穴と橋とあれやらこれやら -235ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【20】より続く。

 

 

 

 

常世と現世の境を、探りにいかないと。

そう、この「孤絶した廃道」、渡渉地点よりも下流側もチェックしないとイカンのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間もなく、

こんな謎の遺構が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これ…なんだ?

扇谷川に、道とは別な…突堤みたいなものが築かれているんだが。

 

なにこれ。謎。決して、路盤が抜けて石垣の裏側が見えてるんじゃないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういうのはここじゃなく、

この先で拝めそうだ(笑)。さすがに扇谷の攻撃斜面、ガッツリヤラレてるな~。さらにその先には、小さいながらも橋があるな。

 

 

あそこに向かう間に、山側の木の枝にリュックが吊られているのを見つけた。山に入った人が不要な荷物を残していったのか?朝にウェーダーを借りたおっちゃんたちの姿が全く見えなかったのだが、みんな山に入ってたのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、わたくしも…(笑)。

実は、あの日干ししていた場所からウェーダーをぶら下げて来ていた。この先を確認した後、どっか手近なところから渡渉して、現世に戻ろうと。

 

 

 

 

 

 


しかし見る限りは、

どうやら先ほどの場所へ戻る以外に渡渉しやすい地点はなさそうで。ならば、これ以上ぶら下げていっても重たいだけだ。

 

なので、二枚上の写真左端に見えているしっかりした倒木の枝に、再びぶら下げておいた(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さきほどの護岸がヤラレた部分、歩くには支障なかった。

ここが正真正銘、石垣の裏側が拝めるところ。よく残ってんなあ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その先の橋。

完全にコンクリ桁のみ、欄干はおろかささやかな地覆すらもない小さな橋だったが、橋台は立派で、しかも高かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡って振り返り。

これまた…橋を撮ってるように見えない。このパターン、多いなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて~。

ググッと曲がった扇谷を巻き、先の見えないパートへと入っていく。

 

が、しかし。あの先に何があるのか、そしてさらにその先でどうなっているのか、わたくしとっくの昔にお見せしている。

 

…憶えておられるか?

 

 

 

 

 

 

憶えてるかと言えば、その先で受けた衝撃。

ここにバイクの轍!?

 

正確に言えば、もう忘れかけていたことを予期せず思い出させられたってところ。こんな場所に真新しいバイクの轍が残されているというのは、もちろん先刻遭遇したあのミスターたちのものだろうが…。

 

 

一瞬の驚愕の後、すべて腑に落ちた。

そうか、そういうことか!

 

 

…皆様はわかりましたかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとり得心しながら進んだ先に、新たなる発見。

なんだ…路肩に白いものが埋まってる…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…って、

雪!マジか!

 

ここまで一切どこにもそんな痕跡がなかったので完全に頭から消え去っていたが、このあたりは名うての豪雪地帯。年によっちゃあGWごろまで雪が残っていたとしても不思議じゃない場所ではある。

 

 

それにしても、なんでこの場所にだけ残っていたのか、ちょっとした謎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、思ってたよりも距離あったな。

こりゃあウェーダーを途中に残してきて正解だったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、さすがにもう…。

あそこが、「最終コーナー」か…?

 

 

 

 

 

 

 

その「最終コーナー」に待っていたのは、

本日十本目のカーブミラーと…

 

 

 

 

 

 

【22】に続く。

 

 

 

【19】およびスピンオフより続く。

 

 

 

 

 

10時42分、タキマタ谷出合を後に出発。

 

狂小屋への道中で、

ワラビやゼンマイがぎっしり詰まった袋が木に掛かってるのを発見。

 

さっきのミスターたちのものだろうなきっと。そういえばウェーダーを借りたおっちゃんたちにも、ワラビでも採って帰れ的なことを言ってもらったっけ。忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

10時55分、

狂小屋へ復帰。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて、

例の溜池?跡を観察。うーーむ…。

 

 

【追記】

うーーむ…のままで記事を〆ていたのだが、いつも貴重な情報をくださるnotodonさんのおかげで、ここが溜池ではなく遺跡調査の痕跡…かもしれないと判明した。

 

実は先日一度目のご指摘をいただいた時点では、正直いささか懐疑的だった(スミマセン)。確かに、いろいろ調べる中で「いじま遺跡」なる遺跡の名前も出てきていたりしたんだが、どうやらそのいじま遺跡は扇谷のもっと下流左岸側、今では水没してしまったエリアにあったようなので、遺跡ってそこのことだろう?と。

 

しかし新たに具体名称、その名も「小屋どこ遺跡」ではないか、との情報をいただき、それをもとに調べなおした結果、まさにここ狂小屋に「小屋どこ遺跡」が存在した(している)ことがわかったのである。

 

場所が確定できた資料は、水資源開発公団と岐阜県文化財保護センターによる、「徳山ダム水没地区埋蔵文化財発掘調査報告書 第4集 戸入村平遺跡発掘調査報告書」長ぁ)

勝手に写しを掲載するわけにはいかないので、報告書PDFをご参照いただきたいが、「第1章 遺跡の環境」内の「第2節 歴史的環境」に掲載されている表、そして分布図による。

 

でも、分布図を拡大してよーーく見ると、正確にはどうも対岸(扇谷右岸側)のようなんだな…。誤差の範囲内なのかどうか。まあ、この「小屋どこ遺跡」そのものの調査報告書を見つけられれば解決するんだが、あいにくそこまでは至っていない。

 

なんにせよ、改めてnotodonさん、ありがとうございます!

 

 

 

それにしても、「狂小屋」にある「小屋どこ」遺跡って名称、秀逸すぎません?

 

 

以前【10】で書いたこの地名の由来が事実だとしたら、それに対するアンサー・ソング的な(笑)意味合いで、「小屋どこ?」ってつけたのだろうか。だとしたら面白すぎる!

 

 

ちなみに、この分布図には他にも興味を惹かれる遺跡が載っていて…たまらんな。

 

 

【追記おわり】

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、思い出のために(笑)動画を撮っておいた。

穏やかないいところだと、思ってもらえるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

11時6分、狂小屋に、最後の一瞥。

また来る…かもしれんぞ。その時はよろしくね。

 

 

 

 

 

 

 

 

11時14分、

バイクの轍を見てニヤつきながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

11時17分、

草ヒロ君に、挨拶。そう、崖下の建屋への道を探すのをすっかり忘れてたところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんかこの道…

3D化したドラクエのフィールドみたい。あっ、「8」っすね。それを最後にプレイしてないから(笑)。

 

 

 

 

 

 

11時27分、

何度使うねん、この写真(笑)。じゃあまたね~、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の?リバーサイド・ストレート(笑)。

帰りはサクサク歩いたから、速いね~。

 

 

 

 

 

 

 

11時32分。

見えてきた!今や懐かしい感さえある、土管橋?…の残骸。

 

なんと帰りは、わずか26分で狂小屋から戻ってきた。サクサク歩けばこんくらいの距離ってことですよ皆さん(謎)。

 

 

 

 

 

 

 

でー。

ウェーダー、増えとるやーん(笑)。

 

真ん中がわたくしお借りしたものだが、他の二着は…さっきのミスターたちのか?なんか数が合わんぞ?もう、わけわからん(笑)。

 

 

実は、ずっと気になってたのがこのウェーダー。ありがたくおっちゃんにお借りしたときに、「当分ここにいる」から、帰りに軽トラ荷台に置いといてくれればいい、とのことだったが、よく考えたら「当分」ってどんだけやねん、と。

 

狂小屋へ行く、という言い方をしてしまったけど、実際はそのさらに奥まで、しかも壮大に道草しまくりながらだったから、現時点で4時間以上が経過してしまっていた。おっちゃんたち、まだいるだろうか。もしかして、めっちゃ待たせてしまってるとか?

 

 

 

 

 

 

しかし幸い、こっちから様子を窺うと、

(この写真ではわからないけど)まだ車はあった。とりあえずお待たせしてる感じじゃないっぽくて、ホッとした。

 

 

いや、まだもうちょい、返せないし。

 

お返しする前に、まだやらねばならんことがあるからして。

 

 

 

 

 

 

 

 

おわかり?

常世と現世の境を、探りにいかないと。

 

 

 

 

 

【21】に続く。

 

 

【19】より続く…のだが、最後のスピンオフ。

 

 

 

戻ってきたタキマタ谷出合には、実は…

そうなんです。

 

 

 

 

 

タキマタ谷橋(仮)の西詰に

豪華?な草ヒロ二種!

 

 

 

 

 

 

 

 

この軽トラ、

よく見たら、ナンバー付いたまま?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして…

気になるのは、やっぱあっち。

 

 

 

 

 

 

 

 

KOMATSUの、

パワーショベル。

 

記事の構成上、往路ではスルーしたものの、当然ながらすぐに気づいた。これだけの存在感、当たり前だ。カッコいいな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

こういうの、油圧ショベルっていうんかな、たぶん。

見た目的にもそんなに古そうな型式じゃないし。買ったらそれなりに高いんだろうに、もったいないなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

型番は、PC200と。

個体番号まで入ってるな。問題あるのかわからんので、一応モザイク入れとく(笑)。

 

PC200、小松製作所のHPを見てみたら、現在も普通にラインナップされていた(マイナーチェンジは重ねているんだろうが)。

 

 

 

 

 

 

 

 

細かいとこだが、

少し右に向いたこの微妙な位置でフリーズしているのが萌える。このまま二度と動くことはないと、この時点では思ってなかったのかな~、とか(誰が主語なのか不明・笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここタキマタ谷出合で、

寄り添って人知れず余生を過ごす、草ヒロ二種。

 

 

 

 

 

 

 

 

なかなかに、

我が琴線に触れましたわ。

 

 

 

 

 

【20】に続く。

たぶんあと…3~4回で終わるかな。

 

 

 

 

 

【18】より続く。

 

 

 

 

三連廃橋を見届けて、これより帰投作戦へと移行。

時刻は10時8分。タキマタ谷出合出発から56分後、狂小屋出発から1時間17分後、廃道に入ってから2時間26分後、進軍開始からは3時間44分後。

 

やってみて思えば、ホハレ峠を越えての門入~戸入アタックよりは全然ハードルが低い。やはりほぼ全行程が車道仕様、かつ山越えがないというのは大きい。案ずるよりナントカの好例だった。

 

 

ただ、当然ながらこっから同じだけ歩いて戻らないとイカンわけで。気の緩みはご法度だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうどここでデジカメのバッテリーが終わり、予備のバッテリーに交換した。

ちなみにここまでで、432枚の写真を撮ってたようだ。まあまあ撮るほうだとは思うが、人様よりも突出して多いのかどうかはわからない。

 

 

 

 

 

 

10時15分、驚きのイベントが発生した。また、人に出会ったのである。

 

山に慣れてそうな雰囲気ながらも、荷物を持っていないミスター。挨拶を交わし、どこまで行くのか聞いてみると、「この谷に入るのは初めてだから、どこまでかはわからんな~」という返事。荷物を持っていないところを見ると、そう深入りする感じでもなく。

 

 

そして本当に驚きだったのは、別れ際にミスターが放った言葉。

 

 

 

 

「この後から、バイクが2台来るで」。

 

 

 

ヘイヘ~イ、ちょ待てよミスター。

バイクって言いなさったかアンタ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

とか振り返ってる間に、確かに聞こえてるわ、まぎれもないあの音が。

 

いやいやイヤイヤ。

 

 

 

いやいやイヤイヤ!!

 

しかも2台目、オフ車でもなんでもない、ただのスクーター!?アホや、アホすぎるこの人ら(賛辞です)

 

 

 

しばしアホどもに(賛辞です)見とれて、おくちポカーンで見送った。最初のミスターは、バイクに先行して道を作ってるようだった。どこまで逝ったんだろう、あの人ら?

 

 

いやそれよりも、どーーやってここまでバイクで!?あの三途の川を渡ってきたとでも!?

(答えは、後日・笑)

 

 

いやまあなんとも、豪快な人たちがいたもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

驚いたら、めっきり腹が減ってきた(笑)。

狂小屋まで戻ってから、とも考えていたが、もういいや(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

つうわけで、ここの河原で

お食事~。

 

朝飯も食べてなかったし、ガツガツと貪り食った(笑)。ご存じの通り?わたくしが食事や休憩の写真を載っけるときは、それなりに充実した探索だったということなんですね~。

 

 

 

食事休憩時間は、たかだか10分強くらいだったか。別にさほど疲れてなかったのでそれでOKだった。帰投作戦、再開。

 

 

 

 

 

 

 

改めてニヤける、バイクの轍。

いや~、ほんと、よくやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10時34分。

タキマタ谷出合が見えてきた~。

 

 

 

 

 

 

 

もちろんここで、

日干ししていたシャツを回収。

 

先ほどのミスターたちもこれには気づいたと思うが、見てどう思っただろうか。誰かの忘れ物だと思ったかな?

 

 

 

 

 

 

さて、【次回】は…構成上【13】でいったんスルーしたやつをね。

 

 

 

 

 

【17】より続く。

 

 

 

扇谷第4号橋の作六ツシ側より、

扇谷へ降りた。

 

 

 

 

 

 

 

これが、

第4号橋下流側からのサイドアングル。

 

 

 

 

 

 

 

そして、視線を左へ移せば、

第3号橋、上流側のサイドアングル。

 

 

 

 

 

 

 

デジカメよりも横長で撮れるスマホによる撮影だと、

こんな感じだ。

 

こんなとこまで、わざわざこのつまらん橋を撮りにくるバカもまずおらんだろう。ふと考えて、思わず会心のニヤニヤ(笑)。大いに自己満足に浸った。つまらん橋だったが、ほんと来てよかった。

 

 

 

 

 

 

なので、こういうときの常として動画を撮ったのだが、

これまたつまらん(笑)。

 

まあ、記念ですな。雰囲気だけ味わってもらえれば。

 

 

 

 

 

 

 

さて…第3号橋はなにげに行きにくそうなのでやめといて、

第4号橋をしっかりと観察しに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

構造的には、最初の第2号橋とまったく同じようだ。

さっき見えたサイドアングルから判断するに、きっと第3号橋も同様なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

向き直って、

おや、あれは。

 

 

 

 

 

 

 

Iビーム桁に無造作に残されていたのは、

いにしえのビール瓶、サントリー純生。

 

これは、いつ頃のパッケージだろう。わが国で缶ビールが本格的に普及したのは1980年代後半で、それまではビールといえば瓶ビール。川遊びのようなレジャーであっても、瓶のビールを持ち込むことが多かったはずだ。その、数十年前の空き瓶が置き去りにされている状況か。


 

 

あまり気にしたことなかったが、そういえばこの純生って商品、とっくに無くなってたなあ。今やサントリーといえばプレモル推しまくりで。あ、モルツもあるけど、断然プレモル推してるでしょ、サントリーさん。

 

まあ、わたくしみたいな貧乏人は発泡酒しか飲まないんだが…(笑)。トリさん、今でも売ってらっしゃるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

もはや、管理はされていないと思われるが、

かな~り、錆が進行してるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

こちら、

上流側からのサイドアングル。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

扇谷、更なる上流方向。

 

 

 

 

 

 

 

 

橋(とビール瓶)の鑑賞を終え、路盤へ復帰して、

改めて作六ツシ方面を望む。ここでゼンリン地図で現在地を。

 

タキマタ谷出合から作六ツシまでの中間地点をすぎたあたりで、もうあと500mほど行けば作六ツシ、というところまで来ているが…ここで引き返すこととした。さほど疲れていたわけでもないのだが、まず目的地が、ここまでの三連廃橋だったこと、地図や航空写真で見ても、作六ツシ周辺には何も残ってなさそうだったこともあっての、この判断だった。

 

 

一応、現場では自問したんよね、「ここで撤収して悔いは残らないのかクイックよ」って(笑)。で我が心が「大丈夫だよ!」って答えたので(笑)、そうしたのだが…

 

 

 

案の定、今ちょっと後悔してる(笑)。せっかくなんだから、行っときゃよかったなあ。どうやらアレもあったっぽいし…。

 

 

 

 

 

 

 

最近、オノレに問いかけ中。

「もう一度行きたいか、クイックよ」。どうすっかなあ…。

 

 

ともあれ、あの日の自分は、ここで踵を返した。残念。

 

 

 

 

 

時刻は10時8分。タキマタ谷出合出発から56分後、狂小屋出発から1時間17分後、廃道に入ってから2時間26分後、進軍開始からは3時間44分後のことだった。

 

 

 

 

まあ後はなだらかにエンディングへ…。でもまだしばらく終わらん(笑)。

 

 

 

 

 

【19】に続く。