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 昨日の日報は コチラ → 本日は・・めっさ強風。


 1月の参拝記事

         第187回 東大阪市・長榮寺編
         第186回 東成区・熊野大神宮編
         第185回 天王寺区・四天王寺編
         第184回 天王寺区・生國魂神社編

 12月の参拝記事

         第183回 天王寺区・竹林寺編
         第182回 天王寺区・四天王寺編
         第181回 東住吉区・京善寺編
         第180回 東住吉区・桑津天神社編
         番外 平野郷・おまけ編
         第179回 平野区・長寳寺編
         第178回 八尾市・念仏寺編
         第177回 八尾市・大聖勝軍寺編
         第176回 東住吉区・法楽寺編
         第175回 住吉区・薬師寺編
         第174回 住吉区・荘厳浄土寺編
         第173回 住吉区・西之坊編
         第172回 阿倍野区・正圓寺編


 11月以前の参拝記事はコチラ

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 参拝日:20/01/05(日) 天候:曇り時々雨


 伽羅陀山 延命寺(きゃらださん えんめいじ)

 浄土宗

 御本尊:阿弥陀如来

 所在地:大阪府東大阪市菱谷西4-5-15

 アクセス:近鉄奈良線「河内小阪駅」より南西へ約500m

 公式ホームページ:なし


 縁起

  伽羅陀山延命寺は、もと一心庵と称し、明治十三年三月仏定上人により
  中興されました。
  寺の起こりは、寛文二年(1662)頃、京都獅ヶ谷法然院二世忍徴上人が、
  石清水八幡宮の境内に一堂を建て、身の丈一丈六尺(四・二五m)の地蔵尊を
  安置したことにさかのぼります。

  地蔵菩薩はその美しい姿と霊験により、多くの信者を集めていたと
  伝えられています。
  そののち三百年あまり経て、明治維新政府の出した神仏合祀禁止令により、
  平安城南、昌玉庵に遷されますが、辺境のため人びとの香華供養も滞りがちでした。

  法然院二十五世仏定上人はこのことに深く心を痛めていましたが、たまたま
  大阪高津に一心庵という無住の荒れ寺があるのを知ります。
  早速信徒とともにこれを大阪随一の繁華街、難波新地(現高島屋位置)に移し、
  新しい堂を建て、延命地蔵尊を迎え、その名も延命寺と改めました。

  これより急速に信者も増え、黒門市場より延命寺までを延命寺通りと呼ばれるまでに
  なりますが、社会状勢の変化とともに、南海電鉄・高島屋の難波進出で、
  延命寺もやむなく新しい信仰の土地を求めて移転することになります。

  大正十三年三月、近鉄小阪、長瀬川沿いの地に居を定め、現在に至ります。

                以上、河内西国のホームページより。


 写真①、山門前より。
     隣のお堂が地蔵堂。
     ぱっと見古い民家にしか見えませんが・・。
 

 写真②、場所は近鉄河内小阪駅の南西。
     目の前には長瀬川が流れます。
     上のグラウンドは樟蔭学園。 


 写真③、こちらは地蔵堂。
     こちらは年中無休でフルオープンらしい。
     たかとっさん滞在中にも次から次へと参拝の方々が。


 写真④、地蔵堂の手すりのお地蔵さん。


 写真⑤、地蔵堂の本尊、木造 地蔵菩薩坐像。
     大阪府の登録有形文化財です。
     高さ4.25mの巨大お地蔵さんです。
     鎌倉時代末~室町時代頃の作とのこと。


 写真⑥、賽銭箱に貼られた新年のあいさつ。


 写真⑦、手水。


 写真⑧、こちらは御本堂。


 写真⑨、で、こちらは御本尊の木造 阿弥陀如来立像。
     こちらも大阪府の登録有形文化財です。
     写真は河内西国のページより転載です。 


 写真⑩、本堂前の仏足石。


 写真⑪、地蔵山。


 写真⑫、本堂前の灯篭。


 写真⑬、庫裏。


 写真⑭、手水横で咲いてたスイセン。


 写真⑮、いただいてきた御朱印は河内西国の32番。


     以上、5日に行ってきた延命寺さんの参拝記事でした。