CEOコラム -37ページ目

column361 権力は究極の媚薬か

ここ数年でもっともビックリしたゴシップだった。

「サルコジ大統領 3度目の結婚」

サルコジ

お相手は元スーパーモデルにして歌手のカーラ・ブルーニさん。
2人がパリのカフェで白昼堂々と会っている写真を見て、正直あってはならないことを堂々とやっているフランス大統領にねたみを超え、感動しびっくりした。
フランス国民もびっくりしたろうが批判の声もほとんど上がらなかったというから二度びっくり。
さらに大統領就任式を5人の子連れで参加した前妻とは、友人からの略奪愛というから三度びっくりだ。

通常ファーストレディは夫を立て、プライベートは一切外に出さず社会貢献活動をする淑女のイメージである。
ところがこの元スーパーモデルは、ミックジャガー・ドナルドトランプなどと浮世を流すプレイガールで、自ら「男を調教する名人」と言ってはばからないという。
四度目のびっくり。

日本のみならず世界に類を見ない破天荒なプレジデントが出現したのだ。
さして美男子ではないサルコジ大統領の誕生は「権力とカネはいつの世も異性を強く惹きつける」ことを白日のもとにさらした、心に刻むべき出来事である。

column360 デフレは本当か?

最近生活必需品の値上げが目立ちはじめ、我々の目から見て明らかにインフレの足音が聞こえるようになった。
銀行金利は低いのに、モノの価格は上がり税金も増えつつある。

収入が横ばいでモノの価格が上がれば当然生活は苦しくなる。
バブル崩壊後の10数年、収入はたいして増えなかったかもしれないが、グローバル経済の恩恵と企業の値下げ競争でくらしはむしろ豊かでなかったか。

今大企業は好調で、我々中小企業は苦しくなっている気がする。

10年後、今を振り返ると大きなパラダイムの変換点だった年と言っている可能性が出てきた。
物価の上昇とともに給与が上がれば良いインフレであるが、給与が横ばいならこれはスタグフレーションの兆しと言える。

10年後あの時ああしておけばよかったということは言いたくないから、カネを銀行に預金するだけでなく不動産・貴金属・証券にシフトしてゆく時のような気がする。


 

column359 採用面接

新入社員・転勤など人の出入りの多い季節となった。
ここで考えたいことは、異動についての心構えではなく、異動を受け入れる側の人物判断基準である。
会社である以上、短期・長期問わず成果を出すために人を受け入れる訳であるから、その人物がどんな面で有能であるか、又その背景は何なのかを事前に知っておく必要がある。
過去の経歴を聞き、その行動に至った価値観やきっかけまで踏み込まなければ短時間で人を見抜くことが出来ない。
しかし、受け入れ側の問題意識がその人を今どう使うかの一点に絞られている場合は、今出来る技能と雰囲気そして自分の好き嫌いで決めてしまう。

そして調子がよく、てきぱきしているが自分をよく見せることに長けている人は一方でサボり癖がある場合が多いことも頭に入れておかねばならない。

面接をするとき、その人の過去の行動が
1:どんな状況で
2:何をするために
3:どのような行動をし
4:どんな結果を出したか

この4つが面接のポイントかもしれない。


column358 昔の同僚に会う前に

KWさん(地方放送局勤務 営業職)

これといってやりたいことはないがまじめで誠実な男。
会社での出世を志しているが道半ば。
今は家族の幸せを第一に安定した毎日を送っている。

地方局はこれからどうなってゆくのだろう。
インターネット放送への取り組みはどの程度進んでいるのだろう。
おそらく徹底的に地域密着・生活情報満載の独自の取り組みをしているはず。
どの程度かはわからないが、選択肢はそこしかない。

(1)地元のフリーペーパー・雑誌・各種コミュニティをどう取り込んでゆくのか
(2)他局にない何か斬新な切り口がほしい。
テレビ東京系がやっているような地元の飲食店案内に特化するとか…。
(3)地元にどう貢献してゆくのか
 ア:情報(衣・食・住)
 イ:雇用に関する情報(求人でなく仕事の楽しさを紹介)
 ウ:地元ならではの社会問題
 エ:環境について

東京以外の人間にとってキー局の東京の情報を聞いても実生活には役立たないケースが多い。

column357 世界同時不況と宗教

イスラム教、キリスト教、ユダヤ教は同根であり中東の北で生まれたことは広く知られている。
同根だからこそ、いがみ合う。
中世はイスラム、キリスト、それぞれ勢力を拡大したが、ユダヤはリーダー不在で各地に分散した。
近代になるとキリスト全盛時代で、産業革命などリードした。

今はいったいどんな時代なのか?
中東のイスラム教国は石油高騰で潤い、欧米のメガバンクに出資したと聞いた。
グローバル化の影響かアメリカのサブプライム問題が、世界の金融を混乱させている。
私も小さな被害者の一人に違いないがこれが収まれば欧米も新興国もまた、成長軌道に戻る。
本当にそうなのだろうか?

今、世界で起きていることの絵を描いている人がいるような気がしてならない。
欧米の世界資源の利権が見えない力で大きく揺らいでいるのではないか?
石油利権の為に起こしたイラク戦争で得をしたのは一体誰なんだ?
ビンラディンがテロを実行し、得をするのは誰なんだ?

今回、サブプライムで唯一儲けた銀行はゴールドマンサックスらしい。
ユダヤ人の経営する金融商社だ。
イスラム教国がキリスト教国に金を出し、世界金融の絵をユダヤ人が描く。
なんとも不可解な歴史の転換期にいるような気がしてならない。

column356 日本はアメリカの愛人か?

前回のコラムに引き続いて日本人について考えてみた。

哲学を知らない日本人は無謀な戦争を世界に挑み、負けた。
負けたとたん、アメリカの戦後処理に巧妙さですっかり日本はアメリカに惚れてしまった。(かくいう私もそのひとりだが。。。)

天皇が農耕民族である日本人の母親的な存在であることを素早く見抜いたアメリカは天皇制を維持させ日本の自立を援助した。
誠にアメリカの寛大さには感謝すべきである。
しかし、軍事力を放棄した日本は文化、ビジネスだけでなく、世界で何をやるにもアメリカの伺いをたてなければならなくなった。
モノを買ってくれるアメリカ、いざというとき中国から身を守ってくれるアメリカ。
アメリカの愛人として自覚していれば問題ないが、自立していると思ったとき、日本の命運ははたしてどうなるのか?

日本は中国・韓国以外のアジア各国に対しFTAを締結し、人・モノ・金・情報を開放し、アジアの要となるべく外堀を埋め、緩やかで対等な大東亜共栄圏をつくり上げることが肝要と思うが、いかがであろうか?
事はそれほど簡単ではないことは承知しているが、民間レベルの方がある意味自由に大胆なコミュニケーションがはかれるに違いない。

column355 哲学の違い

日本人と欧米人の発想の違いはいったい何だろう。
海外に行くといつもこの疑問が頭をよぎる。
農耕民族と狩猟民族の違いに根ざしていることは間違いないが、
農耕=定着=受身=母性
狩猟=移動=攻撃=父性

ここまでは今まで様々な人が似たようなことを言ってきたので考えが及ぶが、その先はイメージだけでシャープな表現で、どうもうまく話せなかった。
そこで何気なく立ち寄った本屋で、「そうコレなんだよ」という文庫本に出会った。

「なぜ勉強するのか」 ソフトバンク新書 鈴木光司著

「リング」「らせん」 で一大ブームになった作家だ。
もともと勉強の為の勉強、すなわち人に強制されて学ぶことが大キライだったのでこのタイトルにひどく関心をもって中を見ないで買った。

答えがありました。
ひとことで言えば、「哲学」の有無。
哲学とは思想全般の中核をなす、思想の真理と思っていたが全く違った。「世界のしくみを知ること」すなわち世の中の本質を知る為に自分が
わからないことすべてが哲学の対象と成りうるのだ。
したがって科学、物理学、地理学、化学など、時代によって解明されていないこの世のしくみすべてが対象となってくる。
日本は古来この島国の中がその対象であって世界全体を知ろうとする発想はそもそも無かった。
この発想に近い人はあえて言えば信長ぐらいか?
はじめから世界を対象にモノごと考える欧米人、140年前の明治維新までは
日本だけを対象にモノごと考えてきた日本人。
世の中がグローバル化すればするほど日本人の存在が小さくなっていくのは
そのせいかもしれない。
海外へ行って白人に気後れするのは彼らの発想の方が視点が高いからだと思う。
我々は今なぜ、キモノ(和服)を着ないで洋服を着るのか、なぜ筆を使わないのか?
当たり前のことに疑問を持つべき時が来たようだ。

哲学とは未知なるモノを探求しようとする学問であり、自分の信条や信念ではないのだ。


 

column354 私が英語を習得したい理由

ラスベガスはオプティミズムにあふれた影のある街だ。
そんな場所に年に2週間ほどいると、2つの意味で嫌になる。

ひとつは博打好きだが英語で話しかけられたらまともに対応できるかということを心配している自分がいること。
もうひとつは中国人のようにメリハリの利いたカジノがしたいが、調子がよければズルズル、悪ければ取り戻そうとしてしまう自分もいることだ。
接近と離反、活動と静止
つまらないことにこだわる自分の姿に、変わらない日本の縮図を見た。

本題に戻ると、中国・韓国をはじめとするアジアのビジネスマンのほとんどが、日本人ビジネスマンとくらべ英語が話せるように感じる。
言語の違い、英語教育の違い、国境の違い、理由はいろいろあるが彼らは英語が話せなければビジネスにならないと思っているのかもしれない。
アジアがひとつになっていく過程で、日本語がアジアの共通語になる可能性は極めて低い。
中国語か英語が共通語になるのであれば、欧米でも使える英語はビジネスをはじめる上での最低条件になる可能性が高い。

column353 新年に考える

年々世の中の変化が激しく、先を読みづらい状況になってきている。
我々のビジネスも3年ぐらい前までは顧客競合分析をまじめにしておけばそれで済んだ時代だった。
しかし今は様変わりして、マクロ分析をし頭の中でいかに整理できるかが成功・失敗の分かれ目と言える状況になったのではないか?

トレンドをつかむのには新聞・テレビを見てもトレンドのほんの断片しかわからないケースが多い。
そこでそれをつなぎ合わせ、自分なりに構造化し、頭と手で理解を迫られている。

こんな当たり前のことを今までなんとなくしかやってこなかったのは、経営者としての怠慢と困っていなかったからだろうと思う。

今年のテーマは未来の構造化だ

column352 海外から日本を見る

海外のNHKで首相の所信表明を見た。
「消費者が主役の元年にしたい」
この意味について考えた。
非常に耳に聞こえのよい言葉だが、その裏には自らの利権しか考えない官僚の陰謀があるのではないか?と思った。


1.地方と都市の格差
2.所得の二極化
3.そして、年金問題さえも官僚の都合のいいように対応されようとしているように思える。


1は地方への予算ばらまき復活による中央権限の強化
2は弱者救済の名の元に低所得層への補助金拡大
3は年金問題の不始末を別の形で金をばらまく


官僚政治家の弱者へのばらまきによって、弱者はますます弱者になることは自明の理なのに、政治家は票欲しさ、官僚は保身と権限拡大のために全ての事象を国民に耳当たりよく表現し、都合よく税金を使う。
バカな我々は再び騙されることになる。
世界を見れば地方と都市の個人所得の格差拡大は当然のこととして受け止められ、ひとりひとりの自助努力で問題を解決しているように見える。
しかし日本は自らの問題をすべて人や組織・国のせいにして努力をしなくなってしまったのではないか?


国の財政を考えれば本当に注ぐべき金は公共事業や補助金ではなく、日本が世界に誇る技術に対して金を出すべきで、政治家・官僚・公務員の数を半分にするぐらいの世論がどうしても必要と思えてならない。

福田首相はこの辺の事情は当然わかりつつ、どう動いてもいいような抽象的な発言を繰り返すだろう。
世論を見ながら…。


目先のことしか考えない我々日本人の象徴が福田首相ならば、我々も首相も変わらなければならないと思うのは私だけだろうか?