泣いて親に懇願したこと 中卒ひきこもりニートから始める介護職④ | 老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目)

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いじめ、高校中退、ひきこもり等を経験し介護士になりました。私の経験が誰かの役に立てばと思いブログをしております。

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この記事は中卒ひきこもりニートから介護士になった自分の今までを振り返るシリーズです。

 

最初の話はこちら 

前の話はこちら

黒板を見ただけでイジメられるんじゃないか?

そこまで思い詰めた中学校を何とか卒業しましたが、卒業するために精神力を使い果たしてしまいました。

 

高校は行ったものの、一学期の途中で母に「辞めさせて下さい」と泣きながらお願いします。

 
メガネをかけてる泣き顔のドット絵

 

当時は辞める理由を色々こじつけていましたが、その本質は『学校に通う』という行為そのものが苦痛で耐えられなくなったからです。

 

いじめられたわけでもなく、勉強についていけなくなったわけでもなく、ただ学校に行くのが辛いというのは、今考えても不思議なものです。

 

泣いて「将来のために通った方が良い」と言う母に、「将来のためよりも、このまま高校に通えば今の自分が壊れてしまう」と退学を懇願する息子。

 

結局は折衷案として休学することになりました。

休学の前に担任の先生と母と私の三者面談が開かれます。

 
三者面談のドット絵

 

先生は退学を引き止め、高校を中退したものの再度学校に行った人の話をしてくれました。

その人は退学した数年後に子どもが産まれ「子に恥じない父で居たい」と思い、定時制高校に通い出したそうです。

 

「いつか勉強しておけば良かったと思う日が来るよ」と言う先生。

先生の話に少しだけ心を動かされましたが、結局休学を選びます。

 

その時のやり取りを詳しくこの記事に書いています。

 

手続き上はどうなったのか詳しくは分かりませんが、そこから学校に行くことは一度としてありませんでした。

 

そして、そのまま三学期の終わりに自主退学しました。

自分ではこの期間を『ひきこもり期間』だと思っていますが、世間の扱い的には『ひきこもり』よりも『不登校』だったのかもしれません。

 

 

休学してから三ヶ月ちょっとは無気力に過ごしていましたが、徐々に「何かしなくては」という焦りが出てくるようになります。

 

焦りはひきこもり脱出の一歩目です。

親も何も言わず見守ってくれていたこともあり、自分の好きなようにひきこもり生活を送っていたため、エネルギーが充足したのでしょう。

 
第一歩を踏み出した人のドット絵

 

「勉強なんかしなくても生きていける」と根拠のない自信を持ち、たかを括っていた私はバイトをしてお金を稼ぐことに決めました。

 

タウンワークで15歳でも働けるバイトを探します。

そして見つけたのが某ファーストフード店の募集。

面接を受けるため、震える手で電話をかけます。

 

続きます…

 

 

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