廃村・狂小屋とその奥探索記【13】(岐阜県揖斐郡揖斐川町櫨原) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【12】より続く。

 

 

 

 

狂小屋を後にして14分後の9時5分。

ここも最初から気になっていた、扇谷・タキマタ谷出合の建物と橋へと到着した。

 

狂小屋と作六ツシの中間地点となるここ、特に固有の名称はないようだ。記事ではなんと呼べばいいかな?やっぱ「タキマタ谷出合」が無難か。

 

 

ここには、なかなか素晴らしいものが残っていたのだが、それはまた改めてもっと後に採り上げるので、今回はスルーしておく。なにか写ってても、まあもうちょい待っててくだされ(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

まず手前にあったのは、

見るからに倉庫、だった。しかし現役かどうかは怪しい。

 

 

 

 

 

 

 

ここもまた、青い小屋。

青で統一するっていう申し合わせでもあったのかしらね?

 

 

 

 

 

 

 

小屋の先、橋のたもとには、

こういう場所では見慣れた看板が。

 

 

 

 

 

 

 

これもまた、

ここが車道だったことを示す生き証人…いや、死んでるか。

 

 

 

 

 

 

 

で、橋なんだが、

狂小屋の橋以上にシンプル(笑)。


 

 

 

 

 

 

ごく低い地覆のみで高欄のない、完全にコンクリ桁のみの橋。もちろん名前もなにも情報ナッシン。

正対しても、橋があるってわからんレベルだ。仮称をつけるならば、「タキマタ谷橋」かな。

 

 

 

 

 

 

 

橋上から望む、

タキマタ谷上流。

 

この左岸側から、廃道となって久しい美濃峠への道が延びている…ようだ。また、谷に沿っての踏み跡も続いているように見えたが、今回は割愛した。

 

 

 

 

 

 

 

そうそう、上の写真左側の斜面にこんなのが落ちていたのだが、

何度か書いてるように、こっちは扇谷じゃなくてタキマタ谷。

 

これはもしかして、さっき見た看板より前に掲出されていたものなのかも?

 

 

 

 

 

 

 

で、こちらは

タキマタ谷下流方向。正面の高い杉が並んでるあたりが扇谷との出合である。

 

 

 

 

 

 

 

さて、なにげに印象的だったのが、

このゲートの痕跡。

 

さっきの看板で、ここからは「一般の通行をおことわり」という区間となることが宣言されていたにしては簡易なゲート。それでも、「ここまで」と「ここから」を分ける関門的雰囲気は感じられた。

 

この先って…もしかしてハードモード?

 

 

 

 

 

 

 

はい、一応、

タキマタ谷橋(仮)のサイドアングルも押さえておく。こういう場所じゃなかったら、まずわざわざ撮らない類の橋ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、航空写真でも確認できるもうひと棟。

いや、正確には(よく見ると)ふた棟だった。

 

 

 

 

 

 

 

手前側のほうは結構しっかりしており、多少の住居感はあるけれど、

ずっと住んでる感じのものではない。それこそ季節限定のちょっと快適な作業小屋的な印象。

 

奥側の三角屋根はいかにも物置だが、空間効率悪そう。積雪を意識した豪雪地仕様か(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

タキマタ谷出合を振り返り。

どうも、往時からそんなに建物があったわけではなさそう。

 

 

 

 

 

 

 

貴重な平場はあるけど、

狂小屋ほどには恵まれた場所じゃなさそうだし。

 

 

 

 

 

 

 

ここタキマタ谷出合で過ごした時間は7分。

 

ここを後にし、

遡上探索はいよいよ最終パートへ。こっからは…ガチか?

 

 

 

 

【14】に続く。