この記事を読んで頂きありがとうございます。
はじめての方はこちらをご覧下さい。
この記事は中卒ひきこもりニートから介護士になった自分の今までを振り返るシリーズです。
最初の話はこちら
二度目のひきこもり生活で一番覚えていることは、日常に変化が無さすぎて、今が現実か夢か分からなくなったことです。
社会に参加することこそが、生きることだと私の場合は思っていたので、参加するために働きたいと思っていました。
でも人が、悪意が怖くて動けません。
ひきもっていた時は悪い情報ばかり集めて、ネガティブをどんどん拗らせていき、増々動けなくなっていきました。
一時期はインターホンの音に怯えたり、一緒に済んでいる親に怯えたりするほどでした。
一応親の名誉のために言うと、生まれてから一度も虐待を受けていません。
少なくても私はそう思っていますし、今でも感謝しています。
それでも親に怯えるくらいおかしい精神状態でした。
収入はなく親に生活費まで払ってもらいつつ、自分の貯金も切り崩しながらの生活です。
今までほとんど無駄遣いをしなかったお陰で七桁溜まっていた貯金も、あっという間に残り少なくなってしまいます。
そんな変わり映えのしない最悪な日々の中でも、外に出る機会 はありました。
それがバイト時代の仲間が開催する飲み会です。
親に依存して生活しているのに、娯楽のための飲み会に参加して良いのか?そんな悩みもありましたが、ひきこもりを抜け出すきっかけはこの飲み会でした。
具体的に言い過ぎると身バレのリスクが高まるので、少しぼやかしますが、飲み会の席で仲の良かった一人のバイト仲間の現状を知りショックを受け、そこから奮起しました。
「あんなに幸せそうだったあの人が、そんなに不幸になるなんて、人生何があるか分からない、自分も今やらなきゃ駄目だ!」
そう思い就活を開始します。
この飲み会のタイミングも丁度良かったです。
飲み会があったのがひきこもってから約一年経った頃で、溜めに溜め込んだネガティブな感情を爆発させてくれました。
そこからハローワークで仕事探しをして、その中で職業訓練の一種である求職者支援訓練をすすめられ、介護の資格(実務者研修)を取れる職業訓練校に行くことにします。
介護を選んだ理由は「自分が苦手なコミュニケーションが求められるから、自分が変われるかもしれない」という期待からです。
通う期間は半年で短めとはいえ「職業訓練校」苦手だった学校に通うことになりました。
続きます…







