【12】より続く。
狂小屋を後にして14分後の9時5分。
ここも最初から気になっていた、扇谷・タキマタ谷出合の建物と橋へと到着した。
狂小屋と作六ツシの中間地点となるここ、特に固有の名称はないようだ。記事ではなんと呼べばいいかな?やっぱ「タキマタ谷出合」が無難か。
ここには、なかなか素晴らしいものが残っていたのだが、それはまた改めてもっと後に採り上げるので、今回はスルーしておく。なにか写ってても、まあもうちょい待っててくだされ(笑)。
まず手前にあったのは、
見るからに倉庫、だった。しかし現役かどうかは怪しい。
ここもまた、青い小屋。
青で統一するっていう申し合わせでもあったのかしらね?
小屋の先、橋のたもとには、
こういう場所では見慣れた看板が。
これもまた、
ここが車道だったことを示す生き証人…いや、死んでるか。
で、橋なんだが、
狂小屋の橋以上にシンプル(笑)。
ごく低い地覆のみで高欄のない、完全にコンクリ桁のみの橋。もちろん名前もなにも情報ナッシン。
正対しても、橋があるってわからんレベルだ。仮称をつけるならば、「タキマタ谷橋」かな。
橋上から望む、
タキマタ谷上流。
この左岸側から、廃道となって久しい美濃峠への道が延びている…ようだ。また、谷に沿っての踏み跡も続いているように見えたが、今回は割愛した。
そうそう、上の写真左側の斜面にこんなのが落ちていたのだが、
何度か書いてるように、こっちは扇谷じゃなくてタキマタ谷。
これはもしかして、さっき見た看板より前に掲出されていたものなのかも?
で、こちらは
タキマタ谷下流方向。正面の高い杉が並んでるあたりが扇谷との出合である。
さて、なにげに印象的だったのが、
このゲートの痕跡。
さっきの看板で、ここからは「一般の通行をおことわり」という区間となることが宣言されていたにしては簡易なゲート。それでも、「ここまで」と「ここから」を分ける関門的雰囲気は感じられた。
この先って…もしかしてハードモード?
はい、一応、
タキマタ谷橋(仮)のサイドアングルも押さえておく。こういう場所じゃなかったら、まずわざわざ撮らない類の橋ではあるが。
そして、航空写真でも確認できるもうひと棟。
いや、正確には(よく見ると)ふた棟だった。
手前側のほうは結構しっかりしており、多少の住居感はあるけれど、
ずっと住んでる感じのものではない。それこそ季節限定のちょっと快適な作業小屋的な印象。
奥側の三角屋根はいかにも物置だが、空間効率悪そう。積雪を意識した豪雪地仕様か(笑)。
タキマタ谷出合を振り返り。
どうも、往時からそんなに建物があったわけではなさそう。
貴重な平場はあるけど、
狂小屋ほどには恵まれた場所じゃなさそうだし。
ここタキマタ谷出合で過ごした時間は7分。
ここを後にし、
遡上探索はいよいよ最終パートへ。こっからは…ガチか?
【14】に続く。















