大学という斜陽産業 -2ページ目

学部の予算の柔軟性を高めてほしい

学部の、というよりも大学全体の予算も、という話なのだか、単年度主義を改めてほしい。そして、いっそのこと、学部の予算も、繰越等を認めてほしいと思う。

 

勤務先では、学部の学生数に応じて予算配分がされるが、年度末に余ると本部に返す。そもそも、予算の見積もりが甘いという批判も受けそうだが、予算消化のための執行が年度末に行われているのも事実。

 

そんなことをせずに、繰り越して使うことを認めてほしい。科研費だって基金化されたし。いやいや、もうここまで来たら、資産運用などを認めて学部の予算の柔軟性を認めてほしいと思う。

スーパー銭湯

このブログを始めてから相当の時間が経っていて、当然歳も取る。衰えも出てくる。
その一つが聞き間違い。
 

テーマリストをよくよく見てみたら「空耳」があって、聞き間違いをネタにしたエントリーがありました。
ということで、復活!待望かどうかはわかりませんが。

ニュースで、ある調査結果の報告の一端を報道していた。その中で、急に、

 

スーパー銭湯

 

と言い出した。こっちは????である。調査項目とまったく関係ない。
アナウンサーが言っていたのは、

 

数%(すうぱーせんと)

でした。

お後がよろしいようで。
 

 

 

生成AIを導入して欲しい

勤務先でもマイクロソフトの包括契約など、いろいろなツールを使えるような環境があるけれど、やはり生成AIを全学的に使えるようにしてもらいたい。

少し前までは、DeepLとかGrammarlyとかを研究費で使っている教員が一定数いたが、最近はChatGPTも増えている。Proとは言わないけどEduぐらいは導入してもらえないかと思う。滋賀大がうらやましい。

 

 

 

 

日曜も授業をしてはどうか

いつまで続くか大学改革与太話シリーズ。

勤務先でもGWの一部は授業をしているし、他の祝日にも授業がある。

いっそ、日曜日も授業すれば良いのに、と思うことがある。事務職員はいやがりそう。でも、子育てが終わった世代の教員だったら、混んでいる日曜に出かけるのではなく、比較的すいているであろう平日にお出かけしたい、と思っている人もいるのではないか?いや、自分がそう思っているだけかも。

 

土日の担当になったら割増賃金を払えば、もっとやりたい言い出す教員が増えるかもしれない。割増賃金目当てに、逆に皆やりたいとなったら困るけど。


教室などの施設などの制約で、時間割を組むのも大変そうな今の勤務先の状況を見ると、土曜も日曜も授業をすれば、だいぶ時間割に余裕が出来そうな気もする。
 

驚くことか?

あえて煽るようなタイトルをつけてみたけど、業界人にとっては、大学の学生募集停止自体驚くようなことではないと思う。

ただ、伝統ある大学が、というのがあるかもしれない。しかし、企業の場合、経営が傾いて倒産に至らなくても他の企業に買収されるという例はいくらでもあるように思うが、学校法人の場合はあまり無いように思うのは調査不足?

いわゆるビジネスモデルを大きく変えることが出来ないのが大学なので、魅力が無いのかもしれませんね。でも、SBI大学院大学やZEN大学など企業主体の大学が既存の学校法人を買収する日も近いような気もする。

 

 

 

 

オンライン授業と対面授業の境目

業界人にとっては当たり前の話であるが、通信制の大学を除いて、多くの大学は対面授業が基本。というか、卒業要件単位として認められるオンライン授業の単位の上限が、お上によって定められている。

しかし、その授業がオンラインか対面かの境目は、90分・半期15回の授業の場合、オンラインの回が7回までだったら対面となる。要するに半分以上は対面で実施しているから、ということ。この7回という回数、なんだかビミョーなラインですよね。根拠はないですけど、個人的には、オンライン5回ぐらいが境目でもいいような気もします。とはいえ、自分の場合、本務校も非常勤先もフル対面を選択していますが、休講した場合の補講としては、補講日の設定が難しいので、オンラインにしています。



 

そろそろGWですが、今年は何連休ですか?

そろそろGWです。

毎年、業界的には何連休なのかが話題に上がることがあります。

 

昔々、GWとはいえ、3日と5日は祝日でも、4日が平日だったこともありますが、今は4日も休みになっているので、普通にこの3日間は休みでしょうか?

 

年によっては、4月29日(金)、30日(土)、5月1日(日)と続いたあとの2日(月)を休みできると、ほぼ1週間休みになりますね。大学によっては、この2日を休みにしたりしなかったりと。今年は29日が火曜日なので、4月30日~5月2日は授業でしょうか。もしかして、休みにしている大学もあるかもしれませんね。

 

ちなみに、勤務先では4月29日は授業をします。

 

GWではないですが、いわゆるハッピーマンデーの月曜の祝日は授業をすることも多いです。そして父母から、「どうして大学は祝日に授業をするのですか?」を聞かれることもあります。業界的には祝日にも授業がある場合があるのはもはや当たり前だけど、世間は違うようです。でも、トヨタカレンダーのように企業独自のカレンダーもあるのに、大学独自の常識でもないような気もします。

卒業に必要な単位に不足する単位数に比例した学費制度

いつまで続くかわからない、大学改革与太話シリーズ。

以前、単位数に連動する学費について聞いたことがある。

 

文系の大学生の一定割合は、3年生までで卒業に必要な単位をほぼ取り切って、4年生は就職活動に専念。授業を履修していないのに、学費を払うのはおかしい、という批判に応えるべく、単位数に応じた学費制度を導入とのこと。

 

完全に単位数に連動しているのではなく、基本料金のような一定額の学費と履修登録した単位数に応じた学費が大学に納入する1年間分の学費となるとのこと。その結果、4年生の学費は抑えられることになる、という訳だが、そうは問屋が卸さなかったそうで、4年生が学費を節約するために、卒業にギリギリな単位数しか履修登録しない結果、逆に留年が増えたとか。定額制だと、いわゆる保険をかけて、多めに履修登録するのだが、このような学費制度だと多く履修すると学費が増えるので、それを避けたとしても、上手くいかないと留年してしまって、トータルではさらに学費がかかるということ。

そこで、その改良版を考えてみた。この話の詳細までは把握していないので、その制度に含まれている内容かもしれないけど、あくまでも与太話なので、ご容赦を。改良版といえるかどうかは怪しいが。

その仕組みとは、毎年の学費は卒業に必要な単位数のために履修しなければいけない最低単位数に応じて決まるようにするものである。イメージとしては、1年生の時は学費が高く、単位を取るにつれて年々学費が減っていく、というものである。

 

計算を単純にするために、1年間の基本となる学費を100万円とし、卒業要件単位を100単位とする。また、1年間に履修できる単位数の上限は30単位とする。

 

1年生の時は100万円を納入する。仮に1年生の間に30単位修得したならば、2年生以降で履修すべき残りの単位数は70単位となる。すなわち、卒業に必要な残りの単位数の割合は70%となる。その結果、2年生の学費は、100万円に70%を乗じた70万円となる。仮に4年生になるまでに毎年30単位取得したならば、3年間で90単位を取得しているので、4年生では卒業に必要な残りの単位数の割合が10%になる。よって、納入するのは10万円。しかも、履修できる上限の単位数は30単位と変わらないので、保険が掛けられる。

もし、1年目にさぼって、10単位しか修得できなければ2年生の学費は90万円となるので、学費を抑えるためには真面目に勉強しなければいけない、ということになる。

これは、経済的なインセンティブで学生にもっと学ばせようというものだけど、えてしてこういうのは事前の予測通りにはならないもの。でも、今の無償化の要件もどうかと思うので、もうすこし色々と工夫してみてもいいと思う。

 

大学の授業のレベルが低すぎる?何を今更?

このような授業を肯定的にとらえているわけではないけど、何を今更の感はぬぐえません。

 

18歳人口が減り、大学数(=日本全体の大学入学定員)が増え、大学教育が一部のエリート教育からマス教育になれば、こうなることは明白だったはず。大学だって経営破綻は避けたいので、とにかく学生を確保したい、となれば益々低い方へ流れるでしょう。それを社会も、積極的に批判してきていないという意味で、まあ良しとしてきたんだと思う。加えて、〇〇の人たちは自分たちの失政を認めたくないから、反論するでしょうね。

まあ、大学数が増えたから自分もこの職に就けたのでは、という面は否定しないです。

 

色々と思うところもあるけど、上手くまとめられそうもないので、このエントリーはここでおしまい。

 

 

単位制度を変えてみたい

妄想レベルの大学改革与太話。根拠も何もない、単なる思いつきです。

科目のレベルに応じて、単位数を変えたらどうだろうか。現在は、基本は、半期15回で事前学習と事後学習をあわせて2単位。そこで、レベルが高いものほど、事前学習や事後学習が必要だろうということで、4単位、6単位と増やしていく。

楽をしたい者は、レベルが低い科目をとるかもしれないが、そういう科目は0.5単位とか少なくして、現在よりも相当多くの科目を履修しなければいけなくする。

なんてことをしてみたら、学生の学びは変わるだろうか。