【前回】より続く。
脱線したので、階段途中から再開。
煉瓦造りの上部水槽。ホントに上部水槽と呼んでいいのかわからんが。
なぜなら、階段を登りきって見た感じ、
とても水槽と呼べるほどの広さはないような?埋められたか蓋されてるのか?
上の写真真ん中の穴。
仮称・上部水槽から、確認済みの水圧鉄管、余水吐とはまた別方向に降りていく水路だった。なんなのかはもちろん不明。
そこから仮称・上部水槽内をズームしてみると、
あの塞がれた管が先ほどの水圧鉄管である。
こうして見ると、少し水槽っぽい雰囲気はあるけど、どうなんだろうか。向こうに見えている開口部が、導水路の取水地方向になる。
もうこれで三度目か、今度はてっぺんから見下ろす
水圧鉄管。これで落差は27mだそうである。
同じ場所で右を向くと。
導水路の取水地方向。
目を引くのは、この水門。
下にあった「李制水門」「李余水吐」と同じくスルースゲートである。ハンドルはちと違うが…。
水門の手前で、余水吐が分岐していて、
見下ろすとこの感じ。
この先にようやく、
「高野水力発電所跡」の案内板が立てられていた。これまた各自で読んでくだされ(笑)。
京都の近代史を語る上で決して外すことはできない京都電燈が完成させた水力発電所。京阪電鉄の出町柳駅からここ八瀬を結んでいる叡山電鉄の前身は京福電鉄。このさらに前身が京都電燈であるから、すべてつながっているわけだ。
実際の発電設備は下にあったわけだから、正確には「発電所跡」ではなく「発電所関連遺構」だが、案内板としては、まあこういう表記になるわな。
改めて望む、仮称・上部水槽一帯。
前回の記念橖との位置関係もわかりやすいかと。
さて、こっからは本格的に関連遺構を探索すべく、
導水路を取水地方向へ辿っていこうと思うのだが、
その前にまたしても脱線せねばならない。
アスファルトに変わった遊歩道を下る。上の写真でもすでにチラ見えしてるが、おわかり?
【次回】に続く。











