穴と橋とあれやらこれやら -236ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【16】より続く。

 

 

 

 

三連廃橋の後半ふたつ、「真の二連廃橋」のお出ましだ。

これまたガードレール欄干のシンプルな橋。廃っぷりがイイね~。

 

右側のガードレールが見えないが、それはちょっと置いといて、銘板チェック。

 

 

 

 

 

 

 

お名前は、

「扇谷第3号橋」。

 

先ほどのが第2号橋、そしてこちら第3号橋。ならば、第1号橋がどれかというと。

 

 

 

 

 

 

タキマタ谷出合の橋は、扇谷じゃなくタキマタ谷に架かってるので違うと思う。

 

おそらくは、

狂小屋にあったこの橋こそが、「扇谷第1号橋」なんじゃないだろうか。初めて扇谷を渡った橋だし。

 

でも、かつてこの道が現役だったころ…つまりダムに沈む前には、もっとだいぶ下流のほうで一度扇谷を渡っていたようなのよね~。

 

もしかしたらそれが「第1号」で、この橋は希望通り(謎)「狂小屋橋」だったのか、あるいはシンプルにタキマタ谷出合の橋が「第1号」だったのか…。詳細は不明だ。。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、右側のガードレール欄干が見当たらない件についてだが、

だいぶオフセットした位置にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて、三連廃橋を航空写真で。

屈曲する川道と地形のアヤで、この第3号橋は上流側ガードレール欄干が短く、下流側が長い、ちょっと不思議な仕上がりになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

改めての橋上の様子だが、

ここもやっぱ、橋の上って感じがしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上流側は植生が旺盛すぎて展望がなく、

下流側はなんとかこのくらい見える。

 

 

 

 

 

 

 

渡り切って振り返った、

扇谷第3号橋。

 

ここでは左側が上流側になるわけだが、やたらそちらだけガードレール欄干が短いのが伝わると思う。で、残念ながら、お誕生日のわかる銘板はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

下流側からギリこの程度拝める、サイドぎみアングル。

これ以上は降りられなかった…と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして間髪入れず、

次なる、三つめの橋へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

法則にのっとれば、お名前は…

やはり、「扇谷第4号橋」。そうなるわな。

 

 

 

 

 

 

 

 

第2号、第3号と瓜二つな、

面白みに欠ける橋。

 

まあ、もとより想定内だったため落胆はない。ただ、できればお誕生日情報はほしいところなんだが…。

 

 

 

 

 

 

こちら、上流側。

 

 

 

そしてこちら、下流側。

これでも、この橋が一番植生がマシかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

渡り切って振り返った、

扇谷第4号橋。

 

願いむなしく、お誕生日はわからなかった。まあ、昭和56年製だった第2号橋よりも古いことはないだろう。昭和60年ごろまでにはできていたんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

さて、この二連廃橋、

なんとかまとめてサイドから見てみたいが。

 

どうやら左側(下流側)へ降りられそうだ。

 

 

 

 

【18】に続く。

 

 

 

【15】より続く。

 

 

 

 

扇谷第2号橋を撮影した後で、

謎の平場を辿ってみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あっ、再確認しておくと、

この分岐(赤線)の延長方向のことね。

 

 

 

 

 

 

 

 

辿りながら右上を見上げると、

カーブミラーの支柱(の残骸)が見えた。やはり作六ツシへの道、本線は上の平場のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ならばこの平場は?と進み続けたが…

ぐわああああ。イヤ~(笑)。

 

経験者はお分かりかと思うが、豪雪地帯特有?のこの横向きに生えた木のトラップ、めんどくさいことこの上ない。

 

必死で辿らずとも、上の路盤からでも視認できそうなので、ここはさくっとギブアップ。

 

 

 

 

 

 

つうわけで、上の路盤にエスケープ、

改めて、本日九本目のカーブミラー…のご遺体(笑)を確認。

 

 

 

 

 

 

 

 

えらいもので、

作六ツシへの「本線」は、やっぱり歩きやすい。

 

人が入っているんだな~。山屋さんかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

歩きながら、左下の(先ほどギブアップした)平場をチェック。

何もなさそうだが、ずっと「本線」の下を並走している。なんだこれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしてるうちに、

「本線」は右カーブ。そして先が開けてきた。これは…次なるアレがキタか。

 

 

 

 

 

 

 

 

開けたところで、先ほどの平場を確認すると…

ドンツキはこの広場(を形成する斜面)に突き当たって終わっており、そこには何かの残骸が散らばっていた。

 

あれはたぶん、簡易な小屋(倉庫?)のなれの果てっぽかった。めんどくさいので降りてまで確認はしなかったが。

 

 

 

 

 

ハイッ!というわけでね。

 

 

広場の中の右カーブの先には、

先ほどと同じ、これまた植生ワッサ~!な橋が。

 

 

三連廃橋の後半ふたつ、「真の二連廃橋」のお出ましだ。

 

 

 

 

 

【17】に続く。

 

 

 

 

 

未曽有の長篇、たまらずブレイクでございます(笑)。

 

 

 

 

先日の記事「廃村・狂小屋とその奥探索記【12】」が、拙ブログが参加している公式ジャンル「カメラ(風景写真)」内の6月20日記事ランキングで2位を獲得しました。

 

 

 
 
 
2位はこれで確か三回目か。今年の初めには今んとこただ一度の1位を獲得したけど、それ以来のトップ3入りかな?知らんけど。
 
まあたまにしかないことなので、埋め草記事にピッタリ。トップ3入りが日常茶飯事な売れ売れブログになったらイチイチ記事にしないと思うけど(笑)。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それにしても、先日の「グラハム・ボネットを聴く」のスベリ具合はエグかったな~…(笑)。
 
 

【14】より続く。

 

 

 

そろそろ…との予想通り、目前に橋が現れた。

ついに、目指す三連廃橋、そのひとつ目がお出ましだ。時刻は9時34分。タキマタ谷出合を出て22分、廃道に入ってから1時間52分、進軍開始からは3時間10分が経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで最後のスクショを貼っておく。

三連廃橋とはまあ言いたいだけで(笑)、実際は「1+2」って感じで少し離れているんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

さて、高欄はガードレールだが…おおっ!

ありがたや、銘板がある!

 

 

 

 

 

 

 

ここへきて初めての銘板つき橋。

 

果たして、その内容は…。

「扇谷第2号橋」。ほっほーぅ。

 

この時初めて、こっちが扇谷の本流だったのだと気づいたのだった。そして、第2号ということは…?この後に待つあと二本の橋にも銘板があれば、法則がわかりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

いうまでもなく橋上は、

完全廃橋のそれ。上流側も下流側も全然見通しが悪い。

 

 

 

 

 

 

 

渡って振り返り。

川(橋)の上を見ているとは思えない、尋常でない旺盛な植生。これどうやら、河原でなくすべて橋上に直接繁茂しているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

幸いなことに、こちらにも銘板があって、

「昭和56年度竣工」。

嬉しいことにお誕生日(いや、お誕生年)も判明。

 

昭和56年といえば、すでに徳山ダムの建設は正式決定後であり、住民への補償交渉が佳境を迎えていた時期のはずだが、こんな時期にこんな場所で…。

 

水没が決定づけられた村のどん詰まりで、遠からぬ死、という運命を定められた橋がひっそりと誕生していた、っていうのも。考えてみれば、なんとも寂しい話だ。

 

 

 

 

 

 

 

サイドアングルを撮りたいが、降りる場所がない。

 

降り場を探して少し道なりに進むと、

航空写真ロケハンでは気づけなかった分岐があった。(よく見ると確かにあった)

 

作六ツシへの道はどっちが正解なのか判然としなかったが、とりあえずは扇谷に降りたいわたくし、左へ。

 

 

 

 

 

 

 

首尾よく扇谷へとランディングし、

上流側からのサイドアングルをゲット。

 

いや、ここも実際橋としては全然面白いものじゃないんだけども、やはり立地が。

 

 

 

 

 

 

 

わざわざ逢いに来たのだから、

こうして礼を尽くさないとな(謎)。

 

うわ~、やっぱあの植生は全部橋の上のやつか~。ある意味プランター状態じゃないの。

 

 

 

 

 

 

 

橋そのものは、

ほんとスッキリ。表(路面)と裏の対比が凄いな。

 

 

 

 

 

 

 

第2号橋の下から望む、扇谷上流側。

まだまだ水量は豊富。

 

この上流に人跡は皆無なわけで、とびっきりの清流だとは思うのだが、なぜか紀伊半島の川のような透明感は感じないんだなあ。何が違うんだろう?(貶める意図はございません)

 

 

 

 

 

さてさて、残る二本の橋も、もうすぐそこのはず。

 

 

 

【16】に続く。

 

 

【13】より続く。

 

 

 

時刻は9時12分。狂小屋を後にしてから21分、進軍開始からは2時間48分。

タキマタ谷出合を後にし、いよいよ目的の三連廃橋への最終区間へ。

 

 

 

 

 

 

 

…なんだけど、

いきなりストップ(笑)。

 

ここで、来ていたシャツを脱いだ。結局天気予報通りのド晴天となってくれたおかげで、もっと涼しい服装にチェンジしがてら3分ほど休憩。

 

どうせこの道を戻ってくるので、シャツはこの木に引っかけて日干ししておくことにした。おっちゃんのウェーダーと同じ手法で(笑)。

 

 

 

 

 

 

9時17分、進軍再開。

まず、このヤバい区間を突破する。

 

突破自体は容易だが、このままだと道は瘦せていく一方、いつかごそっと抜けそう。やはりここは一般通行止め区間、これまでとはひとあじ違いそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

突破後に振り返った、タキマタ谷出合。

まずは無事にここへ戻ってくることだ。

 

 

 

 

 

 

 

そうそう、スクショを貼っておかないと。

ここからは横向き画像。左端のタキマタ谷出合から右方向へと進んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

さて、ちょっと進むと砂防ダムがあり、次いで現れるのが、

このより大きな砂防ダム。

 

 

 

 

 

 

 

銘板が見えたのでズームしてみると…

「扇谷第2砂防ダム」。昭和46年12月の竣工ということだ。

 

これも撮ったその場では内容を確認しなかったので、今辿っているこの流れが扇谷本流だということにはまだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

砂防ダムを過ぎると、一気に川との比高がなくなり、

狂小屋までの道程のような「わたくしの大好きな川沿いの道」に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

このあたり、

ほんのりとダブルトラックを残しているような?

 

 

 

 

 

 

 

しかし、徐々に道は怪しくなってきていて、

「川」と「河原」と「道」の区別が徐々に曖昧になりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

コンクリ土留め(護岸)が生きているうちはまだ良かったが、

あー、逝った。

 

写真右下に突き出ているのがコンクリ護岸のなれの果て。つまりここでついに、道の欠損が現れたのだった。本日これまで何度か危ういところはあったが、物理的に路盤がゴッソリ失われている局面はここが初めてだった。

 

 

 

 

 

 

次いで、

この日唯一の、路盤完全消失。

 

実は、このあたりも事前の航空写真ロケハンではちょっと路盤状況を危惧していたところではあったが、ここまでの長閑さ(笑)で、うかつにも忘れていた。

 

しかし幸いなことに、ここらでは河原へのエスケープが容易。ほぼ支障なく進んでいける。ありがたや~。狂小屋手前のような険阻なロケーションでなくって助かった。

 

 

 

 

 

 

 

路盤に復帰した先のカーブで、

狂小屋手前以来のごぶさた、本日七本目のカーブミラー。しかし、ミラー自体はなくなってる。

 

 

 

 

 

 

 

これを過ぎたあたりから、道はいつしか

「開放的な河原沿いの道」ではなくなってきていて。

 

いよいよ、狭まった谷を遡上するパートに入っていくのだと思われた。

 

 

 

 

 

 

 

ここで、

本日八本目のカーブミラー。

 

「車道だったのだぞ」と主張するアイテムが、こんな奥地にも残っていることは嬉しい限りだ。

 

 

 

 

 

 

 

少し視界が開けると、

扇谷との比高は再びこのくらいまで大きくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

そうなると、そろそろ…?

うわ出た!

 

 

 

 

【15】に続く。