「事実は小説より奇なり」
再鑑定で明かされる衝撃の真実、死体の無念を代弁する監察医の実録ミステリー。
137P「大事なことをこの死体は語っている」
解剖所見などを念入りに見ると、彼に訴えかけてくるという。
「わたしは殺されたのです」
「わたしは自ら死を選んだのです」
上野監察医の苦労を垣間見ることができます。
上野正彦さんは、東京都監察医務院で30年以上にわたって変死体の死因解明をするために2万件以上の検死や5千体以上の解剖を行ってきました。
175P
「もしそうだとしたら、それらは死後の損傷であることになる。
するとその傷には生活反応がないことになる。
しかし、死体所見に残された傷には、すべて生活反応が残っているのだ。
生活反応とは、皮下出血や化膿など、生きている身体組織にのみ発生する変化のことだ。被害者の傷は、生前についた損傷であることは明白だった。」
大学の法医学教室で司法解剖され処理された案件でも間違っている判断があるという。
44P「本来、法医学鑑定人は、現場を見て、喧嘩の様相を聞き、着衣の損壊などをチェックし、裸にして死体観察を行うなど、丹念に調査し、事件の内容を十分に知った上で、解剖すべきである」
当然、監察医に持ち込まれる案件には、難しい判断が求められることになります。
死亡解剖および鑑定結果によって、裁判の行方が左右されるため重要な役目です。
緊張感を持って専門的見地からの知識と身のある経験が常に要求されます。
また、自分の信念に沿って結論を明確に述べる必要があるため、なかなか簡単には養成できない職業です。
上野先生からは、監察医がこうあるべきだというような強い使命感と正義感がじわっと伝わってきました。
彼が見つけだした死体が語るこれら真実のストーリーを知るときっと多くの人の胸を打つはず!
<目次>
まえがき
1 顔から消えた痕跡、見逃された証拠品、誰が嘘をついたか
2 執念の再鑑定、疑惑の踏切、海外で起きた謎
3 小さな溢血点、溺れたのか殺されたのか、兄の涙
あとがき
◎1929年、茨城県生まれ。医学博士・元東京都監察医務院長。東邦医科大学卒業後、日本大学医学部法医学教室に入る。1959年、東京都監察医務院監察医となり、84年同院長になる。30年にわたって変死体の死因解明につとめる
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勝者と敗者にわけられる。敗者は納得するか否かは別として従わざるをえないのである。そう考えると再鑑定の影響は大きい。だからといって、ごまかしや妥協は許されない。職務の厳しさを感じさせる瞬間でもある。
裁判の鑑定事例を見ると、それなりの言い分があって、話としては面白いが、実際の事実と理論で、相手方の誤りを指摘し、己の主張の正しさを立証し、誰にわかるように説明し、真相を明らかにしていくので大変な苦労がある。
すべては一人の人権擁護のためであり、間違った判断は許されない。そこまで読者の皆様にご理解いただければ幸いである。