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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

【前回】より続く。

 

 

 

 

では…前回出した写真の

「ひみつ解除ヴァージョン」から始めよう。

 

 

こうだ!

オッ!となった方、失望を隠せない方、いろいろだと思うけど、わたくしはもちろん前者だったのよ(笑)。

 

 

 

 

 

 

改めてお見せしよう。

叡山ケーブルの、コンクリートアーチ橋梁再び。

 

アーチもさることながら、鉄道にあるまじきこの乱積み?の…そもそもなんつうんだコレ?築堤でもないし、高架でもないし。こんなん自体初めて見る気もする。

 

 

 

 

 

 

さっそくひらりと降りまして、

内部チェーック。

 

拡幅されたのか手前はコンクリ巻きだったが、奥は…

 

 

 

 

 

なんじゃこれ?

いや、なんじゃこれ!?

石アーチではあるけど、石「組み」アーチではない。

 

型の上に石をゴロゴロ乗っけて無理くりコンクリで固めたような。この規模でこんなんあり!?

 

 

 

 

 

 

 

内部から振り返り。

昨日記事にした二本の橋が見える。

 

そう、ここは鉄道(ケーブル)橋梁、道路橋、水路橋の三本が並列しているホットスポットだったんである。

 

 

 

 

 

 

抜けて振り返ったその姿が、また。

コレはけっこうな変態物件じゃないかなあ。

少なくともわたくし、他で見たことはないね。たぶんやけど。

 

 

 

 

シカーモ。

 

 

 

 

 

上のほうに視線を移していくと…

まだなんかあるよ?

 

 

 

 

 

 

 

どんなの?

こんなの。今度は小ぶりかよ~。

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、この石積み…

古道沿いの民家塀とかで見るようなヤツやと思うんやけど。およそ鉄周辺では見かけないタイプだ。

 

 

 

 

 

 

 

そして、コイツ。

鉄道下としては、まさに異形中の異形。

 

 

 

 

 

 

 

いや、

鉄道下でなくても異形なのに、ってレベルだ。

 

 

 

 

 

 

 

果たしてこれらの物件、

我が石橋の師匠・宮川さんはどう評価されるだろうか。めっちゃ興味がある。果たして「宮様物件」たり得るのかどうか。

 

 

ところで、先日やった1号橋梁からしてそうなんだが、正式名称が不明なので、便宜上数字で仮称をつけた。

 

 

 

 

 

今回の記事で面白い!と思っていただいた方。おられるか?

あなた、間違いなく変態ですよ(笑)。ジッサイ。

 

 

 

 

 

ようやく脱線は終わり。次回【遺構探索篇3】に続く。

 

 

 

 

 

《2020/1/17追記》

本記事公開翌日に、さっそく宮川さんからメールをいただいた。

師曰く、あの手のアーチはいわゆる輪石アーチではないものの、石アーチとして分類できるとのことで、同様の工法のものが愛知県で何件か存在するという。

補足資料としてご提示いただいたのが師匠のサイト宮様の石橋内、愛知県大府市「明神樋門」(の現地説明板参)と、愛知県新城市「布里のめがね橋」。要は、コンクリートが普及する前に用いられていた三和土(たたき)によってアーチを固く締めていたと。

 

ちなみに明神樋門にはわたくしもご一緒していて、この看板はわたくしも撮影していたにもかかわらず、ロクスッポ読んでいなかった。猛省。

 

 

なお、切石でなく全くの自然石によるアーチもごくまれに存在するようで、挙げていただいたのが、
1.長崎県南島原市北有馬町の面無橋
http://5.travel-way.net/~niemon/nagasaki/nagasakihasi.html
2.「宮様の石橋」内・群馬県前橋市・田口眼鏡橋
3.「宮様の石橋」内・三重県松坂市・瑞巌寺の石橋群、浄林寺参道橋

 

さすが全国を股にかける師匠。広い日本にはいろんな物件があるんやなあ…。ちなみに3についてはわたくしも認識してはいるのだが、長らく訪ねそびれているところ。アカーン。

 

 

 

つうわけで、師匠も近日中にチェックに向かわれるとのことで、めでたくこれらも宮様物件認定。いや~ヨカッタヨカッタ(笑)。

 

 

 

 

 

【前回】より続く。

 

展開を悩んだ結果、当日の流れのままで記事を続けることにした。よって今回と次回、引き続き脱線したまんまである(笑)。

 

 

 

 

叡山ケーブル線をくぐった導水路は、

続いてケーブルに沿った道路の下を暗渠でくぐる。

 

 

 

 

 

 

上の写真撮影位置から左を向いた、その景がコチラ。

右端は気にするな(笑)。次回に登場するまでは勿体ぶりたい(笑)。

 

 

暗渠は目前あたりを斜めに横切って左へ抜け、

 

 

 

 

 

 

その先は…

こうなってるのだが…ちょっとわかりにくいか?

 

 

 

 

 

 

 

では、「ひみつ」の前から見た景を。こうなっております。

そう、コンクリートアーチの水路橋で谷を渡っているのだった。

 

まあ、あちらに進むのは次々回になるかと(笑)。

 

 

 

 

 

 

で、この橋だ。正直どってことない橋ではあるのだが、

一枚上の写真でわかるとおり、ケーブル同様に急勾配の橋であるところはポイントかと。以前記事にしたこの橋ほどじゃないけど。

 

改めて、場所はコチラ

 

 

 

 

 

 

 

残念ながら、お名前もお誕生日もわからなかった。

これでもっと掘ればわかるかもしれんけど、そこまではしてない(笑)。

 

 

 

 

 

 

石積みの橋台を見るに、

橋はおそらく昭和中期ごろっぽいが、道自体けっこう古そうな感じ。ここって袋小路のはずなんやけど、もしかして古道やったりして…。

 

 

 

 

 

 

 

たもとから見下ろす水路橋。

このコンビネーションもいい感じ。

 

ところで、橋台に生えてる木が気になった方、おられないだろうか?

 

 

 

 

わたくし気になったので、探索が終わった帰りに撮ってみたのだが

なかなかのド根性っぷりだった(笑)。もちろん橋台も。

 

 

 

 

 

さて【次回】は、「ひみつ」をお目にかける。あっでも期待せずお待ちを(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

【八瀬のラジオ塔】より続く。

 

 

 

 

導水路は、

突然現れた線路の下に潜り込む。

 

 

 

 

 

 

突然現れたとは言っても、もちろんわたくしとしてはあらかじめわかってた。

 

 

エグいほどの勾配をもつこの線路は、

京福電鉄鋼索線、通称「叡山ケーブル」のもの。

 

 

 

 

 

 

 

ボーっと見てると、

いきなりケーブルカーが降りてきてビビった。

 

というのも、ここに上ってくる前に立ち寄ったケーブル八瀬駅は、明らかに冬季運行中止期間中な様子だったから。後で確認したら、この翌日が運行再開日だったので、再開前の試験運行だったみたい。

 

 

 

 

 

 

見送り。

向こうに見えているのが、ケーブル八瀬駅である。

 

 

 

 

 

 

 

ケーブルカーの線路を合法的に至近で観察できるこの場所、

おススメである(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

さて、導水路に戻り、線路をくぐる。

当然そこには橋梁があるはず。実はどんなのか、結構楽しみにしてきたのだが…

 

 

 

 

 

 

 

おおっ。

コンクリートアーチ。しかもねじれてる。

 

線路と導水路は斜交しているので、アーチもねじれるわけで、時代が時代ならばねじりまんぽになっていてもおかしくなかったかも?つうか、実はこのケーブルカーが敷設されたのは大正末期と相当古かったはずなので、あながちナイ話でもなかったかもしれない。

 

 

 

知らんけど。

 

 

 

 

 

 

振り返ると

こんな感じ。むき出しのレールと鉄管が渡されてるのはなんだろか?

 

 

 

 

 

 

 

抜けると、その先にもう一本。

この記事最初の写真でわかるように、線路は二本ある。

 

 

 

 

 

 

 

そしてこちらも、

ねじれたコンクリートアーチ橋梁だった。

 

ここの橋梁を記事にした人、いるんかなあ。これはウチがやらなアカン物件でしょう(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

この橋梁から先の導水路は、

いきなりこの状態に転落。こりゃ歩く気せんわ~。

 

 

 

 

 

 

 

つうわけで這い上がりまして~

サイドアングル…って藪ジャマ!

 

それにしてもケーブルカーの橋梁って…この勾配によるなんか特殊な強度計算とかあるのだろうか?あるいは通常の鉄道と同じ設計でいいのだろうか。そういうことが気になるお年頃。

 

 

 

 

 

 

あとは写真のみでお楽しみください。そう、手抜きである(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて…こっからの展開をどうするか。

 

 

当日の行動どおりにすると、さらなる脱線を重ねることになるしなあ。それか、先に導水路をやっちゃうか。悩むわ~。

 

 

 

悩みながら(笑)、【次回】に続く。

 

 

 

 

 

 

連載の途中ですが、小ネタ挟みます。

 

 

 

2016年6月11日、「HTK2016、久々OFFもあるよツアー(仮)」初日。相谷トンネルから1時間24分後に通りかかったのが、

この景。

 

地図を見れば一目瞭然。正面の道路上を横切っているのは、JR山陰本線。

 

 

 

まあ面白くもなんともない、真新しい架道橋だとスルーしかけて…ケシカランものを目にして驚愕。これは看過できんぞ!

 

 

 

 

 

 

確認すべく、車を停めて接近。

あ~、なんてこった。マジか~…

 

 

 

 

 

…って、わかりませんわな(笑)。

 

 

 

 

それでは、ご覧いただきましょう。

…。

 

「境隧道」。隧道!?ずいどう!?

 

 

 

アンタ、マジで言うてんの?

 

 

「橋梁」ならわかるが、これが「隧道=トンネル」ってか?なんつう詭弁やねん(笑)。幅員が延長の倍もある隧道なんざあるか(笑)。

 

 

 

 

 

ダメ押しの

チョー立派な扁額(笑)。

 

これを見てしまったら、スルーはできんかったわ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

南側からの引きで。これぞ、

「私見・日本一隧道らしくない隧道」。

 

これよりもさらに隧道らしくない隧道があれば、教えていただきたい。今記事のテーマは、もちろん「道路トンネル・隧道」で(笑)。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

【遺構探索篇2】より続く。

 

 

 

 

 

またしても脱線。

うむ、良き佇まいなり。

 

 

 

 

 

 

以前から拙ブログを覗いてくださっているお客様ならば、

この姿だけで何だかわかる方もおられるかも?

 

 

 

 

 

 

これは、

「ラジオ塔」である。場所コチラ

 

ラジオ塔とは?これまでに萩児童公園のラジオ塔大和公園のラジオ塔を記事にしてるので、詳しくはそちらを参照いただきたい。

 

ところで今気付いたんだが、今回含めラジオ塔の記事、どれも一年おきに一月に書いてるんやなあ。まあ偶然やけど。

 

 

 

 

基壇部に発見したのは、人造石に覆われた

これ…煉瓦かな?

 

 

 

 

 

 

正面上部には、萩児童公園のものと同じく、

NHK京都放送局のコールサイン「JOOK」。金属製の切り文字が貼ってあるようだ。

 

 

 

 

 

 

最初に見えた背面。

下部になんかあるが…?

 

 

 

 

 

 

えーと、これは…

なんじゃろな?

 

小さなリベット?で、金属の蓋?を止めてあるように見える。なんらかのコード的なものを差し込むところだったのだろうか?

 

 

 

 

 

全体的には状態は悪くないのだが、

一部側面で人造石の剥落箇所があった。

 

 

 

 

 

 

しかし…

こんな人気(ひとけ)のないところにラジオ塔を設置して、意味があったんだろうか。あるいは、かつては発電所周辺に多くの人が住んでいたんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

なんで設置されたかはわからないが、

少なくとも現在、この場所には溶け込んでいる。とてもいい。

 

 

 

 

 

 

全方位から堪能したあとは、

斜面をよじ登って導水路に復帰。これは前回紹介した上部水槽方向を見ている。

 

 

 

 

 

 

視線を少し上げると、

石積みに守られた建屋が。

 

地図では「京都八瀬射撃場」と書かれている建屋だが、もしかしたらこれもかつての発電所関連遺構、あるいはその跡地に建てられているのかもしれない。いやっ知らんけど(笑)。

 

 

 

 

 

では、

遡上を再開する。

 

 

 

 

 

 

地形に沿って大きく曲がっていくその途中に

こういう謎な橋が架かっていたりした。

 

後で行ってみようとして忘れていたのだが、そんなことよりも、

 

 

 

 

 

またしても見えてきたぞ。

次なる脱線ポイントが(笑)。

 

 

 

 

【次回】に続く。