日本による対韓国輸出強化は、WTOの紛争解決了解におけるパネル手続きに行きそうですね。韓国がその方向で準備しているようです。WTOの紛争解決了解における第一審だと思っておけばいいでしょう。

 

 いわゆる徴用工案件では、韓国が日韓財産請求権協定による仲裁手続きをすべてボイコットし、恐らく今後あると思われる国際司法裁判所手続きにも乗って来ないでしょう。一方、WTOのパネル手続きにおいては、設置、パネリストの選任等を拒否し続ける事で手続きの進行をブロックする事が出来ません。どんなに日本が動かなくても、パネルは設置され、そして審理が始まります。正確に言うと、一度は日本(被申立国)が拒否の意思を示す事は出来ますが、二回目にはほぼ強制的にパネルが設置されます。しかも、パネルの報告書(判決のようなもの。法的拘束力あり。)を拒否する事も事実上、出来ません。

 

 いわゆる徴用工の件は韓国がピクリとも動かない事ですべての仲裁や裁判手続きが止まり、日本の輸出管理手続強化については、日本が動かなくてもほぼ自動的にWTOの紛争解決手続きが進んでいくのは不公平だと思う方は多いでしょう。「何故だ」と問われると答えるのが難しくて、「それぞれの組織や協定の作りがそうなっている。」としか言いようがありません。

 

 紛争解決手続の全体としてはこんな感じです。パネリスト(裁判官のようなもの)は個人の資格で選ばれるとなっています。どういう国籍のどういう人が来るかを事前に想定する事はかなり困難です。特定のパネリストを拒否する事は出来ますが、長々と拒否し続けることは出来ないことになっています(最終的にはWTO事務局長が指名する事になる。)。そして、パネリストの任命から報告書まで「原則」6ヶ月となっています。ただ、近年長引く傾向にあります。

 

 これまで書いてきましたが、私はパネル判断をそう楽観視していません()。何度も言っていますが、安全保障の枠内で取られた措置だと言えば、すべてが正当化できるようにはWTOルールは出来ていません。輸出管理制度は「(正当化される)非関税障壁」なので、それがすべての国に公平、公正な形で運用されているかどうかが問われるわけです。

 

 その観点から私が気になっているのが、措置を講じた初動の時点で日本政府関係者のコメントがブレていたように聞こえた事です。今は「いわゆる徴用工への対抗措置ではない」、「偏に安全保障上の措置」という言い方で統一されていますが、当初はいわゆる徴用工問題との絡みがよく整理の付かないまま発言されていたように思います。「徴用工問題への事実上の対抗措置」っぽく聞こえる言い方をしていた閣僚も居ました。政府部内で緻密にすべて調整しないまま打ち出された事を窺わせます。その部分は「言質」として取られており、パネルの時の証拠に韓国側は挙げてくるでしょう。もう少し政府部内で詰めてからやればよかったのに、と思います。

 

 勿論、韓国側にも脛傷はたくさんあります。日本との協議に応じていないとか、違反事例があるのではないか、とか怪しげな部分は散見されます。一方、彼等も論点整理がかなり付いてきたようで、対外的には「一方的かつ恣意的」という表現で統一して来ています。私が当初から書いているように「制度の運用が公平、公正でない(と言われる可能性がある)」という所に完全にフォーカスを当てています。通商を専門にしている人間なら必ずそこに行き着くのです。つまり、韓国はその論点でパネルに話を持ち込むという事です。日本の輸出管理制度そのものに一切チャレンジせずに、その制度の運用の恣意性にチャレンジしてくるはずです。この時、「恣意的」であるという主張をしてくるのに対して、「恣意的ではない」という反論を日本はするわけですが、構図として挙証責任は日本側に重く乗るでしょう。一般論として、「・・・である」を説明するのは一つ事例を示せばいいですが、「・・・でない」を説明するためにはありとあらゆる観点から違う事を言わなくてはいけません。

 

 最近、マスコミでは「日本が優位」というような論調ばかりが強調されます。NHKが「アメリカも日本の立場に理解」といった報道をしていました。この「理解」は「単に日本がそういう主張をしている事は知っている」とポンペイオ長官が言っただけなのに、それをあたかも日本の主張に好意を払ったかのように報じるNHKのレベルはかなり下がったもんだと思います。諸外国の動向や報道を見ていても、日本に圧倒的に好意的だという事実はありません。国内の世論形成のあり方がちょっと奇妙だと強く感じます。

 

 「ムン・ジェイン大統領は幼稚だ。」、「いつまでも韓国のダダこねに付き合う必要は無い。」、「ガツンと言う時は言うべき。」、すべて同感です。私もそう思います。ただし、この輸出管理の強化のWTOでの戦いについては、そう楽観視しない方が良いと思います。

追記:パネルで判断が出た後、第二審の上級委員会に上訴するという可能性があります。パネル判断で負けた国はそうするでしょう。ただ、近々上級委員会は機能不全になります。その時は「パネル判断は出たけど、最終審の判断は出ない。」という状態が継続する可能性が高いです。パネルで勝った国は「うちの正当性が示された」と言い、負けて上訴した国は「最終判断は出ていない」と主張するでしょう。結局、このゲームは「解決しない」というシナリオに向かって走っているのかもしれません。

 ある方からの依頼+個人的な関心から、最新の住民基本台帳をベースに今後、選挙定数配分に使われるアダムズ方式で衆議院の選挙区定数を見直してみました。定数削減無しで289選挙区が前提です。2020年の国勢調査による選挙区割りはこの方式で行われますので、2022年くらいからこの方式になります。なので、「次の次(の総選挙)」からでしょう。

 

 エクセルを叩けばすぐに出て来ます。以下のような結果になりました。

【選挙区】

宮城 1減(6⇒5)

埼玉 1増(15⇒16)

千葉 1増(13⇒14)

東京 3増(25⇒28)

神奈川 2増(18⇒20)

新潟 1減(6⇒5)

愛知 1増(15⇒16)

滋賀 1減(4⇒3)

岡山 1減(5⇒4)

広島 1減(7⇒6)

山口 1減(4⇒3)

愛媛 1減(4⇒3)

長崎 1減(4⇒3)

 

【比例区】

東北ブロック 1減(13⇒12)

北関東ブロック 1増(19⇒20)

東京ブロック 2増(17⇒19)

北信越ブロック 1減(11⇒10)

中国ブロック 1減(11⇒10)

 

 実際、来年の国勢調査で結果を出してもこれと大差ないでしょう。首都圏の増加と地方の減少のコントラストが際立ちます。

 

 選挙区の方では、定数減をギリギリの所で逃れているのが福島県(現在の5議席を維持)です。逆に岡山県(定数1減になる所が現状の5議席維持となる可能性)か東京都(定数3増が4増になる可能性)は、少し人口が増えれば、福島県の議席を持っていくでしょう。この「福島県 vs. 岡山県 or 東京都」の議席争いは小数点2桁以下の所での競争になっており、相当に熾烈です。

 

 その他、今後の人口動態によっては、茨城県、群馬県、和歌山県、香川県、沖縄県は定数減の可能性があります。同様に千葉県については1増が現状維持、神奈川県については2増が1増に留まる可能性もあります。逆に滋賀県、広島県、山口県、愛媛県は1減が現状維持になる可能性があります。

 

 比例区では、ちょっとした人口動態の変化によって、東北の現状維持(減無し)、北関東の現状維持(増無し)、東京が2増→1増に留まる事、北信越の現状維持(減無し)、中国の現状維持(減無し)、これらについてはすべて可能性ありです。

 

 「だから、何なんだ。」と言われるとそれまでなのですが、折角の調査結果なので公表しておきます。なお、我が福岡県と九州沖縄比例ブロックは次回の定数見直しでは増減は無さそうです(区割り見直しはあり得ますが)。

 いわゆる徴用工問題について、韓国は一切の「白洲」での議論を拒否しています。仲裁手続の委員選出に関するすべての手続きを拒否してきました。

 

 ベースとなる日韓財産請求権協定はとても精緻に出来ています。

 

 協定の解釈に問題がある時はまず「外交上の経路」で解決しなさいとなっています。しかし、それで解決できない時に仲裁の仕組みを設けています。仲裁とは、仲裁委員会を作ってそこに解決を委ねるという事です。そして、その仲裁委員会の判断には両国とも服する事になっています。なので、仲裁委員会の作り方が大事な攻防戦になります。

 

 仲裁委員会の作り方の仕組みは、ちょっと難しいですが論理的にできています。順を追って説明しますのでお付き合いください。

 

 まず、仲裁要請を韓国が受け取ってから30日以内に、日韓両国はそれぞれ1名の仲裁委員を任命します。そして、そこから更に30日以内に日韓の仲裁委員間で、3人目の仲裁委員を決めるか、それが決められないのであれば、3人目の仲裁委員を選んでくれる国について合意する事になっています。まあ、普通に考えたら、対立する日韓の仲裁委員間で特定の個人である3人目の仲裁委員に合意する事は無いでしょうから、3人目の仲裁委員を選んでくれる国としてアメリカを選ぶんだろうなと思います。そして、アメリカが3人目の仲裁委員を選びます。これがスタンダードな仲裁委員会の作り方です。ただ、これは韓国が自国の仲裁委員を任命してきませんでしたので動きませんでした。

 ただ、ここも蓋がされていまして、そういう時は日韓それぞれが30日以内に仲裁委員を選んでくれる国を選びます。A国(日本が選んだ国)、B国(韓国が選んだ国)がそれぞれ仲裁委員を出してきます。そして、A国政府とB国政府との間で協議をして、第三の国C国を選びます。C国が3人目の仲裁委員を選びます。これで仲裁委員会が出来上がります。ここには日本人も韓国人も入っていない可能性が高いです(絶対に入っていないとまでは言えませんが)。

(具体的に仮定の国名を入れてみると、日本がアメリカ政府を選び、韓国がイギリス政府を選ぶとします。アメリカ政府とイギリス政府はそれぞれ仲裁委員を出します。そして、アメリカ政府とイギリス政府とでオーストラリア政府を選び、オーストラリア政府が仲裁委員を出す。そして、アメリカ、イギリス、オーストラリアの3ヶ国政府がそれぞれ選んだ仲裁委員で仲裁委員会が出来る、そんな感じです。)

 今回、韓国が拒否してきたのはこのB国選びです。

 

 ここまでで分かる通り、協定自体はかなり精緻に出来ていますが、韓国が上記で言うB国を選ぶ行為すら拒否すれば、このプロセスは動きません。どんなに仕組みを精緻化しても、韓国が何もしない時というのはどうしようもありません。ここだけは「どうしても塞げない穴」になっています。

 しかし、この韓国の立ち振る舞いは日韓財産請求権協定の精神を没却するものです。この協定のベースとなる精神が述べられている協定前文は以下のようなものです。「解決することを希望」したのではないのか、ということなんです。

【日韓財産請求権協定前文】
日本国及び大韓民国は、
両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決することを希望し、
両国間の経済協力を増進することを希望して、
次のとおり協定した。

 多分、韓国は仲裁手続で勝てる自信が無いのだと思います。日韓財産請求権協定を交渉する過程では、今回の韓国大法院判決や韓国政府の主張のような事はすべて「想定の範囲内」でした。大法院は「日本の支配は違法であったが、その違法であった事が日韓財産請求権協定における請求権では取り込まれていない。」という主張をしています(時折誤解がありますが、韓国大法院の判決は個人請求権の文脈ではありません。)。つまり、簡単に言うと「日韓財産請求権協定で放棄した請求権には『穴』が開いている」と述べています。

 しかし、韓国が放棄した請求権とは、日韓財産請求権協定の合意議事録で「『法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利』とされている『財産、権利及び利益』に当たらないあらゆる権利又は請求を含む概念である」と解されています。「穴が開いている」と主張する(今の韓国大法院や韓国政府)のような存在を念頭に置いて、そういう逃げ道を塞いでいます。そして、その請求権については「いかなる主張もすることができない」となっています。

 仮に韓国に10000歩譲って、日本の支配が違法なものであったとしましょう。それでも結論は変わらないのです。そういうものを含めて、すべて「いかなる主張もすることができない」と合意しているわけです。

 自国の論理に自信があるなら、仲裁手続きであろうが、今後やってくるであろう国際司法裁判所であろうと堂々と受ければ良いだけです。勝てる自信が無いので逃げている、と見ていいでしょう。日本政府としてはそこまでは言いにくいでしょうから、周囲が「あれは自信が無いから逃げているだけだ」と国際的なキャンペーンを打ってみるのは一案だと思います。

 対韓国への輸出管理強化について、「純粋にWTOの通商法で争ったらそう簡単には勝てない。むしろ、勝率は50%を切ると思う。」と厳し目のトーンで2本のブログを書きました()。

 本件に関するブログ等を見ていると、官僚出身のコメンテーターや学者が政府バージョンの「大丈夫」といった説明を得意気に流しているものが多いです。ただ、それを読んでみると、在職中に貿易管理や通商政策をやった事がないんだろうと思われるものが大多数です。今回の件は、技術的には軍縮管理、外為法、通商政策の3つを理解している必要があります。その内、どの分野にも深い素養が無いのに「コメンテーター」をやれるってスゴいよなと思います。

 

 かく言う私も、軍縮管理関係は配属された事がないため、そこまで強くありません(正直に言っておきます)。なので、上記のブログでも現行の軍縮管理の制度について一切疑義を唱えたりはしていません。そこを所与の物としたうえで論を進めています。「合法的に成立している輸出規制の枠内の話」、「優遇しているものを元に戻しただけ」、「韓国が信頼を失墜させる行為をした」、よく読んでいただければ分かりますが、そのどれにも一切チャレンジしていません。

 

 そして、今回の輸出管理強化の合法性を競い合う場として唯一存在しているのがWTOの紛争解決処理なので、そこにフォーカスを当てて書いています。もう一度、非常ににざっくりと書くと「GATT21条の安全保障例外の規定に引っ掛けにくい(『勝てるか?(その1)』)」、「輸出管理制度が正当に成立しているとしても、その運用の恣意性は通商法上問われる(『勝てるか?(その2)』)」という事です。

 

 安心材料として、政府バージョンの説明に飛び付きたくなる気持ちは分かります。しかし、そんな説明を聞いていて留飲を下げる事は意味が無いのです。それは自慰行為の域を超えません。つい最近、自慰行為をやり過ぎて、韓国による水産物規制の紛争解決に負けた事を忘れてはいけません。

 

 正にここが危機管理の要諦でして、韓国はそういう点では非常に冷徹な判断をします。政府の公式説明を聞いても、それに納得せず追求すべきを追求する文化が日本よりも進んでいます。最近、日本社会に「都合の悪いものは見ない」という意味での自慰行為が蔓延しているように思います。危機管理としては最悪の状態です。「都合の悪いもの」こそ積極的に見る文化を醸成する事が国家としての危機管理能力を高める事に繋がるはずです。

 

 では、今後についてですが、私は半導体材料の輸出を個別許可にする件と、汎用品輸出のホワイト国除外は分けて考えた方がいいと思います。後者は、現在、パブコメが行われていますが政令改正事項です。今回のような経緯で改正すると、次、また、ホワイト国に戻そうとする時には再度同様の政令改正手続きを要するわけで、実際にはもう戻せないでしょう。逆に前者の個別許可の件は行政裁量の幅が大きいです。日本の経済界の利益を考えた時、後者のホワイト国除外の実際の発動についてはもう一度立ち止まる必要があります。

 

 では、今回の輸出管理強化によって、日本は何を得ようとしているのかというと、恐らくは「いわゆる徴用工問題に関して、日韓財産請求権協定の仲裁手続きに入れさせる事」だと思います。それ以上に「徴用工問題で『私が間違っていました』と自発的に認めさせる事」までは、政権として現時点では念頭に置いていないでしょう。それは無理だと分かっているはずです。

 

 私自身、このいわゆる徴用工問題については仲裁手続きに入って白州の場で白黒つけるべきだと思っています。かつ、この条約については元外務省条約課課長補佐として直接の担当だったので、仲裁手続きではきちんとやれば(輸出管理強化をWTO紛争解決で争うよりも)勝てる可能性が遥かに高いと確信しています。なので、韓国をこの仲裁手続きに引きずり出す事を一番の政策目的とすべきでしょうし、多分、そうなっているんじゃないかなと思います。

 

 となると、韓国政府とその話を付けなくてはなりません。私が一番心配しているのは、その「裏ルート」が存在しているのかどうかという事です。「ホワイト国除外については、いわゆる徴用工問題に関する日韓財産・請求権協定の仲裁手続きを受けるのであれば発動しない事を検討する。」というメッセージを持って、韓国側と裏協議をするルートがあるかなと思います。本来であれば、こういう時に活きるのが議員外交のはずであり、率直に言うと公明党ルートがいいんじゃないかなと思います(同党の中韓へのルートは時折、かなり驚かされます。)。ただ、参議院選挙で忙殺される中、政権内でそういう可能性が追求出来ていないのではないかと懸念します。

 

 大体、私の目から見て上記のような感じに見えているわけですが、最後に一言。

 

 今回の日本の採った措置は、アメリカのスーパー301条と(細かくは違うものの)その本質において似ているという事は指摘しておきたいと思います(スーパー301条についての私のエントリー)。簡単に言うと、スーパー301条というのは(WTO協定上違法な制裁発動の)脅しを入れて相手の態度を改めさせる手法です。発動前に相手が態度を改めると、結果としては制裁は発動されていないので、何らの違法性も無いという事になります。かつて、日本はスーパー301条のアプローチに激しく反発してきましたが、近年はトランプ政権に配慮して若干宥和的でした。今回のケースを見て、「もう、日本はスーパー301条的アプローチに文句は言えなくなったかもな。」と思いましたね。

 昨日、書いたエントリーはアクセス数が伸びますね。BLOGOSでは久しぶりの2万アクセス超えです。極めて技術性の高い内容であるにもかかわらずです。関心の高さを感じます。「霞ヶ関で読んでいる人が多いんじゃないか。」とは友人の弁。そうかもしれません。ああいう論点は経済産業省や外務省で重々検討しているはずです。

 

 このAmebaブログにはコメントは殆ど付かないのですが、BLOGOSでのコメントを読んでいると非常に参考になるご意見があります。コメントも踏まえつつ、別の視点から書いていきたいと思います。

 

 まず、通商法の観点から見ると、輸出管理というのは典型的な「非関税障壁」です。きちんと強調しておきますが、「非関税障壁だから『悪い』」と言っているわけではありません。非関税障壁の中にも正当化できるものは幾つもあります。その一つが武器等に関する輸出管理制度です。

 

 通商法との関係を整理を付けた上で、輸出管理制度を設けているわけですが、「だったら輸出管理制度の中では何をやってもいい。」というわけではありません。正当に成立している制度の中であれば運用も含めてすべてがフリーハンド、という事にはなりません。政府筋や有識者から聞こえてくる説明の中に「(合法的に成立している)輸出管理制度の枠内で、これまで優遇措置をしていたものを外したに過ぎない。」というものが多いですが、通商法ではその「運用のあり方」まで見られるわけです。

 

 特に通商法では、一般論として、一旦優遇したものを取り下げる事への難易度が高いです。そして、一旦優遇したものを特定の国に恣意的に取り下げていると見做される事はアウトです。ちょっと例が良くないような気もしますが、日本は色々な貿易の分野で、独自措置として国際的に約束した水準以上の優遇措置を行っていますが、優遇措置と国際的な約束水準との間の部分では何をやってもいいとはなっていません。そこには「最恵国待遇」が適用されています。

 

 恐らく、韓国がWTO提訴した際に一番問題になるのがここだと思います。韓国は輸出管理制度そのものへのチャレンジはしません。制度そのものがすべての国に平等に恣意的に運用されているという論点を持ってくるでしょう(「具体的な措置の平等」ではありません)。半導体原料輸出に包括許可制度を与えていた基準、汎用品輸出のホワイト国認定の基準の運用がすべての国に公平になされているかどうか、ここが最大のポイントだと私は思います。言い換えれば、合法である非関税障壁としての輸出管理制度が、運用によって違法な非関税障壁へと転化し得るという事です。

 

 そこの理由立てが、現時点で述べられている「信頼関係が著しく損なわれた」と「大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生した」だけでは弱いように私には見えるのですね。例えば、後者については「不適切な事案」とは何なのかとなるでしょうし、同程度の不適切事案は他国との関係で生じていないのか、という所も間違いなく突かれるでしょう。いずれも国内的には「秘密事項に当たるのでお答えできない」という答弁になると思いますが、WTOの紛争解決処理手続きでは、ここの説明責任が果たせないのであれば「運用が恣意的だ」という疑いを強めるだけです。

 

 とても雑に纏めると、「今回の措置は、恣意的に韓国を狙い撃ちにしたものではなく、これまでの輸出管理制度をいつものように運用したらそうなっただけ。」という論理で推していく事になるわけです。

 

 「正当に合法的に成立した制度の枠内の話に過ぎない」という説明が政府筋から出て来る度に、「まあ、現時点ではそう言うしかないのは分かるけど、まさか対韓国でもその論理を前面に出して押していくつもりはないよね。それだとWTOの紛争解決では負けるよ。」と思います。近年、韓国の通商法での知見の積み上げは相当なものがあります。経済産業省の通商政策局、貿易経済協力局、外務省経済局、軍縮不拡散科学部、国際法局のすべての叡智を注ぎ込んでやらないと勝てない相手です。

 

 ここまで法技術的な話ばかりを書いてきました。「そんな話じゃないんだよ。政治・外交の文脈において考えなきゃ。」という指摘は当然分かっています。ただ、紙幅との関係で稿を改めたいと思います。

 日本が韓国に対して、輸出管理の強化を発表しました。経済産業大臣は「対抗措置ではない」と言っている一方で、官房長官は「信頼関係が無くなった事が理由」といった趣旨の事を話していて、どうも政府部内で整理が十分に付いていないように見えます(信頼関係が無くなったのが理由ではあるけども、対抗措置ではないという理屈が不可能ではありませんが)。

 

 何をするかというと、①半導体の材料となる3品目の輸出について、これまでは包括的に許可していたが、今後は貨物毎に許可を出す、②いわゆる汎用品(軍事用に『も』使えるもの)の輸出で、これまで韓国は許可なしで輸出出来ていたが(ホワイト国)、今後は許可が必要な国へとグレードを下げる、という2点です。

 

 政治・外交上の様々な駆け引きの話があるので、なかなか難しいのですが、自由貿易との関係で、GATT/WTOの通商法上はかなり危ない手法だと思います。私の感じでは「WTOの紛争解決まで持ち込んだ時に勝てる可能性は5割無いんじゃないか。」という所です。

 

 まず、安全保障による例外だと日本は主張しています。たしかにGATT21条には自由貿易の例外として「安全保障例外」があります。以下の記述をする際に必要となる部分だけを抽出します。

 

【GATT21条】

この協定のいかなる規定も、次のいずれかのことを定めるものと解してはならない。
(略)

(b)締約国が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める次のいずれかの措置を執ることを妨げること。
(略)

(ii)武器、弾薬及び軍需品の取引並びに軍事施設に供給するため直接又は間接に行なわれるその他の貨物及び原料の取引に関する措置

(iii)戦時その他の国際関係の緊急時に執る措置

(略)

 

 そして、日本は(b)(ii)を根拠規定として安全保障例外を発動しようとするのだと思います。この(ii)は読みにくいのですが、法令用語の読み方として以下のすべてを含みます(「及び」と「並びに」の使い方からしてこれ以外の読み方は不可能です。)。

 

- 武器の取引に関する措置

- 弾薬の取引に関する措置

- 軍需品の取引に関する措置

- 軍事施設に供給するため直接又は間接に行われるその他の貨物の取引に関する措置

- 軍事施設に供給するため直接又は間接に行われるその他の原料の取引に関する措置

 

 つまり、これらに該当する措置で、日本が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認めるものであれば、GATT/WTOの自由貿易ルールの例外としてもいいとなっているという事です。

 

 一見して、「(今回の規制対象となった物品は)軍需品だろ?」と言いたくなります。日本語ではそう思いたくなるのですが、正文たる英語では「implements of war」です(勿論、日本語は正文ではありません。)。半導体の材料や(目的や使途が武器用でなければ)普通に日常生活でも使う品を「implements of war」と言えるかというと正直なところ疑問です。

 

 また、別の方法として「軍事施設に供給するため・・・の原料」という規定で、今回規制を掛ける品目を読み込もうとする事も可能に見えますが、この目的部分は「for the purpose of supplying a military establishment」です。表現としてはかなり限定的です。GATTの規定自体は「軍事施設に供給する可能性もあるような・・・原料」とはなっていないという事です。そして、当然、「軍事施設に供給」しているか否かの挙証責任はすべて日本に来ます。結構、苦しいんじゃないかなという気がします。

 

 ただ、こうやって書くと、そもそも現行の汎用品規制が、古臭いGATTの規定の範疇で解釈しにくいという根源的な問題になってしまいそうなので、これ以上は止めておきます。

 

 話題を変えて、別の論点として「GATT21条の規定をよく読むと、日本が安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認定をすればいいんだろ。日本独自の判断で安全保障例外は決められる。」と思うかもしれません。しかし、最近のWTOのパネル報告書ではそういう解釈は厳に排除されています。

 

 このGATT21条についてはこれまで判例が無かったのですが、今年の4月にWTO紛争解決で最初の判例が出ました。ウクライナからロシアを経由して第三国への貨物について、ロシアが安全保障上の理由から一定の規制を課していました。具体的には、ベラルーシを必ず経由すべしとか、衛星測位システムの付いている自動車・車両でなければならないといった規制でした。ロシアはこの規制を安全保障例外で正当化していました。最終的にはロシアが第一審(パネル)で勝っています。ロシアが引用したのは、ウクライナとの事実上の戦闘状態を踏まえて上記の(b)(iii)ですので、日本と韓国の状況とはかなり異なりますが、ここでのパネルの報告書はなかなか示唆的です。

 

 報告書によると、GATT21条の読み方として、安全保障例外を発動する「必要性」については各国の判断ですが、それが本当にGATT整合的に誠実に判断されたかまでは各国に委ねられてはいません。ジャイアンのように「オレが安全保障例外だと認めれば、それは合法である。」なんて事はありません(ちなみにロシアはそう主張していたようです。)。

 

 そして、「安全保障上の重大な利益(essential security interests)」とは何かと言ったら、パネルは「"quintessential functions of the state"に関わる利益」と理解されるべきものとしています。この"quintessential"という言葉、訳しにくいのです。辞書には「典型的な」となっていますが、それでは全然語感を伝えていません。多分「精髄」みたいな言葉が一番いいのだと思います。変な日本語ですが、「国家の精髄的機能に関わる利益」とでも言うのがいいのでしょう。そして、ロシアの措置はこの「安全保障上の重大な利益」を保護するために必要だと判断されたので、パネルでは勝訴しています。

 

 勿論、日本は今回の措置を「安全保障上の重大な利益(国家の精髄的機能に関わる利益)」を守るためだと主張するのでしょうが、今回の措置発表の際に経済産業省が述べた「日韓間の信頼関係が著しく損なわれた」、「大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生した」という2つの理由で、WTOのパネリストが納得するかというと私はかなり首を傾げます。

 

 まずは、純粋にGATT21条の安全保障例外規定との関係のみについて記述しました。政治・外交上の文脈については、このエントリーでは一切考慮していません。この対韓輸出規制の話は1回のエントリーで終えるつもりでしたが、長くなりそうなので稿を改めます。なお、誤解は無いと思いますが、私はこの韓国との法戦に勝ってほしいと願っている人間です。

 前回のエントリーで大体以下のようなことを書きました。
 
- トランプ大統領は選挙という観点から日米通商交渉を見る。今後、その傾向は強まる。
- これまで共和党が勝ってきたテキサスが取れなくなったらもう終わり。しかし、現時点でテキサスは激戦区の見通し。
- なので、テキサスに関連する物品で強烈に押し込んでくるはず。防衛装備品や牛肉。
 
 折角なので、全米に目を広げてみたいと思います。以下のデータを見てください。2016年大統領選挙で激戦区だった州です。カッコ内は勝った候補、人数は選挙人の数です。
 
【2016年大統領選挙で差が1%以下だった州】
ミシガン(トランプ、16人)
ニュー・ハンプシャー(クリントン、4人)
ペンシルヴァニア(トランプ、20人)
ウィスコンシン(トランプ、10人)
 
【2016年大統領選挙で差が1-5%だった州】
フロリダ(トランプ、29人)
ミネソタ(クリントン、10人)
ネバダ(クリントン、6人)
メイン全州区(クリントン、2人)
アリゾナ(トランプ、11人)
ノース・カロライナ(トランプ、15人)
コロラド(クリントン、9人)
 
【2016年大統領選挙で差が5-10%だった州】
ジョージア(トランプ、16人)
バージニア(クリントン、13人)
オハイオ(トランプ、18人)
ニューメキシコ(クリントン、5人)
テキサス(トランプ、36人)
アイオワ(トランプ、6人)
 
 選挙という観点からは、トランプ大統領にとっても、民主党の候補にとってもこれらの州が最も重要になります。少し極端に言うと、これら以外の州は基本的にはもう眼中にないとすら言えるでしょう。例えば、(必ず民主党が勝つ)カリフォルニアやハワイでどんなに大統領選挙を頑張ってもエネルギーの無駄なのです。
 
 趣味的に備忘録として、もう少し付け加えておきます。
 
【2012年ロムニー候補よりも2016年トランプ候補の方が民主党候補との差を縮められた州(つまり、トレンドが「下げ」だった州)】
テキサス、ジョージア、アリゾナ
 
 基本的に、2016年大統領選挙は大半の州でトランプ候補が2012年のロムニー候補よりも伸ばしています。その中、勝ったとはいうものの下げのトレンドを示したこの3州はとても気になるでしょう。ちなみに3州とも名前を聞くだけで、「ああ、共和党の強い州だよね」と判断するような州です。そして、先日、バイデン前副大統領は(自分が民主党候補になったら)テキサス、フロリダ、ジョージア、ノースカロライナ、サウスカロライナあたりを焦点にすると言っていました。民主党候補が誰であっても同じ判断をするでしょう。
 
【2012年ロムニー候補は負けたが2016年トランプ候補が勝った州】
アイオワ、オハイオ、フロリダ、ウィスコンシン、ペンシルヴァニア、ミシガン
 
 トランプ大統領はこれらの州を一つでも落としたら終わりです。しかも、アイオワを除けばすべて選挙人が2桁の州です。前回も書きましたが、選挙人10人の州を落とすと20人分ひっくり返されるので、選挙人全体が535人の中で致命的なダメージです。
 
 ミシガン、ペンシルヴァニア、ウィスコンシン、オハイオあたりは「ラスト・ベルト(錆びたベルト)」と言われる地域で製造業、重工業の集まる地域です。この地域は保護主義を求める傾向が強いです。そして、上記のリストには結構防衛産業が盛んな地域が含まれます。農業との関係では畜産の強い州の中が上記のリストには多い印象があります。そうすると、保護主義を採りつつ、防衛装備品を売る、畜産の個別利益は交渉で取って来る、この今のやり方が一番選挙にプラスになるはずです。

 トランプ大統領の手法をあまりバカにしない方がいいでしょう。選挙をきちんと見据えてやっているのです。私が外務省に居た時はあまり大統領選挙や連邦議会議員選挙と通商交渉の関係を分析する事はありませんでしたが、近年はさすがにやっていると思います。 「(上記の)激戦州の利益を露骨に押し込んでくる」と踏んで、その州の特産品をよく調べた上で、日本にどう出てくるかという傾向と対策を練る事が必要でしょうね。

 少し前に「日米通商交渉あれこれ」という事で書いた際、「牛肉生産州よりも豚肉生産州の方が激戦区ではないか。」と書きました。ただ、昨今の調査を見ていると、牛肉の大生産地テキサス州は激戦州になりそうですね。読みが間違っていました。お詫びします。

 

 バイデン前副大統領とトランプ大統領で今、戦えば、バイデン前副大統領の方がテキサスで優位だと出ています。アメリカの大統領選挙で選挙人が極めて多いのはカリフォルニア(55人)、テキサス(38人)でして、近年はカリフォルニアが民主党、テキサスが共和党の金城湯池となっています。大統領選挙で最後に共和党候補がテキサスで落としたのは、1976年のフォード大統領です(勝ったのはカーター候補)。それ以降、クリントン大統領、オバマ大統領もテキサスでは負けています。

 

 ただ、トランプ大統領のテキサスにおけるトレンドはたしかに「下げ」なんです。2012年のロムニー候補(共和党)がオバマ大統領(民主党)に付けた差は16%でしたが、2016年のトランプ候補(共和党)がクリントン候補に付けた差は9%とかなり詰められています。

 

 選挙をやっていれば分かるのですが、535人の選挙人を競う選挙で38人の州を落とすという事は、自分が38人減らして、相手が38人増えるという事ですから、76人分ひっくり返されるという事になります。それでは共和党候補は絶対に勝てません。近年の大半の大統領選挙では、カリフォルニアは民主党、テキサスは共和党、ここはある意味当然視しながら進んできたものです。

 

 このテキサス州が激戦になるというのはトランプ大統領からすると背筋がゾッとするでしょう。

 

 テキサスと一括りにしますが、南北や都市部と農村部で選挙スコアは全く異なります。南部と都市部(ダラス、ヒューストン、サン・アントニオ)は民主党が強いです。逆に北部や農村地域は共和党が強いです。共和党が強い地域については、テリー・ファンクやスタン・ハンセンをイメージしていただければ宜しいかと。ファンク兄弟の本拠地アマリロは共和党が極めて強いです。

 

 これは日本との通商交渉に影響します。日本との関係では牛肉や防衛装備品が大きいでしょう。テキサスはアメリカ最大の牛肉の生産地です。そして、日本が大量購入するというF-35の最終組み立てはダラス郊外のフォートワースです。ここに利益をもたらすため、日本との通商交渉で更に強く押してくるでしょう。前回も書きましたが、現在のTPP11での16年後の関税率は9%。日本は「今、合意したら、本来はアメリカ産牛肉の関税削減はTPP11諸国に対するものよりも遅れるけど、特別に、先行するTPP11と同じ内容で関税を下げてあげる。」という話をしているようですが、尻に火が点いたトランプ大統領がその程度で応じるようには思えません。

 

 その他、前回僅差でトランプ大統領が勝ったウィスコンシン(10人)、ペンシルヴァニア(20人)、ミシガン(16人)、アリゾナ(11人)あたりでも、現在は劣勢のようです(カッコ内は選挙人数)。たった10人だと思うかもしれませんが、上記のように20人分ひっくり返されるのです。選挙人総数が535ですから4%弱引っくり返される事になります。選挙で一気に4%も差を詰められる事がどれくらいの事かは私にはよく分かります。

 

 上記の激戦州の大半が集中する中西部との関係では、ここまでは保護主義が好評を博していましたが、所詮保護主義は後ろ向きの政策ですから次第に飽きられます。何かプラスの成果を求めてくるでしょう。日本との関係では「車買え」か「工場進出しろ」、どちらかだと思います。1990年代の日米自動車協議で橋本通産相はカンター通商代表の無理押しに毅然と抵抗しましたが、最後は業界自主行動計画みたいなもので収めました。政府としては数量目標には応じないけど、日本の自動車業界が自主的に対アメリカで購入計画や投資の計画を作るのは与り知らないという結末でした。そういう事をも求めて来るかもしれませんし、もう求めているような気もします。

 

 大半の州では、1票でも勝てば選挙人は総取りです。トランプ大統領からすると「1票差でいいから勝ちに行く」という発想でしょう。であれば、日本との通商交渉でも何でも使ってムチャクチャやってきそうな予感です。日本の交渉団には頑張ってほしいと思います。

 今日は「密約」の証明です。ちょっとだけ複雑なのですが、出来るだけ分かり易く書きます。

 

 TPP12(アメリカが加わる予定だったもの)が合意された際、コメについては概ね以下のような合意がなされました(この資料の1ページ目)。

① 現行の国家貿易制度を維持。
② 米国、豪州に国別枠を設定。
米国:5万t(当初3年維持) → 7万t(13 年目以降)
豪州:0.6 万t(当初3年維持)→ 0.84 万t(13 年目以降)
③ 既存の WTO 枠のミニマムアクセスの運用の一部を見直し、6万実トン分を中粒種・加工用に限定した輸入方式に変更。

 

 ①と②は分かるのですが、③は何の事なのかなと私も疑問に思っていました。内容だけを噛み砕いて説明します。平成6年末に妥結したGATTウルグアイ・ラウンドで日本は76.7万トン(玄米ベース)のコメを輸入する事にしました。③はその内訳の話でして、これまでは特定の品種や用途に限定しない形で輸入していたものを、6万実トン分だけ中粒種・加工用に限定するという事です。方式変更の理由としては「国内の需要動向に即した輸入や実需者との実質的な直接取引を促進するため」としています。

 

 そうした所、2016年5月、アメリカの国際貿易委員会が議会向けに出した報告書に衝撃的な表現がありました(報告書の184ページのBox3.4です。)。簡単に言うと、6万実トンの内、80%はアメリカ産を購入する保証があるという「文書化されない約束(undocumented commitment)があると書いてあったのです。つまりは「密約」です。

 

 さすがに国会でこれは問題になりました。日本共産党の畠山議員がこれを取り上げています。私は傍で聞いていましたが、非常に鋭い視点からの質問でした。ちょっと長いので、要点部分だけを抽出します。

 

【衆議院予算委員会(平成28年10月04日)】
○畠山委員 (略)これは、ことしの五月にアメリカの国際貿易委員会が米国議会へ報告書を出したものであります。(略)文書化されていない約束があるとして、六万トンのうちの八割である四・八万トンを米国産とすることを保証しているというのがこの内容です。農水大臣に伺います。日本がこのように文書化されていない約束をしているということは事実ですか。

 

○山本(有)国務大臣 事実ではありません。TPP交渉における合意内容は、TPP協定の譲許表やサイドレター等の合意文書が全てでございまして、文書化されていない約束は存在しておりません。

 

○畠山委員 事実でない。であるならば、アメリカに対して、こんな約束していませんよと言うべきではありませんか。(略)

○山本(有)国務大臣 まず、ITC報告書には、期待される日本の約束の幾つかは文書化されていないと記述がございますけれども、さらにその前の記述に、米国米業界の代表者の理解するところによるとと明記されているわけでございまして、米国の米業界の理解や期待でありまして、文書化されていない約束ではないというように思っております。
 そういう認識のもとに今抗議をしているかどうかでございますが、農林省の担当から米国通商代表部、USTRに対して遺憾の念を伝えているところでございます。

(略)

○安倍内閣総理大臣 (略) TPP交渉における合意内容は、TPP協定の関税率表やサイドレター等を含む合意文書が全てであって、文書化されていない約束は存在をしないわけであります。(略) 文書化されていない約束はないということは、はっきりと申し上げておきたいと思います。
 その上において、先ほど申し上げましたように、本年五月のアメリカ国際貿易委員会、ITCの報告書に書かれているのは、米国米業界の代表者の理解するところによると。だから、これは、米業界の理解するところによると、期待される日本の約束の幾つかは、しかも、期待される、こう書いてありまして、正式なTPP合意テキストや付随するサイドレターにおいて文書化されていない、こうされているわけであります。これは、あくまで米国の米業界が理解をして、期待する事項として記載されているわけでございまして、つまり業界の期待なわけであります。
 つまり、その業界の期待に、あなたたち、そんな期待はするなと言うことではなくて、そもそも我々が交渉している相手はUSTRでありますから、こういう文書がITC報告書にあるけれども、農林水産省の担当者からは遺憾の念を伝えているわけでございまして、独立機関であるITCに対しては記述の訂正を求めるものではないわけでありますから、大臣から答弁させていただいたとおりでございます。

【引用終わり】

 

 報告書にはたしかに「as understood by U.S. rice industry representatives(アメリカのコメ業界代表者の理解するところでは)」と書いてあります。そこを精一杯膨らまして、答弁では「アメリカのコメ業界がそう思っているだけだ。」と言い放って防御に入っているわけです。これはこれで理屈が通っているので、なかなかこれ以上は押せませんでした。

 

 しかし、その後アメリカはTPP12から離脱します。そして、アメリカを外した形でのTPP11が成立します。その時に上記の③は発動されませんでした。ここがポイントです。もう一度書きますが、輸入方式変更の理由は「国内の需要動向に即した輸入や実需者との実質的な直接取引を促進するため」です。アメリカのためとは一言も書いていません。であれば、TPP11が成立した段階でこの輸入方式の変更は発動すべきものでしょう。アメリカがTPPに入ろうが入るまいが、既存のミニマムアクセス輸入枠の中で、国内の需要動向に即した輸入や実需者との実質的な直接取引は促進すべきもののはずです。

 

 TPP12がTPP11になった事により、輸入方式の変更が発動されなかったという事は、これがアメリカとの交渉のタマになるからです。6万実トンの輸入方式を変更する事がアメリカにメリットとなるから、その分は日米交渉のために取っておいている以外の理屈は思い付きません。ここは確定的です。であれば、アメリカの国際貿易委員会が報告書に書いた「undocumented commitment」はむしろ真実だったのではないかというかなり強い推定が働きます。TPP12を審議している段階では「業界の希望に過ぎない。事実だというなら証拠を出せ。」と挙証責任が質問者の側に来ましたが、現時点では「この輸入方式の変更がアメリカ産米の輸入を確約したものではない。」という挙証責任は政府側に転換されています。私が考える限り、密約を否定するのは相当に難しいでしょう。

 

 さて、ここまで書くと「しかし、その6万実トンの部分は既存の輸入枠の変更であって、日本への輸入が増えるという話ではないから、そこまで重大な問題ではないのではないか。」というお声があるでしょう。それは実務上は正しいです。ただ、ミニマムアクセス米の中で変な特別優遇枠を作るのはWTO協定違反になる可能性が高いのです。詳細は省きますが、GATT17条の国家貿易の規定に反する可能性が高いです。なので、露骨に「4.8万トンのアメリカ産中粒種を加工用として輸入します」と言えずに、「国内の需要動向に即した輸入や実需者との実質的な直接取引を促進するため」という理由で枠を作り、そこで密約でアメリカ産を優遇するという事になったのだろうと思います。

 

 ちょっと小難しかったですね。ただ、継続的にTPPを追っていれば、この違和感には気付くはずです。かなり政府は苦しい交渉をしたのです。何故、ここまで無理をしたのかについては稿を改めますが、アメリカ側から一定の輸入量の増加を求められたのでしょう。③に当たる部分は、これまでのミニマムアクセス米の主流だったカリフォルニア州サクラメントのコメではなく、アーカンソー州のコメを念頭に置いたものと言われています。この合意をしたのはオバマ政権時代ですが、トランプ政権だけでなく、アメリカの政権は常に国内への利益配分を念頭に置きながら通商交渉をやっているという事です。ただ、アーカンソーのコメは食味からして日本人の主食としてはまず無理です。日本側としてアメリカの要望を満たすために、密約までやって主食用には使えないコメを加工用で輸入するという形で精一杯努力した後が見え隠れする交渉結果だと思います。

 日米通商交渉で、結構、日本が譲歩しているようです。全然どうでも良い事ですが、もう物品貿易協定(TAG)といったバカバカしいネーミングは使わなくなってきましたね。私はもう殆ど交渉は終わっており、あとは発表するタイミングだけになっていると見ています。

 

 昨年9月の日米共同声明では、日本としては農林水産品について、過去の経済連携協定で約束した市場アクセスの譲許内容が最大限であること、米国としては自動車について、市場アクセスの交渉結果が米国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものであることを述べた上で、お互いの立場を尊重するとなっています。

 

 幾つか国内に誤解のようなものがありますが、国際法用語で「尊重」とは「順守」ではありません。あくまでも「そう言っている事を尊重する」だけでして、お互いの立場が結果に反映されなくてはならないという意味はありません。過去の外交文書で、「尊重」をそういう意味で使っているものがあります(例えば、有名なものとしてはこの文書の三)。トランプ大統領が「TPPの結果には縛られない」と言っているのを良しとするつもりはありませんが、「日本がそういう立場でいる事を尊重した上で、アメリカとしてはTPPの結果に縛られない」という理屈は大いにあり得るのです。閣僚や政府要人の発言を聞いていると、その間の微妙なモノの言いに徹している事が分かります。

 

 そして、日本はどうしても負け癖が付いているのか見落としがちですが、アメリカにとって日本の自動車産業は怖いのです。日本がアメリカの農林水産品の競争力を恐れるのと同じレベルで、アメリカは日本の自動車産業を恐れているのです。だから、共同声明で並列で書かれているのです。なので、本来のパワーバランスから言えば、農業で日本に押し込もうとするなら、アメリカに自動車で押し込まなくてはならないでしょう。そこでバランスを取るのが共同声明の趣旨であり、それを確保するのが政治の役割のはずです。

 

 ここ数週間の日米通商交渉関係報道を見ていると、直感的にはこのバランスが取れていない形で日本が譲歩しているのではないかと思うのです。仮に農産品で譲っているとしても、自動車で成果を獲れているのであれば、(農業関係者は不満だとしても)全体としてのバランスは維持できていると言えるかもしれませんが、そのバランスすら取れていないので、成果の発表は参議院選挙の後となっているのでしょう。

 

 まず、牛肉については関税撤廃をコミットしていると思います。これまで、日オーストラリアFTAで23.5%、TPP11で9%(16年の削減期間)と下げる事になっています。毎回、与党は「(これ以上下げられない)レッドライン」と言うのですが、今回で2回目のレッドライン切りになっているでしょう。もう「レッドライン」という言葉が安っぽくなっているので、金輪際使わない方がいいでしょう。信じさせられている国内の肉牛農家の方が可哀想です。

 

 スタートラインがTPP11の9%から交渉がスタートしているはずですから、、ちまちまと5%とか3%とかで落ち着いているはずがありません。何処かで撤廃を約束しているように思います(撤廃まで行っていなくても、0%輸入枠の創設をしているでしょう。)。WTOの世界では5%未満の関税というのは、ニューザンス・タリフ(邪魔者関税)と呼ばれていて、大して保護効果もないのに無駄に残っている関税という位置付けです。日本はニューザンス・タリフを残すために頑張っていないと思います。

 

 鍵は「撤廃期間」です。今のTPP11では16年で9%ですが、①16年目まではTPP11と同じペースでやって、その後、アメリカだけ撤廃に向かって走るのか、②アメリカだけTPP11よりも早いスピードで撤廃に向かって走るのか、という事です。①だと当面はアメリカンビーフもオージービーフも同じ削減になり、例えば20年後や25年後の撤廃となるでしょう。②だと、オーストラリアやカナダからTPP11の再交渉を求められます。そして、多分、アメリカは②を要求していると思います。

 

(余談ですが、WTO協定ではこういう通商協定の撤廃期間として妥当なのは「10年」となっているのですけど、最近は誰も守らなくなりました。しかし、TPP11での16年の撤廃期間後、日本がどうなっているかなんて分からないですよね。FTA/EPAを作る時にあまり長い期間を掛けるのは私はあまり好きではありません。)

 

 なお、私は最近「アメリカの選挙と通商交渉」というテーマに凝っているのですが、牛肉については「日本の多く売れるというのは激戦区へのテコ入れという意味合いは比較的低いが、牛肉が売れるというのは象徴的な意味合いがとても強い。」と思っています。テキサス、ネブラスカ、カンザス、アイオワ、コロラドあたりが主要生産州です。とは言え、2016年の大統領選挙で、コロラド(選挙人9人)は5%以下の差でクリントン候補に負けていますし、テキサス(選挙人36人)、アイオワ(選挙人6人)では勝っていますが、その差は10%以下です。気にはなるでしょう。

 

 どちらかと言うと、豚肉の産地の方が激戦区っぽく見えます。2016年選挙でミネソタ(選挙人10人)では5%以下でクリントン候補に負けており、ノース・カロライナ(選挙人15人)、アイオワ(選挙人6人)では勝ったものの前者は5%以下、後者は10%以下です。

 

 そして、コメはそこまでアメリカでメジャーな産品ではなく、民主党ガチガチのカリフォルニア州のサクラメント、共和党ガチガチのアーカンソー州が二大産地です。トランプ大統領から見ると「あまりダイレクトに選挙に響かない」となるでしょう。選挙に直結する豚肉や牛肉と比べると関心は格段に下がります。

 

 また、防衛装備品で大量購入するF-35の最終組立は、すべてテキサス州のフォートワース。日本で最終組み立てをすると値段が高くなるらしく、完成品を購入する事にしたみたいです。フォートワースや周辺での下院選挙の状況を見ていると、共和党が強くはあるものの、民主党が握っている選挙区、2018年には激戦の上共和党が保持した選挙区もありますね。また、F-35の主要部品の生産地として、カリフォルニア州のパームデールがあります。ここは歴史的に共和党が強い地域でしたが、2018年には、激戦の末、民主党に引っくり返されています。正にトランプ大統領の現在の議会での苦境を作り出した選挙区の一つです。トランプ大統領的には取り戻したい選挙区でしょう。

 

 このように日本との交渉は大統領選挙や連邦議会議員選挙とも密接に絡んでいると見るべきです。トランプ大統領は自分の選挙や共和党内での求心力維持にとても意を用いているはずです。トランプ大統領は安倍首相と話す時に、各農産品と選挙区事情が書いてあるペーパーを置いていると報じられていました。多分、上記のような話が簡単なメモになっているのではないかなと思います。

 

 次回は「誰も気付いていないアメリカとの密約」の話を書きたいと思います。日米通商交渉において、よく目を凝らしてみるとバレバレの密約があるのです。