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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

空気読まずに突っ走る、BAND-MAID記事(笑)。ついに書庫まで作ってやったぜ。どうでぇ!(バカ

 

 

 

今回は、メロウかつドラマティックな名曲”Daydreaming”。まずは公式MVを。

いつも素晴らしい彩姫のヴォーカルだが、こういう曲で聴く彼女の声もまた一級品。ハードロックバンドではあるけど、彼女のルーツはそこではないからこそ、かもしれない。

その歌声に冒頭から寄り添うのが、遠乃歌波のギター。U2のジ・エッジを彷彿とさせる、繊細なトーンである。2分47秒~のギターソロは、この曲にこういうソロを持ってくるそのセンスに脱帽。

そして見逃しがちではあるが、この美しい楽曲のボトムで鳴り続けるMISAのベースがまた、素晴らしい。魅惑のリリカルなベースに酔いしれるばかり(意味不明)。

 

 

 

 

 

さて~。そんな“Daydreaming”、BAND-MAIDをこよなく愛するリアクター、Mighty_Avenger;The Multitaskerさんによるリアクション動画で。

0分44秒からリアクションスタート。

どう見ても冒頭からすでに瞳がウルウルしてるように見えるんだが、もうとにかく幸せそうに聴くんですな(笑)。そして明らかに徐々に感情が高ぶってきてるのがわかった矢先、ギターソロ直前の3分29秒でついに涙腺崩壊(笑)。泣き笑いながらのリアクション動画って、そうそうない。

曲が終わってもなかなか言葉にならず、なんとか曲の感想を述べるも最後まで涙止まらず。ガチで相当にハートを持ってかれた様子が生々しい。

 

ちなみにこの方、これ以前に同曲のライヴヴァージョンにもリアクトしていて、その際にも感極まっちゃってるんですな。で、MVも素晴らしいよ、ってお勧めされてのこのリアクションっていう流れがある。なので、冒頭からウルウルきてるのはそういう背景もあるかと。

 

変な意味じゃなく、彼のリアクション中の笑顔を見ていると、人が充足している時に見せるとびっきりの笑顔って素晴らしいなあ、なんてことを思った。

 

 

 

 

くっさいシメで申し訳なし(笑)。

 

 

 

 

廃墟探索は営業範囲外なんだけども、見るだけならば好きだ。

 

 

ここも、もちろん中には入ってない。鉄階段も気にはなったけれども。

 

 

 

 

 

おや~?

何か見えてますな(笑)。

 

 

 

ロケ地:京都市左京区

 

 

 

 

2018年3月20日、仕事で行った先でたまたま見つけた、小ネタ橋をご紹介。

 

 

 

仕事を終えて駅に向かう途中に…

あら?

 

 

 

 

 

 

あらららら?

コンクリート製のアーチカルバートですやん。場所コチラ

 

河川(すがる川という変わった名前)に対して斜めに架かっているのが特徴的で、アーチも斜めになっている。

 

 

 

 

 

壁石はあるけど、いわゆる石組みのアーチではないようだが…

こういうのも石橋って呼ぶんでしょうか、宮川さーん(笑)。

 

 

 

 

 

 

橋上のようす。

こういう橋にありがちなんだが、上からだとまあつまんない橋にしか見えないのよね。とってもあるあるかと。

 

 

 

 

 

今昔マップで見てみてもいまいち特定できなかったのだが、

この場所に橋が架けられたのは昭和初期のよう。それがすなわち現橋なのかはまた別の話だけれども。

 

現場には親柱も銘板もないのでお誕生日もお名前も不明ながら、見た目にはそのくらいの古さに見える…気がする。お名前はまあ仮名として二上橋と名付けよう…勝手に(笑)。

 

 

 

 

 

 

もしかしたら、

案外イイもん見た?

 

ちょっとニヤニヤしながら、二上駅に向かった。

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

2017年7月16日、福岡出張中の休みに敢行した、酷暑の佐賀市街地自転車彷徨

この日のネタで記事にしているのは、本番前の立ち寄りである赤坂川橋梁と、開運橋川原町の鋼製水管橋恵比須橋

今宵ご紹介するのは、それらよりも後…熱中症寸前だった地獄の時間帯(笑)に巡り会った橋。正直、暑さが一番記憶に残っている(爆)。

 

 

 

時刻は14時9分。思えば、一日で最も暑い時間帯じゃないの。そりゃあ意識もトぶわ(笑)。

ああ失礼。これがファースト・コンタクトだった。

地図はコチラ。西側からのアプローチ。

 

 

 

 

 

お名前は

「思案橋」。いい名前だ。

 

 

 

 

 

 

 

左の親柱には

「市道牛島町線」。結局反対側にも河川名はなかったので、河川名を差し置いて路線名が掲げられるのは珍しい。

 

 

 

 

 

 

で、最初に目を引いたのは、この高欄。

それ自体は古いものではなさそうだったが、決しておざなりでなく、周囲の風景への調和や橋そのものへのリスペクトを感じる造り(個人の感想です)

その名前もあいまって、実は歴史ある橋なんじゃないか、と思った。なにしろここまでに、橋における「佐賀クオリティ」を見せつけられてきていたからね。

 

 

 

 

橋上から見る、(たぶん)下流側。

川の名前は(これまたたぶん)紺屋川。

 

 

 

 

 

で、直観を裏付けようと橋下を覗き込んで見ると…

ビンゴ。石の橋脚。

てことは、おそらく桁も石なんだろう。すなわち石橋だ。さすが佐賀、やっぱ佐賀。

 

 

 

 

 

で、コチラ上流側。

この橋の欠点は、サイドアングルがないところだ。いや、やろうと思えばなくはないが、不審者すぎる(笑)。

 

 

 

 

 

渡って、東側より。

石橋だとわかって観察すれば、「しかも(ゆるいながらも)太鼓橋やん!?」ということがすぐさま判明するわけで。

ああ、下から眺めたかったなあ~。

 

 

 

 

 

親柱には、こんな表記。

「昭和五十八年三月高欄改築」。それほど最近でもなかったな。

 

 

 

 

 

親柱にこんなふうに

町名看板が付けられてるのって、ありそうでないなあ。しかもご丁寧に旧町名のまで。

 


 

 

 

真夏の炎天下、ここで

「気力、体力の…限界ッ…!」(byウルフ)

を感じたわたくし、食事がてらに商業施設「モラージュ佐賀」へとエスケープ、長い休憩を取ったのだった。いやいや、マジヤバかったよ。

 

まあ回復した後は、さらに徘徊を続けたわけだが…(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

さて、帰ってから調べたらこの橋、土木学会選近代土木遺産Bランク物件だった。マジか。

 

そして、佐賀の橋のことで毎度お世話になっているサイト「さがの歴史・文化お宝帳」によると、この道は長崎街道。案の定この橋の歴史は古く、江戸時代からこの場所に架かっているようだ。

 

(以下同サイトより引用)

当時、材木町は武家屋敷諸用達を務める商家町で、昔の唄に『思案橋の名物は、蔦屋の一粒金、釜屋のビンツケ、野中烏犀圓現金掛け値なし』とか歌われていたようである。蔦屋では一粒金の他にも文房具.紙.うるし.金箔などを売り、釜屋(西村油屋)ではビンツケ(日本髪を結うときに使うもの)の他ろうそく.元結い油を売り、松永呉服店や野中烏犀圓等町民の生活物資を売る店で賑わっていた。

 

…とのことで、往時の雰囲気が手に取るように伝わってくる。改めて地図を見ると、橋の西に今も「蔦屋商店」の名が。三枚上の写真奥のブルーの建物の位置がそれのようだが。

 

 

 

で、橋名の由来についてふたたび同サイトより引用させていただくと…

橋の名前の由来は、いろいろあったようだが、ひとつは、舟で直ぐ近くの遊里にいくか、はたまた土産には何を買うか、いずれにせよ懐具合を考えて、いろいろ思案したのでこの橋の名が付いたようだ。

 

なるほど、これは文化的背景の積み重なった素晴らしい橋だ。高欄と橋面は改修されたわけだが、下部工はもしかして江戸期からのオリジナルだったりするんだろうか。なんか胸アツ。

 

 

 

 

最後に、佐賀記事のお約束である、当日の訪問物件プロット図。

あぁ、また行きたいなあ、佐賀。

 

 

以上。

 

 

 

 

この穴の、

正体判明!

 

 

つうわけで、以前記事にした、一雨の水路隧道という全3回の記事があるのだが、この謎の隧道の正体が判明した。オリジナル記事はコチラ↓

 

 

 

 

なんと実はこの穴、

材木を流すための隧道だったという。


かつて、日本全国の林業が盛んな土地で行われていた、丸太や材木の川流し。奥地からの搬出方法として、ここ紀伊半島でも北山川の筏流しに代表される川流しが行われていた。

恐らくはその時代、すなわち昭和三十年代あたりまで使われていたものかと思われる。

 

 


 

それがわかったのは、先日のトリさんのブログで紹介された、「古座の材木流しトンネル」なる記事。

コチラ前編。

 

で、コチラ後編。

 

 

 

 

 

いや~、これ見たときは驚いた~。まさか、こんな狭くて急勾配な穴で材木を流していたとは。流すっつうよりも、「落とす」という表現がしっくりくる感じだ。

 

 

 

 

 

 

ここでひとつ疑問。

 

立会川を流してきた材木を、この隧道でショートカットして古座川に流していた、っていうことなのだろうが、立会川ってこんな感じの

大して水深もなさそうな渓流っぽい川なんだが、この川に材木を流すなんて可能だったのか?あるいは鉄砲堰でも組んで一気に流してたって可能性もあるが…。

 

 

 

 

 

 

もしかして、

隧道が開口しているところの対岸に広がるこの一角で伐採したものを、そのまま流してたんだったりして?それなら一定の納得感はあるけど、なんかなあ。

 

 

 

 

 

 

正体が判明して改めて気になるのが、付近に点在する大小の穴。

 

二枚上の写真でも、岩壁に小さな孔が開いているのが視認できるが、隧道の下流側にも

あんな高い所に謎の穴が開口してたりするのだ。ちなみに写真中央ちょい左の暗がりが、件の隧道。

 

 

 

 

 

 

隧道のすぐ左隣りにも

こんな穴があったしなあ。

 

 

 

 

 

 

改めて想像してみる。

 

この穴に材木を流して…

つうか差し込んで、

 

 

 

 

 

 

この狭くてくねった洞内を

ガシガシ流れ落ちて、

 

 

 

 

 

 

そのまま真っ逆さまに

古座川にズドーン!とね。

 

 

いやこれ…かなり小ぶりな材木でないとつっかえて無理だ。サイズ的にこの流域で産出する材木にはこれで十分だったってことなのだろうかね?

 

 

 

 

 

でもまあ正直なところ、一番驚いたのは…コイツが、道の駅に置いてある観光パンフレットに載ってるような物件だったことだ(笑)。

 

知られざる物件を発掘したと自己満足してたのに…まあ、そんなもんですわ(笑)。

 

 

 

 

 

てなわけで、正体判明。トリさんありがとうございました~。