事実を元にしていることさえ知らなかったのである。
出演は前項にも書いたとおり「事件記者」のメンバーであった滝田裕介、永井智雄、山田吾一、高城淳一、近藤洋介、前田昌明、綾川香、藤岡重慶など。彼らは本作でも恐らく記者役であろう(藤岡は「事件記者」では刑事役)。他には高松英郎、伊沢一郎、井上昭文などで、暴力団幹部っぽいのが南原宏治に植村謙二郎、多分団員だろうと思われるのが室田日出男、伊達弘、菅原壮男、山田甲一といったところである。
本作は実際に広島での現地ロケを敢行している。やはりスタッフも出演者も怖かったようだが、野次が飛んだくらいで大きなトラブルはなかったようだ。放映に先がけで行われた試写会には70人の暴力団員が見にきたらしいが、「わしの目の黒いうちは何の妨害もせん」と組長が言ったという。「仁義なき戦い」はこの七年後に映画化されているが、どちらも東映の制作である。
ところで、本作とフジテレビの「事件記者」に二グループに分かれた旧「事件記者」のメンバーだが、その対立した経緯から以後、交流することはなかったという。

事件記者(フジテレビ版)

前項でも話題にした「事件記者」(58年~66年)はNHKで八年に渡って放送された人気番組であったが、この番組がフジテレビに移籍して放映されたのをご存知であろうか。
NHKでの終了が決定したとき、各民放局は出演者や原作の島田一男を引き取って「事件記者」の放送を続けようと画策したという。その条件などを巡って出演者は2グループに分裂してしまい、NET(現テレビ朝日)組とフジテレビ組にわかれることになった。原作者の島田一男はフジテレビを選択したので、そのまま「事件記者」(66年)のタイトルで放映されている。NETの方は東映制作の「ある勇気の記録」という史実を元にしたドラマが放映された。
しかしメインキャストであった滝田裕介、永井智雄、近藤洋介、山田吾一、高城淳一、前田昌明、藤岡重慶、綾川香らはこぞってNET側に行ってしまったため、フジ側で目立つのは原保美と園井啓介くらいという状況であった。そこで新たな顔として松村達雄や天知茂を加わえている。しかし、フジテレビ版の「事件記者」で分かっているのはこれぐらいである。出演者で判明しているのも前述の4人だけである。しかし、旧レギュラー17人に新メンバーを加えてという記述があるので、大森義夫、外野村晋、伊藤正博、中原成男、守田比呂也、谷沢裕之、石井淳といった地味な旧メンバーがフジテレビ版に出演している可能性が高い。
しかしやはり番組の顔的メンバーがほとんど抜けてしまったせいか、わずか半年で幕を閉じている。ちなみにプロデューサーは吉永小百合の夫として名高い岡田太郎である。

いろはの“い”

60年代は刑事ドラマ以上に記者ドラマが隆盛であった。その代表ともいえる「事件記者」が終了して10年たって放映された新聞記者ドラマが「いろはの“い”」(76年)である。このほどCSで放送が始まったが、目にするのはその本放送以来30数年振りである。
タイトルを見ただけでは何のドラマだかわからないと思う。OPはこう始まる。ガスタンクが爆発する(「ゴジラ対ヘドラ」からの流用らしい)、主演の竹脇無我が電話越しに叫ぶ「“え”じゃないよ。いろはの“い”」。和文通知表というものがあり、「朝日のあ」、「大阪のお」、「子供のこ」、「そろばんのそ」など五十音それぞれあるが、タイトルになりそうなものはやはり「いろはのい」くらいであろうか。まあ現代ではFAXやメールを使えば済むことなのだが。
本家「事件記者」は主に警視庁記者クラブの4社の新聞記者たちが活躍したが、本作も城西署記者クラブ4社8人の記者たちが中心となる。メンバーは竹脇無我、金子信雄(東洋新聞)、黒沢年男(中央新報)、森本レオ、三景啓司(大都日報)、寺尾聡、神田正輝、藤岡琢也(タイムス)といった面々である。竹脇と金子は親子という設定で、ちなみに竹脇の役名は神谷明という。当時すでに活躍していた人気声優と同じ名前である。城西署の刑事を演じるのは高品格、寺田農、片岡五郎で、広報課長が柳生博、女性レギュラーは津島恵子、夏桂子、ホーン・ユキなどである。
本作は「大都会ー闘いの日々」と「大都会PARTⅡ」の間に放送されており、城西署という名前は一緒である。「闘いの日々」で新聞記者だった寺尾と神田、刑事だった高品はほぼ同じような役で出演していたことになる。
この中では三景啓司が一番マイナーな存在であろう。主に70年代に活躍した役者であり、「俺たちは天使だ」や「恐竜戦隊コセイドン」などに出演、アニメ「ベルサイユのばら」や「地球へ」では声優を務めたりしていが、80年代早々にはその名を見かけなくなった。
本作では刑事役の片岡五郎は、主に悪役として有名であろう。前々項で登場した溝口舜亮と同じ俳優座の15期生である。昨年、お笑いコンビ品川庄司の品川祐の母親と結婚したことで話題となっている。
藤岡琢也は本家「事件記者」にも出演しているが、レギュラー扱いだったのはラストの7話分だけだったようだ。レギュラーの一人・清村耕次が自殺した後を受けての出演であった。ちなみにここでの新聞社は新日本タイムス。「いろはの“い”」でタイムス社のキャップ役なのはそれを意識してのことであろう。

サンダーマスク その2

ネットの動画サイトなどでは、思わぬ映像を見ることができたりする。ちょっと前の話にだが、某有名動画サイトにあの「サンダーマスク」(72年)が数話アップされていたのである(現在は削除されている…はず)。何故封印作品となってしまったかは以前書いたので、ここでは省略。裏ビデオなみに映像の悪い回もあるが、最終回は割合良好な映像であった。正式なDVDとかが発売される見込みは当分なさそうだし、とにかく運よく見ることができた。円谷あたりには敵わないと思うが特撮などはまあ普通に見れるレベルではないだろうか。ちなみに第一話の監督は本多猪四郎である。音楽の中村二大というのはギャグではなく中村八大の兄だそうだ。手塚治虫が漫画版を描いているので、原作が手塚と思っている人もいるようだが、そうではなく手塚には珍しいコミカライズ作品である。
主演の菅原一高は夏夕介が悩んでいるような顔だ。その妹役は高岡英子で、何度出演したかはわからないが(最終回だけかもしれない)が、ヒロイン役の井野口一美よりは美形だと思う。その父親役が冨田浩太郎で、前項繋がりでいえば、60年代のドラマ「少年探偵団」で明智小五郎を演じていた役者である。防衛組織として科学パトロール隊というダサいヘルメットをかぶった集団が登場するが、その隊長が加地健太郎(矢野警部)である。矢野はわずか4話で殉職し、後を継ぐのが滝波錦司(藤警部)である。警部とう肩書きがあるくらいだから警察関係の組織のようだが、その詳細は不明である。加地も滝波も特撮物にはよくゲストで出ている役者だ。ちなみに滝波は前項の「江戸川乱歩シリーズ・明智小五郎」にも何度か出演している。
まれにこういった作品が見れるのが動画サイトのいいところである。まあ権利者にとっては頭の痛い問題なのだろうけれども。

江戸川乱歩シリーズ・明智小五郎 その2

前々項の「Gメン75」で、「刑事マガジン」に溝口舜亮のインタビューも載っているとちょこっと触れたが、溝口舜亮といえば「江戸川乱歩シリーズ明智小五郎」(70年)である。以前ここでも取り上げたが再度触れてみたい。
ウィキペディアには何故か本名・滝俊介と書かれているが、それは間違いで溝口舜亮の方が本名である。滝俊介はこの「江戸川乱歩シリーズ明智小五郎」の時だけ名乗っていた芸名である。これは東映の泊プロデューサーが溝口舜亮という名を見て「こんな字読めない」と言い出したことから江戸川乱歩の未亡人によって名付けられた名前だそうである。確かに自分も舜亮をシュンスケとは中々読めなかった。ちなみに泊(現・東映アニメーション会長)のフルネームは泊懋という。読める人はあまりいないと思う(多分とまり・つとむ)。
溝口は70年当時はNHKの「鞍馬天狗」で沖田総司役も演じたりしていたのである。しかし本作とスケジュールがかぶってしまい、沖田の方は諦めざるを得なかったという。それにしても明智小五郎と沖田総司の両方を演じた人はあまりいないのではないだろうか。
これはCSで放送された際、全部ビデオに録ったはずだが(まだDVDを持ってなかった)、録っただけで見ていない回もあることに今さら気付いた(本作に限ったことではないけれども)。であるから、黄金仮面の団次郎が三回も登場していたことに気がつかなかった。ちなみに二十面相は三上真一郎で、二度登場しており、付随して「七人の刑事」の天田俊明が警部役で出演している。他に目立つゲストといえば、第1話「殺しの招待状(蜘蛛男)」の伊丹十三をはじめ、「白髪鬼」の西村晃、「屋根裏の散歩者」のフランキー堺などであろうか。早川保や赤座美代子は二度ゲスト出演している。赤座美代子は溝口とは俳優座の同期生(15期)である。
前述のとおり番組が終了すると滝俊介から本名の溝口舜亮に戻している。二枚目スターの道もあったはずだが、本人はそちらに興味はなく、悪役の方をやりたかったという。その甲斐?あってか「Gメン」に出演したときは、すっかり悪役の風貌になっていた。

二人の刑事 その2

ついでなので今回も「『七人の刑事』と幻の刑事ドラマ」からのネタなのだが、以前ここでも取り上げた「二人の刑事」(70年)を再度取り上げてみたい。
前回は、主演はベテラン・芦田伸介(勝俣部長刑事)と新米・中尾彬(田宮刑事)ということぐらいしかわからなかったのだが、この本に1話ごとのサブタイやゲストが記述されている。全16話しかないが、これは当初からの予定だったようである。他のレギュラーは加藤武や織本順吉などだが、役柄については不明なようだ。
短いシリーズだが、中尾彬は13話で倍賞美津子、最終回で太地喜和子と恋に堕ちるようである。今では想像できないと思うが当時は結構な二枚目だったのである。「太陽にほえろ」の小野寺昭、「俺たちの勲章」の中村雅俊のようなものか。
ゲストに眼を向けると第1話に小川真由美、今井健二、第3話に江原真二郎、大原麗子、第4話に田村高廣、黒柳徹子、第5話は兄に続いて田村正和、第7話に池部良、沢たまき、第9話に平幹二郎、辰巳柳太郎、第10話に中山仁、加賀まりこ、第15話に佐藤慶、馬渕晴子、最終回が前述の太地喜和子に川地民夫といった具合である。このドラマに限らず、当時のドラマは毎回のように大物ゲストが登場していたイメージがある。ちなみに中山仁、佐藤慶、川地民夫はいずれも殺人犯の役のようだ。
やはり一度は見てみたいドラマの一つである。

警視庁物語

今回も「『七人の刑事』と幻の刑事ドラマ」という本から仕入れた知識なのだが、以前ここでも取り上げた東映の映画「警視庁物語」シリーズ(56年~64年)には、テレビ版が存在していた。いや、テレビ版というと多少語弊がある。シリーズ24本の中から(前後編もあるが)16本を、1時間ドラマとした「警視庁物語」(67年)が放送されたのである。映画本編も60分前後の作品だが、テレビとなると正味50分程度と思われるので若干編集されていると予想される。
放映順はバラバラで第1話としてシリーズ第18作「謎の赤電話」(62年)が放送され、第2話がシリーズ第14作「聞き込み」(60年)だったりする。12話として第23作「自供」(64年)が放送されたかと思えば13話は第1作である「逃亡五分前」(56年)、14話は第22作「十代の足取り」(63年)とシリーズ初期と後期をいったりきたりしている。
メンバーは固定制ではないが、ほぼ前作に出演しているのが堀雄二、神田隆、花沢徳衛、山本麟一である。ここから「七人の刑事」へと繋がる堀雄二やベテラン刑事風な花沢徳衛はわかるが、自分くらいの世代でも神田隆や山本麟一は悪役のイメージしかないので、長いこと刑事役だったのが不思議な感じさえしてしまう。後は波島進(七色仮面)、中山昭二(ウルトラセブン)、大村文武(月光仮面)、南廣(マイティジャック)、千葉真一(アラーの使者)といったヒーロー番組に出演していた役者たちが入れ替わり立ち代りで刑事役を演じていた。
この翌週から放映されたのが「刑事くん」ではなく「刑事さん」(67年)という番組である。出演者は「警視庁物語」とあまり変わっていないが、こちらはテレビ用のオリジナルである。しかしわずか9話で終了している(翌年第2シーズンが放映されている)。テレビ版「警視庁物語」と合わせると25話となるので、「刑事さん」のための穴埋めだったのだろうか。編集するだけで済むし。穴埋めの方が長いというのも変な話だけれども。