智勝院~稲葉貞通創建の寺 | 古都の礎

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花園にある智勝院です。

 

 

妙心寺の塔頭。東海派。

慶長2年(1597年)、稲葉貞通が、妙心寺74世・単伝士印を開山として創建。

稲葉貞通(1546~1603)は美濃国人。稲葉一鉄の嫡男。美濃の戦国大名・斎藤道三、義龍、龍興に仕えます。永禄10年(1567年)、父とともに斎藤龍興を見限り、織田信長に仕官。天正10年(1582年)、本能寺の変が勃発。明智光秀の重臣・斎藤利三は妹婿でしたが、貞通は中立を保ちます。天正11年、賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉に参じ、秀吉家臣となります。秀吉の九州征討、小田原征討、文禄の役に従軍。慶長5年、関ケ原の戦いでは西軍でしたが東軍に寝返り、戦後は豊後臼杵藩初代藩主となりました。慶長8年、死去。享年57歳。

寛永4年(1627年)、開山の単伝士印は、江戸幕府が古来天皇の権限であった紫衣の勅許を幕府が咎めるのは朝廷の権威失墜であるとして、大徳寺の沢庵らとともに京都所司代・板倉重宗に対して幕府に対する抗議文を提出したため、幕府の命令で沢庵は出羽国上山へ、単伝士印は出羽国由利へ配流となっています(紫衣事件)。

通常非公開。

 

 

境内。

 

 

 

智勝院;京都市右京区花園妙心寺町48