老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目) -29ページ目

老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目)

いじめ、高校中退、ひきこもり等を経験し介護士になりました。私の経験が誰かの役に立てばと思いブログをしております。

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ブラックバイトという言葉があります。

この言葉はブラック企業なんかとほぼ同じ意味で使われ、労働環境が劣悪なバイト先のことです。


私は15歳から10年近く某ファーストフード店(大企業のフランチャイズ企業)でフリーターをしていました。

あの日々は良い思い出ですし、多くの経験を積ませてもらえたかけがえのない時間でした。


ただ、現在の価値観に当てはめると「ブラックバイトだったのでは?」と思うことがあります。
今からブラックバイトっぽい部分についてお話ししていきます。

注意!!
これから話すことは最長で20年近く前の話ですし、私自身は納得しており、むしろ当時は自らすすんで働いていました。
某ファーストフード店の批判としてではなく「こいつ(私)やばっ!」「昔って変な価値観だったんだな。」という感覚で読んで頂ければ幸いです。



①今月よく休んだな?

シフトを作っていた副店長との会話。

私「先月結構休んだ気がします。休日数えてないですけど。」
副店長「…そうかな?ちょっと日数見てくるわ。」

数分後

副店長「〇〇くん(私)、先月は四日しか休んでなかったわ!ごめんな。今月休み多めにしとくから。」
私「ありがとうございます!」

この時は15歳か16歳の時です。私は心の中で「先月が楽やった上に今月休み多いなんてラッキー」と思っていました。

労働基準法はぎり大丈夫だったと思いますが、社内のルールはどうだったかは知りません。



②3回に2回遅刻する人との夜勤


夜間は二人での勤務が基本だったこの店。

私は一時期は夜勤専従みたいな感じで働いていたので、大体は私ともう一人の夜勤専従の人が、夜間帯の店に居ました。


この人が3回に2回は遅刻してくる人で、遅刻時間10分〜6時間とムラがあります。

前の時間帯の勤務者が残業できる時は良いのですが、厳しい日はワンオペで仕事が2倍になりとても大変でした。


そんな人と契約終了するわけでもなく、指導するわけでもなく、遅刻しないように勤務時間を変えるわけでもない当時の店長。

明らかに管理者の責任を放棄しています。


もっとも、当時は遅刻してくる人のことこそ恨みましたが、店長に対しては何も思っていませんでした。

無知とは恐ろしいですね。


あの時期はかなりしんどかったです。




③朝来て、夜も来る


フリーターとして働いていたので「人がいない時間を埋める都合の良い人」的な感じの勤務形態だった時期があります。


酷い時は1日の中で朝の5時〜9時まで出勤、一度家に帰って夜の7時から11時まで出勤。みたいな日が続きました。


もちろん間の時間は家に帰ったりするので、通勤時間も2倍、制服に更衣する等の準備時間も2倍です。

その上、いくら間の時間が長いと言っても、あくまでも仕事と仕事の狭間なので完全には気が休まりません。


4時間ずつの勤務ならまだ良い方で、たまに朝6.5時間で夜1.5時間勤務みたいなシフトもあって、そんな日は夜の1.5時間だけのために気が休まらない。というストレスを抱えることになります。



他にもサービス残業をする、休憩時間帯に働かないといけないようなシフトを組まれる、1日の労働時間を超過させないために0時で退勤して数分後にもう一度出勤する。

みたいなことも頻繁にありましたが、あまり記事が長過ぎてもダレてくるので今回は割愛しました。


最後に、私が働いていた店は店長が何人も変わったり、会社(フランチャイズ企業)自体も変わったりしていたので、時期によって労働環境が大きく変わっていたこと。

そして繰り返しになりますが、私自身はしんどいと思いながらもそれを当たり前として働いていたこと。むしろ店に貢献していると自己陶酔していたこと。を明記しておきます。



無知な私と古い考え方が合わさってできた、

愛すべきブラックバイトの記事でした。


関連記事はこちら。ひきこもりだった私がバイトのお陰で救われた話しです。



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この記事は中卒ひきこもりニートから介護士になった自分の今までを振り返るシリーズの最終話です。


最初の話はこちら 

前の話はこちら


30年以上、どちらかと言うと40年に近い出来事を振り返って来ました。

いじめ、高校中退、ひきこもり、ニート、先の見えないフリーター、そしてハラスメントからの退職。


いつの時点でも共通することは「当時は絶望したような事でも、今になって考えると希望はあった」という部分です。

色々な所でしばしば言われることですが、もうどうしようもないと感じても、生きている限りは大概何とかなります。


エネルギーが溜まるまで休み、機をうかがうのも良いでしょう。

自分が楽しいことだけしていたら、いつの間にか困難に打ち勝っていた。ということもあるでしょう。

誰かに助けを求めても良いし、全力で逃走しても良いと思います。



自分の選択にとやかく言う権利があるのは、本当に自分のことを思ってくれている人だけです。

その人たちでも口を挟むことしか許されません。自分の人生に何かあった時、責任を取ることができるのは自分だけです。


もちろん多くの人に助けて頂き、感謝してもしきれない程ですが、今まで自分の人生は自分で選択してきたと思っています。


今後も、困難に直面した時は泣き顔で必死にもがき、後で困難を振り返って「良い経験だったな」というような生き方、『喉元過ぎれば熱さ忘れる』的な生き方をしていく所存です。良い意味で使われることわざではありませんが…


四年前に入学した通信制大学はこの四月に卒業予定です。

家族で過ごす時間も比較的取れています。

介護士としてはこのまま行けば10年目に突入するでしょう。


中卒でひきこもりでニートだった私は、今は大卒でパパで介護士になりました。

自分では、わりとユニークな自分の人生を気に入っています。



生きるのがしんどい時もたまにありますが、多くの人に助けられ何とかやっています。



このシリーズを見て下さった方、1話だけたまたま見て下さった方、ありがとうございました。


自分の不幸自慢にならないように気をつけたつもりですが、そう捉えられた方もおられるかもしれません。

また、中卒はこうするべきだ!ひきこもりはこうするべきだ!と言う書き方もしないよう気をつけたつもりですが、そう見えたかもしれません。


●私はこんな辛い人生を歩んできた悲劇の主人公なんです

●私は様々な困難を乗り越えて来たからお手本にしなさい


世の中には両方のタイプの人がいて良いと思います。

ただ、自分がそのタイプになるのはイヤだと思っているのに、似通ってしまう部分があり日々反省です。



正直に言うと心の中には、同情をしてもらうのではなく、価値観を押し付けるのではなく、自分なりに知識や経験を提供し結果的に誰かを救える人になりたいという憧れがあります。

いつか自分の体験を良い感じにまとめて本を出したいなんて夢もあります。


…まあ夢の話は置いておいて、憧れた人になるためにも、これからもブログを書きます!!


他のおすすめシリーズはこちら



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介護士として仕事を始めて、まず気付いたことはコミュニケーションが苦手なはずの自分でも、そこそこコミュニケーションが取れることでした。


それは今までのコミュニケーションと大きく違う二つのポイントがあるからです。


1つ目が仕事でコミュニケーションを取っていること。

仕事ということはつまり、話すことは業務で求められる技術の一つである。ということです。


どのように話を聞いたら良いか?どのように答えたら良いか?何を目的に話すのか?

これらがある程度マニュアル化しています。



介護士のコミュニケーションとは、先輩を見たり、先輩から教わったりして学べる技術でした。


2つ目が話す相手が高齢者であること。


年長者に教えてもらう立場、話してもらう立場として、スタンスが明確なので、もっぱら聞き役に徹することができます。


それに亀の甲より年の功ということわざがあるように、若者に話したら「え?」と戸惑われそうな内容の話でも、高齢者の方々は話を広げて下さる方も多いです。



他にも元ひきこもりの自分に合っていた部分があります。


利用者様が生活する介護施設に勤務していたため、勤務形態が早番から夜勤まで24時間あったことです。

夜型人間を通り越して不規則な生活を送っていた自分には、この勤務形態が丁度良かったです。


また、ひきこもりであること、高校中退であることを履歴書に書きましたが、自ら進んで他の職員に話すことは基本的にありませんでした。

ひょっとしたら陰では言われてるのかもしれません、ただ直接、経歴や学歴を揶揄されたり、馬鹿にされたことは一度もありません。

今まで三つの介護施設で働いてきて一度もです。



これらのお陰か、職員が大量に辞めたり、暴力的な利用者様がおられたり、職場を異動になったり、上司と反りが合わなかったりして「辞めようかな」と思った瞬間は沢山ありましたが、結果的に長く続けることができました。


仕事に余裕が出てきてからは「勉強がしたい」「大学卒業の資格が欲しい」と思い立ち、通信制大学にも入学します。


そして介護士を長く続けている内に、フロアのリーダーや介護部門の責任者にも任命して頂けました。

詳しくはこちらに書いているので今回は割愛しますが、すごく良い経験になりました。


介護の世界に8年以上お世話になっているので、個人的にはひきこもりの人や中卒の人に介護士をおすすめしたいです。



ただ『資格も経験も要らないけど向き不向きの大きい業界』なので、「絶対におすすめします!」というよりは、「選択肢に入れて下さい!」くらいのおすすめ度ですが…


次回はハラスメントによる退職と結婚ついてです。

続きます…



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介護の資格実務者研修を取るための職業訓練校に行くことになりましたが『学校』というものにトラウマがあったので、最初は行くのが憂鬱でした。


ただ、今までの学校と違う点は、通う期間が短いことに加え、生徒が老若男女様々であることです。

「今回は大丈夫」と何回も自分に言い聞かせて通学しました。


そして久し振りの知らない人とのコミュニケーションに、私は1つルールを設けます。



それは「苦手なタイプだと思っても、その人のことが分かるまで苦手だと決めつけない」ことです。

ルールを設けた理由は、苦手そうな人とのコミュニケーションを避ければ、ほとんどの人と喋りたくなくなると思ったからです。


職業訓練校を機会に視野を広げようと思いました。

入校早々、後ろの席に座っている女の人が話しかけてきます。


その人はプライドが高そうで、こちらにマウントを取ってくるような話し方をしていました。

すぐ「この人苦手かも」と感じました。

しかし、グッとこらえて話しを聞きます。


そうやっていると不思議なことに少しずつウマが合っていき、十年くらい経った今でも付き合いのある親友になれました。


何個か派閥みたいなものがあり、私はその親友と同じ派閥で私以外はほぼ女性、しかも大半を40代以上の方が占めています。


その環境は一度目のひきこもり後と同じく、バイト先でパートのおばちゃん達にお世話になったような感じで、社会復帰にうってつけでした。 


授業自体もそこまで難しいことはなく、卒業の見込みはすぐに立ちました。



また、この時期にもう一つ資格取得を目指します。

それは高卒認定試験、高校を卒業した人と同じくらいの学力があると証明するための資格です。


ユーキャンの教材で勉強し、試験に臨みました。

結果は…合格。最終学歴としては高校中退のままですが、一つ自信が付きました。


職業訓練校の卒業も決まり、次は就活です。

着慣れないスーツを着て、緊張で震えながら面接に臨みました。


学歴は中卒(高校中退)、ひきこもり歴があるという履歴書に不安を感じたものの、結果は1社目(1施設目)で採用。


いわゆる老人ホームの1つである、介護老人保健施設に介護士として採用されました。



介護系の資格を取得したこと、職業訓練校からの紹介があったことは、採用のための強い追い風だったと思います。


いよいよ就職です。

続きます…



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