朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -164ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。




全般的に面白い。




どちらを先に読んでもいいけど、先に「硝子の太陽Rouge/姫川玲子シリーズ)」を読んでいたからこそわかることもあります。






沖縄反米軍基地デモと祖師谷一家惨殺事件との事件がクロスしています。






姫川玲子や勝俣らと、歌舞伎町セブン側とが関係して、姫川や勝俣がこちら側にもちょこっと出演してきます。






2つの小説を読むことで事件が別の人物の角度からも考えることできます。




物事を判断するための材料が多く見えてきます。





だからこそ、ぼくは面白かったのです。





 


終わりに、東弘樹警部補の今後の動向がとっても気になります。





ラストの展開は次回にきっと繋がっていきますね。





次の作品がニクイほど楽しみです。

 






◎1969年東京都生まれ。「妖の華」でムー伝奇ノベル大賞優秀賞、「アクセス」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。ほかの著書に「ストロベリーナイト」など。








◎247-248P

まさか、刑事だとは思わなかった。小川から「カツマタ」という刑事の噂は聞いていたが、そうか。こういう男だったのか。

市村だけでなく、「エポ」には他のヤクザ者もよくくるので、陣内自身、そういった人種は見慣れている方だ。第一印象で、そっちの業界人だろうとは思ったが、ただし、ヤクザ者が必ず身につけるべき「粋」は欠片も感じられなかった。そこに違和感は憶えた。


ヤクザというのは、用いる手法はさて置き、基本的には利潤を追求する生き物だ。そして利潤を上げるためには、必ず組織が必要になる。その組織の体裁を保つために、今度は面子や義理人情といったものが必要になってくる。また上に立つ者は、下の人間から敬われ、慕われ、憧れられなければならない。下の者に「親分みたいになりたい」と思われる必要がある。そのためにはいい恰好をし、いい女を抱き、いいものを食い、いい車に乗り、いい家に住まわなければならない。それがまた利潤を追求する動機となり、組織は循環していく。その中で、自然と「粋」は身についていくのだろうと、陣内は思ってきた。


しかし、あのカツマタという刑事には、それが微塵も感じられなかった。

着ているものの問題ではなく、まとっている空気が、何しろ汚かった。仕事柄、汚いものは嫌というほど見てきた、だから自分は汚れてしまった。それの何が悪い―そんなふうに開き直ってでもいるのだろうか。あるいは、自ら汚れを撒き散らして周りも道連れにしてやろう、といった悪意の表れか。




ここには書けませんが、のっけから凄惨にグロイ。




誉田さんものは相も変わらずに面白い。



このRougeは、姫川玲子シリーズ。そして、姫川玲子×〈ジウ〉サーガのコラボ作品




読んでいると、姫川玲子=竹内結子さんのお顔が頭のなかに出てきて消えません。





物語は一体どうつながっていくのか。



続きが気になって仕方がありません。






 

勝俣・ガンテツは相変わらずムカつくキャラですね。




今回はかなり多くの場面で登場しているので、終始ムカつきますよ。




でも、それがいい味となっていて面白くなるのです。







 

このR・ル-ジュとN・ノワール




Rで登場した東さん達ジウメンバー側の行動は、次にNを読んで納得していきたいな。




おわりを読んでいると次回がありそうなことがわかります。




本当に楽しみなシリーズものです。







◎1969年、東京都生まれ。学習院大学卒。2002年、『妖の華』で第2回ムー伝奇ノベル大賞優秀賞を受賞。2003年、『アクセス』で第4回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞









47P

今の玲子は、確かに強い、自分でもそう思う。強くなった自分を意識できる。しかしそれは、苦しみをきちんと乗り越えたからだ。苦しんで苦しんで、傷ついてしまった自分、壊れてしまった自分を、周りの人々の力も借りながら、根底から作り直したからこそ、強くなれたのだ。決して雑草のように、踏んづけていたら自然と強く、太くなったわけではない。









 

193P

当てずっぽうと筋読み。可能性と推理。想像と勘。それぞれ似ていながら、少しずつ違う。いま自分が考えたことが単なる当てずっぽうなのか、それとも事件の筋を読んだ結果なのか。それを自分で見極めなければ、情報の取捨選択はできない。

 



フジコ・ヘミングさんの代表曲「ラ・カンパネラ」


これが好きですね。



彼女が弾くピアノを聴くとわかります。


「出だしの音を聴いただけでフジコだとわかります」




彼女は、音楽をこよなく愛しています。

ピアノの音に彼女の魂がこもっています。




CDで聴いただけでこうわかるのだから、実際に生で聴いたら……。



「感動が喝采に変わる」





フジコ・ヘミングさんを好きな人やピアノに関わる方だけでなく、美術などの芸術家の方たちが読まれたとしても、日ごろの態度、姿勢、行動などでなにか大切なヒントが得られるのではないかな。






4P「私の人生はどんな時でも、必ず音楽が隣にありました。

その音楽を聞いてくれた人が、心を癒され、自己と向き合い、活力を見出し、明日に向かって元気に歩みを進めてくれたらうれしい」







25P

「辛さをこらえて必死でひとつのことに向き合えば、必ず結果はついてきます。幼いころからのきびしいピアノの練習で、私はそのことを学びました。」







 <目次>

プロローグ

第1章 運命の重い扉を開く(好きなこと、得意なことは神さまからの贈り物、絵とピアノが両親から受け継いだ私の才能 ほか)

第2章 自分らしいピアノ、自分らしい生き方(演奏者個々人の「信念」が正しければ音楽はまとまる、自分の思いと聴衆の思いがひとつになる。それこそがコンサートの魅力 ほか)

第3章 魂は不滅だと音楽は教えてくれた(人間一〇〇パーセント満たされることはないのだからいまを受け入れるのが一番、どんな仕事も必ず人生の経験として役立つもの。私の苦労も役に立っていると思いたい ほか)

第4章 ピアノの奥深い楽しみ、そして魔力(音楽は演奏家次第。どう表現するかが腕のみせどころ、人生を豊かにする聴き方。心で聴くということ ほか)

エピローグ







◎イングリット・フジコ・ヘミング。

ベルリンで生まれる。母の手ほどきでピアノを始め、10歳でレオニード・クロイツァーに師事。東京音楽学校(現・東京藝術大学)を経て、文化放送音楽賞、毎日音楽コンクール入賞。その後、ベルリン音楽学校に1位で入学し、ウィーンではパウル・バドゥラ=スコダに師事。多くのクラシック界の権威にその才能を認められて支持を獲得しコンサートを行っていたが、聴力を失うアクシデントに遭遇。1999年にリサイタルとNHKドキュメント番組が大反響を呼び、デビューCD『奇蹟のカンパネラ』他をリリースし、クラシック音楽界では異例の売上げ枚数で日本ゴールド・ディスク大賞のクラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤーを4回受賞





フジコさんの想いがよくわかる文章です。









90P「うしろ向きに考えるより、常に前向きに物事に対処したい。心ない批判なんかには、負けはしない」


私の音楽は、よく「自由な精神に彩られている」といわれます。

それは、楽譜から読み取った音楽をストレートに鍵盤に託しているからです。

演奏する時は、作曲家が残した音符のひとつひとつに自分の思いをたっぷりと盛り込んでいきます。

多少のミスタッチなど気にしません。音を少しくらいはずそうが、指がすべろうが、たいした問題ではないからです。

むしろ音楽全体を大きくとらえ、音で絵を描くように表現豊かなピアノを紡いでいくことを心がけます。

ピアノは人間が弾くものです。その日の体調や気分が微妙に影響するわけですから、毎回違うのは当然ですし、少しくらいまちがったっていいじゃない。

私は機械じゃないですから、自分の弾きたいように弾くだけです。昔からそうしてきましたから。

 

 



 

 

 



 


 


 



「人たらし」


自分のひげをはさみでカットしている写真からは彼の人柄がじわっと滲み出ています。




最近、田中角栄さんの関連本がよく目に付きます。



なぜこれがベストセラーになるのか!





角栄さんの大物ぶりや物凄い実行力を希望しているかのようで。




閉塞と混沌としている現状において、彼のようなカリスマ性のある人物の再来を求めているのではなかろうかと。







例えば、「日本列島改造論」等。



高度成長期に日本の国を憂い将来の進むべき方向性を示して、強いリーダーシップをとって導いてきた人物。





角栄さんと共に近くで政治に携わってきた石原慎太郎さんが創作された文章から、田中角栄は「希代で偉大な政治家」だったという印象をさらに強く感じました。








◎1932年神戸市生まれ。一橋大学卒業。55年、大学在学中に執筆した「太陽の季節」により第1回文學界新人賞、翌年芥川賞を受賞。『化石の森』(芸術選奨文部大臣賞受賞)、『生還』(平林たい子文学賞受賞)など著書多数










47-48P

(国家の存亡に関わる問題の処理に政治が強く関わるのは当たり前のこと)

そのために政治という手段があるのではないのか。政治家には先の見通し、先見性こそが何よりも大切なので、未開の土地、あるいは傾きかけている業界、企業に目をつけ、その将来の可能性を見越して政治の力でそれに梃子入れし、それを育て再生もさせるという仕事こそ政治の本分なのだ。

その点では俺は土方までして世の中の底辺を知っているし体得もしている。それこそが俺の本分であり、他の連中が持ち得ぬ俺の底力なのだ。そのつもりで俺もこれから政治を仕掛けていこう、強くそう思ったのだった。

政治家は物事の先をいち早く読まなければならない。周りがまだ気付かぬことの可能性をいち早く予知して先に手を打ってこそ、後でどう謗られようとそれこそが俺を選んでくれた人たちの負託に応えられるのだと確信したのだ。

あの疑獄事件の印象はその後の俺の政治にたいする基本的な姿勢を決めてくれたともいえそうだ。

まだに自ら反みて縮くんば千万人といえども吾れ往かんなのだと悟ったのだ。






 

86P

政治家の責任とは、役人と違ってもっと大掴みに国の将来を考え、それに備えての施策を考え実行することだ。明治以来百年の歴史を振り返ってみると、国民総生産や国民所得は増大してきたが、社会の質的な大きな変化が見られる。一には一次産業の農業、水産業、鉱業に携わる人口が大きく減り、二次産業の工業の人は増加、サービス業なのの三次産業の人口も増え、それだけ総生産や国民所得が増えてきた。それに比例して国民が一日に行動し得る距離が増大してきた。昔は草履がけで歩いていたのが、自転車から自動車となり、さらに新幹線とまでなった。ところが大都市のサラリーマンの通勤距離と通勤時間は増大し、それは生産性を妨げ、交通機関は発達したのにそのプラスメリットが企業に生かされない状態になってきた。





「事実は小説より奇なり」



再鑑定で明かされる衝撃の真実、死体の無念を代弁する監察医の実録ミステリー。




137P「大事なことをこの死体は語っている」


解剖所見などを念入りに見ると、彼に訴えかけてくるという。


「わたしは殺されたのです」

「わたしは自ら死を選んだのです」



上野監察医の苦労を垣間見ることができます。




 

上野正彦さんは、東京都監察医務院で30年以上にわたって変死体の死因解明をするために2万件以上の検死や5千体以上の解剖を行ってきました。




 

175P

「もしそうだとしたら、それらは死後の損傷であることになる。

するとその傷には生活反応がないことになる。

しかし、死体所見に残された傷には、すべて生活反応が残っているのだ。

生活反応とは、皮下出血や化膿など、生きている身体組織にのみ発生する変化のことだ。被害者の傷は、生前についた損傷であることは明白だった。」

 




大学の法医学教室で司法解剖され処理された案件でも間違っている判断があるという。




44P「本来、法医学鑑定人は、現場を見て、喧嘩の様相を聞き、着衣の損壊などをチェックし、裸にして死体観察を行うなど、丹念に調査し、事件の内容を十分に知った上で、解剖すべきである」

 





当然、監察医に持ち込まれる案件には、難しい判断が求められることになります。




死亡解剖および鑑定結果によって、裁判の行方が左右されるため重要な役目です。




緊張感を持って専門的見地からの知識と身のある経験が常に要求されます。




また、自分の信念に沿って結論を明確に述べる必要があるため、なかなか簡単には養成できない職業です。






 


上野先生からは、監察医がこうあるべきだというような強い使命感と正義感がじわっと伝わってきました。




彼が見つけだした死体が語るこれら真実のストーリーを知るときっと多くの人の胸を打つはず!





 

 <目次>


まえがき


1 顔から消えた痕跡、見逃された証拠品、誰が嘘をついたか

2 執念の再鑑定、疑惑の踏切、海外で起きた謎

3 小さな溢血点、溺れたのか殺されたのか、兄の涙


あとがき





 

◎1929年、茨城県生まれ。医学博士・元東京都監察医務院長。東邦医科大学卒業後、日本大学医学部法医学教室に入る。1959年、東京都監察医務院監察医となり、84年同院長になる。30年にわたって変死体の死因解明につとめる





207P

勝者と敗者にわけられる。敗者は納得するか否かは別として従わざるをえないのである。そう考えると再鑑定の影響は大きい。だからといって、ごまかしや妥協は許されない。職務の厳しさを感じさせる瞬間でもある。

裁判の鑑定事例を見ると、それなりの言い分があって、話としては面白いが、実際の事実と理論で、相手方の誤りを指摘し、己の主張の正しさを立証し、誰にわかるように説明し、真相を明らかにしていくので大変な苦労がある。

すべては一人の人権擁護のためであり、間違った判断は許されない。そこまで読者の皆様にご理解いただければ幸いである。

 



例えば、名前を思い出せない、昨日の昼に何を食べたのか思い出せない、この部屋に何をしに来たのか忘れてしまった、ものの置き場を忘れてしまった、あれが出てこない、漢字が書けない……等々。



そういうことってたまにあります。


そうなると困りますよね。




そういう「思い出せない」ことをなくしたいなと思っていました。









 


忘れない覚え方のヒントが書かれてありました。




忘れないためのポイントは以下のとおり。




これは、勉強や資格取得時にも大いに活用できるものですね。





ぼくの日々の生活時に活用していきたい。






◎1967年生まれ。ニューヨーク大学留学(MBA)。トレスペクト経営教育研究所代表。受験生、ビジネスマン向けの講座・個別指導を行う。著書に「合格る思考」「スピード読書術」など。






<目次>




はじめに 

第1章 「忘れちゃった」を怖がるな―記憶はけっこういいかげん


第2章 こんな「思い出せない」がなくなります(「あれ、名前何だっけ?」知っている人なのに、どうしても名前が出てこない、「昨日、何食べたっけ?」昨日の昼ごはん、何を食べたか思い出せない、「あれ、何を話そうと思ったんだっけ?」話そうと思っていた話題、いざ話すときになって忘れてしまう、「まずい、消さずに出てきちゃった」ガスコンロの火を消し忘れたまま、家を出てきてしまった、「何を買うんだっけ」スーパーで特売品に気をとられ、必要な食材を買い忘れる、「何しにこの部屋に来たんだっけ?」―何かすることがあったのに思い出せない、「どこに置いたっけ?」―ものを家のなかのどこに置いたのか忘れてしまう、「あれ、何が書いてあったっけ?」―本を読んでも、その内容をすぐに忘れてしまう、「ほら、あの人だよ、あの人」―よく知っている芸能人の名前が突然出てこなくなる)


第3章 これで「あれ?」にサヨナラ 忘れない覚え方6つのポイント(くり返す、最初はざっくり・だんだん細かく、経験に変える、注意を向ける、ビジュアルのイメージに変える、空間記憶を活用する)


おわりに








☆これで「あれ?」にサヨナラ 忘れない覚え方 6つのポイント




1 くり返す 脳が「これは重要だ」と判断して、記憶を捨てない基準。覚えているうちに、何度も繰り返す



2 最初はざっくり・だんだん細かく 圧倒されずにくり返す・ざっくり分けてみる。ざっくり、ラクに覚えられることをくり返す。



3 経験に変える 記憶の本当の「正体」は、神経細胞と神経細胞の結びつき。覚えている経験をプラスして神経細胞に「結びつき」をつくる。



4 注意を向ける 私たちは「見ているようで見ていない」「わあ!」(センス・オブ・ワンダー)と驚き、「問い」(興味、関心)を持つ



5 ビジュアルのイメージに変える タイトル・名前は思い出せなくてもビジュアル「目で見るイメージ」のイメージは憶えやすい。言葉や数字をインパクトのあるビジュアルに



6 空間記憶を活用する なぜか「場所」はすぐに覚えられる。昔は生死にかかわる大事な記憶だった。「場所」や「位置」を使って鮮明に印象づける。


 







同じ日の同じ時間に二つの殺人と二つの自殺が起こっている。




その他に盗撮や強姦未遂の事件も同時刻に起こっている。




それには深い理由があった。




「マインドコントロール?」







今野敏さんらしく、畳みかけるような展開が続く。





のちに、これらの事件が解決にむかうのだが……。






これも知力を駆使してなかなか考えられた今野さんのサスペンスだ






◎1955年、北海道三笠市生まれ。78年「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞しデビュー。以後旺盛な創作活動を続け、執筆範囲は警察・サスペンス・アクション・伝奇・SF小説など幅広い。2006年『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、08年には『果断 隠蔽捜査2』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞した。空手の源流を追求する、「空手道今野塾」を主宰









190P

「あなたは、誰でも変態の要素を持っていると言われた。そのことについては、何となく理解できますよ。つまり、性的な衝動は誰でも持っている。それを理性でコントロールしている間は、変態と呼ばれない……。こういうことですね?」

「そうです。妄想の内容は、どんな人でも大差ありません。その妄想や衝動が理性を上回ってしまったときに、人は変態とか変質者とか呼ばれることになるのです」





 

196P

「再三話題になっているように、どんな暗示も、生存本能をもとにした忌避には勝てません。本人がどうしても嫌だと感じていることを、暗示によって無理やり実行させる、などということは不可能なんです。しかし、暗示によって、自分自身でも気づかずにいる欲求を、顕在化させることは出来ると思うのです」

「欲求を顕在化……。つまり、それは、理性によって抑えられている欲求を解放させることですか?」

「そういうことだと思います。自分の欲求に気づかないというのは、常識とか社会理念といったものによって、そういう考えを持ってはいけない、持つべきでないという意識が働いているからです。それはつまり、理性で欲求を抑えていると言い換えることもできるでしょう」

「持ってはいけない欲求……。持つべきではない欲求……。例えば、強姦とか盗撮の願望は、それに当たりますね?」

「そうです」




この物語が進行していくためには、これらのルールを守らないといけない。




喫茶店「フニクリフニクラ」には、非常にめんどくさいルールがいくつもあります。



一、過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事ができない


二、過去に戻ってどんな努力をしても、現実は変わらない


三、過去に戻れる席には先客がいる 席に戻れるのは、その先客が席を立った時だけ


四、過去に戻っても、席を立って移動する事はできない


五、過去に戻れるのは、コーヒーカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ


六、過去に戻れるのは、1回限り


実は、ほかにも「未来」にも行くことができます。






 


たとえ過去に戻っても、現実を変えることはできないし未来を変えることはできない。


そうであっても過去に戻りたい人がいるのだから……。面白い。







 


ぼくならば、過去に戻って誰に会いたいだろうか。


誰に会いたいかな。未来ならば……。







 


この四話は、舞台の演劇みたいな感じがします。



喫茶店の雰囲気や登場人物の様子などが、映像を見ているように頭に浮かんできます。



この著者さんのプロフィールには、「脚本家兼演出家」と書かれてあったからなるほどなと。









 


現実は、過去に戻ることなんてできるわけはありません。




常日頃から後悔しないように、ご縁のあった人たちと大切につき合っていきたい。



たとえつらい現実を変えられなくても、自分の心は柔軟に変えて生きていける人でありたい。





 <目次>

プロローグ 1

第一話「恋人」 結婚を考えていた彼氏と別れた女の話 7

第二話「夫婦」 記憶が消えていく男と看護師の話 91

第三話「姉妹」 家出した姉とよく食べる妹の話 177

第四話「親子」 この喫茶店で働く妊婦の話 267






◎大阪府茨木市出身。1971年生まれ。元・劇団音速かたつむり脚本家兼演出家。舞台、1110プロヂュース公演「コーヒーが冷めないうちに」で、第10回杉並演劇祭大賞を受賞。同作で小説デビュー








347-348P

結局、過去や未来に行っても、何ひとつ現実は変わらないわけだから、この椅子に意味などないのでは?と都市伝説を扱う雑誌には書かれていたが、


(心ひとつで、人間はどんなつらい現実も乗り越えていけるのだから、現実は変わらなくとも、人の心が変わるのなら、この椅子にもきっと大事な意味がある……)


と、数は信じて今日も言う。


「コーヒーが冷めないうちに」

涼しい顔はそのままに……。




この物語は、ゆっくりとあまり盛り上がらずに、淡々と進んでいきます。





一人の青年がピアノ調律師としてが迷いながら揺らぎながらも、愚直に歩んでいくからこそ気持ちに共感でき、そして、この羊と鋼の森の世界にも素直に没入できました。





ここちよかったわ。


心穏やかになれましたね。


魅了されましたよ。






情景が臨場感あふれる平易なことばで紡がれていて文章はとても美しかった。







ピアノ調律師の視点で語られる目の付け所がいい!





繊細な人間味ある想いをちゃんと理解しているように感じられる。





やはり、これは、みんなに読まれる本だよな!








◎1967年福井県生まれ。「静かな雨」が文學界新人賞佳作に入選、デビュー。著書に「スコーレNo.4」「誰かが足りない」など







◎48P

音の粒がぱっと広がった。くるくるっとした曲だった。何という曲なのか知らない。ふたごたちはいきいきとしていた。黒い瞳からも、上気した頬からも、肩先に垂らした髪の先からも、生きるエネルギーが立ち上がるようだった。そのエネルギーを指先で変換してピアノに注ぐ。それが音楽に生まれ変わる。たしかに楽譜があって、そこに必要な音符が置かれているのだろうけれど、奏でられる音楽は完全にふたごたちのものだった。今ここで聴いている僕のためのものだった。

「素晴らしかった」

力を込めて拍手をした。

素晴らしいという言葉だとか、拍手だとか、僕からはそんな音しか出さないのが歯がゆい。こんな言葉で、こんな拍手で、今のふたりの演奏を称えられるとは思えない。




◎80P

板鳥さんが立ったまま両手でオクターブを鳴らす。

風景だったピアノが呼吸を始める。

ひとつずつ音を合わせていくうちにピアノはその重たい身体を起こし、縮めていた手足を伸ばす。歌う準備を整えて、今にも翼を広げようとする。その様子が、僕がこれまでに見てきたピアノとは違った。大きな獅子が狩りの前にゆっくりと身を起こすようなイメージだろうか。

ホールのピアノというのは、別の生きものなのだ。別、としか考えられなかった。鳴る音が、これまでに見てきた家にあるピアノとはまったく別。朝と、夜。インクと、鉛筆。それくらい別のもののようだった。


ピカソ、マティス、ルソー、ポロック、ワイエス……。


東日本大震災の福島第一原発事故やニューヨークの9.11テロなどで、傷ついた登場人物の心が癒されていく過程には「MoMA」の絵がありました。






原田マハさんは、ニューヨーク近代美術館MoMAがとってもお似合いです。





キュレーターとしての経験を踏まえて絵画に対する考察や愛情が見て取れますね。






あの「楽園のカンヴァス」の登場人物である「ティム」や「トム」がこの中に出てきたのは嬉しかったな。





出てきた絵を画像検索するなどして、頭に浮かべながら読み進めていくと臨場感があって面白いのではないかと思います。







ラストの「あえてよかった」は、原田さん自身のMoMAでの体験なのでしょうか。




異国の地でのこころの交わりに胸が打たれました。







この原田さんらしいお話を読んでいると、ぜひ近くの美術館に行きたくなりますね。








 <目次>

中断された展覧会の記憶

ロックフェラー・ギャラリーの幽霊 55

私の好きなマシン 101

新しい出口 139

あえてよかった 173





◎1962年東京都小平市生まれ。山陽女子高等学校、関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史学専修卒業。伊藤忠商事、森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館に勤務後、2002年にフリーのキュレーターとして独立。2003年にカルチャーライターとして執筆活動を開始。2005年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞、2012年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞受賞







90P

そうだとも。目も、毛穴も、心の闇も、全部開いて、見るがいい。

あなたこそが「目撃者」。新しい時代の、美の目撃者なのだから。

この絵が醜いって?ああ、確かに。この女たちは、人間のかたちをかろうじてしているけれど、人間じゃない。

彼女たちが体現しているのは、人間の心の奥底に潜む闇だ。真実だ。

ピカソ以前の芸術家だちが、決して目を向けようとはしなかった。人間の本質だ。

人間は汚い。ずるい。醜い。だからこそ、「美」を求める。

醜さを超えたところにあるほんものの「美」を求めて、アーティストはのたうち回って苦しんでいるんだ。

心地よい風景、光、風、花々、まばゆいほどに美しい女たち。けれど、美しいものを美しく描いて、だから、なんだっていうんだ?

アーティストは、美しいものを美しくカンヴァスの上に再現するために存在しているのか?