老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目) -28ページ目

老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目)

いじめ、高校中退、ひきこもり等を経験し介護士になりました。私の経験が誰かの役に立てばと思いブログをしております。

この記事を読んで頂きありがとうございます。

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この度、大学を卒業しました。

厳密に言うと通信制大学で、日本福祉大学というところです。


今回は通信制大学とはどんなところか?

働きながら卒業できるのか?

何が大変だったか?

これらについてご紹介します。


ブログタイトルを『中卒ひきこもりニートから始める介護士』としているのに、大卒という矛盾っぽいものが生じますが、介護士を始めた時点では中卒だったので、タイトルを変更せずにやっていきます。



高卒認定試験を合格した私が大学を志したのは四年前、将来の仕事の幅や可能性を広げるために「大卒資格が欲しい」というのが第一目標でした。
四年前というとバリバリの社会人だったので、働きながらの大卒資格取得を考えていました。

そうなると最も現実的なのが通信制大学に行くことです。
また、第二目標に「精神保健福祉士の資格取得」というものがあり、精神保健福祉士の資格を目指せる通信制大学を探します。

そして何校か見つかった中で日本福祉大学を選びました。
卒業率が高いというポイントに惹かれたからです。
(全国の通信制大学の平均卒業率約15%に対して、日本福祉大学は約54%)

日本福祉大学通信教育部の入試は特になく、入学できるかどうかは願書に記入した内容によって決まります。
というか、おそらくほぼ全員合格できます。

学費については大卒資格が欲しいだけなら四年間で100万円(入学金含む)もかかりません。

卒業には124単位必要で、その内30単位はスクーリングで取る必要があります。
ただし、この場合のスクーリングとはオンデマンドの授業も含まれるので、実質在宅のみで卒業できます。


試験も在宅でパソコンを使って行います。
正に働きながら大卒資格を取るのにうってつけの学校です。

試験内容は難しいものもありましたが、世間的に低学歴とされる私の学力でも何とかなりました。
福祉の大学なので介護に関する授業も多く、現役介護士という部分が大きなアドバンテージだったこともあると思います。

講師の先生も福祉の第一線で活動されている方が多く居られ、かなり勉強になりました。
学生は仕事をしながら学びに来ている人も多く、スクーリング等で直接話した人は大体モチベーションが高かったです。

辛かったのは一人で勉強すること。
学校に通えば「強制的に勉強できる環境」ができるのですが、家だとサボっても誰にも何も言われません。

私もその環境に甘えてしまい、精神保健福祉士の受験資格を得るための勉強をサボってしまいました。
それどころか卒業も危ぶまれたくらいです。


そこで、三回生の時期から大学を卒業することのみに目標を絞り、勉強方法も試験に合格するための勉強に変えました。
試験に出そうな問題を重点的に覚えるという感じです。

そのお陰で何とか卒業できました。
ただ、目標の一つだった精神保健福祉士の受験資格は取れず、社会福祉主事任用の資格のみ取れました。

本当に充実した四年間を送れました。

働きながら卒業しやすい日本福祉大学、おすすめです。


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思い出すと「ヒエッ」となる子どもの頃の恐怖体験タラー

 

あれは小学5年生くらいの頃、小学校の休み時間。

空き教室での出来事です。


クラスメイトとキャッキャ言いながら黒板に落書きをしていました。


それを見つけた別のクラスメイトが「落書きしたら駄目なのにー!」と半ば茶化すように言ってきます。


楽しい気分そのままに私は笑いながら「先生にバレなきゃいいんだよー!」と答えます。


すると…

「もうバレてるよ。」


背後から聞こえたのは先生の声です。

その瞬間身が縮こまり、ヒヤッとしました。

今でもリアルに思い出せるくらい肝を冷やしました。


先生の大声とかではなく、ボソッと言った感じだったのも、怒ってる感じが出て余計に怖さを煽ります。

顔も無表情で怖かったですガーン


即落書きを消して、先生に謝りながら逃げました。

怒鳴られるより怖かった。


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最近、短めの小説(掌編小説)を書くのにはまっています。

まだ、2作しか書けていませんが、今回はそのうちの一作品をブログに載せます。


私が感じた介護士の仕事の素晴らしさを書いた作品です。

読んでいって頂けると嬉しいです。



無限ループ

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

オムツを替えて、身体を洗って、食事を手伝う。
今日も明日も毎日毎日繰り返す。

これが介護士としての俺の仕事だ。
「退屈でどうしようもない」と言う程でもないが大して変わり映えのしない、面白みのない日々。
でも生きるためには文句を言ってられない。

「あんた、ダルそうな顔して!仕事なんやからしっかり働きなさい!!」

甲高く、嗄れているという独特の声で注意してきたのは、主任の桜河さんだ。
小さくて痩せている身体からは想像ができないくらい大酒飲みの女性で、何回か飲み会に連れて行ってもらったことがある。

「うちに入って2ヶ月でそんな顔をするなんて、10年早いわ!」

そう、まだ俺はここでは新人の部類だった。
年齢で言うと35歳なので、中堅になっていてもおかしくないのだが…
今まで色々な仕事をしてきたけど1年も続いたことがない。

そんな俺にとって介護は数少ない「経験なしでも雇ってくれる業界」だった。

だから辞めるわけには行かない。

「わたしゃ洗濯物干したかね?」

「またか。」

今日だけで10回以上聞いたそのセリフに思わず呟いてしまう。


富士村のばあさんの声だ。

ばあさんはこの施設の利用者の一人で認知症があり、穏やかで話好きな人だが、何回も何回も洗濯物を干したか聞いてくる。
まるで無限ループだ。

聞いてくるだけならまだしも、歩行器を押さずに職員の方に近付いてくるから危ない。
富士村のばあさんは歩行器なしでは足がもつれて転ける可能性が結構あるからだ。

「もう良いから、歩行器持ってください。」

「いや、でも洗濯物が…。」

「洗濯物なんか息子さんが持って帰って洗ってくれてるんだから。危ないから座って。」

「おかしいねぇ。」

首を傾げながらばあさんは椅子に座る。
毎日毎日、俺が入社してから何百回としたやり取りに正直うんざりする。

俺だって入った当初はもっと丁寧に話を聞いて、もっと丁寧に説明していたが、仮にそれで納得しても数分後には「洗濯物干したかね?」と来る。

こっちが何を言っても「記憶にございません。」と言うやつだ。


帰り際に桜河さんが話しかけてきた。

「あんたに前から言おう思っててんけど、富士村さんへの対応雑過ぎへんか?」

「そうですかね?転けたら危ないし、何言っても同じだし、こんなもんだと思いますけど。」

「あんたなりに富士村さんのこと考えてるんかもしらんけど、あんたが考えてるのは身体の安全だけや!心の方も考えな!!」

「…はぁ。」

桜河さんがここまできつく言うのも珍しい。
俺嫌われたかな?また辞め時か?
そう考えていると桜河さんが続ける。

「あんたはどうせ富士村さんは覚えてないって思ってるかもしれん。確かに認知症もあるし、忘れてはることもある。けどな、覚えてる部分もあんねん。」

「そうなんですか。」

「私はあんたは介護士に向いてると思ってる。人の顔色をうかがう自分をあんたは嫌いみたいやけど、それは利用者さんの気持ちを汲み取れるっていうことやろ。もっと利用者さんのことを見て。」

「…具体的にはどうすれば良いんですか?」

「富士村さんに対応する時、声色とか表情とかセリフとか毎回少しずつ変えてみて。どうすれば富士村さんが心から納得してくれるか確かめてみ。」

桜河さんなりに俺に期待してくれているらしい。それなら、もう少しだけ働いてみるか。

その日から俺は富士村のばあさんの「洗濯〜」に対して色々なことを試してみた。
雑談で気をそらそうとしたり、息子のフリして話しかけたり、実際にベランダまで言って洗濯物が無いことを確認したりもした。

試し始めてから3ヶ月、唐突にその時は来た。

「あたしゃ、洗濯物干したかね?」

「富士村さん、気にしてくれてありがとうございます。僕が先に干しちゃいました。すみません。」

「そうかい?ごめんね、ありがとう。」

なんと、あの富士村さんが笑顔で自分の席に戻っていったのだ。

桜河さんに報告すると笑顔で
「やったやん!あんたも頑張ったな!」
そう褒めてくれた。


「良い対応方法見つけたんやったら、それ続けてみ。いつか介護士やってて良かったって思うようなご褒美貰えるで。」


「ご褒美ですか?」

「うん。やってたら分かる。」

桜河さんが言うご褒美はどうせ「長く働き続けられたことがご褒美みたいなもの」とか、そんなおためごかしだと思うが、ちょっとだけ仕事が楽しくなってきたのは確かだ。
もう少し続けてみよう。


「あたしゃ、洗濯物干したかね?」

「富士村さん、気にしてくれてありがとうございます。僕が先に干しちゃいました。すみません。」

「そうかい?ごめんね、ありがとう。」

何回も何回もこの会話を繰り返して、入社から1年が経った。
まだ、ご褒美というやつは貰えていないが、何とか介護士を続けられている。

今日もいつも通りの1日だ。

「あたしゃ、洗濯物干したかね?」

「富士村さん、気にしてくれてありがとうございます。僕が先に干しちゃいました。すみません。」

「あら、あなたいつもありがとう。」
 
「!!」



駄文失礼致しました。


※この作品は出されたお題(今回は「記憶にございません」でした)に沿って、1時間以内に書き上げた作品を募集するコンテスト、私立古賀裕人文学祭(古賀コン)に応募した作品を一部修正したものです。


関連記事はこちら。もう一つの掌編小説です。



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そんなことがあります。



介護士として働いていると、たまに新人職員さんで「私は人の役に立つために介護士になりました。」という方がおられます。


その思いがとても眩しいと共に、自分が介護士を志した理由が「中卒でひきこもりでも直ぐに就職できそうな職業の中で、自分が成長できそうな職業だったから」という消去法的なものなので、自分と新人さんとのギャップに少し落ち込んだりしました。


ネットで福祉関係の仕事を調べてみても「人の役に立てる仕事です」みたいな紹介文を良く見ます。



なので世間一般の認識として介護士=人の役に立つというものがあり、更に言うならば福祉業界=人の役に立つ仕事という認識があるでしょう。


私も同意見です。

かれこれ福祉業界に身をおいて8年以上になるので、介護士が人の役に立つ仕事であることを、心の底から実感しています。


ただこの認識に一つだけ言いたいことがあります。

それは

「どの仕事も人の役に立ってるよ!」

ということです。

※ひねくれた見方ですみませんアセアセ


それぞれの仕事、職業が社会には必要で、犯罪まがいの仕事や、弱者を搾取するビジネス以外は、ほとんどが誰かの役に立っています。

まさに、江戸時代から言われることわざ「職業に貴賎なし」というやつです。



介護士の仕事は、病気や老化などで困っている人を助け、その人から直接お礼を言われる仕事ではあります。

なので正確に言うならば介護士とは「人の役に立っていると感じやすい仕事」だと言えるのではないでしょうか。


ただ介護士になったからといって、人の役に立てるわけでもありません。

虐待をしてしまう介護士、利用者様から嫌われる介護士、仕事をサボる介護士…周囲に迷惑ばかりかける介護士もいます。


本当に人の役に立てるかどうかは、どの職業に就いたか?ではなく、その人が先輩から何を学び、どう働いたかです。


そういう意味では、やはり「私は人の役に立つために介護士になりました。」という新人職員さんは、志が高くて素晴らしいですね。

人手不足や低賃金などの介護業界の厳しい現実に負けず、理想を貫けることを応援しています。


もちろん私も頑張ります!!


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ブラックバイトという言葉があります。

この言葉はブラック企業なんかとほぼ同じ意味で使われ、労働環境が劣悪なバイト先のことです。


私は15歳から10年近く某ファーストフード店(大企業のフランチャイズ企業)でフリーターをしていました。

あの日々は良い思い出ですし、多くの経験を積ませてもらえたかけがえのない時間でした。


ただ、現在の価値観に当てはめると「ブラックバイトだったのでは?」と思うことがあります。
今からブラックバイトっぽい部分についてお話ししていきます。

注意!!
これから話すことは最長で20年近く前の話ですし、私自身は納得しており、むしろ当時は自らすすんで働いていました。
某ファーストフード店の批判としてではなく「こいつ(私)やばっ!」「昔って変な価値観だったんだな。」という感覚で読んで頂ければ幸いです。



①今月よく休んだな?

シフトを作っていた副店長との会話。

私「先月結構休んだ気がします。休日数えてないですけど。」
副店長「…そうかな?ちょっと日数見てくるわ。」

数分後

副店長「〇〇くん(私)、先月は四日しか休んでなかったわ!ごめんな。今月休み多めにしとくから。」
私「ありがとうございます!」

この時は15歳か16歳の時です。私は心の中で「先月が楽やった上に今月休み多いなんてラッキー」と思っていました。

労働基準法はぎり大丈夫だったと思いますが、社内のルールはどうだったかは知りません。



②3回に2回遅刻する人との夜勤


夜間は二人での勤務が基本だったこの店。

私は一時期は夜勤専従みたいな感じで働いていたので、大体は私ともう一人の夜勤専従の人が、夜間帯の店に居ました。


この人が3回に2回は遅刻してくる人で、遅刻時間10分〜6時間とムラがあります。

前の時間帯の勤務者が残業できる時は良いのですが、厳しい日はワンオペで仕事が2倍になりとても大変でした。


そんな人と契約終了するわけでもなく、指導するわけでもなく、遅刻しないように勤務時間を変えるわけでもない当時の店長。

明らかに管理者の責任を放棄しています。


もっとも、当時は遅刻してくる人のことこそ恨みましたが、店長に対しては何も思っていませんでした。

無知とは恐ろしいですね。


あの時期はかなりしんどかったです。




③朝来て、夜も来る


フリーターとして働いていたので「人がいない時間を埋める都合の良い人」的な感じの勤務形態だった時期があります。


酷い時は1日の中で朝の5時〜9時まで出勤、一度家に帰って夜の7時から11時まで出勤。みたいな日が続きました。


もちろん間の時間は家に帰ったりするので、通勤時間も2倍、制服に更衣する等の準備時間も2倍です。

その上、いくら間の時間が長いと言っても、あくまでも仕事と仕事の狭間なので完全には気が休まりません。


4時間ずつの勤務ならまだ良い方で、たまに朝6.5時間で夜1.5時間勤務みたいなシフトもあって、そんな日は夜の1.5時間だけのために気が休まらない。というストレスを抱えることになります。



他にもサービス残業をする、休憩時間帯に働かないといけないようなシフトを組まれる、1日の労働時間を超過させないために0時で退勤して数分後にもう一度出勤する。

みたいなことも頻繁にありましたが、あまり記事が長過ぎてもダレてくるので今回は割愛しました。


最後に、私が働いていた店は店長が何人も変わったり、会社(フランチャイズ企業)自体も変わったりしていたので、時期によって労働環境が大きく変わっていたこと。

そして繰り返しになりますが、私自身はしんどいと思いながらもそれを当たり前として働いていたこと。むしろ店に貢献していると自己陶酔していたこと。を明記しておきます。



無知な私と古い考え方が合わさってできた、

愛すべきブラックバイトの記事でした。


関連記事はこちら。ひきこもりだった私がバイトのお陰で救われた話しです。



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