朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -174ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。




桜木紫乃さん。


愛とは双方向なのかな!




伊澤と紗希との愛しさと愛しみが交互に絡み合って、人を魔性なる狂気に変えてしまう。



そんな危うさと怖さを感じています。




これは現実にもありえるのかもしれない。




全編に漂っているある種の、背中がぞくぞくするような、鬱々とするような、じめっとするような、負の匂いや黒い背徳感。




桜木さんが描くそれらがぼくは嫌いではありません




終わりには、思いがけない展開がおとずれて度肝が抜かれます。


 <目次>

1 新潟・亮介

2 銀座・紗希

3 南神居町・亮介

4 東京・紗希

5 カムイヒルズ

6 南神居町・紗希

7 小木田と春奈

8 釧路・紗希

9 楽園の蜘蛛

10 東京・紗希

11 新潟・亮介

12 新潟・紗希




◎1965年北海道生まれ。「雪虫」でオール讀物新人賞受賞、同作を収めた「氷平線」でデビュー。「ラブレス」で突然愛を伝えたくなる本大賞、島清恋愛文学賞、「ホテルローヤル」で直木賞受賞。




108-109P

「ずいぶんと、イメージが」

その後に続く言葉を失った。陰った天候のせいなのか。身につけるものが質素であればあるほど、白川紗希の色の白さや薄い化粧や首や手足の細さ-ほどよい丸み-が際立つようだ。水商売の水に染まらぬ気配は、そのまま彼女の傷の深さを思わせた。どんな環境に置かれても、人はその場の色に染まったほうが楽に生きられる。紗希にはそうした器用さがほとんど感じられなかった。




172P

伊澤のことを考えると、胸奥に柔らかい風が吹く。彼は紗希よりも老いているぶん不幸であり、そのことを内側に隠しておける大人だった。彼の胸にある傷を素手で撫でてみたい。痛みと癒やしの均衡は、よりいっそう伊澤を輝かせ、紗希を救ってゆくに違いなかった。





小池真理子さんらしい哲学的な小説。


だからこそ心して読むことができました。




大人の恋が描かれた作品が入っています。


5、6年ほど少し前に読んでいたら、伝えようとしている意味がなかなかわからなかっただろう。


経験も伴っていないから。


男と女や愛と性、生と死……。



ここに出てくる物語は、当たり前のようであるが、平凡なような生き方じゃない。



一部の人たちの変わった別の人生じゃないかなと。




題名となった「千日のマリア」の義母との関係は難しいな。


そういう立場になってみないとわからない。複雑な気持ちになります。




また、「修羅のあとさき」の多幸症の女性の話は、とても印象深く記憶に残りました。



その状態が幸せともかわいそうとも誰もがそう言えないなと。


考えさせられます。


 <目次>

過ぎし者の標

つづれ織り 45

落花生を食べる女 79

修羅のあとさき 105

常夜 147

テンと月 181

千日のマリア 195

凪の光 235




◎1952年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。1989年「妻の女友達」で第四二回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)、1996年『恋』で第一一四回直木賞、1998年『欲望』で第5回島清恋愛文学賞、2006年『虹の彼方』で第一九回柴田錬三郎賞、2012年『無花果の森』で第六二回芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)、2013年『沈黙のひと』で第四七回吉川英治文学賞を受賞






262P

潔癖さ、寛容さ、感受性、慈愛の精神、素直さ……それらが余すところなく集まって、より子という人間を作っている。真摯でまっすぐで、情は深いが、決して人の道から外れない。


そんなより子を今も深く愛し続けているであろう敏也もまた、より子に寄り添いながら、漣ひとつ立たない穏やかな一生を終えるに違いなかった。ここにいるのは、稀にみる深い信頼と確かな情愛で結びついている夫婦であった。


それは思いがけず、知美をしんと静かな気持ちにさせた。それは甘美な静けさと言ってよかった。めったに手に入れることのできない本物の安らぎ、透明で穢れのない人間の本質を見ているような気もした。

気がつくと、視界がうるんでいた。より子たちに気づかれやしなかったろうか、と慌てた。






“お金が増える財布のルールを知り実行すれば、誰でも、お金の流れが驚くほど変わります。


財布やお金との正しいつきあい方を知り、ぜひお金に愛される人になりましょう。”



佳山知未さんは、とっても輝いています。


近寄ると熱いくらいかわいい女性です。


ピンク色がとっても似合っています。


人やお金から愛されているオーラ―をすごく感じています。



イラストを踏まえて詳細にわかりやすく丁寧に書かれてあります。


難しい表現もなく、頭だけでなくこころにまですっと理解できる内容です。



相手の立場に立って考えてみることは、人もお金に対しても同じです。


お財布やお金がどうやったらうれしいのか!という視点が重要です。


お財布の身になって考えましょう!


お金を大切に扱いましょう!



「お金を愛すること、肯定することから始まります」


「人と接する時と同じように大切に扱いましょう」



「お金は生きていくうえで欠かせないツールです」


「たくさんのお金を稼いで自分も周囲も幸せにしましょう」




目からうろこが落ちる思いをしています。



佳山先生が講演会でおっしゃっておられたことを反芻(復習)するとともに、


新しい視点も見つかったのでさっそく気づいた事項を実践していきたいな。




 <目次>

第1章 入門編―“開運財布”ってどんなもの?(あなたの財布は、お金に愛されていますか?、どうして財布が大事なの? ほか)


第2章 実践編―お金がどんどん舞い込む“開運財布の育てかた”(買い替えのタイミング、開運財布の選びかた ほか)


第3章 ケーススタディ編―お悩み&目的別にアドバイス!“財布開運術”(浪費や衝動買いがやめられない、貯金が全然できない。お金が貯まらない ほか)


第4章 応用編―もっと金運がアップする!“行動&習慣の法則”(お金に愛される人とお金に嫌われる人との違いは?、金運体質の“素地”となるもの ほか)


おわりに




◎開運財布コンサルタント・恋愛結婚コンサルタント。長年、大手通信会社・証券会社等などで役員秘書を務めたのち、フリーとして活動を開始



佳山知未さんのブログ

http://ameblo.jp/lucky-wallet/




他人からどう思われているか気にする国民は、日本人ほどほかにはいないだろうか。



海外や外国人のことを気にしても仕方がないとはぼくは思います。



「郷に入ったら郷に従え」でしょうか。





テレビを見ていないのですが、この本を読んでみてうんうんと頷かされました。




例えば、外国人とあまり接したことがないようなぼくがこの本を読んで、なるほど!やっぱり!そうなんだ!世界の中で日本がこういう国なんだと。





外国人から日本人を客観的に見ている視点がとても参考になります。




文化や意識などの違いが、それぞれ国によって東洋と西洋など地域によってあること、


ぼくらの常識が、世界ではじつは非常識でありえることなどを知ることができました。




その意味では、客観的にみて貴重な本だと思いますね。





 <目次>

プロローグ―「クール・ジャパン」とはなにか?

第1章 外国人が見つけた日本のクール・ベスト20

第2章 日本人とは?日本人は泣くのが好き? 日本人はなぜ消臭したがるの? など

第3章 日本は世間でできている 定年後のお父さんを笑われてムッとする 恋人も世間で選ぶ など

第4章 日本の「おもてなし」はやはりクール! サービスこそが最大のクール・ジャパン/お一人様サービス大国日本 など

第5章 日本食はすごい 日本の「駅弁」はクール! 世界に誇る「umami」 など

第6章 世界に誇れるメイド・イン・ジャパン 七年間で一〇億本売れた文房具 絵文字が世界を駆け巡る など

第7章 ポップカルチャーはクールか? アイドル養成カフェは、海外で成功するか? など

第8章 男と女、そして親と子 「男性が女性のためにドアを開けるか」問題 など

第9章 東洋と西洋 「食肉用の牛」論争 「分類」か「関係」か など

エピローグ―これからの「クール・ジャパン」

最後に










12P

日本の良いところと悪いところを、日本人が願望や感情で決めるのではなく、外国人の具体的な言葉で知りたいと思いました。






15P

相手を知り、自分の国のことを具体的に知ることは、やがて、自分自身を知ることにつながるんじゃないかと思います。

世界にはこんな見方があり、こんな考え方がある。多様であることを楽しむことは、きっと自分自身の人生も豊かにし、深くすることになるのです。







223P

アートは、人間の善も悪も美しさも醜さも純粋さもいかがわしさも脆さもどぎつさも描くのです。描くからアートなのです。フィギュアがアートでないというのなら、芸能だって同じことです。光と影を描くことはアートと変わりません。






227P

それぞれの国で、それぞれの分野で確かな目を持ち、確かな現地の語学力を持ち、日本と現地の当該分野に詳しく、客観的な目を持ち、優秀な人材を育てることーそのためには、まず、資金がいるのです。そういう立場に立って生活ができるという保証がなければ優秀な人は来ないのです。








◎1958年生まれ。愛媛県出身。早稲田大学法学部卒業。作家・演出家。ラジオ・パーソナリティ、映画監督など幅広く活動。司会者も務める。著書に「孤独と不安のレッスン」など。








今野敏さんのこの刑事ものも面白い。




ドキドキするしハラハラするしスリルもあるし、中に気持ちが入り込みましたよ。



主人公の甘糟刑事は、マル暴刑事なのですが気が弱くてダメな刑事さんのように、一旦外見からそう見えます。




でも、郡原さんなど周りの人たち鍛えられながら、暴力団の抗争をやめさせてきています。



彼自身が意識していないだけで刑事としてはとても有能な人なのですよね。




甘糟さんのしゃべり口調が柔らかくて謙虚すぎて腰が低いのには、まあ共感できますね!







◎1955年北海道生まれ。上智大学在学中の78年にデビュー。「隠蔽捜査」で吉川英治文学新人賞、「果断」で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞を受賞。他の著書に「捜査組曲」など。






250P

テレビドラマなんかでいつも不思議に思うには、登場人物が何らかの問題に直面したとき、たった一人で抱え込んで、かえって問題を大きくすることだ。

そうでないと、ドラマが成立しないのかもしれないが、そんなドラマにリアリティがあるはずがない。

甘糟は、絶対に単独行動などしないし、一人で勝手に判断などしない。









ある意味、湊かなえさんのように一人称語り手喋くり口調で物語は続きます。



淡々と重たい雰囲気で次第のとおりに進んでいきます。




神様のような人格者として慕われた校長の通夜の中、故人を慕っている年齢も職業も多様な参列者からある疑惑が持ち上がるのです。






「四 通夜ぶるまい」から急に展開が面白くなりました。



そこからは、忙しくしてもう一気読みです。



この本の帯に書いてある通り「驚愕のラストを誰かと共有したくなる、読後感強烈ミステリ」でした!






例えば「通夜ぶるまい→艶ブルマ」と勘違いするなど途中にユーモアもあり(こういうのが好き!)、最後の最後のどんでん返し、予想外の展開にオチが面白いかな!



元芸人の著者さんに、まんまと騙されました。




「火花」の又吉先生のように、芸人さんって感性が鋭くて面白いものが書けるのかもしれないな。






 <目次>


一 読経

二 焼香

三 法話・喪主挨拶

四 通夜ぶるまい

五 控室

選評



◎1985年生まれ。茨城県出身。高校卒業後、6年間お笑い芸人として活動。2014年に『神様の裏の顔』(受賞時「神様のもう一つの顔」を改題)で第34回横溝正史ミステリ大賞を受賞しデビュー






344P

あの時の電話。苦しそうに乱れた呼吸で「一度帰ってこないか」と言った後、父はこう続けた。


「一度、ちゃんと……話し合いたいんだ。将来の、こととか……」

でもあたしは、その提案を突っぱねた。

「話し合いなんてしたくない。どうせお見合いしろとか言うんでしょ?お父さんは、あたしのことなんて全然分かってくれてない!」

「そんなことはない。……父さんは、お前のことは……何でも分かってるよ」


そして、父はごほごほと咳をした後、なんとも切なそうな口調で言ったのだ。

「なあ、このまま……独身でも、いいのか」

―あの言葉を、心の中で何度も反芻してみる。


あれは「独身でも」ではなかったんじゃないか。

「毒で死んでも」だったんじゃないか。


父は、あたしに毒を盛られていたことに気付いていたんじゃないか。だからあの電話の後、庭の畑の野菜をたくさん送ってきたんじゃないか。いつも段ボールに必ず入っていた手紙も添えられていなかった。あれは、庭の畑にヒ素入りの水を撒き、冷蔵庫の飲み物にヒ素を混入していたあたしの行動に、死に際になって勘付いたのだという、父からの無言のメッセージだったんじゃないか……。





とても温かい気持ちになりますね。



こころがほっこりとなりますね。



どんぶりチェーン店「友々家」の各支店長さんの物語です。



フランチャイズ事業部の霧賀さんが各店長をうまくつないでくれています。



個性的な登場人物たちによってハプニングだらけの内容で面白い。



みんなが「会社愛」や「仕事愛」に満ち溢れていますから、ぼくも頑張らなくてはいけないなと思わせてくれるちょっと軽めの一冊です。



 <目次>

松を飾る 41



雪に舞う 4382


背中に語る 83130 


一人ぼっちの二人 131172 


夢から醒めた夢 173218 


江ノ島が右手に 219268


寄り添い、笑う 269316



◎1966年東京都生まれ。中央大学卒業。編集プロダクション勤務などを経て、「笑う招き猫」で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。ほかの著書に「ある日、アヒルバス」「一匹羊」など。







143P

ウマい話を並べて、重美をイイ気にさせたりしなかった。むしろその逆だ。五十歳すぎのオバサンのあなたが、ほんとうにやっていけるのか。自信はあるのか、覚悟ができているのか。はっきり言いはしない。だが重美は、霧賀の一言一句をノートに書き取りながら、彼女の言葉の端々に、その意味が含まれているのをひしひしと感じていた。

趣味の延長でなどしていられない。本気でやらねばオシマイだ。頼るひとはいなくなった。今度、失敗したら比喩でもなんでもなく、路頭に迷うことになる。

ひとりだ。私はひとりなんだ。これから私はひとりで生きていかねばならないのだ。

霧賀の説明を聞いているうちに、改めてそのことに気づかされた。

喫茶店には三時間以上いた。外は真っ暗になっていた。




190P

「みなさんの健闘を祈ります。がんばって売ってください。よろしくお願いします。エイエイオォォ」

ラスト、そう言いながら二代目社長が青白い腕を振り上げた。その寒々しさは、見ているものの心を凍りつかせた。並みのホラー映画よりも数段上と言っていい。少なくとも友々家に関わる人間が見たら、会社の将来を不安に思うのは間違いなかった。

このDVDのせいかどうかはわからない。しかしクリスマス限定ディナーセットが惨敗におわったのは、事実だ。

この失敗の責任をだれかが取らねばならなかった。発案者の二代目を降格するわけにはいかず、担当だった佐助が責任を負うことになった。そして赤道近くの小国に飛ばされたのだ。





恩田陸さんは、学園モノが有名らしい。



甲田貴子と西脇融らの会話の中に自分の高校時代を重ねとても懐かしい思いがしています。



24時間をかけて80kmの距離を歩ききるという過酷な歩行祭をぼくは経験したことがないのにも関わらず、自分もそこで歩いているかのような体験をしました。


ぼくなら、あまりしゃべらずにただもくもくと歩くだろうか。


途中でリタイアしないだろうか!


いや、せっかくの時間だから好きな子に話しかけながらいっしょに歩くだろうか!



高校時代に同じ苦労した経験があったなら、その共有する時間は貴重なものになります。



大人になってから同じ気持ちを得ようとしてもなかなか感じることが難しいから。



振り返ってみるとその経験はかけがえのないものとなりますね。



難しい言葉を使っていないから、とても読みやすい青春小説。



ストーリーもすっと頭に入ってきますね。



この本は、人に愛されて読みつがれてきている小説なんですね。





貴子が融にずっと言えなかった秘密の告白には、心動かされました。



切なくて仕方がないようなあの青春時代は懐かしい。







山の上の夜の空は、とてもきれいです。



街燈や家の光など邪魔されなくてまっ暗いから、星の輝きがはっきりと見えるのです。



過去から未来へと永遠に続くように思える星座たち。



素直にただ眺めているだけ!



見終わってから余韻も素敵。



山の上での貴重な体験。



昔、家族と旅行したこと。



あのミステリーツアーが楽しかったな。





1964(昭和39)年、宮城県生れ。早稲田大学卒。92(平成4)年、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞を、06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞をそれぞれ受賞した。ホラー、SF、ミステリーなど、さまざまなタイプの小説で才能を発揮している





119P

昼は海の世界で、夜は陸の世界だ。

融はそんなことを思った。そして、自分たちはまさにその境界線に座っている。

昼と夜だけではなく、たった今、いろいろなものの境界線にいるような気がした。大人と子供、日常と非日常、現実と虚構、歩行祭は、そういう境界線の上を落ちないように歩いていく行事だ。ここから落ちると、厳しい現実の世界に戻るだけ。高校生という虚構の、最後のファンタジーを無事演じ切れるかどうかは、今夜で決まる。



430-431P

ぞろぞろ歩いていく友人たち。埃っぽい道。近づいてくる街の喧騒。

しかしその時、二人は見えないものを見ていた。

目には見えないが、全く同じものを。

これから先、二人を待ち受ける長い歳月。言葉を交わし、互いに存在を認めてしまった今から、二人の新しい関係を待ち受ける時間。もはや逃げられない。一生、断ち切ることのできない、これからの関係こそが、本当の世界なのだ。

それが、決して甘美なものだけではないことを二人は予感していた。




454P

一読されればわかるが、「夜のピクニック」は、ノスタルジックで、リリカルで、いつまでも読み続けていたい小説である。懐かしくて、切なくて、嬉しくて、もう最初から最後までわくわくしてしまう。生きてあることが嬉しくて、だれかに感謝しくなるような昂揚感がひしひしとわきあがってくる。読む者の胸を幸福感で一杯にするような小説だ。多幸感にみちたすばらしい小説である。こんなに素敵な小説が読まれないわけがない。読みつがれないわけがない。愛されないわけがない。





202P

「私が今あるのは野球のおかげだ。私の顔と名が少しでも役に立つなら野球のために尽くし、恩返ししたいと思っている。」

真実は本人にしか語れないな。


こんな人にスポーツを教わりたかった。


王さんのような気骨のある人物に出会いたいしそうなりたいな。



彼が何を考えてそれを行動してきたのか?

どうしてあれを決断することができたのかなどという各種の疑問をこの本で解決することが出来ました。



そして、王さんという人物のことをよく知ることが出来ました。



先人から何を学ぶか、何を得るのか。



道を極めた人や何かを成し遂げた人の言動は重い!



目標を達成したり、困難を克服しているからこそ、かれらの言葉には説得力があります!



成し遂げた内容や結果からは、仕事や人生などのあらゆる場面で大いに役に立てることができます。



例えば、スポーツ界でアスリートとして頑張りたい人だけではなく、人生を渡っていくための処世術を知ろうとして、生きる術を得ようとして、何かヒントを得るためにこの本を読んでいってもよいのではなかろうかと思います。



8P

「18.44メートルという距離を隔てて、私は投手との命のやりとりをしてきた。投手の手元から球が離れてホームプレートに達するまでコンマ数秒。のるかそるか。そんな刹那の勝負に私がどんな覚悟で挑んできたかを、この本では書きたい。勝負哲学というと大げさだけれど、記録には表れない1球1球への『思い』を、少しでも伝えられたら幸いだ。」






 <目次>


はじめに


第1章 中国人の父の教えと運命の出会い(中華「五十番」、神社や路地で野球に夢中 ほか)


第2章 一本足で常勝巨人を引っ張る(あしたから投げなくていい、「王、王、三振王」 ほか)


第3章 勝負は絶対に勝たなければ(巨人のユニホームで助監督から監督へ、日本一を果たせず退陣 ほか)


第4章 日本一、世界一、もっと遠くへ(巨人から最も遠いホークスの監督に、選手に優勝の味を ほか)


あとがき


年譜


王貞治・全記録




◎王 貞治


1940年東京都生まれ。早稲田実業学校から読売巨人軍に入団。

77年に世界記録となる通算756号本塁打を放ち、初の国民栄誉賞を受賞。

数々の記録を打ち立て、80年に現役引退。巨人監督(84~88年)を経て、ダイエー、ソフトバンク監督(95~2008年)、06年にはWBC日本代表監督を務めた。

現在は福岡ソフトバンクホークス球団取締役会長





◎172P

私は評論家という仕事を潔しとしない、と書いた。解説はしょせん、他人のやっていること、自分では責任を負えないことに理屈をつける仕事だ。講演をするといってもそれは過ぎ去った昔の話だ。私の性分にはそれは合わない。野球の現場に身を置くということは「今」を生きるということ、どうなるかわからない未来にチャレンジするということだ。ユニホームを着ていれば勝つこともあるし、負けることもある。楽しいことばかりではなく、悔しいことの方が多いかもしれないが、少なくとも自分で責任を負い、自分で勝負できるのだ。そこにしか私の生きる道はないと思った。



◎205-206P あとがきより

私の師匠、荒川博さんのような「おれについてくれば間違いないんだ」という指導者も、人を育てるには必要だと思うし、選手にしても、理屈抜きで限界に挑戦してみなければ、何もわからないのではないか。

野球に限ったことではない。時代だからといってあきらめるのでなく、ナンバーワンになることに、もっともっと執着してほしいと思うのだが、皆さんはどうお考えだろう。


(中着)今更ながらに、私の人生がいかに多くの人たちの支えられていたかを痛感するばかりだった。

また私のホームランはすべて、球場に足を運び、お茶の間で応援していただいたファンの方々の思いが形になったものである。この場を借りて、皆様にお礼を申し上げたい。



生きているといつかは火花を散らす瞬間がやってきます。

 

それぞれ人によって立場によって時期や年齢によって違うけれども。

 

 

 

 

112P 神谷さんは鍋の灰汁を取りながら、「せやな、もっと徳永の好きなように面白いことやったったらいいねん」と、無邪気な言葉をつぶいた。

 

好きなように面白いことをしてみたい。神谷さんのように

 

自分にはない勇気ある性格を持った神谷さんにぼくは憧れます。

 

 

 

 

 

 

あの大御所漫才師、横山やすしさんのように豪放磊落に生きる神谷と、ピース又吉さんご本人ではないか!?と推測される後輩漫才師、徳永との意味のあるようで、じつは深く考えていないような無性に軽いかけあいがとても楽しい。

 

 

 

 

 

 

情景が簡単に目に浮かびます。

 

5-6P

沿道から夜空を見上げる人達の顔は、赤や青や緑など様々な色に光ったので、彼等を照らす本体が気になり、二度目の爆音が鳴った時、思わず後ろを振り返ると、幻のように鮮やかな花火が夜空一面に咲いて、残滓を煌めかせながら時間をかけて消えた。自然に沸き起こった歓声が終わるのを待たず、今度は巨大な柳のような花火が暗闇に垂れ、細かい無数の火花が捻じれながら夜を灯し海に落ちて行くと、一際大きな歓声が上がった。熱海は山が海を囲み、自然との距離が近い地形である。そこに人間が生み出した物の中では傑出した壮大さと美しさを持つ花火である。このような万事整った環境になぜ僕達は呼ばれたのだろうかと、根源的な疑問が頭をもらげる。山々に反響する花火の音に自分の声を掻き消され、矮小な自分に落胆していたのだけど、僕が絶望するまで追い詰められなかったのは、自然や花火に圧倒的な敬意を抱いていたからという、なんとも平凡な理由によるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

ほかにもわかりやすい文学的な表現が随所にみられます。

 

 

 

 

彼が2千冊以上の古典を含め多くの小説を読んできたことが納得できます。

 

 

 

 

 

 

ただのどこにでもいる普通のお笑い芸人ではないことを読んではたとわかります。

 

 

 

 

 

 

又吉さんの筆跡には、訴える力がありますね。

 

 

 

 

 

16P

「漫才師である以上、面白い漫才をすることが絶対的な使命であることは当然であって、あらゆる日常の行動は全て漫才のためにあんねん、だから、お前の行動の全ては漫才の一部やねん。漫才は面白いことを想像できる人のものではなく、偽りのない純正の人間の姿を晒すもんやねん。つまりは賢い、には出来ひんくて、本物の阿呆と自分は真っ当であると信じている阿呆によってのみ実現できるもんやねん」

神谷さんは目に落ちかかる前髪を、時折指で払った。

「つまりな、欲望に対してまっすぐに全力生きなあかんねん。漫才師とはこうあるべきやと語る者は永遠に漫才師にはなられへん。長い時間をかけて漫才師に近づいて行く作業をしているだけであって、本物の漫才師にはなられへん。憧れているだけやね。本当の漫才師というのは、極端な話、野菜を売ってても漫才師やねん」

神谷さんは一言ずつ自分で確認するように話した。人前で初めて語る話か、語り慣れた話かが、話す速度と表情でわかった。

 

 

 

 

 

この小説には、作家又吉直樹さんの漫才師にかける熱い想いがこもっている。

 

 

 

 

 

 

「面白かった」

 

 

 

 

 

 

 

ぼくは心を動かされましたよ。