イラクから陸上自衛隊が撤収します。誰も死なず、発砲もせずということで良かったと思います。ただ、今後はクウェートからバグダッドとエルビル(北部のクルド人地域)への輸送活動が追加的に行われることになります。「することもなくなったし、それなりに危険がある陸上自衛隊の活動は止める代わりに、比較的安全性の高い空自の活動を拡大する」という取引が成立したということなのでしょう。空自としては「おいおい」という気分じゃないかなと思います。
さて、ここでちょっと疑問なのですが、
● バグダッド飛行場やエルビル飛行場は大丈夫なのか。
● 輸送で何を運ぶのか。
という疑問が涌いてきます。それなりに難しい論点を含んでいます。
まず、一つ目の疑問ですが、今の基本計画では、輸送業務の範囲について「航空機による輸送については、クウェート国内の飛行場施設及びイラク国内の飛行場施設(バスラ飛行場、バグダッド飛行場、バラド飛行場、モースル飛行場等)」なっています。防衛庁が作成した対応措置にも似たようなことが書いてあるので、普通に考えれば、バグダッド空港は非戦闘地域だと認識だと考えるのが筋でしょう。ただ、政府はバグダッド空港についても「基本的には非戦闘地域だと思うけど、ホントにそうか?については現状を見ながらよく考えて」という感じの答弁です。以前、治安が不穏で一度空港を閉鎖したことがあるのですが、特にそれ以来は正面切って「バグダッド空港は非戦闘地域だ」と言い切った政府の見解はなかったように思います。あまり自信がないんだと思います。では、これらの空港が本当に非戦闘地域かと聞かれれば「まあ、エルビル飛行場は大丈夫だろう。バグダッド飛行場は危ないかもな。」というのが、イラクを知る人間の大まかな感想ではないかと思います。
(↑現在の基本計画↑)
今回の対象地域拡大で対象となるエルビル飛行場は、現在の基本計画に含まれていないので基本計画の変更は不可避だと思います。ただ、基本計画の最後に入っている「等」が気になります。役所の文書で「等」が入っていたら「何が含まれるのか?」を聞くというのが役人道の基本です。「ここでエルビル空港も読み込むことにして基本計画は変更しない」と言ったりすることがあるのかね、なんて考えたりします。
あと、政府が現時点において「バグダッドへの輸送」と言っており、「バグダッド空港への輸送活動」と言っていないことが気になります。たしか、バグダッドの近くに米軍の使用するアサド空軍基地があるのですが、あそこも「バグダッドの一部」として対象に入れたりするようなら話はかなり異なってきます。
ということで二つ目の疑問点が涌いてきます。まず、輸送活動というとイラク特措法の中では人道復興支援と安全確保支援の2種類があります。
● 人道復興支援:人道的精神に基づいてイラク特別事態によって被害を受け若しくは受けるおそれがあるイラクの住民その他の者を救援し若しくはイラク特別事態によって生じた被害を復旧するため、又はイラクの復興を支援するために我が国が実施する措置
● 安全確保支援:国際連合加盟国が行うイラクの国内における安全及び安定を回復する活動を支援するために我が国が実施する措置
それぞれに輸送業務があります。何を運ぶのかはそれぞれのカテゴリーによって異なるでしょう。今後、クウェートからバグダッドやエルビルに人道復興物資を運ぶというのはあまり想定しにくいですよね。(米軍の)安全確保支援に焦点を移していくという事じゃないかと思います。これはあまり誰も言いませんが、実は一番大きなポイントです。イラク派遣の性質が根本的に変わると言うことになりますので。
では、安全確保支援で何を運ぶかということになりますが、これまでの政府のポジションは「武器・弾薬は輸送対象となりうるけど、総理の政治判断で輸送しない。輸送しないことについては、米国との信頼関係に依拠する。」というところでした。今後もそのポジションを貫くのかな、どうなのかな、ちょっと疑問です。これまでは「基本的に人道復興関連物資。ただ、もしかしたら武器弾薬が混じっているかもね、チェックしないけどさ。」という感じだったのが、これからはモロに武器・弾薬になるかもしれません。その時、政府はどういう説明をするのか関心は尽きません。
そうそう、言い忘れていましたが、私はイラク派遣に何が何でも反対の立場というわけではありません。特措法というスタイルが好きではありませんが、「もう少しまともな前提条件が揃っていたら」賛成していたと思います。やっぱり憲法改正+恒久法のオプションはしっかり考えるべきでしょうね。このテーマはまた別途書きます。