老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目) -29ページ目

老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目)

いじめ、高校中退、ひきこもり等を経験し介護士になりました。私の経験が誰かの役に立てばと思いブログをしております。

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この記事は中卒ひきこもりニートから介護士になった自分の今までを振り返るシリーズの最終話です。


最初の話はこちら 

前の話はこちら


30年以上、どちらかと言うと40年に近い出来事を振り返って来ました。

いじめ、高校中退、ひきこもり、ニート、先の見えないフリーター、そしてハラスメントからの退職。


いつの時点でも共通することは「当時は絶望したような事でも、今になって考えると希望はあった」という部分です。

色々な所でしばしば言われることですが、もうどうしようもないと感じても、生きている限りは大概何とかなります。


エネルギーが溜まるまで休み、機をうかがうのも良いでしょう。

自分が楽しいことだけしていたら、いつの間にか困難に打ち勝っていた。ということもあるでしょう。

誰かに助けを求めても良いし、全力で逃走しても良いと思います。



自分の選択にとやかく言う権利があるのは、本当に自分のことを思ってくれている人だけです。

その人たちでも口を挟むことしか許されません。自分の人生に何かあった時、責任を取ることができるのは自分だけです。


もちろん多くの人に助けて頂き、感謝してもしきれない程ですが、今まで自分の人生は自分で選択してきたと思っています。


今後も、困難に直面した時は泣き顔で必死にもがき、後で困難を振り返って「良い経験だったな」というような生き方、『喉元過ぎれば熱さ忘れる』的な生き方をしていく所存です。良い意味で使われることわざではありませんが…


四年前に入学した通信制大学はこの四月に卒業予定です。

家族で過ごす時間も比較的取れています。

介護士としてはこのまま行けば10年目に突入するでしょう。


中卒でひきこもりでニートだった私は、今は大卒でパパで介護士になりました。

自分では、わりとユニークな自分の人生を気に入っています。



生きるのがしんどい時もたまにありますが、多くの人に助けられ何とかやっています。



このシリーズを見て下さった方、1話だけたまたま見て下さった方、ありがとうございました。


自分の不幸自慢にならないように気をつけたつもりですが、そう捉えられた方もおられるかもしれません。

また、中卒はこうするべきだ!ひきこもりはこうするべきだ!と言う書き方もしないよう気をつけたつもりですが、そう見えたかもしれません。


●私はこんな辛い人生を歩んできた悲劇の主人公なんです

●私は様々な困難を乗り越えて来たからお手本にしなさい


世の中には両方のタイプの人がいて良いと思います。

ただ、自分がそのタイプになるのはイヤだと思っているのに、似通ってしまう部分があり日々反省です。



正直に言うと心の中には、同情をしてもらうのではなく、価値観を押し付けるのではなく、自分なりに知識や経験を提供し結果的に誰かを救える人になりたいという憧れがあります。

いつか自分の体験を良い感じにまとめて本を出したいなんて夢もあります。


…まあ夢の話は置いておいて、憧れた人になるためにも、これからもブログを書きます!!


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介護士として仕事を始めて、まず気付いたことはコミュニケーションが苦手なはずの自分でも、そこそこコミュニケーションが取れることでした。


それは今までのコミュニケーションと大きく違う二つのポイントがあるからです。


1つ目が仕事でコミュニケーションを取っていること。

仕事ということはつまり、話すことは業務で求められる技術の一つである。ということです。


どのように話を聞いたら良いか?どのように答えたら良いか?何を目的に話すのか?

これらがある程度マニュアル化しています。



介護士のコミュニケーションとは、先輩を見たり、先輩から教わったりして学べる技術でした。


2つ目が話す相手が高齢者であること。


年長者に教えてもらう立場、話してもらう立場として、スタンスが明確なので、もっぱら聞き役に徹することができます。


それに亀の甲より年の功ということわざがあるように、若者に話したら「え?」と戸惑われそうな内容の話でも、高齢者の方々は話を広げて下さる方も多いです。



他にも元ひきこもりの自分に合っていた部分があります。


利用者様が生活する介護施設に勤務していたため、勤務形態が早番から夜勤まで24時間あったことです。

夜型人間を通り越して不規則な生活を送っていた自分には、この勤務形態が丁度良かったです。


また、ひきこもりであること、高校中退であることを履歴書に書きましたが、自ら進んで他の職員に話すことは基本的にありませんでした。

ひょっとしたら陰では言われてるのかもしれません、ただ直接、経歴や学歴を揶揄されたり、馬鹿にされたことは一度もありません。

今まで三つの介護施設で働いてきて一度もです。



これらのお陰か、職員が大量に辞めたり、暴力的な利用者様がおられたり、職場を異動になったり、上司と反りが合わなかったりして「辞めようかな」と思った瞬間は沢山ありましたが、結果的に長く続けることができました。


仕事に余裕が出てきてからは「勉強がしたい」「大学卒業の資格が欲しい」と思い立ち、通信制大学にも入学します。


そして介護士を長く続けている内に、フロアのリーダーや介護部門の責任者にも任命して頂けました。

詳しくはこちらに書いているので今回は割愛しますが、すごく良い経験になりました。


介護の世界に8年以上お世話になっているので、個人的にはひきこもりの人や中卒の人に介護士をおすすめしたいです。



ただ『資格も経験も要らないけど向き不向きの大きい業界』なので、「絶対におすすめします!」というよりは、「選択肢に入れて下さい!」くらいのおすすめ度ですが…


次回はハラスメントによる退職と結婚ついてです。

続きます…



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介護の資格実務者研修を取るための職業訓練校に行くことになりましたが『学校』というものにトラウマがあったので、最初は行くのが憂鬱でした。


ただ、今までの学校と違う点は、通う期間が短いことに加え、生徒が老若男女様々であることです。

「今回は大丈夫」と何回も自分に言い聞かせて通学しました。


そして久し振りの知らない人とのコミュニケーションに、私は1つルールを設けます。



それは「苦手なタイプだと思っても、その人のことが分かるまで苦手だと決めつけない」ことです。

ルールを設けた理由は、苦手そうな人とのコミュニケーションを避ければ、ほとんどの人と喋りたくなくなると思ったからです。


職業訓練校を機会に視野を広げようと思いました。

入校早々、後ろの席に座っている女の人が話しかけてきます。


その人はプライドが高そうで、こちらにマウントを取ってくるような話し方をしていました。

すぐ「この人苦手かも」と感じました。

しかし、グッとこらえて話しを聞きます。


そうやっていると不思議なことに少しずつウマが合っていき、十年くらい経った今でも付き合いのある親友になれました。


何個か派閥みたいなものがあり、私はその親友と同じ派閥で私以外はほぼ女性、しかも大半を40代以上の方が占めています。


その環境は一度目のひきこもり後と同じく、バイト先でパートのおばちゃん達にお世話になったような感じで、社会復帰にうってつけでした。 


授業自体もそこまで難しいことはなく、卒業の見込みはすぐに立ちました。



また、この時期にもう一つ資格取得を目指します。

それは高卒認定試験、高校を卒業した人と同じくらいの学力があると証明するための資格です。


ユーキャンの教材で勉強し、試験に臨みました。

結果は…合格。最終学歴としては高校中退のままですが、一つ自信が付きました。


職業訓練校の卒業も決まり、次は就活です。

着慣れないスーツを着て、緊張で震えながら面接に臨みました。


学歴は中卒(高校中退)、ひきこもり歴があるという履歴書に不安を感じたものの、結果は1社目(1施設目)で採用。


いわゆる老人ホームの1つである、介護老人保健施設に介護士として採用されました。



介護系の資格を取得したこと、職業訓練校からの紹介があったことは、採用のための強い追い風だったと思います。


いよいよ就職です。

続きます…



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二度目のひきこもり生活で一番覚えていることは、日常に変化が無さすぎて、今が現実か夢か分からなくなったことです。


社会に参加することこそが、生きることだと私の場合は思っていたので、参加するために働きたいと思っていました。

でも人が、悪意が怖くて動けません。



ひきもっていた時は悪い情報ばかり集めて、ネガティブをどんどん拗らせていき、増々動けなくなっていきました。

一時期はインターホンの音に怯えたり、一緒に済んでいる親に怯えたりするほどでした。


一応親の名誉のために言うと、生まれてから一度も虐待を受けていません。

少なくても私はそう思っていますし、今でも感謝しています。


それでも親に怯えるくらいおかしい精神状態でした。


収入はなく親に生活費まで払ってもらいつつ、自分の貯金も切り崩しながらの生活です。

今までほとんど無駄遣いをしなかったお陰で七桁溜まっていた貯金も、あっという間に残り少なくなってしまいます。



そんな変わり映えのしない最悪な日々の中でも、外に出る機会 はありました。

それがバイト時代の仲間が開催する飲み会です。


親に依存して生活しているのに、娯楽のための飲み会に参加して良いのか?そんな悩みもありましたが、ひきこもりを抜け出すきっかけはこの飲み会でした。


具体的に言い過ぎると身バレのリスクが高まるので、少しぼやかしますが、飲み会の席で仲の良かった一人のバイト仲間の現状を知りショックを受け、そこから奮起しました。


「あんなに幸せそうだったあの人が、そんなに不幸になるなんて、人生何があるか分からない、自分も今やらなきゃ駄目だ!」

そう思い就活を開始します。


この飲み会のタイミングも丁度良かったです。

飲み会があったのがひきこもってから約一年経った頃で、溜めに溜め込んだネガティブな感情を爆発させてくれました。



そこからハローワークで仕事探しをして、その中で職業訓練の一種である求職者支援訓練をすすめられ、介護の資格(実務者研修)を取れる職業訓練校に行くことにします。


介護を選んだ理由は「自分が苦手なコミュニケーションが求められるから、自分が変われるかもしれない」という期待からです。


通う期間は半年で短めとはいえ「職業訓練」苦手だった学校に通うことになりました。


続きます…


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