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はじめての方はこちらをご覧下さい。
この記事は中卒ひきこもりニートから介護士になった自分の今までを振り返るシリーズです。
最初の話はこちら
黒板を見ただけでイジメられるんじゃないか?
そこまで思い詰めた中学校を何とか卒業しましたが、卒業するために精神力を使い果たしてしまいました。
高校は行ったものの、一学期の途中で母に「辞めさせて下さい」と泣きながらお願いします。
当時は辞める理由を色々こじつけていましたが、その本質は『学校に通う』という行為そのものが苦痛で耐えられなくなったからです。
いじめられたわけでもなく、勉強についていけなくなったわけでもなく、ただ学校に行くのが辛いというのは、今考えても不思議なものです。
泣いて「将来のために通った方が良い」と言う母に、「将来のためよりも、このまま高校に通えば今の自分が壊れてしまう」と退学を懇願する息子。
結局は折衷案として休学することになりました。
休学の前に担任の先生と母と私の三者面談が開かれます。
先生は退学を引き止め、高校を中退したものの再度学校に行った人の話をしてくれました。
その人は退学した数年後に子どもが産まれ「子に恥じない父で居たい」と思い、定時制高校に通い出したそうです。
「いつか勉強しておけば良かったと思う日が来るよ」と言う先生。
先生の話に少しだけ心を動かされましたが、結局休学を選びます。
その時のやり取りを詳しくこの記事に書いています。
手続き上はどうなったのか詳しくは分かりませんが、そこから学校に行くことは一度としてありませんでした。
そして、そのまま三学期の終わりに自主退学しました。
自分ではこの期間を『ひきこもり期間』だと思っていますが、世間の扱い的には『ひきこもり』よりも『不登校』だったのかもしれません。
休学してから三ヶ月ちょっとは無気力に過ごしていましたが、徐々に「何かしなくては」という焦りが出てくるようになります。
焦りはひきこもり脱出の一歩目です。
親も何も言わず見守ってくれていたこともあり、自分の好きなようにひきこもり生活を送っていたため、エネルギーが充足したのでしょう。
「勉強なんかしなくても生きていける」と根拠のない自信を持ち、たかを括っていた私はバイトをしてお金を稼ぐことに決めました。
タウンワークで15歳でも働けるバイトを探します。
そして見つけたのが某ファーストフード店の募集。
面接を受けるため、震える手で電話をかけます。
続きます…







