朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -156ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

「終身現役、一生勉強」が目標。

作家の童門冬二先生のこの言葉がぼくの想いにしっくりくる。

 

 

40代から将来を見据えながら生きていくことが大切だと思ってやってきた。

豊かに生きるためのヒントを得られたい。

自分にとって最適な羅針盤ともいうべき本に出会いたい。

 

いままで時間をかけてきたことに自信がある。

没頭してきた大好きな読書やご縁がつながって愉しい毎日を過ごせる朝活などのアクティビティの辺りにぼくの目指せるチャンスの芽があろう。

定年後にもチャレンジして新しく見つけるのも大切だが、いまから継続して行っていることがあればそれがよい!

 

いまの仕事に代わる自分の居場所を獲得するために、さらに準備をしてやれることで前向きな行動をしていきたいと思っている。

老後を快適に過ごせるように経済的な準備をすることもさることながら、世の中とどのようにうまく繋がりをもって接していくのかも課題だ。

 

男性の健康寿命が75歳と言われる。

ぼくの感覚もそうではないかと思う。

健康な状態のときに何をしていけるのか。

世の中のため、人のためにぼくができることは何なのか。

しっかりと十分にこれから考えていくべきだ、見つけていくべきだと思った。

 

 

第二の人生に対するはっきりとした答えがまだ出ていない。

ぼくはこれからも本の中からヒントを見つけていきたい。

いまはただ、ぼくが考える方向性が間違っていないことには気がついた。

 

 

 

 

 <目次>

プロローグ 人生は後半戦が勝負

第1章 全員が合格点

第2章 イキイキした人は2割未満?

第3章 亭主元気で留守がいい

第4章 「黄金の15年」を輝かせるために

第5章 社会とどうつながるか

第6章 居場所を探す

第7章 「死」から逆算してみる

あとがき

 

 

 

1954年(昭和29年)、神戸市に生まれる。京都大学法学部卒業。大手生命保険会社に入社し、人事・労務関係を中心に、経営企画、支社長等を経験。勤務と並行して、大阪府立大学大学院でMBAを取得。関西大学商学部非常勤講師を務め、「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演に取り組む。2015年、定年退職。現在、楠木ライフ&キャリア研究所代表、神戸松蔭女子学院大学非常勤講師

 

 

 

 

 

61-62P

彼の話から元気な人の共通項を探ってみると、教育関係に取り組んでいる、若い人に何か役立つことを持っている、若い頃の自分をもう一度呼び戻している、などを挙げることができそうだ。また会社の仕事だけではなくて、それ以外の何かに取り組んでいる人という条件も重要ではないかと感じた次第である。

 

 

 

 

 

96P

在職中は、仕事に注力する自分、仕事以外に関心のあることに取り組む自分、家族や昔の友人を大切にする自分などを、自らの中に同時に抱え込んでおくことが大切である。特に中高年になってからがそうだ。仕事と生活について言えば、両者を区分するのではなく、相互の好循環をどのようにして生み出すかがポイントなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

197-198P

極端に言えば、死と向き合わないと、本当の意味での老いや死に至る準備はできないと言えるかもしれない。人生の後半戦の重要なポイントであるのは言うまでもない。

ラジオ体操を約4年あまり、継続して行っています。

おかげさまで、ひどい肩こりが改善されました。

以前は、接骨院に毎週のように通っていたのですが、行かなくてよくなるほどになったのです。

これが一番のメリットかな。

ラジオ体操が肩こりの解消に、直結する運動ではないとのことですが、以下のような考えが書かれてありました。

117P「ラジオ体操を毎日続けていると血液循環がよくなる」という効果で、肩の筋肉の血流がよくなったからだと考えます。

 

ラジオ体操の音楽を聞くと条件反射で動けるほど、ほとんどの日本人が知っている国民的な運動。

これって世界に誇れるようなすばらしい体操!

 

ラジオ体操を継続することで、「血圧の降下と血行の改善」や「精神的健康の増進」に効果があるといわます。

「ひざや腰を傷める」など、その人の年齢や体力、病状によって、体操(運動)がまるで逆効果になることさえあり得ます。

 

しかし「ラジオ体操はしてはいけない」と書かれてあるのではありません。

「ひざや腰に負担をかけるラジオ体操が高齢者にはあまり向いていない」と書かれてあるのです。

ラジオ体操のどこがよくて、どこが足りないか、それを補うのにどんな筋力トレーニングをすればよいのかがわかります。

 

空前の超高齢化社会をむかえるにつれて、できるだけ多くの方々が自分の足でちゃんと歩けるような、健康的で文化的な生活を送れることを願っています。

 

ラジオ体操の効能をわきまえながら、ぼくにとってラジオ体操がよい習慣だ!と考えて、これからも継続していきたい。

 

 

 

 <目次>

はじめに 「ラジオ体操さえすれば健康でいられる」は間違い

序章 なぜ、ラジオ体操が65歳以上には向かないか

第1章 ラジオ体操を過信するとこんなに危ない

第2章 ラジオ体操の「効果」を検証する

第3章 ラジオ体操は現代にそぐわない

第4章 ラジオ体操を補足する下半身の運動

おわりに 最後まで自分の脚で歩ける生活を送るために

 

 

 

医学博士。戸田リウマチ科クリニック院長。1960年大阪府生まれ。86年、関西医科大学卒業。91年、英国王立整形外科病院留学。97年、米国タフツ大学に招聘研究員として留学。98年、大阪府吹田市に戸田リウマチ科クリニックを開院。開業後も手術をしない整形外科の治療法を研究し続けている。2004年、足底板の研究で開業医としては史上唯一の日本整形外科学会奨励賞受賞。15年より大和大学整形外科非常勤講師

 

 

 

52P「間違ったラジオ体操」

1 上半身の不完全な体操を行っている。

2 ひざに負担をかける不自然な跳躍をしている。

3 腰に負担がかかる無理な前屈をしている。

 

 

ぼくは、終わっていない。

定年後にも、終わりたくもない。

 

まだ現役世代。あっという間にいつかはシニア世代となる。

定年前から将来どうしたいのか、どうしていくべきなのか等を今から考えてこれからやれることをしていくこと。定年後にやりたいことを今から準備しておくことだ。

それらは、今からでも早くもないし遅くもない。

先輩たちの足跡を見ながら、自分の将来の生き方をいろいろと考えながら過ごしていきたいと思った。

 

 

372P「重要なのは品格のある衰退だと私は思います。」

 

働いている現場や社会から、いきなりリタイアして離れるのではなく、自分なりのソフトランディングしていくやり方もある。

そのために、趣味を通じてや資格などを活かしながら、一定の社会と繋がって少しずつ、ちょっとずつ世の中から離れていけばよい。

 

 

「いまの自分が直に読みたい本」

 

いわゆる第二の人生と呼ばれる、老年期の生きざまをしみじみ考えさせらる。

退職直後の状況を鮮明にあぶり出している。

いつか身につまされる現実が当たり前のようにやってくる。

 

定年を向えたあとに、主人公のように惑い、あがき、慌てふためかないように、思い立ったいまから準備をしていきたい。

 

 

 

 

1948年秋田市生まれの東京育ち。武蔵野美術大学卒業後、13年半のOL生活を経て、1988年脚本家としてデビュー。テレビドラマの脚本に「ひらり」(1993年第1回橋田壽賀子賞)、「てやんでえッ!」(1995年文化庁芸術作品賞)、「毛利元就」(1997年NHK大河ドラマ)、「私の青空」(2000年放送文化基金賞)、「塀の中の中学校」(2011年第51回モンテカルロテレビ祭テレビフィルム部門最優秀作品賞およびモナコ赤十字賞)など多数

 

 

 

 

371-372P「あとがき」

定年を迎えた人たちの少なからずが、

「思いっきり趣味に時間をかけ、旅行や孫と遊ぶ毎日が楽しみです。ワクワクします」

などと力をこめる。むろん、この通りの人も多いだろうが、こんな毎日はすぐに飽きることを、本人たちはわかっているはずだ。だが、社会はもはや「第一線の人間」として数えてはくれない。ならば、趣味や孫との日々がどれほど楽しみか、それを声高に叫ぶことで、自分を支えるしかない。

こういう男を主人公にして小説を書きたいと思ったのは、もう二十年以上も前だ。その頃は私も四十代で、実感もないまま脇に置いていた。

そして数年前、私も還暦を迎え、友人知人は次々に定年を迎えた。同時に、クラス会や昔のサークルのOB会や、数々の会合がひんぱんに開かれるようになった。もちろん、私も楽しみに出席していた。

その時、それらの会でふと気づいたのである。若い頃に秀才であろうとなかろうと、美人であろうとなかろうと、一流企業に勤務しようとしまいと、人間の着地点って大差ないのね……と。着地点に至るまでの人生は、学歴や資質や数々の運などにも影響され、格差や損得があるだろう。だが、社会的に「終わった人」になると、同じである。横一列だ。本書の主人公のように、着地点に至るまでの人生が恵まれていれば、かえって「横一列」を受けいれられない不幸もある。

ならば、何のためのガリ勉し、あがき、上を目指したのか。もしも「最後は横一列」とわかっていたなら、果たしてそう生きたか。

そんな中で、「終わった人」というタイトルがハッキリと浮かんだ。

六十代というのは、男女共にまだ生々しい年代である。いまだ「心技体」とも枯れておらず、自信も自負もある。なのに、社会に「お引き取り下さい」と言われるのだ。

本書の主人公は、何とか再び第一線で働きたいと本音を隠さない。生々しい六十代の元エリート銀行マンである。彼は果敢に職を探し、自分を生かそうとする。

 

屋根の上の風見鶏が特徴的なシェアハウス。

こんなシェアハウスに住めたら!

なにかうらやましくて心地よい感じ。

期間限定でやって来た住人たちは、年齢も性別もバラバラです。

何かイワクがありそうな事件が起こります。

そんなような予感が最初から推測されますね。

おわりにすべてわけがわかります。

関わった人たちの再生物語へとつながっていきます。

そのつながりにはある作為があってほのぼのとして心温まりますよ。

 

 

 

 

もし性別も世代も越えて認め合える楽しく過ごせる仲間がいたら。

いままでどんな過去を抱えていようと、

いまどんな環境にいようと、

その人はその人らしくいてよいのだよと、

優しく背中を押してくれる未来に続くような内容がぼくは好き。

 

 

 

 

321P

「ベイリー邸の風見鶏の下で誓った絆は永遠となる」

 

 

 

 

 <目次>

序章 5

ヒーローはここにいる 9

わたしの竜宮城 75 

ハッピーバースデー 143

風見鶏に願いを 209

クリスマスのシェアハウス 281

 

 

 

 

 

兵庫県生まれ。明治大学卒業後、ゲーム会社でRPG制作に携わる。退社後、フリーとなり、ゲームシナリオ以外の執筆をはじめる。

「ペンギン鉄道なくしもの係」でエキナカ書店大賞を受賞。ほかの著書に「交番の夜」「君の卒業式」など

 

 

 

 

 

279P

善意は報われる。誠意は伝わる。だから、自分も誰かのしあわせを願っていい。誰かを助けたいと思っていい。動かなかった後悔より、動いてする後悔の方が楽だと信じよう。

有はゆっくり風見鶏を振り仰ぎ、心の中でつぶやく。

―俺はしあわせ者だ。

長い長い迷い道の出口を、今、ようやく見つけた気がした。

世の中には、科学で明らかにできる領域と、その限界を知っていて目に見えないような、例えば宗教のようなものでしか解決ができない領域があることに気づいています。

 

非日常の禅の体験をしたことがあります。

その時の感想です。

 

「坐禅を体験しているときに、背筋を伸ばすことの意味を感じていました。

小さい時に姿勢をただしなさいと、背筋を伸ばすようにと周りの人たちから言われてきました。なぜそのように言われたのかと。

背筋をちゃんとのばすと気持ちもちゃんとします。

背筋を伸ばすと物事をしっかりと判断することができるように、自分の生き方もちゃんとしっかりしていくことができるということを教えてくれていたのではないかと思いました。

 

線香の匂いがただよう、静寂を極めた本堂の中で、鳥の声、虫の音、風の音、木や葉っぱがすれる音、畳がすれる音などが聴こえてきます。

あかるい外がだんだんと自然と暗くなってくる情景もはっきりとぼんやりと眺めることができました。

まわりや外が気になって仕方がないが。

何も思わないようにしようと思うと、心に仕事、家庭、趣味などの雑多なことを思い続けるのです。

自分自身にとって真実に大事なことを見極めることができれば、そこに向かって迷いなく進むことができれば、執着や後悔も少なくなるだろう。

いろいろと自分のことを見つめ直す良い機会を持てたと思っています。

そのようにしていたら、すぐ時間が経ってしまいました。

優雅で贅沢な自分のための時間を過ごせました。

ストレスに負けないしなやかで強い心を育む時間を持てました。

日頃の喧騒の中を過ごしていると、こういったゆったりと流れる避難場所が必要だと思います。」

 

 

 

 

禅を行うと、集中力が増して決断力が増すと言われます。

 

ゆっくりと一定のリズムで呼吸をすることでセロトニンが分泌されるなど、体と心が健康になります。

 

禅の初心者でも親しみやすく行いやすいイスにおける坐禅。

 

ぜひ生活の中に取り入れていきたいものです。

 

 

 

 <目次>

はじめに

この本について

第1章 ストレス社会の坐禅の役割

第2章 「禅」に親しむことからはじめましょう

第3章 社会で活用される坐禅の身体技法の要素

第4章 イス坐禅は調和が大切

第5章 かんたんイス坐禅にチャレンジ【実践編】

第6章 坐禅を組んでみましょう

第7章 禅の教えで生き方まで変わる

あとがき

巻末 続けてみようイス坐禅日記

 

 

禅宗僧侶、産業カウンセラー。大学卒業後、福井県永平寺にて修行。趣味としてはじめたヨガはインストラクター(全米ヨガアライアンス認定200時間取得)でもある

寺子屋ブッダのワークショップ「かんたん!イス坐禅」開催の他、都内にて坐禅指導などを行っている。

 

 

 

 

20P 本書の提案

・スピードを落とし、時には立ち止まる時間を持ってはいかがでしょう。

・成果を気にせずに、ありのままの自分を感じる時間を持ってはいかがでしょう。

・激変する情報の嵐の中でも、自分を見失わない芯の強さを養いましょう。

 

 

 

 

28P

「坐禅」とは「座って、しずかにおもいはかる」、または「座って、おもんぱかりをしずめる」ことを指します。

 

 

 

95-96P

仏教では、過去についても、未来についても、そこから距離を置くことを説いています。

「過去を追うな。未来を願うな。過去は過ぎ去ったものであり、未来はいまだ至っていない。現在の状況をそれぞれによく観察し、明らかに見よ。今なすべきことを努力してなせ」(『中部経典』一三一経)

 

「今ここ」の現在の自分と自分を取り巻く世界を大切にしてあげることだと説くのです。

例えば「宝くじで1億円当たった人の末路」について。

可能性があるならば、夢を追い求めます。

高額当選を信じて当たるまで買い続けたいという気持ちがわかります。

〇億円の宝くじに当たったらどうなるの?

自分が億万長者になったと仮定するから興味が沸くのだ。

 

 

 

 

題名にハートがキャッチされる。

思わず惹かれるような、人が飛びつくような言葉。

まさにキャッチコピーは重要。

もしも手に取って読まれないのなら、どんなに内容が素晴らしくて良くても出版されていないのと同じではないかな、と。

 

 

 

 <目次>

はじめに

第1章 やらかした人の末路

・宝くじで1億円当たった人の末路

・事故物件を借りちゃった人の末路

・キラキラネームの人の末路

第2章 孤独な人の末路

・「友達ゼロ」の人の末路

・子供を作らなかった人の末路

・教育費貧乏な家庭の末路

・賃貸派の末路

第3章 逃げた人の末路

・自分を探し続けた人(バックパッカー)の末路

・留学に逃げた人(学歴ロンダリング)の末路

・「疲れた。海辺の町でのんびり暮らしたい」と思った人の末路

第4章 変わった人の末路

・電車で「中ほど」まで進まない人の末路

・「グロい漫画」が好きな人の末路

・外国人観光客が嫌いな人の末路

第5章 怠惰な人の末路

・癖で首をポキポキ鳴らし続けた人の末路

・8時間以上寝る人の末路

・いつも不機嫌そうな上司の末路

・体が硬い人の末路

第6章 時代遅れな企業の末路

・禁煙にしない店の末路

・日本一顧客思いのクリーニング店の末路

・リモコン発見器の末路

第7章 仕事人間の末路

・ワイシャツの下に何を着るか悩む人の末路

・アジアの路上生活障害者の末路

おわりに

 

 

 

 

 

日経ビジネス副編集長。1967年生まれ。1991年慶応義塾大学経済学部卒業、同年日経BP社に入社。「日経ビジネス」、日本経済新聞産業部、「日経エンタテインメント!」、「日経トップリーダー」を経て、2011年1月より現職。中小企業経営、製造業全般、事業承継、相続税制度、資産運用などを中心に取材

 

 

 

12P「宝くじで1億円当たった人の末路」

一家離散、貧困化、人生の目的喪失……、ろくなことにはならない。

 

 

 

・宝くじで1億円当てちゃったらどうすればいんでしょうか。

―まず親族内トラブルを回避するため、税理士、弁護士に相談しましょう。

次に、複数の金融機関に相談し、信頼できるファイナンシャルプランナーを見つけて一緒に資金プランを立て、今の生活を変えないことです。

もちろん仕事を辞めてはいけません。人との付き合い方も変えてはいけません。

例えば、スマホを持っている人なら、体が凍えるんじゃないかと思うくらい二転三転する恐怖のサイバーサスペンス。

 

話の流れやテンポが小気味よくてあっという間に一気読み。

 

スマホのようなあの小さな機械に入っている情報がいかに大切なのかという点。

個人情報が詰まった電子機器の扱いの重要さに気づかされます。

 

 

これは誰にでも起こりうる事件だ。

 

もし悪意のある人にスマホが拾われたとしたら?

スマホの情報が盗まれて悪用されます。

被害は自分だけではなく、繋がっている人たちにも拡散していきます。

 

写真による位置情報や投稿による場所の特定がなされるように、ネットワークにつながっているすべての情報が安全ではなくなるのです。

 

 

友人にもFacebookやLINEなどが乗っ取られた人がいます。

 

この犯罪の狡猾なやり方を知ると背筋がほんとうに寒くなりました。

 

 

SNSに関わるリスクや、ネットリテラシーを学ぶうえでの参考となります。

 

ネット社会で安心的して使用していくための方法、やり方をどうすればよいのか再認識させられます。

 

 

 

いま、この本に出逢えてよかった。

 

 

 

 

1963年生まれ。明治大学商学部卒業。現在は都内のラジオ局勤務。第15回『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉として、『スマホを落しただけなのに』にてデビュー

より良く生きていきたいし、いつかより良く往きたい。

そのために、ワクワクドキドキする機会があったり、たまには将来の不安を和らげられる行動をしていきたいものです。

人に支えられることがままあり。加えて、ひとを超える存在があればさらに気持ちが楽になるのかな。

 

 

日本人は、無宗教ではありません。

家には、神棚や仏壇があります。正月には神社に初もうでをし、人が亡くなったら葬式が執り行われ、お盆にはお墓参りをします。

 

35P

日本人の言う無宗教とは、「私は別に、人の誇れるほどの信仰心は持っていないよ」っていうこと。「宗教とはまったく関わらない」ってことではないんです。

 

 

生きていると宗教という要素を入れないと究極的にはわからないことがあります。

 

宗教に対するいくつかの疑問が少しずつ溶けはじめてきました。

 

今まで感じてきた疑問を解くための一助となる本です。

 

 

2P

これまで、宗教が存在しない国や民族は発見されていません。それは、宗教が世界中のあらゆる人々の暮らしの中に溶け込んできたことを意味します。人類はこれまで、宗教とともにその歴史を重ねてきたのです。

宗教について学ぶということは、この世界について学ぶことでもありますし、人類について学ぶことでもあります。宗教は私たちの暮らしに深く浸透していますから、それについて知らなければ、物事を本当には理解できない可能性があります。(文化、社会、歴史など)

 

 

286P

人間は、根本的に「人間を超えたもの」をどこかで必要としているんじゃないかなって。

 

 

287P

民主主義という仕組みで人間が自分たちで決めても、それだけではどうも納得いかないんですよ。やはり神などの超越的存在に保証してもらうことで、安心できるんです。

宗教っていうのは、その「収まり」みたいなものではないでしょうか。

 

宗教とは、社会を作るための根拠であり、道徳や倫理観の根拠です。

 

 

 

 <目次>

まえがき

第1章 「無宗教」という宗教を大切にする日本人(信者でもないのに、教会へ行ってもいいの?、そうは言っても、宗教は日常と関係ないよね…? ほか)

第2章 日本の「仏教」は流行から始まった(なんでお葬式だけ仏教式一択なの?、亡くなるとつけられる戒名って何? ほか)

第3章 日本文化に根づく「神道」(神さまが実は仏さまと同じって、どういうこと?、八百万の神々はどこから来たの? ほか)

第4章 「ユダヤ教」と「キリスト教」、世界宗教のマーケティング(どうすれば宗教は信じてもらえるの?、神の奇跡って、あるの? ほか)

第5章 シンプルだけど複雑な「イスラム教」(どうしてイスラム教は、日本人となじみがないの?、イスラム教って、よくわからないんだけど… ほか)

エピローグ

 

 

 

1953年、東京都生まれ。宗教学者、文筆家。1976年、東京大学文学部宗教学科卒業。1984年、同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。専攻は宗教学。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。現在は東京女子大学非常勤講師

著書に「戦後日本の宗教史」「葬式は、要らない」「人は死んだらどこに行くのか」など。

人生最後の7日間を死神によって調査され、人の死が決められる。

 

一回ではなく、終わったあとにもう一度全部読み返すほどに、死神を通してそれぞれの死について考えさせられる。

 

「たとえばさ、太陽が空にあるのは当たり前のことで、特別なものではないよね。でも、太陽は大事でしょ。死ぬことも同じじゃないかって思うんだよね。特別じゃないけど、まわりの人にとっては、悲しいし、大事なことなんだ」

 

死は、人間に平等に訪れて決して避けられない。

生と死は隣りあわせ。

花火のように、太く短く印象に残る人生もあり。

悔いのない人生を過ごしていきたい。

自分の一生がこれでよかったのかどうか、幸せかそうでないかは、死ぬときにわかるものなのだなと。

 

千葉は、雨男、ミュージック好き、クールで人ではないが人間味あり。

 

「死神の精度」の藤木一恵や「恋愛で死神」の古川朝美のお話がここでにつながったところが好き。

 

老女が千葉と出会ったとき死神だ認識し、いつも雨なのに最後に突き抜けるような青空が広がった「死神対老女」をぼくは気に入った。

 

印象に残った言葉

「誤りと嘘に大した違いはない。微妙な嘘はほとんど誤りに近い」

 

 

 

 

 <目次>

死神の精度  

死神と藤田   41

吹雪に死神   79

恋愛で死神   125

旅路を死神   169

死神対老女   233

 

 

 

 

 

1971年、千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。2000年、『オーデュポンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、作家デビュー。2003年、『重力ピエロ』が直木賞候補となる。2004年、『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、本書収録の『死神の精度』で第57回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。若い世代を中心に今もっとも熱い支持をあつめる作家。

 

 

 

 

272-273P

驚きのあまり言葉を失っている私を連れて、老女は海岸までやってきた。降り続いた雨のため、砂浜は湿っていたが、むかるみさほどなくて歩きやすい。私は海を前にして沖を望み、感嘆を洩らす。「青い」私は真上を見る。濁りのない青色が一面に広がっている。雲の欠片もなく、延々と空だ。「広いな」

老女は、私の横に立って笑いを噛み殺していた。「突き抜けるような青い空ってのはいい表現だよね」と腕を組む。「誰が最初に言ったんだろ」

「じっと眺めてると、こっちが溶け込んでいきそうだ」私は広漠たる青にうっとりしてしまう。深くも浅くも見える。際限なく広がるこの青空と、目の前で揺らぐ海が混ぜこぜになり、自分自身を飲み込んでくるような迫力を感じた。遠近感がない。

「綺麗でしょ」

私は立ち尽くして、空を受け止めるように目を瞑る。

世界最初の全身麻酔による乳癌手術に成功し漢方から蘭医学への過渡期に新時代を開いた紀州の外科医、華岡青洲。

 

麻酔の発見に自分の嫁と母親を実験台として使ってこれによって妻が失明します。

 

妻と姑との確執があり数々の心理バトルが繰り広げられます。

 

以前、嫁の加恵は、姑の於継に憧憬の想いを抱いていました。

夫が戻ってくるまでの三年間はまるで本当の母娘のように仲良くしていたのにかかわらず、

青洲が留学から帰った途端、於継の加恵への態度は冷淡なものとなりました。

於継は、青洲が一番と考えていたからです。

母親にとっての息子というのは、かくも可愛いものなのでしょうか。

 

加恵の中での於継への憧憬や敬愛は、凄まじいほどの憎悪へと変わっていくのです。

 

加恵と於継だけでなく、この二人の女と青洲との間を一歩引いて冷静に眺めていた小姑の小陸の存在は重要だ。

 

「私は嫁に行かなんだことを何よりの幸福やったと思うて死んで行くんやしてよし。(中略)女二人の争いはこの家だけのことやない。どこの家でもどろどろと巻き起り巻き返ししてますやないの。嫁に行くことが、あんな泥沼にぬめりこむことなのやったら、なんで婚礼に女は着飾って晴れをしますのやろ」

 

二人の女の争いを気づかずに見て見ぬふりをし、医学の進歩のことしか頭にはなかった青洲の徹底した姿から、冷徹とも不気味にとも感じとりました。

 

他の作品も読んでみたくなるほど、切れ味や迫力、筆力があり、

やはりこれは名作だ。