絵本が原作のアニメ『Timothy Goes to School』に、写真を見ていた子が自分たちがいつも乗っている幼稚園バスを見つけて“There’s the school bus.”と言う場面があります。このように日常会話では、there is/areの後ろに特定の語(既知の情報)を置く表現は普通に使われます。

 

There is ~ の文は、初めて話題に出てくるものについて「(場所に)~がある」という時に使う表現である。the lettterはすでに話題に上がっているので、ふつうthere is ~構文では表さない。新情報が来ると覚えておこう。」

               ――チャート式デュアルスコープ総合英語

 

 この説明は、there is構文の意味上の主語には「新情報が来ることが基本的なルールで、既知情報(定冠詞theや決定詞を使った名詞や固有名詞など)が来るのは例外」という扱いです。

 この規則と例外という説明は規範文法によくあるパターンですが、実際には本質的な説明にはなっていないことが多いものです。there構文の意味上の主語は、新情報か既知情報かで適・不適が決まるわけではありません。

 

 科学的発想では、規則と例外がある現象は、たとえ例外が少数でももともとの原理に問題がないかを考えます。それは命題の真偽判定で1つでも反証があれば偽とするという論理学と結びついています。夜空の星のほぼすべてが地球を中心に回り、惑星など少数の星だけが例外のように見えても、その例外を取り込んで合理的な説明を探るのが科学です。

 一見例外のように見える現象は、一貫した原理を探り出す鍵になることが多いものです。宝の山を放置しておく手はありません。

 

 there構文とは、場所を示す意味を失ったthereが先行する型の構文とされます。here、there、whereは日本語の「ここに、そこに、あそこに、どこに」に相当するような指示語です。

 科学的文法では、thereはもともとは場所を指す内容語で、there is/areの型に定型化した文の一部として使われる機能語と考えます。機能語は一般に漂泊化して意味が消失します。だから訳にも表れないのが普通です。

 用例で確認しましょう。

 

1)There is an information desk over there.

                       ――Peppa Pig

 「向こうに案内書があるよ」

 

2)There are some insects over here.

             ――Ben and Hollys Little Kingdom

 「向こうに昆虫がいるよ」

 

 この用例では、over thereが「むこうに」という場所を示しています。つまり、文頭のthereは場所を示すというもともとの意味内容を失っているのです。この後に「何かが(どこかに)ある」という情報が来るということを示すだけの標識だと考えられます。

 これらの文ではThere is/areの後にはan information、some insectsのように不特定な語が意味上の主語としておかれています。また、このときbe動詞は、意味上の主語に対応して単数ならis、複数ならareになっています。

 

 通常there構文と言われるものは、冒頭のthereが意味内容を失っている、後に置かれる意味上の主語が不特定の新情報である、beは意味の上の主語の数に一致させる、などが特徴とされています。 

 

 日本語では、「さて、始めますか」とか「ほら、見て」とかいう時の「さて」や「ほら」自体には意味はなく「始めますか」、「見て」だけで意図は伝わります。これら「さて」「ほら」は話を切り出すときに注意を向ける語として使います。

 それと同じような話を切り出すときに注意を向ける表現として固定化したのがthere構文と考えていいでしょう。その典型例は物語の冒頭などで使わるものです。

 

3)"Once upon a time there were four little rabbits, and their names were--Flopsy, Mopsy, Cotton-tail, and Peter."

             ―― Beatrix Potter, The Tale of Peter Rabbit

  「昔々、4匹の小さなうさぎがいました。彼らの名前は―フロプシー、モプシー、

   コットンテール、そしてピーターでした。」

         ビアトリクス・ポター『ピーターラビットのおはなし』

 

4)"Once upon a time there was a little prince who lived on a planet scarcely any bigger than himself, and who had need of a sheep."

           ――Antoine de Saint-Exupéry,The Little Prince

  「昔々、小さな王子が自分自身よりほんの少し大きい星に住んでいました。彼は

  羊が必要でした」

         アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ『星の王子さま』

 

5)"There was no possibility of taking a walk that day."

                ――Jane Austen, Pride and Prejudice

  「その日は散歩する可能性がなかった」

               ジェイン・オースティン『プライドと偏見』

 

 これらの物語の冒頭で用いられるthere was/wereの後に置かれる名詞は、それぞれ、four little rabbitsa little princeno possibilityです。いずれも未知の情報で不特定のものになります。固有名はこの後に置かれています。

 

 従来の説明では、there was/wereの後には、固有名詞、人称代名詞、定冠詞(the)、指示詞(this, that, these, those)、数量詞(each、every, all)などが先行する特定のものを指す名詞は使えないかのように言われますが、実際は既知情報を主語とすることはよくあります。

 下のような例は、日常語として使います。

 

6)A: Do you see the bus anywhere?

  B: Yes, look over there! There is the bus we need to catch!

  A:「どこかにバスは見える?」

  B:「はい、あそこを見て!私たちが乗るバスだよ!」

 

 未知情報に限らず広く存在を知らせる表現と言えます。しかし、既知情報が相応しい場合とそうでない場合はあるので、もっと使い方を限定することは必要です。

  

 PEUでは「〚there is ~〛は、James was at the party.のような、定冠詞を持つ名詞や固有名詞が主語の文で通常使用されない。ただし、問題の解決策を示すために、人や物を単に名前で挙げる場合は例外的使われる」として、以下の用例を挙げています。

 

7)‘Where can he sleep?’

 ‘Well, there’s always the attic.

 「彼はどこで寝られるの?」

 「ええと、いつもの屋根裏があるよ」。

 

8)‘Who could we ask?’

 ‘Well, there’s James, or Miranda, or Anna, or Emma, . .

 「誰に聞けばいい?」

 「そうねえ、ジェームズかミランダ、アンナ、エマがいるけど...」

                    『Practical English Usage』

 

 用例7では、屋根裏部屋が家にあることは知っているのでthe atticと定冠詞を使った表現です。このとき、相手には「そこを寝室に使える場所」として意識していないのです。だから、「真似裏部屋があるじゃない」とその存在を知らせるためthereと使っていると考えられます。

 用例8は、例えばある会社で使われたとします。ここで挙げられた人が社員だから既知情報である無冠詞の固有名詞であることは自然です。質問に答えられる人が思い当っていないという状況で、「~がいるじゃない」と存在を意識させるためにthereを使うわけです。

 

 PEUではこのように既知情報を主語としたthere構文を正用として紹介しています。

この用例8のように、思い当る人(もの)を複数挙げて行く型のthere構文をリスト文と呼ぶことがあります。

 リスト文では、主語が複数ある場合でも動詞は単数動詞形になります。主語が単数・複数に関係なく、いつもthere'sの型のままなのは、thereとisという機能語が一体化して構文化(語彙化)し、意味内容を失っているからだと考えられます。

 

 PEUの用例はthereが意味を失って定形化したthere文を想定しています。相手が知らないものの存在を知らせることが基本です。theが先行するとか固有名詞とかの定性表現に使うのは特殊な例という扱いです。

 しかし、口語では、探しているものがあったとか、待っている人が来たとか、知人を見かけたとかもっと幅広く使われます。幼児が対象のアニメなどには頻繁に出てきます。

 

9)Lion “Look! There's the Yellow Brick Road.

 Dorothy “Let's get back to the road.”

               ――Little Fox The Wonderful Wizard of Oz

 「見て。あそこに黄色いレンガの道があるよ」

 「あの道に戻りましょう」

 

 『オズの魔法使い』の一場面です。魔女のところへ行くのに黄色いレンガの道をだどって行きます。ところが一度道を見失います。用例9は、その後、元の道を見つけて、その所在を知らせるという場面です。このように、一度見失ったものを見つけて、その存在を知らせるときにもthere構文を使います。

 

10) There's your squirrel over there.

            ――Max & Ruby : Max's Tree Fort (Ep.72)

 (君のリスはあそこにいるよ)

 

 この場面は一度見逃したリスを見つけて知らせています。

 

11)Sister"There's your suit case. See the green green handle."

     Brother"That's it."

                         ――Berenstain Bears

    「兄ちゃんのスーツケースがあるよ。見て、緑の持ち手だよ。」

  「そうだね。」

 

 この用例は、トランク一杯に詰め込まれた荷物の中から、兄弟がそれぞれのスーツケースを探しています。妹の方が先に兄のスーツケースを見つけます。その存在を知らせる表現としててthere構文を使っています。

 

 このように生きた用例をあたっていくと、見失ったりして、所在がはっきりわからないものを見つけたときにthere構文を使うことが分かります。用例10ではover thereと共起しているのでthereは意味内容を失った機能語だと分かります。

 

12) "Our friends and family are coming to … oh no!" He slapped his forehead.

"There's Lady Agnes. I forgot to send her an invitation!" 

                                                       ――Little Fox, The Light Princess

友達や家族が来る予定なんだが…ああ、やってしまった!」彼は額を叩いた。「レディ・アグネスがいる。招待状を送るのを忘れていた!」

 

 王様が自分の子供(王女)が誕生したことを祝う行事に、アグネス(魔女)を招待するのを忘れていて、当日に招待客が来るのを待っている場面です。招待状がないままやって来たアグネスに気づいて「アグネスがいるじゃないか」と言っています。

 

13) Peppa“Daddy, maybe George is too small to go to my playgroup.”

     Daddy“There'll be you and Mr. Dinosaur that keep him company. ”

                           ――Peppa Pig

 「Daddy、Georgeは私のプレーグループに入るには早すぎるんじゃない」

 「そこで、あなたと恐竜さんが彼のお供にいるでしょ」

 

   ペッパは弟のGジョージがプレーグループに一人で参加するのを心配しています。自分が世話をするとは思っていません。そこでダディが世話をする存在として「あなたと恐竜さんがいるでしょ」と言っています。

 

 これらの用例では、既知情報だけども存在に思い至らないという場合に、「~がいるじゃないか」と存在を知らせる(気づく)表現としてthere構文を使っています。PEUで取り上げていた用法と同じです。

 

 以上から、there構文は、見失って所在がわからないものや存在自体を思い当たるに至っていないものを含め、明確に存在や場所が意識できていない場合に、「(ほら)~があるよ」とその存在を意識させる表現であることが分かります。

 

 未知情報はその存在自体をそもそも知らないので、存在を知らせるthere構文との親和性が高いと言えます。頻繁に使われるのはそのためです。

 既知情報は、存在(所在)を明確に意識している人に「ほら~があるじゃないか」と言えば「分かってますけど、それが何か?」と返される可能性があるから使わないのです。既知情報は意識にあれば、ことさら存在を強調するようなthereを使う必要はないということです。

 

 次の用例で比較してみます。

 

14)a. "There was a problem with his account."

             ――-Louise Erdrich, Checking Out

「彼のアカウントには問題がありました」

 

  b. A: Hey, have you made any progress on that project we've been

    working on?

  B: Unfortunately, no. There is the problem we have been trying to

    solve for months.

A:「ねえ、私たちが取り組んでいるあのプロジェクトで進展はあった?」

B:「残念ながら、いいえ。私たちが数ヶ月ずっと間解決しようとしている問題がある」

 

 どちらも「問題がある」ということを知らせる文です。

 用例(14a)ではa problemが意味上の主語です。聞き手が知らない問題の存在を知らせているので a を使っています。

 用例(14b)ではthe problemが意味上の主語になっています。一緒に進めているプロジェクトで問題があることはお互いが知っています。まだ解決していない原因は、例のあの問題があるからだと知らせています。

 不定の表現か定性表現かはthere構文を使う条件とは関係ないことが分かります。使う条件は、存在(所在)が明確に意識に無いことです。

 

 次の論文の記述も相手が意識していない存在を知らせるという表現です。用例とその解説を含めて引用します。

 

A: I'm surprised she hasn't left him 10ng before this.

B: There are the children―remember!

A:彼女がこんなに長い間彼のもとを去らないでいるのは驚きだよ

B: 子供たちがいるからだ。そうだろ!

「BはAの発言を一種の wh-questionに相当するものとして受けとり,彼女が彼のもとを去らなかった種々の原因の中から最も重要なものとして the childrenを「選択Jしたのである。 しかし, B は, A が the children のことを覚えていればこんなことを言う筈がないから,そのことを忘れているに違いないと判断して remember?をつけ加えた。確かに. Bolingerが言うように、Bの発言の意図は相手が忘れているであろうことを思い出させることであったと言えよう。」

      東 毅『there構文の意味主語としての定冠調つき名詞句について』2014

 

 There構文は、意識出来ていな存在を知らせる(意識させる)表現です。以下のような場合があります。。

  (1) 相手が全く知らない新情報(未知)

(2)見失って所在が分からない(既知)

  (3) 知っているはずなのに思い至らない(既知)

 

 (1)の場合はふつうは不定の表現になります。(2)、(3)の場合は、知らせる側と知せられる側が既知のものなので定性表現になるということです。

 

 従来言われていた未知情報を主語にするというのは本質ではありません。相手が知らないものは、文脈上、存在を知らせる表現のthereが適することが多いから、よく使われというだけのことです。

 

 規範文法は、もともと地方語などで使っている表現であっても規則を決めて、標準語から排除します。排除の論理が根底にあるので、規則とその例外ということになるのは想定の範囲で、その理由にも頓着しません。

 しかしそうしてできた例外は、実際の英語のしくみやネイティブ感覚とは関係なく創り出されたものです。だから使い分けの本質とは違うのです。

 言葉は生きているので、歴史的な経緯などで例外が生じることはあります。しかし、そのように自然に生じた例外現象の多くは合理的な説明ができます。規則と例外のあるような現象の多くは、規範文法の規則の名残りのようなものが多いのです。

 

 there構文が未知情報を知らせることが基本だとすれば、既知情報は根本的に異なるので排除されてしまいます。それは真の原理ではないので、和製の文法書を何周もするようなことをしていると、生きた英語の本当の論理から乖離してしまうことになりかねません。

 言葉は伝えるためにあるものです。文法コードは伝えるために合理的に出来ています。そこに根本的に矛盾するような現象はそう多くはないはずです。だから、例外とされる現象を含めて実際に使われている表現を観察して分析すれば真の原理が分かる可能性があります。英文法には例外が多いといわれるので、真の原理を探る宝が眠っているということです。there構文はその一例にすぎません。

 

 下のNgramが示すように、定性的な主語のthere構文は普通に使われています。

 (見知らぬ)少年がいるよ There is a boy.

   (見失った)少年がいるよ There is the boy.

   (気落ちした人に)私がいるよ There is me.

 there is me「わたしがいるよ」というのは、人に寄り添うときの言葉としてよく使われます。SNSなどでも見かけます。

 最後に用例を紹介しておきます。

 

If you need someone to talk to, there is always me.

「話し相手が必要なら、いつでも私がいるよ」

 

Why doubt your abilities when there is me, your biggest cheerleader and supporter?

「なぜあなたは自分の能力を疑うの?私はあなたの最大の応援団で、支援者なのですから」

 

 こんなにいい表現を使わない手はないと思います。英語のネイティブスピーカーは未知情報か既知情報かには関係なく、普通に使っているのですから。