老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目) -30ページ目

老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目)

いじめ、高校中退、ひきこもり等を経験し介護士になりました。私の経験が誰かの役に立てばと思いブログをしております。

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この記事は中卒ひきこもりニートから介護士になった自分の今までを振り返るシリーズです。


最初の話はこちら 

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二度目のひきこもり生活で一番覚えていることは、日常に変化が無さすぎて、今が現実か夢か分からなくなったことです。


社会に参加することこそが、生きることだと私の場合は思っていたので、参加するために働きたいと思っていました。

でも人が、悪意が怖くて動けません。



ひきもっていた時は悪い情報ばかり集めて、ネガティブをどんどん拗らせていき、増々動けなくなっていきました。

一時期はインターホンの音に怯えたり、一緒に済んでいる親に怯えたりするほどでした。


一応親の名誉のために言うと、生まれてから一度も虐待を受けていません。

少なくても私はそう思っていますし、今でも感謝しています。


それでも親に怯えるくらいおかしい精神状態でした。


収入はなく親に生活費まで払ってもらいつつ、自分の貯金も切り崩しながらの生活です。

今までほとんど無駄遣いをしなかったお陰で七桁溜まっていた貯金も、あっという間に残り少なくなってしまいます。



そんな変わり映えのしない最悪な日々の中でも、外に出る機会 はありました。

それがバイト時代の仲間が開催する飲み会です。


親に依存して生活しているのに、娯楽のための飲み会に参加して良いのか?そんな悩みもありましたが、ひきこもりを抜け出すきっかけはこの飲み会でした。


具体的に言い過ぎると身バレのリスクが高まるので、少しぼやかしますが、飲み会の席で仲の良かった一人のバイト仲間の現状を知りショックを受け、そこから奮起しました。


「あんなに幸せそうだったあの人が、そんなに不幸になるなんて、人生何があるか分からない、自分も今やらなきゃ駄目だ!」

そう思い就活を開始します。


この飲み会のタイミングも丁度良かったです。

飲み会があったのがひきこもってから約一年経った頃で、溜めに溜め込んだネガティブな感情を爆発させてくれました。



そこからハローワークで仕事探しをして、その中で職業訓練の一種である求職者支援訓練をすすめられ、介護の資格(実務者研修)を取れる職業訓練校に行くことにします。


介護を選んだ理由は「自分が苦手なコミュニケーションが求められるから、自分が変われるかもしれない」という期待からです。


通う期間は半年で短めとはいえ「職業訓練」苦手だった学校に通うことになりました。


続きます…


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ひきこもりからの初バイトのため、某有名ファーストフード店に面接に行きました。

 

面接で伝えた希望は二つ

①夜型の生活に慣れていたため早くて昼間から働きたい

②まずは短い時間からで働きたい

 

②については、まずは四時間から勤務することを約束してくれましたが、①については店長から「今早朝のバイトさんがおらんから、早朝入ってくれたら100%採用する」と言われたため、早朝に勤務することになります。

 
早朝のドット絵

 

この時点で採用が決まり、私は「何があっても、最低でも三年間、本来なら高校に行ったはずの期間は働こう」と覚悟を決めました。

 

日中のお店はパートのおばちゃんばかりです。

親子程に年齢の違うパートさん達は、時に優しく、時に厳しく教えてくれます。

 

日中の人以外にもバイト先は良い人が多く、常識もコミュニケーション能力もない私を育ててくれ、徐々に勤務時間が延びて8時間になり、勤務形態も夜勤までできるようになりました。

 

また、最初は厨房での採用だったのですが、接客もさせてもらえるようになり、数年経った頃にはバイトリーダーをさせてもらえました。

 

初めて接客する時は緊張で体が震え、お腹が痛くなったのを今でも思い出します。

 

絶望のドット絵

 

バイトリーダーになった頃には店内の同世代のフリーター達と遊び仲間になり、夜な夜なボーリングやカラオケに行ったり、飲みに行ったりして過ごしました。

あの時間は高校に行ってない私の青春時代です。

 

クレーム対応をしたり、変な人に絡まれたり、店長に怒られたり、皮膚の病気に悩まされたり、と楽しいことばかりではありませんでしたが、すごく良い経験をさせてもらえたと思っています。

 

ただここで大問題が発生します!

それは、フリーター歴が10年近くになっていたことです。

より正確に言うと、今後どうするか決めないまま居心地の良い実家暮らし&フリーター生活をしていたことです。

 

「じゃあ就職すれば良いじゃん」と思われるかもしれませんが、就職に対して異様な程の恐怖心があり、その覚悟が決められませんでした。

就職どころか、就職活動さえできませんでした。

 

ネクタイとワイシャツのイラスト

 

あれはおそらく、今の居心地の良さを捨てて新しく挑戦することへの恐怖だったのでしょう。

 

「このままだと就職できない」と危機感を持った私は、思い切って半分だけ頑張ることにしました。

半分とは、居心地の良さを捨てることと挑戦すること、現状の自分では両方はできないのなら、どちらか一方つまり半分だけやろう。といった思考です。

 

そして居心地の良さを捨てることを決めバイトを辞めました。

先のことは全く決まっていません。

 

こうやって二度目のひきこもり生活が始まりました。

続きます…

 

 

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黒板を見ただけでイジメられるんじゃないか?

そこまで思い詰めた中学校を何とか卒業しましたが、卒業するために精神力を使い果たしてしまいました。

 

高校は行ったものの、一学期の途中で母に「辞めさせて下さい」と泣きながらお願いします。

 
メガネをかけてる泣き顔のドット絵

 

当時は辞める理由を色々こじつけていましたが、その本質は『学校に通う』という行為そのものが苦痛で耐えられなくなったからです。

 

いじめられたわけでもなく、勉強についていけなくなったわけでもなく、ただ学校に行くのが辛いというのは、今考えても不思議なものです。

 

泣いて「将来のために通った方が良い」と言う母に、「将来のためよりも、このまま高校に通えば今の自分が壊れてしまう」と退学を懇願する息子。

 

結局は折衷案として休学することになりました。

休学の前に担任の先生と母と私の三者面談が開かれます。

 
三者面談のドット絵

 

先生は退学を引き止め、高校を中退したものの再度学校に行った人の話をしてくれました。

その人は退学した数年後に子どもが産まれ「子に恥じない父で居たい」と思い、定時制高校に通い出したそうです。

 

「いつか勉強しておけば良かったと思う日が来るよ」と言う先生。

先生の話に少しだけ心を動かされましたが、結局休学を選びます。

 

その時のやり取りを詳しくこの記事に書いています。

 

手続き上はどうなったのか詳しくは分かりませんが、そこから学校に行くことは一度としてありませんでした。

 

そして、そのまま三学期の終わりに自主退学しました。

自分ではこの期間を『ひきこもり期間』だと思っていますが、世間の扱い的には『ひきこもり』よりも『不登校』だったのかもしれません。

 

 

休学してから三ヶ月ちょっとは無気力に過ごしていましたが、徐々に「何かしなくては」という焦りが出てくるようになります。

 

焦りはひきこもり脱出の一歩目です。

親も何も言わず見守ってくれていたこともあり、自分の好きなようにひきこもり生活を送っていたため、エネルギーが充足したのでしょう。

 
第一歩を踏み出した人のドット絵

 

「勉強なんかしなくても生きていける」と根拠のない自信を持ち、たかを括っていた私はバイトをしてお金を稼ぐことに決めました。

 

タウンワークで15歳でも働けるバイトを探します。

そして見つけたのが某ファーストフード店の募集。

面接を受けるため、震える手で電話をかけます。

 

続きます…

 

 

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一時期いじめられた小学校、卒業後は親の仕事の関係で転勤しました。

 

別の地方から関西への転勤だったこともあり方言をバカにされたりもしましたが、それも最初のうちだけでした。

間もなくクラスにも慣れ、陸上部に入ります。

 
陸上部のドット絵

 

部活は楽しく大会で結果も出せましたし、彼女もできて正に順風満帆でした。

 

陸上部の話はこの記事に書いています。

 

しかし、楽しい中学生時代も三年生の時に終わりを迎えます。

 

それは部活を引退した後のことでした。

クラスメイトが友達の陰口を言っているのを聞いて、唐突に気付きます「人は人に悪意を向けるものだ」と。

 

小学校の時にいじめられたにも関わらず、不思議とそれまで悪意の存在を意識していませんでした。

ひょっとしたら辛くて、いじめられた記憶を封印していたのかもしれません。

 

人の悪意に気づいた後は、それを意識し過ぎて「自分はいじめられるかもしれない」「視線を動かすとそれが理由でいじめられるかもしれない」という一種の強迫観念的な思考を抱いてしまいました。

 
人々の悪意のドット絵

 

実際はそんなわけないのですが、恐怖で視野が狭くなった中学生の私は被害妄想に苛まれます。

それに過去にいじめられた経験が、いじめられる恐怖をより大きくしていました。

 

その恐怖は学校にいる時だけでなく、次第に寝る前や休みの日にも「〇〇したらいじめられるかも」「いじめられたらどうしよう」という恐怖に支配されるようになっていきます。

 

眼球を動かすだけで敵意を向けられる。

そう思ってしまえば、中学校はあっという間に耐え難い苦痛の場所になります。

 

卒業までの登校日を書いたカレンダーを自作し、一日一日バツ印をつけて、歯を食いしばりながら通う日々でした。

毎日が憂鬱で毎晩中々寝られません。

 
不眠のドット絵

 

ここまでいじめに怯えたのは、事なかれ主義の担任、部活というやりがいの喪失、クラスでのいじめ、思春期真っ只中など、私の性格に加えて様々な要因が絡み合った結果だったと思います。

 

実際は中学校でいじめられることは無かったので、完全に杞憂でした。

結果を知っている今では、中学校での自分の思考回路の歪さを俯瞰して見られますが、当時の自分からしたら目の前は真っ暗です。

 

たまに欠席しつつ何とか卒業したものの心はボロボロ。

そして、そんな心のまま入学した高校は中退してしまいます。

 

続きます

 

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今回は小学校でのいじめについてです。
小学5年生から数ヶ月間(一年未満)いじめられました。
 
きっかけは友達とのケンカ。
ケンカした友達からいじめが始まり、クラスに広がります。
 
その内容は基本的に不名誉なあだ名で呼ばれるというものです。
実際のあだ名はもっと酷いのですが、書きたくないくらいイヤなので、ここでは仮に『ウンコマン』としますが、そう呼ばれ続けました。
 
小学生のドット絵
 
殴られたりとか、お金を取られたりとかはありませんでしたが、ノートに「死ね」と書かれたり、「こいつに触ったら菌が感染る」的なバイ菌扱いも受けました。
 
私がリアクションをほぼ取らなかったからか、いじめの張本人に直接「ウンコマンと呼ぶのは止めてほしい」と伝えたからか分かりませんが、いじめは小学校6年生の終わり頃には無くなります。
 
無くなりはしましたが人間関係は元通りとはいかず、割りとぼっちな小学6年生を過ごしました。
 
当時の学校生活についてはこちらに書いています。
その上、心の傷も負いました。
特に女子からの扱いが酷かったので、しばらく同い年くらいの女子には苦手意識を持つことになります。
 
同世代の女性と話せるようになるのは、そこから4年後。
バイトをするようになってからです。
 
それも恐る恐る話しかけては、「話し方間違えたかも。あぁ駄目だ。」という自己嫌悪の連続でした。
苦手意識が完全に無くなるには更に2年くらいの期間が必要でした。
 
落ち込んでいる人のシルエット
 
文部科学省の調査(令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果)によると、全国の小学校のうち90.1%がいじめを認知しており、これは「いじめはどの学校でもある」と言えるような結果です。
 
どこでもあるし、いじめている方は「大したことをしていない」と思うかもしれませんが、その大したことないはずの行為は、いじめられた側に年単位の心の傷を負わせます。
中には一生傷が癒えない人もいるでしょう。
 
今いじめられている人に一つだけ言いたいことがあります。
 
それは、「あなたは悪くないし、限界になる前に逃げてほしい」ということです。
耐えて耐えて、心身が壊れるくらいなら不登校になる方が良い。
そう思います。
 
非常口の看板のドット絵

 

そして、小学生の頃のいじめは私の中学校生活に大きな影を落とすことになります。

 

続きます。

 

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