朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -185ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。



山内マリコさんは、地元をとっても愛している作家さんです。



彼女は、適齢期の男女の付き合い方を教えてくれますし、女の子同士の友情を描くなど20~30代の女性心理をうまく掴んでいますね。




また、ぼくにも誰にでも共感できる軽快な文体で物語を綴っています。


だから、読み出したら終わりまで止まらなくなりますね。




さらに、富山などの地方都市を作品の舞台やテーマとして取り上げています。


そこにある何気ない日常的な出来事を固有名詞つきのリアルさを持って描ききっていますね。




特に「走っても走ってもあたしまだ十四歳」と「遊びの時間はすぐ終わる」は、共感するところがけっこうあって面白かったな。




一作目の『ここは退屈迎えに来て』に出てくる「椎名くん」が「孤高のギャル小松さん」にまた登場してきたときにはうれしかったな。




山内マリコさんの次の新作も楽しみですよ



 <目次>


さよちゃんはブスなんかじゃないよ 15


昔の話を聴かせてよ 1737


大人になる方法 3980


ケイコは都会の女 8187


ボーイフレンドのナンバーワン 8996


人の思い出を盗むな 97132


走っても走ってもあたしまだ十四歳 133151


八月三十二日がはじまっちゃった 153161


Mr.and Mrs.Aoki,R.I.P. 163172


孤高のギャル小松さん 173181


遊びの時間はすぐ終わる 183219




☆1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業後、京都でのライター生活を経て上京。

2008年「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞し、12年8月連作短編集『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎)でデビュー




77-78P


あたしは、いつになったら自分が思い描く女の子になれるんだろう。

いつになったら完成するんだろう。

それまでに、あとどれくらいの時間がかかるんだろう。


あたしがなりたいのは、きれいで、頭が良くて、おしゃれで、おもしろいことが言える人。


いつも堂々としていて、自信があって、人の媚びたりしないし、あとで自己嫌悪に陥るようなダサいリアクションもしない。


そういう女の人になれるまで、あとどのくらいかかるんだろう。


気が遠くなりそうな膨大な時間と、無駄撃ちだらけの破れかぶれな経験。


そういったものの果てにあたしはちゃんと、自分で自分に及第点を出せるような人間に、なれるんだろうか。








219P


とにかくもうちょっと、時間が必要なのだ。


自分にはなにが出来て、なにが向いていて、なにをするために生まれてきたのかを、ひと通り試してみる時間が。


そういう試みは、もう若くないと思えるようになるまで、つづけなくちゃいけない。


へとへとに疲れて、飽き飽きして、自分の中の無尽蔵に思えたエネルギーが、実はただ若かっただけってことに気がつくまで、やってみなくちゃいけない。


身の丈を知り、何度も何度も不安な夜をくぐり抜け、もうなにもしたくないと、心の底から思えるようになるまで。











エンターテインメント警察小説。



相変わらずのテンポとスピード感溢れる展開が目白押し。



導入部がちょっと長いが、話が転がり出すと急に速度が上がってくる。


「知らない世界を知るって面白い!」



陽の当たる場所ではない暗躍する世界が、小説の中にあることを知ってしまいました。



から、大沢在昌さんの描く物語の続きをまた読みたい。




◎1956年、愛知県名古屋市生まれ。79年「感傷の街角」で小説推理新人賞を受賞しデビュー。91年『新宿鮫』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞長編部門を受賞。94年『無間人形 新宿鮫4』で直木賞。2001年『心では重すぎる』、02年『闇先案内人』、06年『狼花 新宿鮫9』、12年『絆回廊 新宿鮫10』で日本冒険小説協会大賞を受賞。04年『パンドラ・アイランド』で柴田錬三郎賞、10年に日本ミステリー文学大賞、14年に『海と月の迷路』で吉川英治文学賞を受賞




144P


「本性を隠し、上べをとりつくろって裏で犯罪に手を染める奴が許せない。

法や条例で暴力団を規制しても、見かけ上のやくざが減るにすぎない。

あたかも社会に存在していないかのように仕向けたからといって、存在が消えるわけではないのだ。」



むしろ消えたと思いこむほうが危険だ。

表面の清潔さに人は用心を忘れ、疑いを捨てる。

結果、気づいたときには犯罪の牙が喉もとにつき刺さっていることになりかねない。


規制と犯罪は、殺虫剤と害虫に似ている。


どれほど強力な殺虫剤が開発されても、決してゴキブリが根絶されないように、規制が強まれば強まるほど、より狡猾で凶悪な犯罪者が現れる。


規制をせず野放しにしろということではない。

規制の結果、表面的にはいなくなったのを、消滅したと勘ちがいするのが危険なのだ。



続編があるというのは、面白いという指標のひとつ。



緩急があって軽快な物語の運び方は流石。



長編なのに長いなあと感じさせないところが素敵。



コミカルとシリアスとの匙加減もよいところ。



表紙の2本の煙草は、主人公の多田と行天の仕業か!?



二人の物語がこれからも続きそうな予感あり。





☆1976年東京生まれ。「まほろ駅前多田便利軒」で第135回直木賞、「舟を編む」で本屋大賞を受賞。

他の著書に「お友だちからお願いします」など。




366P

「大事なのは正気でいるってことだ。おかしいと思ったら引きずられず、期待しすぎず、常に自分の正気を疑うってことだ」


「自分の正気を?」


「そう。正しいと感じることをする。でも、正しいと感じる自分が本当に正しいのか疑う」




158―159P

秘密は、複雑な織物にできた綻びのようなものだ。


どれだけ丹念に、うつくしい模様を織り上げたとしても、小さな綻びをひとたび突かれれば、糸は際限なくほどけていってしまう。





115P

「アドラー心理学とは、他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学です」


アルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)は、至って当たり前でシンプルな考え。


既に分かっている人には「なるほど!」という教えだと思います。



10P

「自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである」


44P

「大切なのはなにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである」


普段見えている視点とちょっと角度が違いますが意味はわかりますよ。



11P

「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」


165P

「幸せになる勇気には、『嫌われる勇気』も含まれます。その勇気を持ちえたとき、あなたの対人関係は一気に軽いものへと変わるでしょう。」


そう考えると、悩みは減じられますね。



143P

「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」


「自分を変えることができるのは、自分しかいません。」


自分で決断して自分で責任を取ることですね。



272P

「人生とは点の連続であり、連続する刹那である。そのことが理解できれば、もはや物語は必要なくなるでしょう」


人生を言い当てているうまい表現ですね。





 <目次>

第1夜 トラウマを否定せよ(知られざる「第三の巨頭」、なぜ「人は変われる」なのか ほか)


第2夜 すべての悩みは対人関係(なぜ自分のことが嫌いなのか、すべての悩みは「対人関係の悩み」である ほか)


第3夜 他者の課題を切り捨てる(承認欲求を否定する、「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない ほか)


第4夜 世界の中心はどこにあるか(個人心理学と全体論、対人関係のゴールは「共同体感覚」 ほか)


第5夜 「いま、ここ」を真剣に生きる(過剰な自意識が、自分にブレーキをかける、自己肯定ではなく、自己受容 ほか)



☆岸見一郎さん

哲学者。1956年京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学や古代哲学の執筆・講演活動、そして精神科医院などで多くの“青年”のカウンセリングを行う。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問



☆古賀史健さん

フリーランスライター。1973年生まれ。書籍のライティング(聞き書きスタイルの執筆)を専門とし、ビジネス書やノンフィクションで数多くのベストセラーを手掛ける。インタビュー原稿にも定評がある。




例えば、思い出すから、こわくなるから、実はあまり触れたくないことってありませんか?



なにか面白そうだとか、単に興味本位では、けっして見てはいけないものがあるのではないかとあなたは思いませんか?



214P

非写真の撮影にはよくよく気をつけたほうがいい。


非写真は現実の裏側に潜んでいる魔界の存在を写しだすことがある。





ここで書かれてある「非写真」を過去に見たことがあります。


背筋が奮えて寒くなってしまい、視るのを途中で止めてしまい……。


これが魔界とつなぐ非写真なのかとやっとわかりました。




写真とカメラが誘う9編からなる恐怖と感動の短編集。



各短編の舞台は、著者さんの出身地である岩手県。



写真を通してのエピソードが数々綴られます。




まるで「リアル」です。




作者の写真への熱い思いに思わず引き込まれます。






 <目次>


さるの湯 31



合掌点 3352



モノクローム 5376


約束 7797


遠く離れて 99125


ゆがみ 127139


あの子はだあれ 141154


遠野九相図 155191


非写真 193214




☆1947年岩手県釜石市生まれ。早稲田大学卒。83年『写楽殺人事件』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。87年『北斎殺人事件』で日本推理作家協会賞、92年『緋い記憶』で直木賞受賞。2000年『火怨』で吉川英治文学賞、12年日本ミステリー文学大賞を受賞。


ミステリー、ホラー、SF、時代小説、歴史小説と幅広い分野で活躍を続けている。




203P

小説とはなにかを考えれば、反対に位置する写真がどうあるべきか自ずと見えてくる。


「小説の基本は作り事だが、それで目指すのは限りなく現実に近付けることだ。嘘と気付かれたら小説は終わる。いかにもありそうな、というリアリティが物語を支えている」



「分かります」




「だったらもう答えはでる。写真の基本が小説とは真反対の現実にあるなら、目指すべきものは非現実。かと言って加工写真のことじゃない。本当の現実なのに、こんなことがありようはずがないと思わせる非現実を探し出す。それでこそ人々は写真に驚嘆する」








これは、小説なんだ。



けれども、これはもしかして、もしかして、実話なのか?と思ってしまうそんなお話です。



後妻業(ごさいぎょう)とは、「色で老人を喰う」ような恐ろしき裏稼業。



とある結婚相談所と結託して資産家と知り合い結婚するのです。


高齢者の事情につけこんで、心の隅間につけいるところは、まったくおぞましい。



年齢を重ねても恋をしたい、一人でいるのは寂しいから誰かそばにいてほしいという切ない願いがよくわかります。



それを巧みに悪用しているところにが腹が立つのを通り越してあきれかえります。



まじめに知り合ってから、この人ならいいかと籍を入れたら……。その財産目当てに殺されてしまいます。



こんな恐ろしい人がいるなんてまったく思っていなかった。


これは、まったく小説なんだと思います。


けれども、これからの高齢社会においても、ありえるお話ではないかと思ってしまうのです。



甘い話にはぜひ気をつけたい!



その人の経歴をちょっと調べるとわかりますよ。



悪人は今に始まったことではないからです。



このように気持ちを入れ込ませてくれた黒川博行さんの手法にはまったく恐れ入りました。



また素晴らしい作家さんと知り合うことができてうれしい!




☆1949年、愛媛県生まれ。京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。大阪府立高校の美術教師を経て、83年に「二度のお別れ」が第1回サントリーミステリー大賞佳作。86年に「キャッツアイころがった」で第4回サントリーミステリー大賞を受賞。96年に「カウント・プラン」で第49回日本推理作家協会賞を受賞。2014年に『破門』で第151回直木三十五賞を受賞



「そこに山があるから登る」


それぞれの主人公が、それぞれの思いを抱いて山に登っています。


山を登ることで、何か答えが導き出されたり、課題が解決できるようなもの?


登山するって、そんなようなことだけじゃないのでは?と思って。


261P

「険しい道を登りきった先に待っている景色に出会えることが、登山の楽しみの一つだとは思っている。何でわざわざしんどい思いをして山に登るの?と訊かれたことは一度や二度ではない。」


263P

「もったいないよな。世の中にはすごい場所やきれいな景色がいっぱいあるのに、それを知らずに過ごすのは」


ほんと湊かなえさんらしくない小説!


ぼくはこういう感じの湊さんも好きだな。


「告白」「夜行観覧車」「Nのために」等々、いままで読んだ本とはまったく趣きが違います。



淀みきった空間の中から、急に爽やかな風が吹く平原に移動したような感じ。



「山女―やまおんな」



登山好きならなおさら共感しやすい部分もあるのかなと思って。


山や植物の描写、登山好きな人の心理もよく描けているから、山登りをしたことがない人でも、これを知ってしまったら無性に山に登りたくなってくるはずだ。


また、女性の心理を丁寧に描き込んでいるから、共感と感動を呼ぶと思いますよ。


 <目次>


妙高山 42


火打山 4380


槍ケ岳 81119


利尻山 121159


白馬岳 161197


金時山 199232


トンガリロ 233292




1973年広島県生まれ。2007年「聖職者」で小説推理新人賞、12年「望郷、海の星」で日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。他の著書に「豆の上で眠る」など





267P

「一身の命は限りあるが、芸術を残していくことは後の世の人のためである。」



長野県松本市に行ったとき、美術館全館をあげて草間さんの展示をやっていたのを思い出します。


そのときこの世界に彼女がいることを初めて知りました。




彼女の水玉模様の作品は、忘れることはできません。


頭の中にはっきりと思い浮かべることができます。


たとえば、黄色のかぼちゃに黒の水玉模様。大きな赤い人形に白の水玉模様等々。





水玉模様を生涯一貫して描いてきた彼女の創作意欲はたくましい!



単身でアメリカに渡って成功した功績とその彼女の行動力が素晴らしい。 





約半世紀以上前から発信し続いている彼女の芸術表現がやっと今の時代となって理解されてきたのか。

やっと時代についてきたかなという印象を持ちます。





彼女を評価する多くの評論が引用されていますが、嫌味たらしくも驕りとも感じません。



彼女は今までそれ以上のことをこの世の中で成し遂げてきたから。



わたしたちに比類なき才能の軌跡を残してくれているから。



やはり天才前衛芸術家とはこういう人の事を言うのか。



 <目次>



第1部 ニューヨークに渡って―前衛アーティストとしてのデビュー 1957‐1966


第2部 故国を去るまで―画家としての目覚め 1929‐1957


第3部 反戦と平和の女王となって―前衛パフォーマンスの仕掛け人 1967‐1974


第4部 私の出会った人、愛した人―G.オキーフ、J.コーネル、A.ウォーホル他


第5部 日本に帰ってから―日本から発信する世界のクサマ 1975‐2002


落涙の居城に住みて





◎前衛芸術家。小説家。

1929(昭和4)年長野県松本市の種苗問屋の末娘として生まれる。10歳の頃より水玉と網模様をモチーフに絵を描き始める。


’57年渡米、翌年ニューヨークに移り、ネット・ペインティングを発表し話題となる。その後も彫刻、映像、パフォーマンス等、自らの表現を追求し続ける。’73年帰国。’83年小説『クリストファー男娼窟』で野性時代新人賞受賞。

2009(平成21)年文化功労者に選出される。

’11年テート・モダン(ロンドン)企画の欧米回顧展が国立ソフィア王妃芸術センター(マドリッド)からスタート、仏・英・米の主要美術館へ巡回




266-267P



いま、私が第一に考えることは、一にも、二にも、いい芸術を作りたいということだ。私の心の中には、それ以外はない。




(中略)



人生は真実素晴らしいとつくづく思い、体が震えるほど、芸術の世界は尽きることなく興味があり、私にはこの世界しか希望のわく、生きがいのある場所は他にないのだ。


そして、そのために如何なる苦労をしても悔いはない。私はそのようにこれまで生きてき、これからもそう生きていゆく。






83P

「もう一度、一度きりでいいから、あなたと風の盆に行ってみたい……。ね、私を風の盆に連れて行って下さい。」



 


「うつつ(現実)」と「夢と幻」が交叉する世界。

これは、都築克亮と中出えり子が逢瀬を重ねる大人の恋の物語。



 


230P

「……そんな、夢みたいなこと」

信じられないという顔でえり子は首をふった。

「夢というなら、なにもかも夢じゃないのか、八尾も幻じゃないのか」

「だから、うつつは喪服の中にとじこめました」

都築を見据えるような眼だった。



 


いままさに目の前で実演されているかのようで、自分をそこに重ねてしまうような錯覚をしながら、この物語に陶酔してしまいます。



 


「失楽園」など、あの渡辺淳一さんの小説をふと思い出しながら。


でも、じつはそれとはニュアンスが違うよと気づいていて。


あまりのリアルさのために、目を背けるほどのエロさではなく、艶やかさがあるしっとりしたようないやらしさだなと思って……。



 


富山市八尾地域の川や地名などがあちこちで出てきます。


それを手探りしながら、都築克亮と中出えり子が歩いた八尾の街や二人の家などを自分の足で突き止めたくなります。



 


「おわら風の盆」が全国的に人気が出たのがわかります。



 


255P

八尾の町には風の盆に関係なく稽古のおわらの音が流れる。それを聞くたびに、とめには今にも玄関が開いて都築とえり子が入って来るように思えてならない。



 


自分の眼でそれを確認してみたい!



 


自分の肌であれを感じてみたい!



 


この舞台となった「おわら風の盆」を僕の心でしっとりと見てみたい!




 <目次>





序の章


風の章


歌の章


舞の章


盆の章



1929(昭和4)年、千葉市に生まれる。金沢の第四高等学校を経て東京大学文学部国文学科を卒業。松竹に入社し、1960年より監督作品を発表、並行して戯曲も執筆する。1965年松竹を退社、本格的な作家活動に入る。1984年第90回直木賞を受賞




 


 



以下は、おわら風の盆出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』からの抜粋です。




 


「おわら風の盆は、富山県富山市八尾地域で毎年9月1日から3日にかけて行われている富山県を代表する行事(祭り)である。


越中おわら節の哀切感に満ちた旋律にのって、坂が多い町の道筋で無言の踊り手たちが洗練された踊りを披露する。


艶やかで優雅な女踊り、勇壮な男踊り、哀調のある音色を奏でる胡弓の調べなどが来訪者を魅了する。


おわら風の盆が行なわれる3日間、合計25万人前後の見物客が八尾を訪れ、町はたいへんな賑わいをみせる。」


 




高橋治の小説『風の盆恋歌』(1985年刊)が発表されると「おわらブーム」に火がつきテレビドラマ・演劇化された、また石川さゆりの同名タイトル「風の盆恋歌」も発表され(1989年 なかにし礼作詞、三木たかし作曲)、「風の盆」は全国的に有名になった。



以来、ふだんは人口2万人ほどの山間にある静かな町に、「風の盆」の3日間に30万人ほどの観光客が訪れるようになっている。





鈴木明子さんには、壁を乗り越える力、諦めない力、継続する力があります。



それと、フィギュアスケートがとっても好きなんだとよくわかります。




早くから頭角を現す「早熟型」-天才肌で難しい技術も軽々と習得し、多くの人が長い時間をかけてようやく到達するレベルに、あっという間に駆け上がってしまうような人。


ぼくはそうではなく、あなたの言うように、芽が出るまでかなりの時間を要する「晩成型」に、自分を重ねてしまいそれにとっても憧れています。





あなたが出場されたオリンピックは、二度とも画面で見ています。


ぼくは、貪欲なほどひたむきであり、華麗であるあなたの素敵な演技を見ていて心が動かされました。





一度目のバンクバーオリンピック出場を決めた全日本選手権(二位)のときは、三位になった中野友加里さんを応援していました。

けれども、二度目のソチオリンピック出場を決めた全日本選手権優勝のときには、なにかが乗りうつったかと思われるような鬼気迫る顔とそのすばらしい演技にとっても魅了されていました。





154-155P

「どんな競技であれ世界レベルの戦いに出場するとなったら、用意周到に準備をするのが当たり前で、最初から軽く勝てるなどと考えている人は、選手にもスタッフにもひとりもいません。それでも思いどおりにいかないのがスポーツなのです。

だから、メディアが伝えるべきは、まずは選手たちが国の代表として力を発揮できるよう厳しいトレーニングを重ね、重圧に耐えてきたという事実ではないでしょうか。

そういうアスリート側に立ったレポートが、自分ならできるのではないかと思っています。」





155P

「スケートの魅力を世の中にもっとわかってもらって、競技人口を拡大していく。これもぜひやっていきたいことのひとつです。

ジャンプの技術などを指導できる人は、すでにたくさんいると思いますが、自分の気持ちをスケートを通して観客に表現するにはどうしたらいいかを、きちんとしたメソッドで教えられる人はまだそれほど多くないので、私がそれをできるようになれば、これまでお世話になったスケートに、多少なりとも恩返しできるかもしれません。」





鈴木さんならではのアスリート側に立ったレポートをしていってほしい。




また、自分の気持をお客様に対してうまく表現できる方法をあなたの後輩たちにぜひ教えていってほしい。






いずれにしても、鈴木明子さんの活躍をこれからも応援していますよ。




 <目次>

はじめに


第1章 遠回りという素晴らしい生き方(早熟型と晩成型、乗り越える喜びを知らない早熟型の不幸 ほか)


第2章 好きなことをやりましょう(大事なのは才能より好きかどうか、スケートがいちばん好きだった ほか)


第3章 壁はこうすれば越えられる(練習は裏切らない、必要な努力の量を見極めるのは難しい ほか)


第4章 本番で力を発揮するには(練習で120点とれなければ本番で100点は無理、絶好調は危険 ほか)


第5章 私が尊敬する遅咲きの人たち(圧倒的な存在感―市村正親さん、真っ直ぐな人―葛西紀明さん ほか)


おわりに




1985年生まれ。愛知県出身。東北福祉大学卒。6歳からスケートをはじめる。バンクーバーオリンピック、ソチオリンピックで2大会連続8位入賞。2013~2014全日本選手権優勝。






◎88P

好きなこと、やりたいことがあるのなら、自分に才能があるかどうか考える前に、とりあえずやってみたほうがいいと私は思います。


それをやることによって誰かに迷惑がかかるなら別ですが、そうでないなら勇気をもって挑戦すべき。夢があってもその夢に向けて踏みださなければ、その夢がかなう可能性はゼロです。


そして、始めたらあまり焦って結果を求めてはいけません。

成功した人にその秘訣を聞くと、よくこんな答えが返ってきます。


「成功するまで努力をやめない」


本当にそのとおりです。とくに私のような晩成型の人間にとっては、まさにこれが実感だといっていいでしょう。


あきらめて投げ出してしまったら、すべてはそこで終わってしまいます。けれども、踏みとどまって努力を続けていれば、いずれどこかで季節外れの花が咲くかもしれないのです。