状態動詞の進行形について、詳細な研究論文を書いている樋口万里子は次のように記しています。

英文法や言語学では、動詞の表す事態は、しばしば state または『状態』、と それ以外の non-state とに識別される。state とは、動きや変化のない事態とさ れ、英語の場合「進行形にならない」といった形で最も顕著に言及される。だ が、そこには様々な問題がある。…進行形に関する文法記述を紐解くと、実は300年を通じて I am loving と矛盾 しないものが非常に多い。

                  樋口 万里子『Stativity と進行形』2016

 

 英語の標準化が始まった18世紀から19世紀ごろまでの英文法書を読むと、loveを進行形の典型例として載せているものが多いことに気づます。

 その中から、米語辞書の編纂者として知られるWebsterのI am lovingについて記したものを紹介します。 

 この記述は英語の動詞形について説明するもので、そのうちの現在進行形の典型例として、I am lovingとI am writingを載せています。解説に「これらは、私が実際に今恋愛の情熱を感じていること、あるいは書くという行為を行っていることを示す」と記しています。

 Websterは、状態、動作のどちらを表す場合も、進行形は「今~している」どいうことを示すとしているのです。単純現在形をPresent Indefinteとし、現在進行形をDifiniteと位置づけているように、制限がないか(期間に)制限があるかという見方を示しています。

 

 loveの進行形使用に対する批判が、文献上で初めて現れたのは、1789年のPickbourn: 1789です。その後、これに同調する文法家が現れてドミノ倒しのように、それまで容認していたloveの進行形の用例が文法書から削除されていきます。

 その典型は、規範文法家の代表格ともいえるMurrayです。それまで典型例としていたloveを、状態動詞進行形を禁則とすることに転じた第5版Murray(1799)以降、teachに変更しています(樋口2017)。同様に他の文法家たちもそれまで進行形の例として挙げていたloveを容認しない方向へと記述を変えていきます。

 

 それでも19世紀にはまだ多くの文法書で、loveは進行形の典型例として載っていたのです。それは、「時制」TENSEというラテン語文法の動詞の屈折に基づく概念を説明するとき、amoの訳語として I love、I am loving、I do loveをあてたことに由来するからです。

 下に19世紀のラテン語文法の時制についての記述を引用します。    

        Alvert Harrkness『A complete Latin grammar』1898

 

 英文法は、英語の文法的特徴ではなく、ラテン語文法を翻訳したものをベースに創られています。だから、19世紀ごろまでにはI am lovingはごく普通に英文法書に載っていたのです。20世紀に入り、loveの進行形が典型例とされることがなくなり、状態動詞は進行形にしないという規範的規則が広まります。

 この時期にloveの進行形の使用率が下がります。その推移は、次のグラフで分かります。

 I am lovingの使用率が最も低くかった20世紀の文法書をみると、当時の状況が分かります。

 

 Verbs indicating states of mind or attitude are also likely to be in the simple tenses, probably because the speaker usually thinks of his attitude as continuing. We rarely say “I am liking,” “I am loving,” “He is hating,” or “They are knowing” unless we wish to put special emphasis upon both the immediacy and the intensity of our attitudes (“I am simply loving this dance.”)

 Similarly, “I admire him” indicates a habitual attitude; “I am admiring him” indicates a temporary, active appraisal. (Myers: 1952: 177)

                             ――樋口 2016

(動詞は、心の状態や態度を示すものも、通常は単純な時制になる。これは、話し手が通常、自分の態度を持続的なものと考えるからだろう。私たちは稀に「I am liking」「I am loving」「He is hating」「They are knowing」といった表現をすることがあるが、「I am simply loving this dance」といった特別に強調を置きたい場合に限られる。

 同様に、「I admire him」は習慣的な態度を示し、「I am admiring him」は一時的で積極的な評価を示す。)しんじ訳

 

 状態動詞の進行形は「稀にしか使わない」としています。しかし、稀にとは言うものの、実際には使っているのです。20世紀は文法規範が行き渡り、公的な場での使用は制限されていたので、公言しづらかったということでしょう。

 また、感情動詞の進行形は感情が高まったときに使います。だから公的な場よりも私的な場で使われやすいという事情も考えられます。樋口は次のように記しています。

 

「I am lovingが文献上で少ないのは、基本的には目前の相手に今の気持ちを伝える表現だからだろう。書き言葉では規範意識で制御し易く、状態動詞の生起頻度が低ければ、その分触れる機会も限られ記憶にも残りにくい。稀な例は往々にして例外処理される。だが状態動詞進行形は、規範から解き放たれ描きたい内容に集中している時の素顔の英語には案外と出現する。小説や映画等でも1作に2~3度は現れる。」

                 樋口万里子『素顔の進行形と「状態」との関係を巡る小論』2017

 

 21世紀に入り、SNSなど発達により、これまでコーパスなどでは拾えなかった「規範から解き放たれた」口語表現の実体が分かるようになりました。

 実際に今日、X(旧twitter)では、状態動詞とされる感情を示す動詞が進行形で使われるのをよく見かけけます。次のような例です。

 

I'm loving this color lately.

 

I'm not liking my skin currently.

 

I'm increasingly disliking CNN.

 

I'm hating myself even more.

            

 多くの用例で、今の感情を表すときに進行形を使っています。「最近自分の肌の感じが気にいらないんだよね」なんてごく普通に使われても不思議ではないでしょう。もちろん単純現在形でも同じように使うことはできますが、「今」に焦点をあてる場合は、進行形の方が実感がこもっているように感じます。

 

 実際、近年では小説やメディアなどでも使われ、規範的な文法書でも取り上げています。用例をいくつか紹介します。

 

⑴    She had a new boyfriend now, and was loving New York.

                   ――Daniel Steel: Family Album

 (彼女には新しい彼氏がいた、そしてニューヨークをとても気に入っていた。)

 

⑵    Ella's with us at the moment. The children are loving having her

   here.

                              (AGIU2013)

  (Ellaは今わたしたちと一緒にいる。子供たちは、彼女がここにいることが

   すごくうれしいんだ)

 

⑶    I was delivered from my mother, my family, the girl I was loving

   passionately but did not love.

                                ――Time

  (わたしは母や家族やその娘から逃げていた。一時は熱烈に愛してみた、でも

   結局は愛してなかった。)

 

⑷    I'm liking grapes these days too.

                              (CCEG2011)

  (わたしも最近はブドウがお気に入り)

 

⑸    “I'm liking you more every minute.”He put his arm about me.

                ――Victoria Holt: Lord of the Far Island

  (きみのことが、時が進むほどに好きになっていくんだ)

 

⑹    “Where are you liking to go?”he asked.

                ――Phillip Friedman: Termination Order

  (今お気に入りの場所はどこ?)

 

⑺    Is she still liking England?

                          (Smiecinska2002)

  (彼女はまだイギリスを好きでいるかな?)

 

⑻    I suppose you're disliking me still for the way I've treated you

   lately?

                  ――K. Blair: The House at Tegwani

  (最近わたしが君のことをそんなふうに扱っていたから、私のことが嫌いに

   なったと思う。)

 

⑼    “You're hating me? ”he said,…

                   ――V. Winsper: The Noble Savage

  (僕のことをそんなに嫌う?)

 

⑽    I suppose he was hating the scarf and thinking I had no glamour.

                           (Smiecinska2002)

  (彼はそのスカーフを嫌い、わたしには魅力がないと考えていたように思う。)

 

⑾  I've been wanting to go to Australia for years.

                                     ――PEU

 (わたしは、ここ数年ずっとオーストラリアに行ってみたいと思っていた。)

 

  If you've been wanting to try your hand at digital photography 

   but don't want to buy pricey equipment, this camera may be for you.

                                                                                     ――Time  

  (デジタル写真に挑戦してみたいけれど、高価な機器を購入したくないなら、このカ 

 メラはあなたに向いているかもしれません。)

 

⒀ If tests confirm there was a mix-up, the parents will have to live

   with the fact they have been loving someone else's child.

                               ――Today

   (もし検査で取違いが確認された場合、両親は他人の子供を愛してしまっていた

  事実と向き合わなければならなくなる)

 

 このように、21世紀に入って急激に発達した情報環境により、使用実態が誰の目にも分かるようになりました。それに伴い規範的な文法書も、状態動詞進行形を容認するようになっています。

 学習文法の進行形の解説を見ると、動作動詞と状態動詞をわざわざ分類する意味はないように思います。かつてWebsterが示したのように、進行形のコアは同じです。

 以下英文法学習書の説明を簡約したものを紹介します。

 

Text books             Functions

 

  OPEG        to indicate temporariness

 (2010)    to emphasize the change and development
 

  CCEG             to emphasize that a state is new or temporary

 (2011)          to focus on the present time

 

   AGIU           to stress the temporariness of situation

 (2013)         to emphasize that we have recently started to think about 

                                                                                             something         OPEG(Oxford Practical English Grammar)2010  

   CCEG(Collins COBUILD English Grammar)2011

   AGIU(Advanced Grammar in Use)2013

 

     Serap Atasever Belli『An Analysis of Stative Verbs with Progressive

                                       Aspect in Corpus-informed Textbooks』

 

 この3つの文法学習書では、進行形の役割を「一時性temporarinessを強調する」とする点で一致しています。また、表現の仕方は多少異なるものの「今、最近、変化していること等を強調する」としてまとめることができます。

 このとらえ方は、動作動詞だけではなく、loveやlikeなどの感情を表す動詞の進行形に適用できます。進行形にすると一時的な感情、最近変化した感じ方を表します。

 

 状態動詞進行形は、主に口語で、一時的な感情を表すときに使います。大きな流れとしては、文法書も慣用を認めるようになってきていますが、まだ過渡期であるため、扱いは文法書によって違います。

              

                      Progressive Use of Stative Verbs

Textbooks         can be used        rarely/sometimes     almost never

UEG(2009)       like, love, know

RGAAE(2009)   hope                                                     like, want, know

OPEG(2010)     want, hope             like, love                dislike,  know

CCEG(2011)      want                      like, love

EGAG(2013)      like, love                know                      dislike

                          want, hope

  

UEG(Understanding English Grammar)2009

RGAAE(Real Grammar A corpus-based Approach English)2009

OPEG(Oxford Practical English Grammar)2010

CCEG(Collins COBUILD English Grammar)2011

AGIU(Advanced Grammer In Use)2013

 

 Serap Atasever Belli『An Analysis of Stative Verbs with Progressive Aspect in Corpus-informed Textbooks』

 

 ここで紹介したのは、2010年前後に出版されたものです。文法書によってずいぶんバラつきがあるのが確認できます。動詞によっては、like、knowなどのように、使用できるcan be usedからほぼ使わないalmost neverまで評価の幅があります。

 

 かつてloveの進行形がドミノ倒しのように随時禁則とされたのと逆に、状態動詞の進行形を随時認めているのです。文法学習書は、実証研究ではなく、先行研究といって他書の記述を参考にして著者の主観的判断で書きます。和製英文法書の多くは基本的にこのスタイルなので、「状態動詞は進行形にしない」という規範的規則を守っているものが多いと思います。

 

 ここに挙げている以外でも、日本語版が出版されている『Practical English Usage』の改訂第4版(2016)では、下のようにlikeの進行形の用例を挙げています。

 

⒀ I'm liking it here more and more as time goes by.

                             (PEU2016)

 

 この用例ではmore and moreという句が使われているように、だんだん気持ちが高まっていくことを表しています。これはIt is getting dark.がだんだん暗くなっていくことを表すのと同じで、程度が変化していくという用法です。進行形を使う感覚に全く違和感はありません。

 日ごろから好きなことには単純現在形を使い、今一時的に気に入っているとかだんだん好きになっていくというときには進行形を使う場合があるということです。学習者は「状態動詞は進行形にできない」という昔の規範的規則を教えられるより、このように進行形の使い方を教えられれば、使い分けられるできるでしょう。

 PEUは和製英文法書のネタ元にされていることが多いので、今後、和製英文法の記述も更新されていくのではないかと思います。 

 

 禁則にされていた影響で、英語話者でも人によって、動詞によって、使用を受け入れることもあればそうでないものもあるというのが現状です。しかし、進行形の使用の拡大は、1500年ごろに屈折を失い、代わりに発達した機能語によって英語の表現が豊かさを取り戻す過程です。それは、一時の流行とは違い、300百年もの時を経ているのです。それが近年の情報環境の変化によって表面化してきたわけです。

 

TVやインターネットやemail等殆どリアルタイムで気持ちを相手に伝えることが可能頻繁となりデータ検証・確認ができる時代になったことが、昨今見聞きする頻度上昇につながっているのかもしれない。」(樋口2017)

  

 樋口が指摘するように、もはや規範文法の実態に合わない規則が通用する時代ではなくなってきています。規範は「ことばの乱れ」を嫌うため、変化に対する耐性がありません。その上、英文法はラテン語文法の見方をなかなか払しょくできないので、機能語の発達という一貫した現象をとらえきれていないのでしょう。

 2003年9月のフードチェーンの宣伝文句I'm lovin it.が話題になったのは、情報の変化に疎い現行文法の象徴です。現代英語の文法的特徴とその発達の変遷を知って情報をアップデートしていれば、今後、目先の変化にいちいち驚くことはなくなるでしょう。現代は、個人でいくらでも情報をとれる時代なのですから。