
伊勢で買い物
河崎の商人館の蔵の上にアオサギがとまっていました。
商人館から見た蔵
蔵から見た勢田川
お寿司屋さんは向こうの対岸にあります。
蔵の中はショップやカフェになっていて、
箱に個人が出展するコーナーがありました。
切り子のグラス1個200円でお買い上げ
どこにでも売っている伊勢の銘菓 糸印煎餅の播田屋さん
糸印とは室町時代に中国から輸入された生糸に、
つけられた銅印のことだそうです。
明治天皇はじめ、上皇様にも献上されたそうです。
今7枚で個別包装されている糸印せんべいには逸話があります。
皇太子時代の現上皇ご夫妻がお越しになった際、
当時は10枚一包みだったそうですが、
美智子様が7枚召し上がって、3枚を懐にしまわれたそうです。
女性には10枚入りは多いのかと、7枚入りになったとか。。。
ただまだ当時幼かったお子様方に3枚残しておいた。。。
という話もあるそうです。
私はお土産用に個別包装も買いましたが、
本店だけの家庭用の袋入りを買いました。
せんべいの下の箱が見えるでしょうか?
こちらも伊勢の人におすすめされたサメのたれです。
ヒレのことです。
郷土食として、普通にスーパーで売られています。
もう一軒本店が河崎から近いからとおすすめされたのが
銘菓 神宮スギ(京ばあむみたいなものか?)の本店。
こちらは神宮スギのきれはしが激安でありましたwww
ちょっとつまむのに、よかったです。
もう一つおすすめされたのが、
神宮会館でしか買えないケニモルイーというお菓子
筍に盛る飯=ケニモルイーだそうです。
おいしかった。
御師の門
お寿司屋さんの門があまりに立派だったので、
お尋ねすると、伊勢御師の館の門だそうです。
御師は伊勢では方言でおんしと呼びます。
元々は中下級神職で、神宮荘園に派遣されて、
土地の人々を徴税し、ご祈祷などを行ってうちに御師が生まれたようです。
しかし時代が下がると、御師株が売られたり、必ずしも神職ではなくなっていきました。
江戸時代には宇治に271家、山田に615家の御師がいたそうです。
その人たちが旅行社の役割を果たし、伊勢のおかげ参りが流行しました。
しかし、あまりにも肥大した御師は明治になって禁止され、
御師は財産を失い、御師の遺構はほとんど残っていません。
唯一残るのは丸山宗大夫邸
但し、門はいくつか残っているようです。
お寿司屋さんの門に戻ります。
瓦屋根がおもしろく、これは鵜かなと思いました。
どうでしょう?
あっちは鳩かな。
逆光で黒くなった。。。
これは倭姫宮に行ったときにあった御師門
すぐそばの神宮文庫の御師門
伊勢市のサイトより
この門は八日市場町(ようかいちばちょう)に屋敷地を構えた福島御塩焼(みさき)大夫邸の表門を昭和10年に現在地に移築したものです。
木造総欅造、屋根切妻造本瓦葺きの一間薬医門です。
安永9年(1780)創建で現存する御師邸の門としては最も古いものです。
倭姫宮
ご祭神は倭姫命。
天照大神の鎮座地を求めて、各地を巡行され、
伊勢の地にたどり着きました。
こちらのお宮は新しく、大正二年に創建されました。
河崎商人の館②
河崎商人の館が思ったより広くて二回目です。
河崎の瓦屋根には特徴があります。
隅蓋
水が溜まるところの蓋の役割
✖️ってあるのは違い鷹の羽の家紋をデザイン化したもの
この丸いのは洗濯機?
蔵の中が展示室です。
いろいろありました。
入る時にいただいたチケットが山田葉書のサイズと聞いて、小さい!と叫びました。
日本最古の紙幣山田葉書です。
(追記 山田葉書を改良した府札とあります。)
解説
小川酒店ではサイダーを作っていたとかで、
その復刻版
暑い日で美味しかったです。
事務の方にもいろいろお話していただき、楽しかったです。
ありがとうございました。
伊勢飾りのいろいろ
1番見る蘇民将来
前にも紹介した蘇民将来の話
拡大して読んでね
これは祇園に多いですね。
将門にしたら、平将門になるから笑門にしたとか?
祇園の飾り
木札をのぞいてます。
ここのお肌の裏にもドーマンセーマンが描いてあるっぽい。
単なる飾りだけど面白い。
河崎商人の館①
前回伊勢に行った時は夜になって、全部閉まっていたので、再び商人の町河崎を訪れました。
河崎は勢田川の水運を利用して栄えました。
右端に見えているのが川の駅で、
水上交通から陸上交通に変わるまでは栄えました。
全体に黒っぽい建物で、神宮の神明造をリスペクトして
反対の妻入りです。



















































