☆火花 又吉直樹 文芸春秋(2015/03)☆ | 朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

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読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。


生きているといつかは火花を散らす瞬間がやってきます。

 

それぞれ人によって立場によって時期や年齢によって違うけれども。

 

 

 

 

112P 神谷さんは鍋の灰汁を取りながら、「せやな、もっと徳永の好きなように面白いことやったったらいいねん」と、無邪気な言葉をつぶいた。

 

好きなように面白いことをしてみたい。神谷さんのように

 

自分にはない勇気ある性格を持った神谷さんにぼくは憧れます。

 

 

 

 

 

 

あの大御所漫才師、横山やすしさんのように豪放磊落に生きる神谷と、ピース又吉さんご本人ではないか!?と推測される後輩漫才師、徳永との意味のあるようで、じつは深く考えていないような無性に軽いかけあいがとても楽しい。

 

 

 

 

 

 

情景が簡単に目に浮かびます。

 

5-6P

沿道から夜空を見上げる人達の顔は、赤や青や緑など様々な色に光ったので、彼等を照らす本体が気になり、二度目の爆音が鳴った時、思わず後ろを振り返ると、幻のように鮮やかな花火が夜空一面に咲いて、残滓を煌めかせながら時間をかけて消えた。自然に沸き起こった歓声が終わるのを待たず、今度は巨大な柳のような花火が暗闇に垂れ、細かい無数の火花が捻じれながら夜を灯し海に落ちて行くと、一際大きな歓声が上がった。熱海は山が海を囲み、自然との距離が近い地形である。そこに人間が生み出した物の中では傑出した壮大さと美しさを持つ花火である。このような万事整った環境になぜ僕達は呼ばれたのだろうかと、根源的な疑問が頭をもらげる。山々に反響する花火の音に自分の声を掻き消され、矮小な自分に落胆していたのだけど、僕が絶望するまで追い詰められなかったのは、自然や花火に圧倒的な敬意を抱いていたからという、なんとも平凡な理由によるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

ほかにもわかりやすい文学的な表現が随所にみられます。

 

 

 

 

彼が2千冊以上の古典を含め多くの小説を読んできたことが納得できます。

 

 

 

 

 

 

ただのどこにでもいる普通のお笑い芸人ではないことを読んではたとわかります。

 

 

 

 

 

 

又吉さんの筆跡には、訴える力がありますね。

 

 

 

 

 

16P

「漫才師である以上、面白い漫才をすることが絶対的な使命であることは当然であって、あらゆる日常の行動は全て漫才のためにあんねん、だから、お前の行動の全ては漫才の一部やねん。漫才は面白いことを想像できる人のものではなく、偽りのない純正の人間の姿を晒すもんやねん。つまりは賢い、には出来ひんくて、本物の阿呆と自分は真っ当であると信じている阿呆によってのみ実現できるもんやねん」

神谷さんは目に落ちかかる前髪を、時折指で払った。

「つまりな、欲望に対してまっすぐに全力生きなあかんねん。漫才師とはこうあるべきやと語る者は永遠に漫才師にはなられへん。長い時間をかけて漫才師に近づいて行く作業をしているだけであって、本物の漫才師にはなられへん。憧れているだけやね。本当の漫才師というのは、極端な話、野菜を売ってても漫才師やねん」

神谷さんは一言ずつ自分で確認するように話した。人前で初めて語る話か、語り慣れた話かが、話す速度と表情でわかった。

 

 

 

 

 

この小説には、作家又吉直樹さんの漫才師にかける熱い想いがこもっている。

 

 

 

 

 

 

「面白かった」

 

 

 

 

 

 

 

ぼくは心を動かされましたよ。