
春の雪山
てことで19日
撮影も終わった夜
翌日に猟師やってる友人夫婦が
鹿撃ちに行くのに
同行させてもらうので
前夜から晩酌をしにお邪魔する。
20日
朝から山に。
鹿の気配も濃く
午前中には雌の子鹿を一頭捕らえた。
夫婦で手際よく鹿を解体する。
ついていっただけの僕に
分け前も持たせてくれ、下山。
一旦帰宅し、片付けたら
ランチに蕎麦を食べに行き
バイバイまたね。
僕は買い出しだけして帰宅。
この日、2名がチーム拠点を離れ
1人が加わった。
みんなで鹿肉に舌鼓を打つ。
21日
前夜に加わったメンバーのトレーニング。
この日は施設案内した後に
僕のレッスンに一緒についてきて
見て学んでもらう。
レッスン終わりごとにフィードバック。
22日
前日見てもらったレッスンの
内容を解体して
レッスンの進め方についてのレクチャー
加えてコース案内。
たまたま友人が滑りにきていたので
1本だけだったが一緒に滑ることもできた。
最後は実際のレッスンに
もう少し主導権を持たせて
2イントラ体制でレッスンを担当してもらう。
23日
この日から
一人でレッスンでビュー。
僕は少し離れた位置から
サポートとして見守りながらついていく。
でもすぐに介入しなかればいけないような
大きな問題はなく
レッスン後にアドバイスを入れる程度で
3レッスンを終え、翌日には独り立ち。
僕も3コマ目のレッスンは
別で急遽の対応がありレッスン。
24日
前日、僕が最後に担当したレッスンの方から
指名あり、この日も担当。
25日
この日はお休み。
とはいえ、シーズンクローズに向け
片付けに精を出した。
何本かのスキーにはワックスもかけ
まずまず。
夜はリクエストもあり
毎度お世話になっている友人のお店に
ラムしゃぶを食べにお出かけし
みんな大満足で帰宅。
さて、いよいよシーズン大詰めです。
大人の休日
てことで17日
朝イチでトマムのセンターハウス集合。
楽しいおじさんメンバーが集まり
HokkaidoPowderBeltのプロモ撮影です。
勝手にもうけたテーマは
「大人の休日」
こんなふうに過ごせたら最高だよね。
ってプロモにできたはず。
オープン前のゴンドラに
乗車させていただき
朝からの撮影だったんですが
あいにくのお天気。
むしろ3月か?と疑うほどの大雪。
冬景色です。
前日まで暖かくて
雪は溶け気味だったので
気温が下がったこの日は
雪面ガチガチの氷気味。。。
そんな「映え」ない
コンディションだったので
「映え」る遊びしよう。と
まさかのモノスキーセッション。w
一緒に撮影してる先輩が
今となっては
日本のモノスキーの第一人者的存在に
なっておりましたので
やるかもな。
と一応用意しておりました。w
かなり久々にものスキー乗りましたが
なんかめっちゃ乗れるようになってた。w
で、午後には天気回復してきて
カメラマンさんから、まさかの
「パーク行ってみる?」w
モ、モノスキーでですか!?
しかも僕の腰は今やガラスの腰。。。
でもプロとして活動させて抱いている
スキーのライダーとして
求められたら「No」は言わない!
のが信条でして
パークに。
飛びましたよ。
グラブしましたよ。
往年のトリック
ミュールキックにも挑戦しましたよ。
さらに初めてボックスでロックスライドも。
調子に乗って2本目も行って
ボックスで攻めたら
1本しかないエッジが
トゥルンと抜けて転倒。
その時に、これまで13回脱臼している
左肩の方から腕を突き
そのまま引っ張られ
人生14回目の脱臼。。。
ここ数年ハズレてなかったので
かなり久しぶりの脱臼。。。
すぐに自分でハメ直しました。。。
で、昼休憩して
ご用意いただいていた
リゾナーレのジャグジー付きの
ゴージャスなスイートルームにチェックイン。
素敵なお部屋で過ごす時間。
夕食食べて
夜もアプレスキーや
ドローンショーの撮影もして
この日は終了。
18日
最高の天気。
リベンジで朝イチゴンドラの撮影から。
あまりにコンディションいいんで
パークも!ってことになり
今度はちゃんと2本板でパークに。
僕が腰を痛めた時より
キッカーの形がいい感じになっていて
飛びやすく気持ちよく飛べました。
チェックなしで540、720と
ここ数年遠くなっていたグラブも取れて
いい感じに回れて満足です。
ランチ撮影して
午後はBCも。
何気にパウダーも残ってて
なんとも充実した1日になりました。
シャトルバス乗ってご飯食べに行ったり
帰ったらお部屋でみんなで乾杯して
カメラマンのお誕生日をシャンパンで祝い
就寝。
19日
曇り空。
前日に撮りたい全ては撮れたので
この日は残っていたインタビューどりだけを
室内でこなしてクランクアップ。
みんなそれぞれの拠点に戻りました。
旅好きの似通ったメンバーだったので
次回どこか旅の予感も高まった
そんな楽しい大人の休日的撮影な日々でした。
腰痛ピクニック
ってことで11日
白鳥が渡りを始めた。
春だなー。
腰痛や事務作業もあり
僕の予約枠は最終手段として
他が溢れた場合やリクエストのみ受付
なのでスローなこのタイミングではオフに。
本来ならパークとか行きたいんですが
前回のように転けてもないのに
着地でギックリ腰になったりするなら
もう怖くて入れないな。。。
という状態で。。。
翌日にもガイド予約あるし大人しく。。。
って、そうなると
僕は仕事がスローな時に
自分の滑りができるからいいや。
とこれまで、雪山でこうして
スキーのお仕事してきたんですが
仕事に影響出るから
自分のオフの日も大人しくして滑らない。
という選択しか残らない。。。
それって
僕の求めてるSki Lifeじゃないんだよな。
春に自分で滑る時間たくさん作れるし
なんならカナダ、アラスカなどへ
いつも滑りに行って
自分の滑走欲を満たしていた。
それもヨット生活に移行させてからは
ヨットでやりたいことの優先順位もあるし
そもそもヨットを放置できないから
春の遠征は行かなくなった。
だからこの時期
3月のシーズンオフまでの時間が
自分の滑走を満たすタイミングなのに
腰痛で滑れないってのは辛い。
そして軽程度それが
年齢的なものから来ているなら
今後もこの流れはあるだろうし
なんならもっとそうなってくる
かもしれない。
だとすると
スキーに捧げる情熱の
行き場を失ってしまうことになる。。。
はて、そうならないためにも
今後のスキーライフを
少し考える必要がありそうだ。
なんて事考えながら
春雪で滑らなくなってきたスキーに
ワックスを入れた日。
12日
ガイドの日。
3名の台湾のお客様。
今シーズンからついに
バックカントリーガイドへの
アジアのお客様が増え始めている。
しかし、とはいえ滑りのレベルは
実際にバックカントリーに
連れ出すほどのレベルでもないような
そんな方が非常に多い。
でも今回のお客様は
自分で全てのギア
アバランチギアもハイクのギアも
全て自前で持ってきている3人で
とても上手なわけではないが
ある程度どこでも
連れて行ってあげられるレベル。
新たな降雪がない上に
前日からの昇温もあり
ほぼパウダースノーは
期待できないかもな、なんて思い
ダメならピクニック気分で
山と森を楽しもう!なんて伝えてから
ご案内しましたが、結果的には
ノートラックパウダーをご案内でき
ガイド冥利に尽きる1日となりました。
夜はカナダのインストラクター資格
CSIAの資格試験が全て終了し
カナダから招いた検定員たちが
みんな帰るので
チームのみんなも連れて
みんなで焼肉パーティー。
13日
この日も滑りたい気持ちが
あるにもかかわらず
腰を考え、翌日の仕事も考え
大人しく何もしない日。。。
14日
ガイドの日。
初めてのバックカントリーのお手伝い。
スキーヤーだけど
スノーシューの若い女の子。
でも体力あるし
歩くのも滑るの大好きだし
僕のおすすめのラインを全て行きました。
シューだから歩くの大変だし
たくさん休憩をはさみながら。
でもとってもいい天気だったし
ピクニック気分で
夕張岳かっけぇなぁ
存分にお楽しみいただけたようで
よかったよかった。
15日
この日にあったガイドプログラムは
キャンセルになり
久々のレッスンを楽しみました。
16日
本当はこの日は
腰を回復させるためにも
お休みをセットしていたのだけど
前日にレッスンしたお客様が
僕のことをご指名で
レッスン申し込んでくださったので
それなら、と出勤してレッスンを。
で2時間だけのはずだたんだけど
可能ならあと2時間延長で!
とおっしゃいまして
引き受けました。
ってことで結果的に
お休みではなくなりお仕事の日に。
でもまぁ、腰は良く無いにしても
なんとか滑れそう。
さて、この腰のまま
翌日から数日は撮影です。
未来につなぐ滑り
ってことで6日
腰に不安を抱えながらも
この日は地元の
トマム学校の子供達とスキーする日。
2年目です。
前回は初心者の子供達とも滑ったのですが
なんせ2時間で2つの班を巡って
一緒に滑るのはなかなか時間が足りない。
ってこともあり、今回は中上級班とのみ
一緒に滑ることに。
子供たちは当然なんですが
大きくなっていて
滑りも変わっていて
1年の月日を感じさせます。
中級者班になりたての子と
上級班の上の方の子との差は
なかなかあって
どっちにも無理のない挑戦を与えたいのだけど
それを一つの班の中で実行させるのは
本当に難しい。
だけどまぁ
それがインストラクターとしての
腕の見せ所でもあるのですが。
で、まぁみんなの挑戦と
キラキラした笑顔を見ることができ
おじさんは今年も嬉しかったです。
自分が好きなものを
好きだと思ってもらえること
追いかけてもらえること
一緒になって遊べること
嬉しくてたまりませんでした。
みんながこれでより一層
スキーが好きになって
また来年一緒に滑ることができたら。
もう僕のスキー人生は最高のものです。
正しい位置に乗って
無理しない滑りなら
それほど腰痛も
気にならないことがわかり
それもよかった。
7日
1年前からご予約いただいていたレッスン。
元々は仲良しの友達に連れられて
僕と滑る日をセットしてくだっさって
それがスタート。
でも多分、僕のレッスンは怖がりの彼女には
少しスパルタチックだったかもしれません。
極端に怖がりだし
本人の意思ではなく
ご友人に言われて参加くださっているだけ?
なのでそんなに上達もしないのかもなー。
どこまで本当に上達したいと望んでるのかな?
なんて、思ったりもしていたんですが
その仲介してくださった方が
亡くなられても
僕と一緒に滑るリクエストをくださった。
そして、今回滑って思ったのは
本当にとても上達されていたこと。
そして滑りにも自信がついたのか
これまで以上にチャレンジ精神が見え
僕が与えた課題に挑戦し続けてくださった。
上達するための壁を打ち破る準備ができている
そんな印象でした。
これからのさらなる上達が楽しみになる。
そんな1日でした。
夕食にも宿泊されているクラブメッドに
ご招待くださり
美味しい食事と楽しい時間を提供くださり
なんだか本当にありがたく
嬉しい1日になりました。
8日
この日は通常レッスンの日だったんですが
2日に受傷した腰痛もあり
あまり忙しくないこの日は
僕の予約枠にはレッスン入れるの
後回しにしてもらい
最終的に0だったので結果としてオフに。
ありがたし。
腰をしっかり休ませ
腰へのストレスを軽減させる
マッサージや
軽い運動を繰り返して過ごしました。
9日
Protect Our Winters Australiaが
日本との関係性も絡めた映像を1本作るのに
日本のPOWアンバサダーの
協力を求めてるって連絡が入り
ちょうどタイミングあったんで
少しお手伝いを。って
ただ滑りのシーンをたくさん撮影するだけ
楽しいだけのお仕事。
前日からの降雪に加え
午後は晴れてきて
最高の撮影日和に。
まだ来月頭まで
日本での撮影は続くようですが
「永続的にスキーができる社会」
を目指して制作される映像。
どんな使われ方をするのか
完成が楽しみです。
10日
もともとセットしてあった休日。
何するでもなく
こうやって日記書いたりしながら
少しは事務仕事も。。。
あとはゆっくりと過ごす。
腰が完璧なら
滑りに行きたいくらいの日なんだけど
パーク入って飛んだらまた腰やるかも。
とか考えると、大人しくするしかなく。
こうやって僕は
スキーから離れていってしまうのか?
ってまぁ、12月から3月まで
ほぼ毎日滑ってんだから
全く離れてはないんだけど
正直今年は仕事以外では
ほぼ全く滑れていない。
なんだかなー。。。
でもそれでもこうして
多くの子どもたちや大人たちの
スキーある未来に関われていることに
喜びと、心からの感謝を。
さて
明日からは通常営業に戻ります。
腰爆発
ってことで28日
本当はこの日から1泊2日の
ガイドツアーだったんだけど
昇温、融雪からの低温ガチガチ山
そこに5日前の時点でまた雨予報だった
なので事前にツアーキャンセルにしていた。
おかげで2日間のオフが急に生まれた。
当日は実際には雪になったけど
それでもベースはカチカチ山だし
それにサラッと僅かな雪が乗っただけ
まぁ、キャンセルで正解だっただろう。
てことで月末の締め作業。
翌3月1日は書類作ったり事務作業。
ってもう3月かー。
2日
久しぶりに所属するスノーアカデミーに出勤
だけど3月頭は例年スロー。
天気もいいし
空いた時間で今シーズン初のパークに。
3月6日に今年も地元の子供達と
一緒に滑る機会をセットしたから
今の自分にどこまでできるかなー
のチェック。
日の当たる面はほんの少し表面も緩んで
いい感じかもなー。と
1本飛んでチェック
キッカーは日があたってなくって氷
しかもライナー気味なキッカーで
前に飛びすぎる。
2本目スピード調整して360
久しぶりに少し対空時間のある360
今シーズンまじで全然飛んでなくって
どんな感じになるかと思ったけど
いい感じのローテーション。
気持ちいい。
3本目
さっきかなりスピード落として
やっとちょうどいい感じのランディング
って印象で
今回ももう少し切りながら
キッカーはいって540
ローテーションも完璧だし
気持ちいいーって感じだったんだけど
若干スピード足らず
少しナックル気味な場所にランディング。
ま、いけるっしょと思ったんだけど
ナックルの角っちょは風でも叩かれて
チョリチョリの氷だったみたいで
ランディングの衝撃とともに腰にビキンッ!
って腰崩れた。。
はい、そこから棒立ちで
ターンもせず
真っ直ぐリフト向かってベースに戻りました。
リフト座んのも痛いし、歩くのも辛い。。。
その後のこの日の僕の予約枠も全部ブロック。
わりと最近腰にずっと爆弾抱えてるのは
抱えてるんですけど
座ってても辛いくらいなのは
なかなかヤバい。
とはいえこの日はみんなで
美味しいラムしゃぶを
食べに行くことになっていたので
CSIAの資格被験の検定員として
カナダか来てもらっている
僕のカナダ留学時代の恩師(校長先生)も
一緒に参加してもらって
みんなでワイワイ
あー、とはいえ腰つらい。。。
3日
朝起きてもまってくマシになってないし
この日の予約枠も全ブロックしてもらい
病院に。。。
車の乗り降りも辛いし
座ってんのも辛いから運転もしんどい。
病院ついて一応レントゲン撮ってもらった。
すると、今回の一件云々ではなく
坐骨と脊椎を繋いでいる一番下の
クッションの役割をする椎間板が
ほぼほぼないに等しいくらい薄い。
これまで衝撃に耐え続けてきた僕の
一番下の椎間板は
完全に疲弊し摩耗している状態。
そのおかげですでに骨と骨同士が干渉し
骨にも変形が見られる。
長年酷使していた結果です。
まぁ、とはいえ
これは今回の衝撃でなったわけではないし
とりあえずヒビやカケはないし
神経が飛び出しちゃってるわけでもない。
とりあえずギックリ腰でしょうね。
2週間たっても完治しなければ
他の可能性を考えて精密検査しましょう。と
痛み止めだけもらって出た。
工夫しながら
時間をかけて車に乗り込み
コルセット巻いた状態で
また1時間運転か。。。
でもこれだけで帰るのは惜しい。
と、とりあえず整骨院にも駆け込んで
やれるだけのことはやって帰宅。
翌日からの予約も全部ブロックし
部屋でおとなしく。。。
さらにカナダから2名が到着したので
今回のCSIAメンバー全員で夕食。
カナダからみんなにきてもらって
一緒にお仕事できることが嬉しい。
4日
すでにあった予約は
先輩に交代してもらい
僕はこの日も引きこもり。。。
とはいえ寝てるのは良くないって聞いたので
立ってできる簡単な運動やストレッチ
マッサージなど。。。
5日
この日も。。。
少しはマシにはなったけど
全然完治には程遠い状態。
とはいえ明日は子供達と滑れる日。
明日にはさらにもう少しだけでも
マシになっていますように。。。
生涯スポーツスキーツアー
ってことで21日
もしかしたこの日からガイドかも
って聞いてたんで空けてたんですが
特に必要なさそうだったんで
移動だけのオフに。
まとめておいた荷物詰め込んで
ツアーの始まる小樽方面に向けて
ゆっくり出発。
グローブに穴開き始めてたんで
いくつかのお店巡って
めっちゃ時間かけて吟味して購入。
週末でもやってる
街の大きな郵便局行ったりして
諸々の用事を済ませる日に。
翌日の朝からのMeetに備えて
近くに安宿を探し泊まった。
22日
朝集合してみなさんとご挨拶して
山へ!
なんだけどどこも昇温&爆風。
今回のお客様はかなりご高齢で
駐車場からゲレンデまでも
スキーを持ってあげないといけないレベルで
全然歩けないし
一人は耳がほとんど聞こえない
一人は左の僅かに視界はあるが
ほとんど目が見えない
というほぼ介護の付き添い状態。
ってことでとりあえずリフト動きそう!
ってHPではなっていたスキー場に。
到着してみたらすごい人。人。人。
そうか3連休の中日だった。。。
おまけにリフトは動いてなくって
唯一減速運転しているゴンドラに
全ての人が集中し大行列。。。
とりあえず他に手段はないので
並び、山に上がった。
これ、1本滑って降りたら
また並ばなきゃだし
次上がって来れるの1時間後だな。
なんて思いながら滑り出した。
あっというまにボトムまで滑り降りちゃうよ。
なんて思ってたらそうでもない。
ちょこちょこ止まって休憩入れないと
滑れないほどのご老体。。。
それでよくスキーしにきたな。。。w
というわけでゆっくり時間をかけ
下まで降りたら
行列はさらに伸びていて
とんでもないことに。
でも休憩にちょうどいい。
と、並び山頂へ。
もう並びたくないし
次滑り降りたらもうランチどき。
レストランも激混みでまた大行列だろう。
それなら。。。
と山頂のカフェで各々食べたいもの購入し
プチバックカントリーして
テーブルと椅子を雪でこしらえて
みんなでピクニックランチ。
それでゲレンデ戻ったら
リフトも動き始めてて
いいじゃん!!
って思ったらみなさんの体力ゲージは
もう満たされたようで下山。
カフェ寄ってケーキ食べて
この日のホテルに。
この日のホテルが
食事とワインのペアリングが有名な宿。
到着と同時にウェルカムワインから始まり
夕食も本当に素晴らしかった。
あ、全部写真に収めよう!
と思っていたのに食べちゃった。w
また来たい!!とは思うが
場所的にも予算的にも
なかなか来れないな。w
で、大満足。して就寝。
夜から嵐。
23日
この日は1日中嵐の予報。
そして予報通り。
ってことでスキーはナシで観光に。
こちらです。
いやー、初めて行きましたし
初めてちゃんとNIKKAの歴史を学び
NIKKAが好きになりました。
飲み比べのテイスティングが
楽しそうなのに
僕は運転でできない。。。ので
自分用にお土産で
2本も買っちゃいました。
で、お昼食べてトマムへ移動。
ただいま。
みんなはチェックインして
僕は自分の基地へ。
送迎付きの居酒屋に
夕食食べに出かけ
ちゃんと飲んで帰宅。
就寝。
24日
前日の昇温、降雨からの
ガッツリ気温下がって激寒。
全面氷のカチカチ山です。
でも太陽出てて日射はあるし
昼くらいには少し緩むかなー
なんて期待してたけどその逆で
昼前から曇り、さらに気温下がり。。。
早めに上がる人もいて
それでもできことやって
この日も無事に終了。
25日
天気が良いこの日は朝から
国立公園に。
それにしても麓の雪のないこと。。。
でも山の上は最高に気持ちいい。
おじいちゃんおばあちゃん達でも
楽しめる斜面をゆっくり歩いて
スキーピクニック。
それだけでもみんな大満足なほど
本当に美しい1日でした。
下山したらカフェに。
移転して、一度も行けてなかった
富良野のカフェに。
やっと来れたー!!
めっちゃ場所いいし
お店もそこから見える景色も
最高に綺麗。
そしてコーヒーももちろん
美味しゅうございました。
満足したら
この先の日も、もう滑らん。
ってことになったので
彼らがレンタルしていたスキー道具を
郵便局から返却し
この日のお宿に。
温泉入って夕食。就寝。
26日
この日は観光。
アイヌについてたくさん学びました。
アイヌを学んだら
神社に。
歴史はそんなに古くない。
そうさっきまで学んだ
アイヌの土地だったこの北海道には
もともと神社なんてなかった。
当時の明治政府が蝦夷の開拓だ!
と声をあげアイヌを迫害、拘束し
土地を奪い開墾し始めた頃
その守護神としてこの神社は設けられた。
なんとも。
宗教とは政治に使われると
ロクなことがない。。。
本物の神もびっくりの扱いです。
僕は各地の神社とか
訪れるの好きなんですが
ここは血塗られた神社。って感じで
政治的な色が濃く
あまり好きになれないな。
まぁ、つまり
北海道の神社は全てそんな感じよね。
んでカフェ行って
お宿戻って温泉入って
今日も美味しい夕食食べて
就寝です。
27日
北海道を離れるフライトの日。
ゆっくりした朝を過ごしチェックアウト。
森の中にある
お買い物もできる静かなカフェで
ゆったりとした時間を過ごし
時間になれば空港へ。
またねー!!
ってお別れ。
いやー、それにしても
耳が聞こえない
目が見えない
などなどバラエティに富んだメンバーで
昇温もあって山のコンディションも良くない中
無事に最終日を迎えられてよかった。w
お見送りをしたら
東川の街に戻って
知人、友人、先輩方に会って
色々キャッチアップ。
いい時間過ごしてから
帰路につきました。
買い出ししてホームに。
ただいま。
これにて今季の遠征的なガイドは
完全に終了です。
これからシーズンエンドまでは
ホームでレッスンや
1Dayガイドの日々となります。
それにしてもまだ2月なのに
もうかなり積雪が少ない。
春まで持つのか??
トマム滑り尽くしガイド&レッスンな日々
てことで17日
フリーライドのプログラムなんだけど
蓋を開けてみれば
普通にバックカントリー希望のお客様だった。
で、まぁ天気もいいし
簡単なラインをいくつかやって
滑り見て、いけそうだし
もう気温も上がって
スキー場じゃいいところなさそうだったので
シール持ってお散歩に。
いいところ行けました。
18日
リゾートガイドプログラムのお客様。
まぁやれる限りで一番いいラインを。
んで、午後にちょっと冒険するか。って
思って軽くトレーニングさせて
山頂目指そうと思ったら
マシントラブルで登れず。。。
結局同じようなエリアを
ラインをずらして滑るだけに。
まぁ、それでも満足いただけたようで
よかったよかった。
その後に僕のレッスン見たい
ってリクエストに応え
サポートという名のもの
1人のスタッフをテールにつけて
レッスン1本やって、この日も終了。
どうだった?
って聞いたら
「リキのレッスンはやっぱり楽しいね!
学びしかなかった!」
とお言葉いただけまして
よかったよかった。
19日も20日も
久々に朝から3本レッスンをこなす。
多分、全部のレッスンが
タイからのお客様だった。
なんだかこの時期
タイ人の訪日が増えているようです。
見た感じはタイに住んでる中華系の人
って感じだったけど。
で、そこまで終われば
翌日からの準備を。
ここから数日は
今シーズン最後の
宿泊型ツアー形式の
ガイド業務な日々が続きます。
日々の日常
ってことで11日
戻ってもすぐからお仕事です。
この日はありがたき
リピーターの方をガイディング。
良い斜面の良い雪滑りました。
12日
久しぶりにレッスン。
3本。
13日
本当はこの日もガイドだったんだけど
キャンセルになっていたので
お休みに。
一旦しっかり休みたかったのでラッキー。
事務作業もちょこちょこしながらも
引きこもりでゆったり時間。
14日
パウダー滑りたいって
カナダ出身、ニューヨーク在住のお客さま
午前中はパウダーを求めて滑り
午後はパークを中心に遊ぶスキーを。
15日
SunriseBCの申し込みがあり
朝2時半起きで準備して
目的の山に4時に到着。
準備してヘッドライトつけて登りだし
照らされた木々は深海で見る珊瑚みたい。
6時前には山頂に。
残念ながら雲が濃く
一瞬、一部上空の雲が抜けることはあっても
雲海のように雲は広がり
残念ながら日の出は見えずでしたが
想定内。やっぱりね。と。
しかし景色は綺麗だったし
斜面もよかった!
で、滑走終えて
お客さまとバイバイして
トマムに戻ればすぐに用意整えて
ガイディングプログラムの準備。
ビーコンなどアヴァランチギアも
人数分持って待ち合わせ場所に。
と、現れたのは全くの初心者。。。
え??
ってことで
プログラム変更。
そっから急遽レッスン2本やりました。
朝の2時半から起きてたので
もうナチュラルハイです。
帰宅してお風呂入ったら
眠気に襲われ寝落ち。
夕食の時間くらいに目が覚めて
ちょうど遊びにきていた東京の親子と
近くの居酒屋に。
宿に戻ってからも1杯やって。
僕のお部屋に戻ったら
一回寝落ちしていた分
元気になっちゃって
しかも翌日休みだしってんで
部屋でまだ起きていたチームの友人たちと
楽しみにしていたこのお酒を、キュポン!
っと開けました。
うんまっ!!
とはいえアルコール63%
早々に酔っ払いまして、就寝。
ってことで本日16日
今日も引きこもりながら
ちょいちょい事務的なこともしながら
ゆっくりと過ごしております。
JFO The Final For Our Future
ってことで7日
11年続いたJapanFreerideOpen
初日のジュニアの大会当日。
無降雪が続いたこのエリアの硬い雪面は
前日から降った雪で少しはカバーされた。
とはいえ底打ちするし
なかなか難しいコンディション。
それでもU12、18ともにジュニアは
素晴らしいパフォーマンスを発揮してくれた。
天気予報ではかなり厳しい予報になっていたが
8日にOpenクラスを開催する予定で全てを整え
むかえた8日。
激しい降雪もあったが
なによりライダーの視界を確保できない
フラットライト。
やむなく延期とすることにした。
しかし、おかげで
走り続けて心身ともに疲労の蓄積されていた
我々運営スタッフの休息にもなったし
このためにこの地に集結している
ジャッジ陣やカメラ陣営
さらにボランティアスタッフみんなで
斜面を確認しに行ったり
滑ったりする時間が生まれ
とても良い時間となった。
夜には翌日に控えた予備日に
確実に開催ができるように
いつものようにミーティング。
9日
朝はまだ残った雲たちも
スタート時間に近づくにつれ
徐々に青空に変わり
バッフバフに降り積もった大会斜面を
明るく照らしてくれ最高の天候
この上ないコンディションに恵まれた。
出場した選手たちも
精一杯のパフォーマンスを見せてくれ
素晴らしい1日となった。
その後あらかたの撤収作業を終え
すぐさまジャッジイベントの設営へ。
1日延期し平日開催になったにも関わらず
多くの方々で会場は埋め尽くされ
入賞者もほぼ全ての選手が残ってくれていて
表彰台に登壇してくれた。
ジャッジイベントも無事に終われば
11年間お世話になった
ロッジチャミンゴに戻り、みんなで乾杯を。
あぁ、終わったんだな。
10日
朝は少しゆっくりと過ごし
各地から集まってくれた豪華なメンバーも
それぞれ各々のシーンに戻ってゆく。
それを見送りながら
最終的な片付けを進め
僕も昼すぐには帰らなきゃだったので
みんなで打ち上げ的にランチに。
最後にみんなで記念撮影もして
いよいよお別れ。
だったんだけど
ここまで乗ってきた友人の車に
僕のバックパックを忘れ
戻ってきてもらい
長野駅まで送ってもらった別の車で
携帯電話を忘れ
駅でPCからなんとか連絡をつけて
戻ってきてもらい
と相変わらず
忘れ物を連発させながらも
みんなの愛に支えられ全て回収し
新幹線に。
その間もSNS上には
ラストとなったJFOの投稿がポストされ続け
個別にたくさんのメッセージをもらったり
この大会は本当にみんなに愛されていたんだな。
と改めて実感することができた。
飛行機に乗って外を見たら
そこにはハートが浮かんでた。
千歳について車で走り
ホームに戻っても
JFOとそこにあった大きな愛を感じていた。
この期間は全てをこのために注ぐので
準備&運営が時間的にも体力的にも
とてもハードなJFO。
来年の2月頭はそれがない。
来年はそこの時間をどう使おうか。
「なんでJFOやらなくなるの?」
なんてお声もたくさん聞かれるので
ほんの少しだけ。。。
フリーライドをカルチャーに! ってのを
かかげて走ってきた11年。
構想からも含めると多分13年。
今では白馬だけでフリーライドの大会は
4つのローカル大会に
1つの世界大会が開催されるようになり
まぁ、ある程度もう役割は果たせたっしょ
でも全国に派生させるには
もう少しテコ入れが必要だな。
とはいえ、僕らも10年以上たち
それぞれの生活環境にも変化が生まれた。
何ができるかな。
っことで一旦立ち止まって考えようか。
まぁそんなところ。
この辺の想いはHP作成から
情報管理、受付など
JFOの運営の根幹を支え続けてくれた
ヨッチがInstagamの投稿で語ってくれていたので
その一文をここに貼り付けさせていただく。
なんにしても11年間
JFOに関わってくださった皆様に
心から感謝いたします。
本当にありがとうございました。
以下、転載。
ついに The Final For Our Future
11年目のJAPAN FREERIDE OPENが、無事に終了しました。
今年のエントリー希望者は総勢233名。
これまでで、最も多いエントリー数となりました。
メールで一人ひとりとやり取りしている私にとって、
できることなら、すべての方を出場させてあげたい。
そんな、まるで母親のような気持ちで向き合ってきました。
大会が始まる数日前、
これまでのことを思い出し、朝から号泣。
この11年間、本当にいろいろなことがありました。
第1回目(Vol. 0)は、なんと雪不足で大会は中止。
それなのに大会当日は雲ひとつない快晴で、
「このまま終わるのはもったいない」と、
大会に出場予定だったライダーたちを集め、
翌年に使う映像を撮ろうとセッションを行いました。
今振り返ると、
あの時間こそが、彼らが思い描いてきた
「フリーライド」そのものだったのかもしれません。
「できないからやらない」のではなく、
「やれることを最大限に楽しむ」。
そんな想いを持った彼らが運営している大会だからこそ、
これほど多くの方に愛していただける大会になったのだと思います。
毎年大会が終わった直後は、
「いい大会だったな」「みんなかっこよかったな」
「来年も頑張ろう!」と気持ちが高ぶり、
本当に冷静に物事を考えられているのだろうか、と
ふと立ち止まることがありました。
JFOの大会理念として、
・日本に根付く形で、10年続く大会を目指すこと
・世界に誇れる内容であること
・参加選手全員が、それぞれに自分自身を最大限にPUSHできる場であること
・業界活性の場であること =若手が目指す場であり、FREERIDEの魅力を広める場であること
・大会に関わったすべての人がHappyであること
・チャレンジし続けること
これらを掲げて11年が経ち、
「大会に関わったすべての人がHappyであること」
「チャレンジし続けること」
本当にそれを実現できているのだろうか、と
自分たちに問いかける瞬間がありました。
私たちは今、心からワクワクできているのだろうか。
チャレンジできているのだろうか。
そう自問したとき、
胸を張って「YES」と言えない自分がいました。
11年、続けてきたからこそ、
このまま同じ形で続けることはできる。
でも、それで本当にいいのだろうか。
いつか、選手と私たちのワクワクの量に差が生まれ、
飽きられてしまう大会になってしまうのではないか。
そんな想いから生まれたのが、
今回の The Final For Our Future です。
これは「終わり」ではなく、
自分たちがもう一度、心からワクワクできる未来を探すために、少し立ち止まる時間が必要だと感じました。
大会という形なのか、
まったく違う形なのかはまだ分かりませんが、
また多くの皆さんをワクワクさせられるように。
そのためにまず、私たち自身がワクワクできる未来を描くために、少しだけ時間をください。
スノーカルチャーに詳しくなかった私が、
11年間この大会のサポートをしてこられたのは、
優しく楽しい頼りになる運営メンバー、
プロフェッショナルな撮影チーム、ジャッジ陣、コーチの皆さま、急なお願いにも駆けつけてくれるボランティアの皆さま、チャミンゴのスタッフの皆さま。
選手の皆さま、白馬コルチナスキー場の皆さま、
スポンサー、個人スポンサーの皆さま。
そして何より、日本にいない私たちのサポートをしてくれたお母さん。
そして不器用だけど情熱だけは誰にも負けない鹿🦌。
本当にありがとうございました!
11年間続けてきたことで、かつてジュニアで出場していた選手がオープンに出場するようになり、私たちスタッフは、すっかりおじさん・おばさんになりました。
最高やないかっ!!(笑)
11年前に感じていた、日本のスキーとスノーボードの垣根のようなものは、
今ではすっかりなくなり、
互いをリスペクトしながら
「楽しい」「かっこいい」を追求することで、
こんなにもキラキラとした時間を共有できる。
皆さん、本当に素敵な時間をありがとうございました。
またどこかでお会いできる日を、心から楽しみにしています!
愛してるよー❤️
#japanfreerideopen
JFO Final準備
ってことで3日
車走らせ千歳空港に。
そっから飛行機で成田。
東京まで。
この日は東京まで。
友人がたまに働いてるって
牡蠣専門の牡蠣Barにいき
しこたま牡蠣食ったら
ホテル戻って就寝。
4日
郵便物出して
新幹線乗って長野へ。
白馬まで行くバスに並んだら
めっちゃ長い列できてたけど
僕以外は全員外国人さんで
日本人いない。。。
白馬駅着いたら
友人が迎えにきてくれ
大会拠点に着地。
さて、準備!!
5日もせっせと。
徐々に仲間も集まり始め
6日
だいたい準備も整った頃に
不在者投票の投票用紙が届いた!
ってことで投票に!
ついでにお使い頼まれたのも用事済ませて
温泉入って帰宅。
その頃には続々と仲間も集まってきていて
大集結で前夜ミーティング。
さて、始まります。
















































































































