流離の翻訳者 日日是好日

流離の翻訳者 日日是好日

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

生憎の雨の中、先日、地元の小学校では入学式が行われたようである。若い父母に付き添われ、真新しい制服と黄色い帽子を身に着け、黄色い傘を差して登校する何人かのピカピカの一年生の姿を見ることができた。「親鳥に付き添われたひな鳥」のようである。

 

 

「科挙」(Chinese Imperial Examination System)は中国で行われた官僚登用試験制度で、制度として整えたのは隋の第2代皇帝、煬帝(569-618)。その後、唐の第2代皇帝、太宗(599-649)の時代に本格的に発展したとされる。

 

 

科挙とは、以下の3つを骨子とした「学力で出世できるシステム」である。

①実力(主に学問)で役人を選ぶ。

②家柄よりも試験の成績を重視する。

③主に儒教の知識(四書五経)を問う。

 

以後、科挙は約1300年続き、清朝末期の1905年、西太后(1835-1908)の時期に廃止されている。科挙は日本の「高等文官試験」(現在の国家公務員上級総合職試験)にも影響を与えたようである。

 

 

以下は、科挙に合格した後の得意・幸福の絶頂感を詠んだ孟郊(751-814)の詩である。孟郊が科挙に合格したのは、なんと46歳の時らしい。

 

今から48年前の今頃、京大の入学式を終え、希望に胸をふくらませていた頃の自分を、何処か思い起こさせる。

 

人生の節目に抱いたあの初心と高揚感を、歳月を経た今もなお心のどこかに持ち続けること――それこそが大切なのかもしれない。

 

 

「登科後」孟郊

 

昔日齷齪不足誇                        昔日の齷齪(あくせく) 誇るに足らず

今朝放蕩思無涯                        今朝放蕩(ほうとう)思い涯(はて)無し

春風得意馬蹄疾                        春風意を得て 馬蹄疾し

一日看尽長安花                        一日看尽くす 長安の花

 

(現代語訳)

昔の、あくせくと苦労していた日々など、今となっては誇るほどのものでもない。今朝は心がすっかり解き放たれ、喜びは果てしなく広がっている。

春風の中、思いどおりになった私は意気揚々として、馬も軽やかに速く走る。まるで一日のうちに都・長安の花をすべて見尽くしてしまいたいほどの気分だ。

 

 

週の前半に新学期の始業式があったらしく、通りからまた子供たちの声が聞こえ始めた。今年は桜を観る機会が二度あったが、昨日・今日の雨でかなり散ってしまったようだ。今年も桜の季節が過ぎ去ろうとしている。

 

 

以下の有名な詩を知ったのは随分昔のことで、たしか予備校の現代国語のテキストで取り上げられていたからだと記憶している。

 

「甃(いし)のうへ」 三好達治

 

あはれ花びらながれ

をみなごに花びらながれ

をみなごしめやかに語らひあゆみ

うららかの跫音(あしおと)空にながれ

をりふしに瞳をあげて

翳(かげ)りなきみ寺の春をすぎゆくなり

み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ

廂(ひさし)々に

風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば

ひとりなる

わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ

 

(現代語訳)

ああ、花びらが流れていく。

少女たちのそばを、花びらが流れていく。

少女たちはしとやかに話しながら歩き、

その軽やかな足音までが、春の空気の中に溶けて流れてゆく。

ときどき少女たちは目を上げて、

陰りのない、澄みきった寺の春の景色の中を通りすぎてゆく。

寺の屋根瓦は緑にしっとりと潤い、

軒(のき)ごとに吊るされた風鈴(風鐸)は、

じっと静かに揺れずにいる。

そんな中で、ただひとりの私は、

寺の敷石の上に、自分の影をそっと歩かせている。

 

 

この抒情のデリケートな味わいは、ある王朝の和歌を連想させる。

 

「もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし」(前大僧正行尊)

 

また、「ひとりなる わが身の影をあゆまする甃のうへ」の静寂感と孤独感が絶妙である。

 

 

散りゆく花びらの向こうに、静かに季節が遠ざかっていく。ふと、「来年もまた、この満開の桜に果たして出会えるのだろうか」と思った。

 

 

 

(自宅近くの昭和池公園の桜)

 

「桜雨(さくらあめ)」は桜の花が咲く頃に降る雨、または咲いている桜の花にしっとり降りかかる雨を指す季語である。今朝はまさにそんな雨となった。地元の桜は八分咲き、明日・週明けが見頃となるだろう。

 

 

もう10年近く前、年配の翻訳者さんの誘いで「連句」を少しだけかじったことがある。連句とは、複数人が五七五・七七の句を交互に付け合い、前句から想を飛ばしつつ新しい場面へ転じていく共同制作の連作詩をいう。

 

私は一人前に「落花風(らっかふう)」という俳号を名乗った。この言葉、劉希夷の漢詩「代悲白頭翁」の「古人無復洛城東 今人還對落花風」からとったもので、「桜などの花びらを散らしながら吹く春の風」で、花が落ち始める時期の儚さを象徴する語である。

 

 

当時、妻と付き合い始める前の頃で、彼女をこの連句に誘い、二人でよく俳句をひねり合ったものだった。そんな頃を懐かしく思い出す。

 

「舟人も櫂休めたり花筏」(落花風)⇒「ピンクの川に番(つが)う春鴨」(妻)

 

 

「落花流水(らっかりゅうすい)」という言葉がある。落ちる花が流れる水に散り落ち、流れに乗っていく様子、春の終わり、風に散った花びらが川の流れに舞い落ちる情景を表し、美しく儚い「春の終わりの風景」を表す言葉としてよく使われるようだ。

 

また、物事が自然にうまく調和して進む様子も表すようで、花は落ちるように、流水は流れるように、「自然に合っている状態」を表すらしい。

 

 

それが転じて「片思い」や「相思相愛」の比喩としても使われるようになった。「落花」が女性、「流水」が男性の象徴で、落花が流水に身を委ねる、すなわち女性が男性に恋を寄せる「片思い」の比喩や、花が水に落ちて流れと一体になることから、自然に結ばれる恋、お互いが惹かれ合う関係「相思相愛」の象徴として使われるようにもなったらしい。

 

 

咲き誇る桜の花を眺めながら、そんな昔話がふと頭に浮かんだ。

 

 

自宅前の通りから子供たちの笑い声が消えた。巷では春休みに入ったようである。そんな中、今日は朝から生憎の冷たい雨となっている。

 

 

ここ10年余りの世界歴史を振り返ると、冬季五輪の直後に大規模な軍事侵攻が繰り返し起きている、という奇妙な事実が浮かび上がってくる。「平和の祭典」であるオリンピックの直後に、何故戦争が起きるのか?今回そんなテーマを少し考えてみたい。

 

大規模な軍事侵攻を時系列で挙げると、以下の通りとなる。

 

①2014年ソチ五輪⇒終了直後にロシアがクリミア併合

②2022年北京五輪⇒終了直後にロシアがウクライナ全面侵攻

③2026年ミラノ五輪⇒終了直後に米・イスラエルがイラン攻撃(現在進行中)

 

①②については、以下のような〈結果・影響〉が挙げられる。

①ロシアのクリミア併合

〈結果・影響〉

・ロシアは国際的には「侵略」として強く批判され、G8はロシアを排除。

・ロシアと西側諸国の関係は急激に冷却し、欧州の安全保障構造が著しく不安定化。

・この出来事が、2022年のウクライナ全面侵攻への伏線となる。

 

②ロシアのウクライナ全面侵攻

〈結果・影響〉

・第二次世界大戦後、ヨーロッパ最大級の戦争となる。

・欧米は対ロシア経済制裁を強化、ロシアは国際金融システムから排除され孤立化。

・NATOは団結を強め、スウェーデン・フィンランドが加盟する歴史的な転換点に。

・世界のエネルギー市場・食料市場が混乱し、インフレが世界的に進行。

 

そして③については、現在進行中だが、その〈経緯〉は、

〈経緯〉

〇米・イスラエルによる攻撃

・イラン最高指導者ハメネイ氏の殺害⇒「国家の中心が失われる」レベルの衝撃。

・イスラエルの自衛行動+アメリカの後方支援と見られる。

 

〇イランの報復

・周辺国の米軍基地への弾道ミサイル攻撃。

・ホルムズ海峡を通る船舶への攻撃。

・事実上の「海上封鎖」に近い状態。

 

ホルムズ海峡は世界の原油輸送の約20%が通る重要なルートであり、ここが封鎖されると世界経済に即時影響を与えることから、その〈結果・影響〉としては、以下のようなものが挙げられる。

〈結果・影響〉(暫定)

・原油・天然ガス価格の急騰⇒世界株式市場が大幅下落。

・EU・日本・韓国など原油を中東に依存する国への大きなダメージ。

・中東全域が連鎖的に不安定化。

 

 

それにしても、――このような軍事侵攻は何故五輪の直後に起こるのか――という謎である。この理由については、以下のようないくつかの仮説があるようだ。

 

仮説Ⅰ:国際的批判を避けるため⇒五輪期間中は世界中のメディアが平和を強調、軍事行動は批判が集中する⇒五輪終了後まで待つ方が得策。

 

仮説Ⅱ:五輪外交が一段落し、制約が弱まる。特に開催国は五輪成功が最優先⇒侵攻計画を明かさず、終わった瞬間に動く。

 

仮説Ⅲ:独裁国家の時間稼ぎ戦略⇒中国・ロシアなど一部国家は、時間稼ぎの道具として五輪を利用する傾向がある。

 

仮説Ⅳ:単なる偶然⇒人間はパターンを見つけずにはいられない生き物である⇒もちろん、たまたま重なっただけという可能性も十分ある。

 

 

もちろん五輪と軍事侵攻に因果関係があるわけではないが、今後の世界情勢について、少なくとも以下のような点が示唆できるかも知れない。

 

・五輪が国際秩序の象徴ではなくなりつつあること。

・大国によるパワーポリティクス(権力政治・武力政治)が復活しつつあること。

・中東・東アジアに対する地政学リスクが今後も高まってゆくであろうということ。

 

次の冬季五輪の後、世界はどのような局面を迎えるのだろうか。また、平和の祭典の理念は、現代の国際政治の荒波を越えて存続してゆけるのだろうか。

 

 

立春を含む3連休。その2日目が穏やかに暮れつつある。花粉がなければまさに「春宵一刻値千金」といった雰囲気だ。

 

 

ここ数年、「地政学(Geopolitics)」という言葉をよく耳にするようになった。この言葉、決して新しいものではなく、スウェーデンの政治学者のルドルフ・チェレーンという人が1900年前後に使い始めたものらしい。

 

彼は、「国家は単なる政治組織ではなく『地理に縛られた存在』であり、地形・資源・海へのアクセスなどが国家の運命を決める」という考え方を提唱したそうだ。

 

この言葉が最近注目されてきた理由は、①ロシアとウクライナの抗争、②中国と台湾の問題、③イランと米・イスラエルの抗争など中東情勢、④資源・エネルギー問題、などによるもののようである。

 

我々により身近な「国際政治学」や「世界現代史」と比較すると、以下のような違いがあるようだ。

 

〇地政学(Geopolitics)

⇒「地理が国家の行動を決める」視点⇒地図から国の動きを読む学問

・海に面しているか(日本・イギリス)

・資源があるか(中東・ロシア)

・隣国との位置関係(ウクライナなど)

 

〇国際政治学(International Relations)

⇒「国家同士の関係・ルール・戦略」を分析⇒「なぜ同盟を組むのか?」「戦争はなぜ起きるのか?」などを理論的に考える学問

・同盟(NATOなど)

・外交・交渉

・国際機関(国連など)

 

〇世界現代史(Contemporary World History)

⇒「実際に起きた出来事」を時系列で理解⇒「何が起きたのか」を事実ベースで追う学問

・冷戦

・湾岸戦争

・ロシアによるウクライナ侵攻

 

最近、こういった現代の地政学に関する本を何冊か読んだ。ほんの少しだけ世界の情勢がわかるようになった。

 

 

 

古い話だが、学生時代に高坂正尭(1934-1996)という国際政治学の先生がいた。先生のゼミに所属する法学部の友人に誘われて何度か講義を受けたことがある。

 

真面目に勉強しなかったことが悔やまれるが、何年か前に以下の本を読んだ。

・「文明が衰亡するとき」(1981)

・「世界史の中から考える」(1996)

 

「戦争の世紀」が再来した今こそ、こんな本と再び向き合うべき時代なのかもしれない。

 

 

しばらくブログから離れていた。その間、国公立大学の二次試験の合格発表も終わり、多くの受験生に春が来たことだろう。

 

また、3月11日で東日本大震災から15年が経過した。光陰矢の如し。まだまだ駆け出しだった当時の様々な出来事が走馬灯のように脳裏に思い浮かぶ。

 

 

先日から3泊4日で台湾(台北)を旅して来た。台北は中華民国(台湾)の首都で人口約250万人、福岡市より90万人ほど多いが台北駅の規模は博多駅と同じくらいに感じられた。

 

通貨は台湾元(台湾ドル)で100元≒500円くらいだった。円安もあってか、物価水準は日本とほぼ同じ程度だった。

 

台北駅を中心にMRT(Mass Rapid Transit)と呼ばれる地下鉄網が整備されており、日本のSuicaやnimocaに相当する「悠遊カード(EasyCard)」が、MRTやバス、コンビニ・飲食店での支払いに利用できる。

 

車は右側通行で日本と反対、バイクの数が半端なく多かった。コンビニはセブンイレブン(統一超)、ファミリーマート(全家)が数多く見られたがローソンは見なかった。

 

故宮博物館の壮大さ、夜市の賑やかさ、また「千と千尋」を彷彿とさせる九份の情景など今回の旅の詳細については、また何処かで触れることとしたい。

 

 

蓋し、海外旅行の目的とは、観光スポットを見てまわるのも一つだが、未知の世界に触れ新しい経験をすることもその一つと言える。すなわち「金を払って経験を買う」ということだろうか。

 

また、外国と比較して、日本がいかに清潔で、安全で、便利で、快適な国であるか、ということを改めて認識する良い機会となった。旅を終えてそんなことを感じた次第である。

 

 

これは余談だが、帰りの飛行機である親日派の台湾人の夫婦と仲良くなった。彼らの親たちが「蒋介石の前の日本統治時代が一番良かった」と言っていたそうだ。

 

彼らが言うには、日本人の台湾における功績は①上下水道、②戸籍制度、③郵便制度、④鉄道、とのことだった。日本人であることを少し誇らしく感じた。

 

〈九份・阿妹茶楼の近くで写した一枚〉

 

結局、今年は暖冬だったようである。倉庫の灯油もどうにか春先までもちそうだ。そんな中、妻が中国から戻ってきた。やっと弁当作りから解放される。

 

 

以前買ったままで埃を被っていた本を読んでみた。「劇的なる日本人」(山崎正和著)というもので、大学入試の現代国語に出題されるような手強い本である。

 

五十ページほどの短編だったが、それなりの時間を要した。途中、以前読んだのではと思われる部分があった。「歌舞伎と人形浄瑠璃」に関する一節である。デジャブーのような感覚だったが、たぶん昔の模擬試験かなんかで読んだのだろう。

 

 

巷では国公立大学の二次試験(前期)が行われたらしい。受験生も、今ごろはようやく肩の力を抜いている頃だろう。

 

昨年、久しぶりに上洛して学友(雀友)たちと会った折、我々が受験した当時――1978年――の入試問題の話になった。数学が難しかったのは皆の一致した記憶だったが、国語についても話題が及んだ。「古文は簡単だったが、漢文がやたら難しかった」というのが大方の認識であった。

 

当時、国語を苦手としていた私だが、「そうだっただろうか」とも思えた。少なくとも、漢文が特に難しかったという印象はない。思い返せば、古文は枇杷、漢文は荔枝(ライチ)――奇しくもともに果物に関する文章であった。

 

 

記憶やネット上の情報を頼りに、当時の問題の概要を以下に復刻してみた。問題数は合計四題。現代国語二題、古文一題、漢文一題。

 

①現代国語

第一問 記述式問題 出典は柳田国男「ウソと子供」

第二問 記述式問題 出典は森鴎外「知恵袋」

どちらかの問題で「『幼児』がやりそうもない愚行は、とりあえず『年寄り』のせいにしておけば家庭は丸く収まる」みたいな問いがあったように思われる。

 

②古文

第三問 全文訳問題 出典は夢窓疎石「夢中問答」

枇杷の種子が無くなるよう祈る尼さんの話で、原文は以下のような感じ。

 

「中ごろ一人の老尼ありき。清水に詣で懇ろに礼拝をいたして、願わくは大悲観世音、尼が心に厭わしきものを早く失ひてたび給へと繰り返し申しけり。傍らに聞く人これを怪しみて、何事を祈り申し給ふぞと問いければ、尼が若かりし時より枇杷を好み侍るに、あまりに核の多きことのいたはしく覚ゆるほどに、年ごとに五月の頃はこれへ参りて、この枇杷の核を失ひてたび給へと申せども、いまだ験もなしと答へけり。」

 

③漢文

第四問 記述式問題 出典は白居易「荔枝図序」

原文は以下のような感じ。

 

「荔枝生巴峽間、樹形團團如帷蓋。葉如桂、冬青。華如橘、春榮。實如丹、夏熟。朵如葡萄、核如枇杷、殼如紅繒、膜如紫綃。瓤肉瑩白如冰雪、漿液甘酸如醴酪。大略如彼、其實過之。若離本枝、一日而色變、二日而香變、三日而味變;四五日外、色香味盡去矣。元和十五年夏、南賓守樂天命工吏圖而書之、蓋為不識者與識而不及一二三日者云。」

 

(AIによる現代語訳)

ライチは巴峡(四川の峡谷地帯)のあたりに生える。木の形は丸くこんもりとして、天蓋のようである。葉は桂の葉に似ていて、冬でも青い。花は橘の花に似て、春に咲き誇る。実は丹(朱)のように赤く、夏に熟す。房のつき方は葡萄のようであり、種は枇杷の種のようで、殻は赤い絹のようであり、内側の薄い膜は紫の薄絹のようである。果肉は透き通るように白く、氷や雪のようであり、果汁は甘酸っぱく、甘酒や乳飲料のようである。おおよそはこのようなものだが、実際のすばらしさは、これらの比喩をさらに上回っている。もし枝から離れてしまえば、一日で色が変わり、二日で香りが変わり、三日で味が変わる。四、五日も過ぎれば、色も香りも味もすべて失われてしまう。元和十五年(820年)の夏、南賓の長官であった楽天(白居易)は、役人に命じてその姿を描かせ、説明を書いた。これは、まだライチを知らない者や、知っていても一日、二日、三日以内の新鮮なものを味わうことができない者のためである。

 

 

枇杷と荔枝。

 

受験から半世紀が過ぎた今になって、ようやくそれらを落ち着いて味わう余裕ができたように思う。あのときはただ解答する対象に過ぎなかった文章が、今はそれぞれに確かな色と香りを伴って、記憶の中に蘇ってくるのである。

 

 

 

 

三連休は穏やかな春日和となったが、花粉が飛散しているようで時々立て続けのくしゃみや鼻水に悩まされた。英会話のクラスメートのように花粉症が酷い人にとっては辛い季節が始まったようだ。

 

昨日が「猫の日」だとは全く意識していなかったが、朝方子猫を拾う夢を見た。実に妙な夢である。河原で子猫を拾って家に連れて帰ると、家には既に猫が二匹いて、猫が総勢三匹になった。たったそれだけの話だが、何を暗示しているのだろうか?

 

 

知り合いの通訳者に、先般ブログで紹介した通訳者の本を紹介してみた。彼女にとっては懐かしい本だったようで、イタリア語通訳者の田丸公美子さんを紹介してくれた。結構笑えるらしい。

 

田丸さんは自らを「シモネッタ」と称しているように、どうも下ネタ・エロ話が好きらしい。とりあえず「パーネ・アモーレ:イタリア語通訳奮闘記」を注文してみた。到着が楽しみだが、本来の異文化コミュニケーションが少し妙な方向に向いつつある。

 

 

ところで、現代の日本には「知の巨人」と呼ばれる人たちがいるらしい。先日、東京時代の友人とLINEでやり取りしていて、そんな話題が出た。私が出口治明氏(APU学長・1948~)の本を引用したからだ。

 

彼によれば、出口氏は立花隆(ジャーナリスト・ノンフィクション作家・評論家、1940-2021)や佐藤優(作家・元外交官、1960~)と並んで、「知の巨人」の一人らしい。

 

出口氏の「還暦からの底力/歴史・人・旅に学ぶ生き方」を読んでみた。なかなか面白かった。

 

「教養がある人は、教養がない人に比べて豊かで楽しい人生(おいしい人生)がおくれる」ということや、「いまの自分が一番若いのだから、いますぐ行動すべきだ」など印象に残る文もあった。

 

 

まあ、口で言うのはいとも簡単だが、どちらもそんなに簡単にできることではない。

 

 

バレンタインの雨が春の陽気を連れてきたようで、ジャケットが要らない日が何日か続いている。北陸の何処かで春一番も吹いたそうだが、来週は再び寒くなるらしい。

 

 

大学・教養部のLINEに影響を受けて本を読む時間が増えている。読みかけのまま書棚で眠っている本も数多いが、友人・知人から紹介されて新規購入した本もあり、読むべき本は増える一方で、昨年末以来妻が言うように「本の虫」のような生活になっている。

 

 

「歴史をかえた誤訳」に紹介されていた「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」を読んでみた。著者は米原万里さん(1950-2006)。ロシア語の同時通訳者である。

 

ロシア語は、翻訳者になりたての頃に少しだけかじったことがある。15年以上も前のことだ。市内のある公共施設でロシア語講座が開講されていることをネットで知り、主催者に問い合わせて受講に至った。

 

教師はロシア・ウラジオストック出身の美人女性二人だった。ロシア語の発音の美しさ、キリル文字の不思議さ、またロシア語筆記体の流麗さなどにハマり張り切ったが、先生の一人が病気でロシアに帰国し、講座が自然消滅してしまった。

 

 

「不実な美女か 貞淑な醜女(ブス)か」に話を戻すが、この本、同時通訳者の苦労話や裏話、また通訳者の本音に満ち溢れた内容だった。それに加えて、あちこちに下ネタが出てくる。どうも米原さんはその手の話が好きだったらしい。

 

一方で、通訳の異文化コミュニケーションの琴線に触れる高尚な内容も含まれていて、読んでいてなかなか楽しかった。

 

 

そんな下ネタの中から、以下の一節を紹介する。

 

「共同結合一人娘、必須要、両親的免許/共同結合二人娘、必須要、姉、最早的/共同結合醜悪的面貌娘、必須覆要、她的面貌、使用手巾/共同結合於他家二階、必須要不洩、鳴響/……」

 

これ、ある有名な春歌の中国語もどきの翻訳である。「ひとつでたホイのヨサホイのホイ~♪」。これを本当に中国語で歌ったら、どんな響きになるのだろうか。

 

 

通訳とは、意味を訳す仕事であると同時に、ときに笑いまで背負う仕事なのかもしれない。

一昨日、妻が旧正月で親族が待つ中国・広州に帰国した。何かと不自由ではあるが、二週間ほどの独身生活を楽しんでいる。

 

 

そんなわけで、昨日の朝方、庭先で洗濯物を干していたら、前の通りを歩く中年の女性が「おはようございます!」と声を掛けてきた。とりあえず「おはようございます!」と返した。

 

彼女は「お宅はお庭をいつも綺麗にされていますね!お花!とても可愛いですよ!」と言う。もちろんすべて妻が面倒をみているのだが何となく嬉しくなり「ありがとうございます!」と答えた。朝からこんな清々しい会話ができて気持ち良く一日のスタートを切ることができた。

 

 

大学・教養部のLINEで、「翻・通訳者が書いた本は何かあるか?」と尋ねられたので、以前読んだ「歴史をかえた誤訳」(鳥飼玖美子著)を紹介した。これに対して結構なレスがあり、数名の級友がこの本を読んだり図書館で手配したりしている状況である。

 

実は、私は専門書を図書館で借りることはない。受験生の頃からの癖で、専門書には線を引いたり書き込みをしたりすることが多いからだ。

 

何となく紹介した責任を感じ、同書をもう一度読み直してみた。すると、前回にも増して通訳者の役割や責任についての理解が深まった。やはり、この書は翻・通訳の世界で飯を食っている人間には必読の書と言えよう。

 

 

地方在住であり、歴史を変えるような緊迫した通訳をコーディネートしたことなど無いが、一流の(同時)通訳者とは何度か仕事をしたことがある。

 

彼らに共通して言えるのが、業務に対して実に念入りに下調べを行っており、我々のような翻訳会社(コーディネーター)に対しても謙虚なことである。また、実際の通訳業務においても、話者以上に目立ったり自分の個人的な意見を交えたりするような振舞いも無い。たぶん、通訳者の使命をわきまえているからだと思われる。

 

 

これが、中下位レベルの通訳者の場合、下調べするのはコーディネーターの義務だと考えていたり、コーディネーターに対してかなり高飛車に出てくる輩もいる。また、そういう輩に限って、通訳業務でもやたら目立とうとする振舞いが見受けられる。まるで「この場は自分が仕切っているんだ!」と言わんばかりである。

 

 

これは「通訳者の品格」とでもいうべきか?このあたりの話は「歴史をかえた誤訳」の最終章(第六章)に書かれているので、興味のある方は読まれてみては如何だろうか?