従来の英文法では、just nowはa moment ago という特定の過去の一時点を指し、単純過去形では使うが、現在完了では使わないとされてきました。英文法書Swan『PEU第4版』2016では、以前の『PEU第3版』1996にはなかった、just nowと現在完了が共起する用例を載せました。この間に文法書の記述が変わったのです。

「現在完了と特定の過去を示す副詞語句と共起できない」という規則はPresent Perfect Puzzle(現在完了の謎)と呼ばれてきました。つまり、文法記述の変更は、謎が解け始めたことを意味します。今後、文法記述を変えていく画期になるかもしれません。今回は、Present Perfect Puzzleについて掘り下げていきましょう。

 

「現代英語には,現在完了と過去の特定の時点を表わす副詞語句は共起できないという規則がある.ところが,近代英語やとりわけ中英語では,このような共起の例が散見される.現代英語にかけて,なぜこのような制限規則が定まったのかという問題,いわゆる "Present Perfect Puzzle" については,様々な提案がなされてきたが,完全には解明されていない」堀田隆一英語史ブログ

 

 このブログで紹介されている近代英語期の用例の一部を引用します。

1) a. which I have forgot to set down in my Journal yesterday.

                    ――1669 Pepys's Diary April 11th

    b. I am told he has had another execution in the house yesterday.

                                                         ――1777 Sheridan, School f. Sc. I

  c. The Englishman  has murdered young Halbert  yesterday morning.

                                                       ――1820 Scott. Monastery XXX

   d. Indeed I have seen Blanche, six or seven years ago, when she was 

       a girl of eighteen.                       ――1847 Ch. Brontë, Jane Eyre XVI,

                                             

 用例(1a)の出典『ピープスの日記』が書かれた1669年は、英語の標準化が始まる18世紀以前のものです。

 この日記の原書はweb上で公開されています。その英文には、He do believe…のように、三人称の主語に対応してSをつけず、特に強調するわけでもないdoがふつうに使われています。サミュエル・ピープスは海軍のトップに上り詰めた高級官僚で、国王にも謁見する立場にある人です。当時の英国上層階級が使う言葉も熟知しているはずで、無教養のゆえではありません。

 

 三単現のSの脱落や助動詞doの頻繁な使用は、当時英国の広い地域で一般に見られた現象です。英語の標準化が始まったのは18世紀で、公教育による規制の強化が盛んになるのは19世紀です。それ以前は、現在知られている規範的規則は存在しなかったわけです。

 つまり、三単現のSの脱落が広い地域で見られたように、yesterdayのように過去の時点を示す語と現在完了は共起していても不思議ではありません。実際に使われていた表現を規則によって統一するという標準化の発想は、18世紀以降のものです。

 

 中英語という昔の話はともかく、「近代英語」でも、現在完了とyesterdayや~agoといった過去の一時点を示す副詞語句は共起していたわけです。ふつうに考えれば、規則がそもそも疑わしいということです。Present Perfect Puzzleの「謎」の本質は、規則自体ではなく、それが規則として長年にわたりまかり通ってきたことにあります。

 

 先ほど引用した『ピープスの日記』は17世紀のものです。当時は肯定文で助動詞doが多用されるなど機能語が発達していた時期にあたります。大雑把に言えば、近年の用法に直接つながる相の発達もそのころからです。yesterdayなど過去の一時点を示す副詞語句と完了相との共起はずっと続いているのでしょう。今日では、その一部を可視化することができます。

 今日でもPPとyseterdayが共起することはコーパスのデータでも確認できます。

 

2) a, I haven't smoked yesterday. (LCSAE)

 

  b. We've been out in it yesterday. (BNC, KBE 3003)

 

Marianne Hundt. Nicholas Smith『The present perfect in British and American

                                                 English』2009

 

  今でこそ、このように使われていることが分かりますが、言語コーパスのもとになった英文法の実証的な研究が始まったのは1960年ごろです。それ以前は、先行研究と称して、前の時代の文法書などを参照して個人が主観的な判断で記述するのがスタンダードでした。

 実証研究の歴史はたかだか数十年ほどです。実証研究によって認められた言語事実が、学習文法に本格的に取り入れられるようになるのはこれからです。

 PPとjust nowが共起することを認めたPEUの記述を紹介します。
 

 この記述では、just nowには「この瞬間」と「少し前」という意味があるとしています。「少し前」という意味では文中、文末のどちらに置くことも可能で、過去形を用いた用例(a, b)を挙げています。また、用例bは、haveと過去分詞の間にjust nowを置いて、現在完了形と共起した文になっています。

 1996年出版の『PEU第3版』(邦訳版)には、「just nowは「ちょっと前に」(a moment ago)の意味だが、(イギリス英語でもアメリカ英語でも)過去時制とともに用いられる」とだけあります。引用した2016年の出版の『PEU第4版』で新たに、just nowにはat this momentという意味もあることを認め、現在完了と共起する用例を新しく採用したということになります。

 

 (伊関2012)には、従来の語法書の扱いについての記述があります。

 

「小西(2003, pp.66-9)では結論として、just now には現在のところ英米の語法書はもちろん、辞書にも完了形との共起はあげられていないとの理由で、「現在完了形と共に用いる人もあるが、避けた方がよい」との考え方を示しているが、筆者はこの考え方に否定的である。

 なぜなら、英米を含む9名のインフォーマントに、I've just now received word that they've arrived safely.(ちょうどいま、彼らが無事に到着したという知らせを受けた。)という例を示したところ、全員がOKであると認めたそうである(cf. 柏野1999, pp.164-5)ので、語法書や辞書に載っていないからといって、just nowは現在完了と共に用いるべきではないと決めつけるのには問題があると言わざるを得ない。」

             伊関 敏之『現在完了形の用法に関する一考察』2012

 

  この論文が書かれた2012年です。just nowが現在完了と共起することを取り上げた語法書『PEU第4版』の出版は2016年です。英米では(伊関2012)が指摘した実態を容認し始めたと言えます。

 

 PEU第4版ではそもそも現在完了と単純過去形の区別は厳密ではないとしています。翻訳して紹介します。

 

「現在完了と単純過去時制の違いは必ずしも明確に区別できるとは限らない。それは焦点を当てるのが、過去の出来事が関わる現在か、過去の詳細なのかによる。場合によっては、PPとSPのどちらもほとんど意味に違いはない。(しんじ訳)

 

 We (have) heard that you have rooms to let,

 

   Has Mark phoned? or Did Mark phone?

 

  I've given/ I gave your old radio to Philip.」

 

    Swan『PEU第4版』2016

 

 現在完了とjust nowが共起するときの位置について、PEU2016では中位のみを採用しています。一方 (伊関2012)では、米国USと英国UKの容認率を比較して「中位 US 83%、UK39%、後位US 68%、UK63%。後位については米英共に過半数の人が容認している」との記述もあります。

 PPと共起するJust nowの置かれる位置については次のグラフで確かめられます。

 

 

 グラフからAmerican Englishでは、have just now arrivedのように、中位で使う方が先行していたことが確認できます。PEU2016が中位で使用する用例を取り上げたのは、当時の使用頻度からすると妥当と言えそうです。

 またhave arrived just nowのように後位で使用する頻度があがったのは近年になってからです。英語のネイティブの間で容認の仕方にバラツキがあるという現象は、新興表現が普及し始めるときにはよく見られます。

 

 近年、ネット上ではjust nowが現在完了と共起することを容認する意見は多数見られます。英米の話者の中で容認する人が多数になると、結果として規範として認められ語法書に記載されるようになります。英米の学習用文法書は、先行して容認する文法書が現れると、競うようにして改訂新版では後追いして記述を採用するのはよくあることです。その実態を調査した論文では、その現象をechoのようだと評しています。

 

 例えば、昔の標準英語の規範では「状態動詞は進行形にできない」としていました。今世紀に入り英米の文法書が用法を相次いで認める流れになっています。

  しかし受験英語では、未だに昔の規範をそのまま流布しているのが現状です。規範は使用実態に合わせて、バラツキながら追認されていくものです。

 以前にこのブログで紹介した、英米の文法テキストの状態動詞進行形を容認する実態を示した表を再掲します。

 文法テキストによりcan be usedとする動詞とalmost neverとする動詞がバラついています。近年、状態動詞の進行形での使用率は急上昇しているので、実態の把握が追い付いていないのです。

 

 進行相[be+doing]、完了相[have+done]はどちらも相aspectと呼ばれることがあります。相の発達は、一度文法性を失ってピジン化した中期英語を、文法化によって現代英語として再構築する過程とみることができます。

 相という概念は20世紀の半ば過ぎにスラブ系の言語から借用したものです。従来のラテン語をベースにした英文法では説明がうまくできないから導入された概念と言えいます。英語の進行相、完了相の実証研究はそれほど進んでおらず、未だこれからなのです。

 

 規範的規則はもともと多様な表現を標準化するためのものです。変化を嫌う志向があり、多様で変化する自然言語を捉えることに対して不得手です。相は機能語の配列によって作られるので、変種も多く存在し標準としても安定していないと見る方が良いかもしれません。変化の過程にある現象は、固定的な見方をするよりどのように変化しているかを見る方がいいでしょう。

 

 英文法書(Huddleston2005)の記述を抜粋して翻訳したものを紹介します。

 

「標準英語内の2つの主要なグループ間では、いくつかの文法的な違いが見られる。イギリス英語、オーストラリア英語、および南アフリカ英語の方言をBrEと呼び、カナダ英語およびアメリカ英語の方言をAmEと呼ぶことにする。

 アメリカ英語(AmE)とイギリス英語(BrE)の文法の違いのほとんどは、明確な違いというより好みの問題だ。例えば、AmEの話者は通常、「I did that already」と言うのを、BrEの話者は「I've done that already」を好むなど。ただし、どちらのバージョンも両方の言語コミュニティには理解される。

 次の用例のうち[ⅰa,ⅱa]は標準英語だ。

 

[1] STANDARD ENGLISH DIALECT NON-STANDARD ENGLISH DIALECTS

ⅰ a. It doesn't matter what they did.

 

  b. It don't matter what they done.

 

ⅱ a. I have never broken anything.

 

     b. I ain't never broke nothin’.

 

  [ib] のような don't は、標準英語では doesn't になるべきところ。また done は標準英語の did に相当する。これらの動詞形は偶然の誤りではない。すべての方言が標準英語と同じ動詞の形態を持っているわけではない。

  [iib] の ain't は非標準方言を示す有名な補助動詞形で、節を否定するが、その否定は never によっても、また nothin' によっても示される。これを通常「二重否定」と呼ぶ(ただし、数えてみると否定のマークが三つあることに気付く)。実際には、単一の否定を複数回マークするもの。この現象はイタリア語、ポーランド語、ロシア語など多くの言語で一般的なものだ。ただし、標準英語話者は、非標準方言話者からこのような表現を聞いたときに どのように解釈すべきかを知っている」(しんじ訳)

        Huddleston 他『A Student's Introduction To English Grammar』2005

 

  この用例で興味深いのは、標準英語では区別される、過去形didと過去分詞doneが同じように扱われることです。ただ、考えみれば規則変化動詞の-ed形は、形態上の区別はないし、不規則変化動詞にも過去と完了の区別が無いものもあります。英語の過去と完了の違いは必ずしも明瞭ではないのです。

 また、ain'tはhave'tの意味で使います。標準語の[have+done(PP)]はいくつかある変種の1つなのです。その多様性は、多くの方言を知ることで分かります。

 

「イングランド西部の方言では,動詞としての過去形は done,助動詞としての過去形は did を用いるという (ex. He done it last night, did he?)」

                        堀田隆一(英語史ブログ)2022

 

「完了を表す助動詞のうち、もっとも南部方言に特徴的な助動詞。

 

He done gone. / He done went. / He done go. 意味は同じ。

 

doneの前に、have , has,(否定の場合はain't)が使用されることもあるが、意味は同じ。」

  福島一人『Forrest Gump に見られるアメリカ南部方言:Tobacco Roadのものと

       比較して』2010

 

 ここにはアメリカ南部方言とありますが、BrEにも同じような表現を使うことがあります。アメリカの方言は、ルーツをたどると英国のどこかの地方と関連しているということもあります。

 過去形と現在完了をめぐる方言をNgramで概観してみましょう。

 

 このように各地で使われる変種を見ると、did、done、haveなどの語が順列され現在完了と過去が交錯していることが分かります。現在完了の変種はSNSで数多く見られます。例えば、Y'all done went to sleep? (みんな、もう寝ちゃった?)は米南部の方言です。標準語ならHave all of you already gone to sleep?というところです。

 

 日本語の方言は語尾の違いに象徴的に現れますが、口語英語の述語動詞のバリエーションも同じようなものです。日本語と比べれば、英語は屈折を消失したので、変種はそう多くはありません。例えば、関西弁は自分では使わない人でも多くの人が理解はできるのと同じく、英語話者は変種を使わなくても知っています。

 

 標準語のhave+doneは多様なを制限してできた型です。標準的な表現であっても社会的なコードである文法は時代によって変化し、語感は人それぞれで多様なものです。近年、英語の現在完了と過去形の用法の区別が無くなりつつあるという報告が多くあがっています。英語の相はまだ安定するには至っていないとみることもできます。

 

 

 面白いことに、現在完了と過去形の用法の区別が消失する傾向はドイツ語にも見られます。英文法が基本としているラテン系の言語や相の対立が確立しているスラブ系の言語は、英語とは別系統です。ドイツ語は、英語と同系統のチュートン語に属します。従来の英文法が借用してきたラテン語やスラブ語の文法よりも、英語に近いドイツ語の方が参考になることが多いのです。

 

 現在完了相と単純過去との混交という現象は、英語より先行しています。つまり、ドイツ語の事情と比べてみると、今英語に起こっていることがよく分かり、今後のことがある程度予測できるというわけです。

 ドイツ語の現在完了の推移と対比しながら、英語の現在完了形について、掘り下げていきましょう。

 

「ドイツ語の現在完了の用法はある種のものを除いては確立していると言いがたい。そのために文法書の説明もまちまちなことが多い。これはドイツ語の現在完了の用法がひじょうに複雑になってきているので,厳格な規則を設けて説明することがたいへん難しいからであろう。…ドイツ語の現在完了の用法におけるこのようなある種の混乱は,過去時称が二つあるということ,つまり過去の出来事を述べるのに過去形と現在完了形の両方を用いるということに起因している。

 日常会話(や手紙)では過去の出来事を述ぺる揚合,過去形を用いないで現在完了を用いるということがいままでにみてきた文法書の中で説明されているが,実際には現在完了と過去形が混合して使われていることが多い。…口語では地方によって現在完了の用法がいろいろ違っている。」

           佐々木庸一『英語国民の見たドイツ語の現在完了』1975

 

 過去の出来事を述べるのに過去形と現在完了の両方を用いるのは、現代英語も同じです。ドイツ語では、現在完了の方が口語で発達して、過去形の領分を侵食していきました。英語は逆に過去形が現在完了の領分を侵食しています。どちらにしても単純相と完了相は混交していて、単純な使い分けはできないのです。

 

「現在完了の用法について、厳格な規則を語ることのできるドイツ人はごくすこししかいないであろう。ドイツ人は,彼らの語感,すなわち母国語に対する彼らの本能ないしは自然の感情に頼っている。この語感はしかし,もちろん誤った方向に進むこともありうる。文法書にはひじょうに異なった説がひろく見出される。実際にはもっとも優れた作家でも意見が合わない。」

           佐々木庸一『英語国民の見たドイツ語の現在完了』1975

 

 英語の現在完了は、過去形との混交する状況にあります。現在完了から過去形へシフトする流れはAmEだけではなく、BrEにも起こり始めています。(Trubliovskaya2019)から、イギリスおよびアメリカの出身のネイティブスピーカーを対象とした調査の一部を要約して紹介します。

 

「調査は、提示した状況で、参加者が日常会話でより頻繁に使用すると考えられる回答を選ぶように求めるもの。話し手が何を最初に思い浮かべるを回答するもので、正誤判定を求めるものではない。回答はSPとPPの2文の中からどちらか1つを選ぶ。

 

【Situation1】you are visiting your parents for a holiday. Your flight home is in a couple of hours. Suddenly you realize that you cannot find your key. You tell your mother.

 

(PP) I've lost my key. Have you seen it?  BrE (96%)  AmE(80%) 

(SP) I lost my key. Did you see it?     BrE (4%)  AmE(20%)

        

                 

【Situation2】you come home very late from work and notice that the food left for your child  is untouched. Besides, your kid looks pale and tired. You ask him

 

(PP) Have you eaten today? / (SP) Did you eat today?

        BrE (80%)  AmE (68%)     BrE(20%)  AmE(32%)

 

【Situation3】you are back at work from an Asian cafe where you usually have lunch.  Not  knowing that, you colleague suggests going to the dining room. You say

 

I'm not hungry. (PP) I've just had lunch. / (SP) I just had lunch.

                    BrE(68%)  AmE (24%)   BrE (32%) AmE (76%)

 

【Situation4】you are talking to your friend when he suddenly claims: "Guess what? I am going to buy a piano and I want you to help me with the colour". Feeling surprised, you react:

 

(PP) Piano? When have you ever played the piano?    

                                                   BrE(88%)   AmE(84%)

(SP) Piano? When did you ever play the piano? 

                                                   BrE (12%)   AmE(16%)

 

    Alyona Trubliovskaya『The Use of the Present Perfect in British English and

                                   American English』2019

 

(状況1)は、「鍵をなくしてまだ見つかっていない」状況です。過去にあったことが現在に影響しています。このように、これまでの文法説明では現在完了形を使うとされてきた現在に関係する状況を想定していますが、単純過去SPを選択する人が一定数います。

 

(状況2)は、英米の違いの典型例として知られている表現です。「アメリカの 'Did you eat?' がイギリスの 'Have you eaten?' に対応することは、大西洋を挟んだ文法の違いの中でも、象徴とされることがある(参照: Strevens 1972: 48; Biber et al. 1999: 463)」しかし、この調査結果から、BrEでも使用が広がり始めていることが示唆されます。

 また、todayという時を示す副詞とSPが共起しています。このことに関して1975年当時のドイツ語と対比する記述があります。「英語では、I have seen him today.というが、昨日の場合は I saw him yesterday.という。ドイツ語ではどちらも同じ時称を用いる。特に南ドイツでは口語においては,実際には現在完了は過去を駆逐してしまった。」(佐々木1975)

 

 先にも見たとおり、英語でもPPとyesterdayは数百年前から共起していました。「PPとyesterdayの共起はLCSAEおよびBNC では話し言葉で一般にみられる(Hundt2009)」規則に反する用例の使用は、多くの場合口語で起こるので、一般にはなかなか知られていなかったということになります。

 

(状況3)は、たった今完了したという状況です。AmEでは、副詞justは過去形との共起が進んでいる傾向が伺えます。

  SP過去形と共起する副詞について、他の論文のデータを紹介しておきます

 Marianne Hundt. Nicholas Smith『The present perfect in British and American

                                                English』2009

 

 表にあるthe Longman Corpus of Spoken AmericanEnglish (LCSAE)のデータから、アメリカ口語英語では、alreadyの頻度が高いのは注目です。

 

(状況4)は、whenという過去の一時点を尋ねる表現と、everという以前の経験を尋ねる表現の対立を意図した質問です。この文脈は、実際の時を尋ねるのではなく、「ピアノなんてひいてたの?」って反応だからeverに引きずられて現在完了を選んだのではないかと思います。

 

 この調査のポイントは正誤判定ではなく、どちらで答えるかというものです。だから、どちらも使うけど、どちらかと言えばこちらという回答もあります。文法書や語法書に従う必要はないわけです。

 言語変化の過程にある文法事項に1つの正しい答えを求めるのは意味がありません。多くの場合、どちらの表現を使っても容認され、正しく意図は伝わります。文法的な正誤を気にせず自由に使えばいいということです。

 

「過去は小説,物語,歴史の通常の時称である。登揚人物が直接の会話で紹介されるときには,現代作家は,彼らに日常生活において話すのと同じような話し方をさせている。しかしながら,ある種の様式化はつねに生じるものであり,それがどの程度に行なわれるかは作晶のスタイルによって決定される。同じことは戯曲の対話にも言える。一般的に言って過去と現在完了は事実上の区別なく,自由に用いられている。

 現在完了時称の土台となっているものは,もともと主観的なものであり,過去時称はより客観的な時称である,つまり前者は過去の出来事をなんらかの意味で現在の自分とかかわりのあるものとして述べる揚合の時称であるが,後者は現在の自分と無関係のものとして述ぺる揚合の時称であると最近一般に説明されるようになってきている。」 

            佐々木庸一『英語国民の見たドイツ語の現在完了』1975

 

 現在時制は主観的で、過去時制が客観的というのは、ドイツ語に限らず英語にも当てはまります。表現の選択は、規則に従うのではなく、発話者が主観的に判断して決めるものだからです。

 もちろん英語話者の多数が容認しないと社会的なコードにはならないので、それは参照しなければならないでしょう。しかし、変化の過程にある表現は1つのコードにはならないので、話者が判断して選択することになります。現在完了と過去の選択は、根本的にはPresentとPastの選択に帰します。

 英語のPresent Tenseが示すものの本質について述べた論文を翻訳して紹介します。

 

「言語学におけるモダリティの話し手志向の性格は、論理学におけるモダリティと異なる要素を持っている。例えば、論理学では、Chelyabinsk is the capital of Russia「チェリャビンスクはロシアの首都である」という文は、命題として誤っているため、事実に反する(非現実的)non-factual (unreal)なモダリティとして特徴付けられる。一方、言語学では同じ文を話し手の視点から見て、起きている事態を事実factであるかのように示しており、モダリティは現実的realityということになる。

 重要なことを強調しておくと、言語学では、真偽は実験などによって実証する他なく、発話が真実なのか偽りなのかには関与しないし、言語は発話の真偽を表現するための手段の体系を持っていない、ということだ。再度強調したいのは、言語学のモダリティが関与するのは、話し手が想い描く現実性・非現実性reality-unrealityである。小説、物語、サイエンスフィクションなどのフィクションも言語的な現実に属しているが、これらの作品のキャラクターが実際に実在していなくても構わない。

(しんじ訳) 

   Tamara N. Khomutova『Mood and Modality in Modern English』2014 

 

 アニメの場面にこんなやり取りがあります。

 

3) Brother Bear “I'm a dog.”

  Mama Bear   “That's right”

                          ――The Berenstain Bears

 

 Berenstain Bearsは熊さんたちのお話ですから、Brotherは犬ではありません。犬を演じていて、“I'm a dog.”というIndicative Mood Present tenseを使っています。Present tenseは事実かどうかには関係なく主観的にrealityを感じさせるときに使うのです。

 もちろん、それが事実factではないことはMamaも知っています。でも“That's right”(本当ね)と応じて、主観的なrealityに付き合っています。英語のIndicative Moodは事実を述べるのではありません。「発話が真実なのか偽りなのかには関与しないし、言語は発話の真偽を表現するための手段の体系を持っていない」のです。

 

4) If I were mayor I wouldn't wouldn't be wasting my time in meetings.

――――The Berenstain Bears

(私が市長なら、ミーティングなんかのために時間を無駄にしたりしないさ)

 

 これは、言いたいことがあって市長を訪ねたパパベアがミーティングがあるからと断られたときのセリフです。パパベアはもちろん市長ではありません。しかし、“I am mayer”と表現することは可能です。Present Tenseは事実かどうかに関与せず、主観的に使うことができるからです。“I'm a dog.”といっても構わないのと同じです。

 自分が実際に市長であるかどうかは、動詞形の選択には関与しません。事実ではないことでもPresnt tense、Past tenseのどちらも使うという選択はあり得ます。

If I were mayorというときwereを選択しているのは事実factではないからではありません。「客観的に見て自分は市長ではないことを認識している」ことを伝えているのです。

 

 “I am mayer”は主観的な判断です。実際に市長ではなくても、演じていることが伝わっていれば問題ありません。ところが市長でもない人が本気でI am mayer”と言ってきかなかったらどうでしょう。これは相当危ない人だと思われるでしょう。

  一方If I were mayorは本気で言っても構いません。この人は客観的に事実が判断で来ていると伝わるからです。このwereには「自分は市長とはほど遠い存在だけれども」という客観的な判断が含意されています。

 

 Present Tenseは実際に起きた事柄が過去であっても構いません。MLBで大谷選手がドジャースと契約したことを伝えるCNN Newsの記事の一部を引用します。

 

5) a. Two-time AL MVP Shohei Ohtani agrees to historic deal with Los

   Angeles Dodgers

                                                         

    b. The Los Angeles Dodgers have won the race to reach terms with

       Shohei Ohtani, baseball’s transcendent two-way star, to one of the

       richest  contracts in professional sports.

 

    c. The two-time American League MVP announced on Instagram he

       had “decided to choose the Dodgers” as his next team; their historic

       deal is for 10 years and $700 million, according to ESPN, MLB.com

       and other media outlets citing Ohtani’s agent, Nez Balelo.

                   ――CNN News(December 9,2023)

 

 二度のアメリカンリーグ最優秀選手(MVP)を獲得した大谷翔平がロサンゼルス・ドジャースと歴史的な契約に合意

 

 ロサンゼルス・ドジャースが、野球界の卓越した二刀流選手である大谷翔平との契約で合意に達するレースに勝利し、プロスポーツ界でも最も高額の契約のひとつになった。

 2度のアメリカンリーグ最優秀選手(MVP)である大谷翔平は、Instagramで「ドジャースを選ぶことに決めた」と発表した。ESPN、MLB.com、および他のメディアは、大谷翔平のエージェントであるネズ・バレロの発言を引用し、この歴史的な契約は10年間で7億ドルとなっていると報じている。(しんじ訳)

 

 (5a)は見出し、(5b)は本文の書きだし、(5c)は本文の中身の記事です。「大谷選手がドジャースとの契約に合意した」というほぼ同じ内容を伝えています。

合意したことは過去の事実ですが、見出し(5a)ではagreesという現在時制を選択し、書き出し(5b)ではhave wonという現在完了(pp)を使い、本文中身(5c)ではannouncedという過去時制(sp)を選択しています。

 過去の事実を伝えるときに、見出しでは、realityを感じさせるPresent Tenseを使い、本文では距離をおいて客観性を感じさせるPast Tenseを使っています。

 

 また、(5b)は本文記事の書きだしですが、hve wonというPresent perfectを選択しています。ここではSimple Past を選択することもできますが、ここに来るまで他の球団と競合があったこと、realityを幾分か含ませたいことなどを考慮して、動詞形を選択していると考えられます。


 このようなニュース記事の文法的解釈についてPEU第4版では「通常、ニュースを伝える際には現在完了形を使用する。しかし、さらなる詳細を提供する際には、過去形に切り替えることがある。」(しんじ訳)と説明しています。このような効果を狙った現在完了の用法を、hot newsと呼んでいます。

 

 hot newsの実例は、ネットニュースではありふれているので、探すのか難しことではありません。

 

 The U.S. Census Bureau said on Thursday that the population of our planet has surpassed 8 billion. A spokesperson said the bureau estimated that the global population exceeded 8 billion on the 26th of September. However, he said this  was  a very rough guess and the precise day could be a month or two either side of this date.

――Breaking News English

「米国人口調査局は木曜日に、地球の人口が80億を超えたと発表しました。広報担当者は、調査局が地球の人口が9月26日に80億を超えたと推定していると述べました。ただし、これは非常にざっくりした推測であり、正確な日付はこの日の前後に1か月または2か月ほどある可能性があると述べました。」(しんじ訳)

 

 この記事の3つの文は、いずれも米国人口調査局の発表した内容を伝えていますが、初めの文だけはthat節内の述語動詞が主節の動詞saidに時制に一致させないでPPを使っています。後の記事にあるように、実際に人口が80奥を超えたのは1,2か月先かもしれませんが、hot ニュースとして表現するためにPPを選択しています。

 後の内容は、客観的に事実を伝える文体としてSPを選んで使っています。2つ目の文は9月26日という具体的な日付が含まれています。過去を示す副詞とPPは共起せず、SPを使うと説明されることがあります。具体的な事実を述べるときには、距離を置くことで客観性を感じさせる表現のSPが選ばれるととらる方が実態に近いと思います。

 

 PPに限らず見出しを現実味realityのある表現Present Tenseを使って話題に惹きつけます。その詳細は距離を置いた客観的な事実であるという印象を与えるSPを使います。PPはたったいま起こったばかりというニュアンスをもつので、話題に惹きつけるのに適した表現といえます。

 

 

  Present TenseとPast Tenseの選択は、起きた時間に縛られません。現在完了と過去時制の間で揺れが起こるのは、適する時制tenseを選択するとき、時間timeが絶対的な基準ではないことを反映しています。時制は規則的に決まるのではなく、発話者が心的態度Moodを表すために選択して決めるのです。

 ニュースの報道で、過去に起こった同じ事実について、Present Tense、Present Perfect、Past Tenseを選択して使用します。主観的で現実感、臨場感のあるpresentと距離を置いた客観的で静的なremotenessをコアとするpastを使うのです。

 

 時制という概念は、ラテン語の動詞形が示す時間によって変化することを説明するためのものです。英語の動詞が時間を表示するという発想は、そもそも英語本来の文法的仕組みではありません。

 英語はドイツ語と同じチュートン語派の言語で、もともと未来時制が無い2時制「English rsembles all the other Toutonic language in having but two tenses (Seath1887)」です。ドイツ語と同じような現象が起こることの方が十分にあり得ます。

 

「ドイツ語の現在完了形を貫いている現在性は、 かなり主観的に解せられるぺきものであって、 過去の事柄の時間的な遠近、 またその事柄から帰結される現在の状態ともかかわりなく、 むしろ話者がその事柄に対してとる態度によって決まってくるように思われる」

       諏訪 功『ドイツ語の現在完了形と過去形の差異について』1968

 

 過去の事柄の「時間的な違い」や「現在の状態≒事実」はPresntとPastの選択の決め手ではありません。Presnt tenseが貫いている現在性は主観的なものであると解せられます。

 以前にサミュエル・ピープスの日記を読んでいたとき、He do…のような表現がふつうに使われているのを見て、doに法助動詞のにおいを感じたことがあります。現在形は実質的には原形でもあるので、そこに主観性を感じるのかもしれません。

 

 Past tenseは主観的なrealityから距離を置いた客観的な見方を示すととらえることができます。Past tenseはpresent reilityから距離を置いて静的で動かないものです。

-ed形は静的で動かないから、動かない事実、能動的には動かない受け身、結果が出て動かない完了、現実から離れたところから動かない非現実にもなるのでしょう。

 英語のネイティブスピーカーは現在形で書かれた物語より過去形の方が落ち着くという指摘もあります。今進行している過去形による現在完了の用法への侵食は、英語話者が好む過去形の安定感だと考えるのは穿ちすぎでしょうか。

 

 PresentとPastは時間や事実にはしばられません。Just nowが過去の一時点を示していても、Present ferfectの時間timeに対する制約はそれほどでもないのかもしれません。willやmayの完了相will have doneは過去・現在・未来のどの時間でも使えます。Present ferfect puzzleは、Present tenseを時間timeに縛り付けようとした結果おきたのではないかと思います。今では、ドイツ語がたどってきたように、パズルが解け始めてきたのかもしれません。