これまで英文法の真相を取材を通して感じることは、和式の学校文法は世界からずいぶん遅れているということです。言語が変化するものであるということに加えて、英米の学習文法書は編集方針を転換し記述文法の知見を取り入れています。

 その象徴の1つがSwan『Practical English Usage 4 Ed.』2016です。編集方針が分かる記述と、これまで取材した中から多くの和製の文法学習書が情報更新できていないと思われる文法事項をいくつか挙げてみました。(PEUはしんじの拙訳です)

 

Quirk, Greenbaum, Leech and Svartvikによる『the Comprehensive Grammar of the English Language』(ロングマン、1985年)およびHuddleston, Pullumらによる『the Cambridge Grammar of the English Language』(ケンブリッジ大学出版、2002年)は、英語の構造と使用法の事実に関する権威ある説明であり、今日教育的文法を執筆する人々にとって不可欠な情報源となっている。

「間違い」というのは相対的な用語であることに注意せよ。この本にリストされている間違いとは、標準的なイギリス英語またはアメリカ英語を書こうとする人が起こす場合の誤りだ。しかし、それらは言語の他のバリエーションでは必ずしも間違っているわけではない。」 ――PEU2016

            

 Swan『PEU』2016は、ここに挙げてあるQuirk他『CGEL』1985、Huddleston他『CGEL』2002といった記述文法と比べると、文法観が保守的で従来の規範的規則も残ってはいます。しかしこれらの記述文法を評価し一部文法説明に取り入れています。

 学習文法の範囲は、標準英語・米語の書き言葉についての文法的正誤を記したものであることを明確にしたうえで、非標準的な表現自体を誤りとしているわけではないと述べています。日本語と同じく英語にも標準語と地方語がありますが、和製の学参などではほとんど触れられません。多様性を認める現代社会の価値観を反映する重要な視点だと思います。

 

  好例はいわゆる三単現のSです。現在時制の動詞語尾に着けるSは標準語として正用とされています。しかし地方語では必ずしもそうではありません。

 動詞形変化は日本語で言えば語尾の違いです。「~です」は日本の標準語としても認められていますが、地方には様々な語尾の変種が存在します。英語でも事情は同じで、地方語が標準語と違うからと言って、誤りではないのです。

 

  PEUが挙げていたCGEL2002の著者Huddlestonは、標準英語と非標準英語を以下のように対比して示しています。

 

(STANDARD ENGLISH DIALECT)

It doesn't matter what they did

 

(NON-STANDARD ENGLISH DIALECTS)

It don't matter what they done.

          ――Huddleston他2022

 

  興味深いのは、標準語、非標準語のどちらもDIALECTと表現していることです。近年の言語学では標準変種という言い方もあります。多様性を尊重する社会的な価値観を反映し、標準語とは数ある変種の1つという考え方が広まり始めているのです。

 

 三単現のSと英語の地方語については以下の記事にまとめています。

三単現Sの謎を読み解く―変種の多様性― | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp)

 

 

『PEU』2016では慣用として使われてきた表現について述べ、具体例を挙げて規範的なルールと対比して示しています。

 

「いくつかの表現は常に言語に存在していたが、規範的なルールによって「地下に追いやられ」、慎重な話者によって避けられてきた。しかし、人々は今ではこのような表現に対してより寛容になっていて、より一般的になっている。

いくつか例示する:

Here's your papers.

 (instead of Here are…)

 

Somebody's left their umbrella behind.

(instead of . . . his or her umbrella,)

 

Alice and me went to the same primary school.

(between you and I )」             ――PEU2016

 

 実際には昔から使われていた慣用が、規範によって禁則とされてきたことを「地下に追いやれていた」と表現しています。ここに挙げたあるのは【主語と動詞の一致】、【単数のthey】、【人称代名詞の格】です。これらはいずれもラテン語の動詞の人称、数、格の表示のしくみを、現代英語にあてはめたためにおこった不具合です。

  

 PEUが評価したQuirk他CGEL1985は、ラテン語の影響が強すぎるとして批判され英語使用国の公教育で廃止された伝統的文法を見直すために、言語コーパスを生み出す先駆けとなった実態調査によって生まれた文法書です。

 20世紀までは概ね標準化が優先され伝統文法の規則を守ろうとする立場が優勢でした。Quirkらの実態調査によって、伝統的規則と慣用の乖離が事実として明らかになり潮目が変わります。Huddleston他CGEL2002は、Quirkらの記述的文法を継承しながら、より批判的検証をすすめた文法書といえます。同署には以下のような記述があります。

「規範文法家たちの文法書が示す規則には、大多数のネイティブスピーカーが実際に使っている言語の用法に全く基づいていないものがある。そして、それは、どんな根拠によるのかを示しもせずに、いかなる他の言語話者をも差し置いて、著者自身の好みによる判断でマニュアルとする。」Rodney , Geoffrey K. Pullum『Cambridge Grammar of the English Language』2002(7頁) 
 

 近年では、情報環境の変化、多様性という価値観の社会的高まりなどもあり、慣用を認める立場が優勢になってきています。今世紀の英文法は、英語本来の文法的しくみをもとにして脱ラテン化が進行しているのです。

 

 以下、PEU2016が取り上げた文法事項について個別に紹介していきます。

 

【主語と動詞の一致とthere構文】

 

「〚there is ~〛は、James was at the party.のような、定冠詞を持つ名詞や固有名詞が主語の文で通常使用されない。ただし、問題の解決策を示すために、人や物を単に名前で挙げる場合は例外的使われる。

 

 Well, there's James, or Miranda, or Anna, or Emma……」

                              ――PEU2016

 

 There構文は「聞き手が気づいていない存在を知らせる表現」です。だから、用例にあるように既知情報でも聞き手が思い当たらないことを知らせて「ほら…があるじゃないか」という場合や、一度見失ったものを見つけて「ほら、~がいるよ」という場合には、固有名詞や定冠詞theをつかった特定の語が主語になります。

 またthere'sのようにisが短縮されると、慣用的には複数の主語であっても動詞の数を主語に一致させてareとはしないでそのまま使われます。これは標準語としても容認されています。

 

 There構文については以下の記事にあります。

There構文は定冠詞the、固有名詞とも共起する―リスト文など― | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp)

 

 

【単数のthey】

 単数を指すtheyは、一時は英国議会が法律によって禁止するなど厳しく使用を禁止されていました。米国でもジャーナリストが使用する規格を定めたスタイルブックでは使用を認めていませんでした。

 近年ではノンバイナリーという価値観の広がりから、性を特定するhe、sheを避けて単数を指すthey使用が容認されています。

 実用的にはノンバイナリーとは別に、性が不明な場合は単数のtheyを使うということ自体は数百年前から行われています。

 

Somebody sounds like they're having fun. ――Peppa Pig

   (誰かさんが楽しそうにしているね)

 

  以前から子供用のアニメや絵本などでも使われるほど一般的な用法です。和製の学参英文法書は旧来の標準のままで情報更新ができておらず、幼児がふつうに使う表現が抜け落ちていることは多々あります。現状では英米の学習書を併用して生きた英語から学ぶのがいいかもしれません。

 

 詳しくは以下の記事にまとめています。

“They forgot their wallet”のtheyは単数?複数? | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp)

 

 

【人称代名詞】

 規範は主格を意味する場合は I を用いるべきで、meは目的格として用いるべきとしてbetween you and Iを正用といます。実使用では主格としてmeを用いることはよくあります。

 人称という概念はラテン語の動詞形変化に基づいています。ラテン語は語の屈折で文法性を表示する言語ですが、現代英語の格は語順によって格を表示します。格をめぐる正誤論争は、文法的な仕組みが違うラテン語文法に基づいた規範的規則と、英語本来の文法コードが衝突して起こったのです。

 近年では、旧来のラテン語の論理に従った規範は見直され、英語本来の文法的仕組みに基づいた実用が認められていく流れになっています。

 

 詳しくは、以下の記事にまとめています。

英語話者がIt’s meと言いwhomを嫌う理由―英語の文法的仕組みの真相― | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp)

 

 

【状態動詞の進行形】

 

「進行形の動詞形が数百年前に英語に導入され、徐々に広く使用されるようになった。まだ一般的に進行形で使用されない動詞もいくつかある。しかし、これらさえも抵抗を失っている。

典型的な現代の例:

I'm understanding Italian a lot better now.

How many eggs were you wanting? 

I'm loving it.」

              ――PEU2016

 

 ここに挙げられているunderstand、want、loveはいわゆる状態動詞です。実際には進行形が導入されて以来、数百年前から状態動詞は進行形で使われています。「状態動詞は進行形にしない」という規範的規則は20世紀の中頃に一時期広まっただけで今では廃れています。メディアなどでも使われ、英米の文法書の多くが用例を取り上げています。

 日本の情報更新は世界から完全に遅れています。英語使用国がもはや標準語としての基準としていない廃れた「規則」を気にしていては、幼児の使う表現さえ使えないなんてことになりかねません。当たり前のことですが、英語は世界基準で学ぶものでしょう。

 

 詳細は以下の記事他にまとめています。

状態動詞進行形の現状③感情動詞I’m loving他 | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp)

 

進行形の進化と多様性②American English | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp)

 

 

【進行形、be goimg to「その場で決めた」場合の用法】

 

「現在進行形は、動作を始めることを表現するために行為を表す動詞で使用される

Get your coat on! I'm taking you down to the doctor. 」

                         ――PEU2016

 

 進行形は事態が進行している予定だけでなく、起きた事態に対応してその場でこれから始めると決めたことにも使うとして用例を挙げています。

日本では「willはその場で決めたことに使い、進行形、be going toは事態が進行している、あるいは前もって決めたことに使う」と、いかにも使い分け規則であるかのようにまことしやかに広まっていますが、全く使用実態に合っていません。

 進行形やbe going toは文法化が進み「その場で決めたこと」にもふつうに使われます。幼児対象のアニメなどでも頻繁に出てきます。生きた英語から乖離した「文法説明」が拡散する様子が分かる好材料です。

 

Simon: “Hey, are you coming, Caspard? Let's go and see the kite. ”

 Gaspard:“No no, I want to finish my castle.”

 Simon: “Okay but I'm going.

                                                                 ――Simon | I Can DO IT

       「ねぇ、ガスパール、行く?凧を見に行こうよ。」

       「いやいや、僕は自分の城を完成させたいんだ。」

       「わかった、でも僕は行くね。」

 

 この用例は2人で砂遊びをしていた子供が、凧が上がっているのを見つけてた場面です。その場で見に行こう決めて進行形を使っています。

 

 “Oh, no, my kite. Waite a sec. I'm going to do it again. ”

                        ――Simon | I Can DO IT

 「ああ、だめだ、僕の凧。ちょっと待って、もう一回やり直すね。」

 

 失敗したからやり直すわけです。当然、前もって決めていたはずはなく、その場で決めています。

 

 このように、前もって決めていない、その場で行うことを決めた行為を進行形やbe going toを使って表すことはふつうにあります。注意してアニメを見ていれば何例も見つけることができます。言葉は実際に使われている生きた表現から学ぶのが基本だと思います。

 

 以下の記事のなかで、Youtubeで視聴できるアニメの用例を出典を示して載せているので、確かめることができます。生きた英語に触れて学ぶのが大切だということがよく分かります。

現在進行形は「その場で決めた」これからの行為を表す | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp) 

 

will とbe going to―「その場で決める」かで使い分け?ー | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp)

 

 

【条件を表すIf節中の動詞】

 

「もしも今事態がどうなるか分かっている(分かった)と言う場合にはif節中でwillを使う。

If prices will really come down in a few months, I'm not going to buy one now.

                             ――PEU2016

 

 学校文法では、「if節中は未来のことを述べるときは現在時制を使う」という規則が一般的でした。その例外をして意思を表す場合はwillを使うことがあり、無意志のwillは使わないとされていました。実際には、これから事態が生じそうだと認識された場合は無意志のwillを使うということです。このことは記述文法家や英語のネイティブが以前から指摘していたので、実用していたことが容認されたことになります。

 

 if条件節の時制については、以下の記事にまとめています。

時・条件節中で使う未来標識will―特別ルールから体系へ― | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (ameblo.jp)

 

 

【just nowと現在完了の共起】

 

「just now には「今この瞬間」あるいは「ほんの少し前」という意味がある。

have just now ppのような位置では現在完了あるいは過去時制と共起する。

I('ve) just now realised what I need to do.」

                                                                            ――PEU2016

 

 学校文法では、「just nowはa moment agoの意味なので過去形と共起し現在完了とは共起しない」とされてきました。実際には、現在完了と共起するということを認めています。

 

 詳細は下記の記事にあります。

just nowは現在完了に使う―解け始めたPresent Perfect Puzzle― | しんじさんの【英文法を科学する】脱ラテン化した本来の英文法はシンプルで美しい! (

 

 

 実際に使われているのに学校文法では扱わない文法事項はまだまだあります。それは特別な表現というわけではなく、幼児対象のアニメなどにもふつうに出てくるようなものです。

 学参など和製の文法学習書のほとんどは学校文法にもとづいて編集されています。学校文法は文科省の指導要領にあり、標準語として認められている規則の範囲で容認されます。つまり標準語と認められていない文法事項は検定で引っかかると忖度するため、実質使用制限されます。今回挙げた文法事項も含めて、入試の過去問に出ないので学習参考書には載っていないことが多いのです。

 

 実際には昔から使われているのに、文法書に載っていない表現は数多くあります。今世紀にはいって情報環境や価値観の変化により、英米をはじめとする英語使用国では、かつては規範によって禁止されていた表現を容認する動きが加速しています。

 

 このブログでは、外国語の習得には英語話者が使っている表現を受け入れるのが基本と考えています。文法書にはないけども、英語話者が実際に使っている表現に気を留め、地方語なのかスラングなのかそれともほんの一部のコミュニティでしか使わないのかも含めてまずは興味をもつことにしています。

 その上で、内外の論文、文法書、言語データベース、映像作品等を調べて、広く一般的に使われる表現を選んで記事にしています。言語は多様で変化するものなので、真相とはいっても、実際には生きた英語にあたり、常に情報更新していくものだと思っています。

 

 このブログの記事に反するようなものも含めて、面白い表現を見つけたなどの情報をお寄せいただくとうれしく思います。