●発端
2013年2月15日、ロシアの南ウラル上空で起きた火球の爆発。
まばゆい閃光を放って飛んでいくテレビ映像に衝撃を受けたこ
とを思い出します。
チェリャビンスク隕石と名付けられたこの天体は、直径約15
メートルから20メートルの大きさで推定秒速18キロメートルで
落下し、上空20キロメートルから50キロメートルで爆発を起
こしたと言われています。
生じたエネルギーは、TNT火薬約500キロトン(広島型原爆
33個分)で、負傷者は1500人にものぼりました。(エネルギー
のほとんどは大気に吸収され、被害も窓の光を見に行った
ところで数分後に襲った衝撃波による二次的なものでした。)
感染症に豪雨災害、スーパー台風、地震に津波。現代は
災害多発期に入っているとも言われるなか、「何を今さら、
隕石について述べるのか?」と言われそうです。
確かに、この隕石落下事件のあった時期に別の小惑星が
地球近傍を通過するとのニュースもあり、世間では『地球へ
の天体衝突危機』に多大な関心が持たれましたが、一方で
科学者のリスク評価は冷ややかなものでした。
2010年の時点で米国科学アカデミーは、都市部に直径5
メートルから10メートルの天体が衝突する頻度は3000年に
1度、500メートルの天体が地球に衝突する頻度は10万年、
1キロメートルなら50万年、5キロメートルなら2000万年に1度、
そして恐竜を絶滅させた10キロメートル以上のものなら、
1000万から1億年に1度しかないと発表していたのです。
つまり、現在の太陽系は総じて安定的であり、時折り地球
のそばを通過する小惑星や小隕石の落下事件は頻繁に
あるが、ほとんどの流星物質は、ほぼ大気圏の上層で崩壊
、消滅してしまうのだと。
私たちは、もっと身近な問題である、新型コロナの今後の拡
がりや鳥インフルなどの感染症、地球温暖化による気候変動、
核の拡散による核使用テロの脅威、そして国内では南海トラフ
地震、富士山の噴火など、そういうことへの対応や備えの方が
重要と考えるのが普通だと思います。
つい最近まで私もそう思っていました。
ところが、私が今年の8月に読んだ本の中に興味を惹くことが
書かれていたのです。
それは、「ヤンガードリアス衝突仮説」と呼ばれる、2008年に
二十数名の科学者たちによって発表された学説に関連する内容
でした。
「ヤンガードリアス衝突仮説」とは、1万2800年前に気候の
急速な寒冷化が起きた(この時期をヤンガードリアス期という。)
原因は彗星の衝突によるものだという学説です。
この時期に彗星の衝突が北米大陸を中心にあったということは、
グリーンランドの氷床コアの採取によって明白となっています
(1万2836年前から1万2815年前までの21年間にかけて彗星の
破片が衝突し続けたとされる。)が、それが1200年間続いた、
氷河期に匹敵する寒冷化の原因かどうかは今なお論争中です。
私の読んだ本の中では、この仮説を後押しするような、天文学
者ウィリアム・ネイピア(カーディフ大学の宇宙生物学センター
名誉教授)の計算が紹介されていました。
それによると、「ヤンガードリアス衝突仮説」のもとになる彗星は、
約3万年前に太陽系外縁から地球と交差する軌道に入ってきて、
約2万年前に太陽系内の引力の影響を受けて、大小様々な
天体に分裂した巨大彗星と言い、エンケ彗星もその「名残」
だというのです。
そして数千年経つうちに、破片(彗星デブリ)がいくつかの筋状
のまとまり(フィラメント)を形成し、エンケ彗星を中心に直径
3000万キロメートル、長さ3億キロメートル超の筒状の巨大な
流れを作っていると言います。
エンケ彗星といえば、「おうし座流星群」の母彗星とされていま
すが、その大元は超巨大彗星だと言うのです。
つまり、ヤンガードリアス衝突を起こしたのは、1万2800年前
におうし座流星帯から飛来したものであったというのです。
そして、衝撃的なのは、2017年9月に、欧州ファイアーボール・
ネットワークが捉えた映像をもとに発表された「おうし座流星帯
についての論文」と最近の観測の結果、おうし座流星帯で発見
された新たな支流が、今後地球軌道と交差して危険が増大し
ていくと言うものです。
これは、これまで科学者が杞憂でしかないとしてきた「潜在的
危険」が「顕在的危険」に変わっていく恐れがあるということを
示唆しているのではないかと思われます。
●スペースガード
おうし座流星帯の「危険な彗星デブリ・フィラメント」は、もちろん
通常は暗くて見えないものです。これが今後脅威となる可能性
があるとすれば、色んな分野での対策が必要になります。その
第1段階が「できるだけ早く発見する」ことになります。「発見した
としても、それをどうするのか?」という問題は未だ解決できて
いません。人工衛星などをぶつけて軌道をそらす研究がやっと
開始されようとしていますが、それも有効かどうか未だわかり
ません。
しかし、観測技術が向上し、その作業に協力する人が増えれ
ば数多くの「スレスレにかすめて行く天体」が発見され、対策
の必要性が見直されていくかもしれません。例えばインター
ネット望遠鏡など、多数の方が端末で観測できるものもあります。
自動で天体を検知して追尾することも可能な時代です。
一般の人が観測に参加できる可能性をもっと拡大できると思い
ます。
現在「スペースガード」とよばれる活動が拡がりつつあります。
スペースガードは、もともとはアメリカと欧州連合が立てた天体
観測計画が始まりです。1992年からまず、直径1キロメートル
以上の地球近傍天体を類別する作業が開始されました。2005
年からは直径140メートルより大きい天体を登録、追跡すること
になりました。
日本でも1996年に「日本スペースガード協会」が設立され、
NPO法人化されています。2020年7月2日に千葉県習志野市
のマンションに落下した「習志野隕石」は高校地学部など、
国内の協会員が観測結果を持ち寄り、その軌道が決定されま
した。「スペースガード探偵団」という小・中・高生を対象とした、
小惑星発見プログラムも各地で開催されています。
私も学生だったら参加したいのですが・・・。
それではどうするか?、今の私にできることから始めたいと思い、
天文少年だった中学生の頃に買っていた天文計算の本をひも
といてプログラムを組み、彗星や小惑星の位置推算シミュレー
ションからスタートすることにしました。
彗星や小惑星の軌道がどういうものか?地球接近とはどういう
ものか?まずはイメージを掴む作業を行っていきたいと思います。
その上で素人でも出来うることは何かを探っていこうと思います。
ここからは、天体位置推算システム『pnr_RYUSEIくん』を使った
シミュレーション結果を交えて記事を書いていきたいと思います。
●彗星と小惑星の軌道
初回のテーマは地球衝突を引き起こす天体の軌道についてです。
冒頭のチェリャビンスク隕石。
この事件を引き起こしたのは小惑星と言われていますが、たぶん
衝突時の推定速度から推測されたものだと思われます。
地球に落下(衝突)する天体の種類としては他に彗星(ほうき星)
があります。今のところ、落下物の成分や痕跡を調べてもそれが
小惑星か彗星かをはっきり特定することは難しいと言われて
います。
ところが、決定的に違うのが「速度」です。小惑星が秒速
20キロメートル前後に対して彗星は短周期彗星が秒速35キロメ
ートル以上、長周期彗星が秒速55キロメートル以上ということで、
彗星の方が圧倒的に速いのです。
下の図では、彗星と小惑星の軌道を太く描いています。
赤の点が太陽です。
彗星(エンケ彗星、フィンレー彗星)が水色で小惑星
(ジュノー、アポフィス、ベンヌ)が赤茶色です。
軌道の形が彗星と小惑星では違うことがわかります。
水色の彗星の軌道の方がひしゃげた、長楕円となっています。
一方、赤茶色の小惑星の軌道はきれいな円に近いです。
この軌道の形の特徴によって、天体が地球軌道に接近する時点
での公転速度が変わってきます。
上のグラフはエンケ彗星と小惑星アポフィスの公転速度の変化
を表しています。黄色は地球の公転速度です。
地球軌道に近づく時点の速度を赤でプロットしています。
これを見ると、エンケ彗星(水色)の速度変化が大きく、地球軌道
に近づく時点では、秒速37kmから38kmも出ています。
一方小惑星アポフィス(緑色)は、地球軌道に近づく時点では、
地球の速度よりも遅くなっています。
つまり、チェリャビンスク隕石の推定速度が18km/sであれば、
小惑星由来という可能性が高まるわけです。
今回は、地球に接近する天体の軌道の違いとそれに伴う速度
の違いについてシミュレーションしてみました。
次回は、おうし座流星帯彗星デブリの中核となっているエンケ
彗星の軌道の特徴について、シミュレーション結果をもとに
お伝えいたします。
※このテーマの記事は、都合により「です・ます調」で
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