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「一身の命は限りあるが、芸術を残していくことは後の世の人のためである。」
長野県松本市に行ったとき、美術館全館をあげて草間さんの展示をやっていたのを思い出します。
そのときこの世界に彼女がいることを初めて知りました。
彼女の水玉模様の作品は、忘れることはできません。
頭の中にはっきりと思い浮かべることができます。
たとえば、黄色のかぼちゃに黒の水玉模様。大きな赤い人形に白の水玉模様等々。
水玉模様を生涯一貫して描いてきた彼女の創作意欲はたくましい!
単身でアメリカに渡って成功した功績とその彼女の行動力が素晴らしい。
約半世紀以上前から発信し続いている彼女の芸術表現がやっと今の時代となって理解されてきたのか。
やっと時代についてきたかなという印象を持ちます。
彼女を評価する多くの評論が引用されていますが、嫌味たらしくも驕りとも感じません。
彼女は今までそれ以上のことをこの世の中で成し遂げてきたから。
わたしたちに比類なき才能の軌跡を残してくれているから。
やはり天才前衛芸術家とはこういう人の事を言うのか。
<目次>
序
第1部 ニューヨークに渡って―前衛アーティストとしてのデビュー 1957‐1966
第2部 故国を去るまで―画家としての目覚め 1929‐1957
第3部 反戦と平和の女王となって―前衛パフォーマンスの仕掛け人 1967‐1974
第4部 私の出会った人、愛した人―G.オキーフ、J.コーネル、A.ウォーホル他
第5部 日本に帰ってから―日本から発信する世界のクサマ 1975‐2002
落涙の居城に住みて
◎前衛芸術家。小説家。
1929(昭和4)年長野県松本市の種苗問屋の末娘として生まれる。10歳の頃より水玉と網模様をモチーフに絵を描き始める。
’57年渡米、翌年ニューヨークに移り、ネット・ペインティングを発表し話題となる。その後も彫刻、映像、パフォーマンス等、自らの表現を追求し続ける。’73年帰国。’83年小説『クリストファー男娼窟』で野性時代新人賞受賞。
2009(平成21)年文化功労者に選出される。
’11年テート・モダン(ロンドン)企画の欧米回顧展が国立ソフィア王妃芸術センター(マドリッド)からスタート、仏・英・米の主要美術館へ巡回
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いま、私が第一に考えることは、一にも、二にも、いい芸術を作りたいということだ。私の心の中には、それ以外はない。
(中略)
人生は真実素晴らしいとつくづく思い、体が震えるほど、芸術の世界は尽きることなく興味があり、私にはこの世界しか希望のわく、生きがいのある場所は他にないのだ。
そして、そのために如何なる苦労をしても悔いはない。私はそのようにこれまで生きてき、これからもそう生きていゆく。
