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とても広い栗林公園

 

 

 

栗林公園の続きです。

文化財指定の庭園の中では一番広いそうです。

池泉回遊式大名庭園で、北庭(元下屋敷、都市公園)と

南庭(大名庭園)に分かれます。

南庭を回りました。

開園時間が長く、夏は朝5時半から午後7時まで。

 

 

小普陀

栗林荘発祥の地。

藩主の生駒家家臣 佐藤道益が香東川沿いに別邸を築きました。

観音思想に基づく作庭で、昔は観音堂もあったそうです。

石組みは安土桃山時代の特徴的な縦石の石組み

 

八ッ橋があります。

彼岸と此岸

 

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掬月亭きくづきてい

ここもおそくて閉まっていました。

1600年代の数寄屋建築でこけらぶき

もともとは七棟(現存は五棟)で北斗七星の配置だったとか。

 

四方正面で玄関はありません。
こういう雨戸(角で90度曲がる)は閑院宮邸にもあります。

 

とにかく松が多いです。

これは根上がり五葉松

11代将軍徳川家斉が高松松平家に贈ったもの。

下が黒松で、接ぎ木をされた五葉松

 

 

南湖

三島一連の庭という神仙思想に基づく設計

(三つ島がある。)

当主の不老不死を願うもの。

南禅寺の金地院の庭も徳川家の繁栄を願うものでしたね。

 

向こうに偃えん月橋が見えています。

松が多くて1400本あるそうです。

ちゃんと写っていないのですが、池にはいろとりどりの

錦鯉がいます。

これだけきれいなコイとその数には外国人に喜ばれるかも。

今や外国人の方がコイ好きだと思います。

 

吹上

(水が湧き出ているところ。川はせき止められましたが、

水が湧いているそうです。)

 

栗林公園で一番眺めのいい飛来峰(旧富士)にやってきました。

富士山を模して作られているそうです。

 

その隣の芙蓉峰(新富士)からの眺め。

栗林公園ボランティアガイドさんのご案内で

1時間半歩きましたので、結構な距離でした。

雨でしたが、紫雲山がけむって水墨画のようでした。

三名園といえば、偕楽園、兼六園、後楽園ですが、

なんで栗林公園は入らなかったのでしょうか?

高松市民だったら、年パスを買って、いろんな季節に訪れたいです。

6月30日

もう今年も半分過ぎました。

事前に護王神社で茅の輪をくぐってきました。

♾️に左右左と周りますが、3回目を忘れたかも…

一度護王神社の夏越しの祓えに参列しましたが、

全員で大祓詞を唱えました。

その中に「八針にとりさきて」という箇所があります。

布を裂いていました。

検索すると、祓津物の儀式というそうです。


紫陽花の手水舎、綺麗でした!


浜松ですが、

レモンがこんなことになっていたので


植木バサミでとりあえず、刈りました。

次来たらまた伸びていると思います💦

 時間にしたら30分ほどなのですが、

お腹空いていたから?

寝不足のせいか?

シャッター押す手が震えて、

こりゃあかん!

と、家に戻ってひと休みしました。

スタミナありません。


虫除けジャケットなかなかよろし。


電動モップも活躍しています。

楽ちんです。



倉敷の後は栗林公園

倉敷から貸切バスで、瀬戸大橋を渡って栗林公園に。
瀬戸大橋を渡ったのは初めてです。
前は下津井港から高松までフェリーに乗りました。
徳島からは淡路島経由だし。

途中大雨で、外がよく見えませんでしたので、リベンジしなくては。

着く頃には小雨になり、ヤレヤレ。 

特別名勝 栗林公園は

江戸時代に作られた大名庭園で、今は香川県が所有しています。

1630年頃生駒高俊が作庭を開始しますが、

その後東北に国替。

高松松平家が引き継ぎます。

2009年ミシュラングリーンガイド三つ星。


水墨画のようになってます。

向こうの山が紫雲山。

国有地ですが、紫雲山までが栗林公園。


商工奨励館1899年築


鶴亀松樹齢300年

松が鶴で、下の110個の石が亀。

少しアップにすると、亀頭がわかります。


昭和天皇お手植えの松(多分1番立派なやつ)

英国の王位をかけた恋のエドワード国王のもありました。



面白い剪定だと思ったら、箱松と言うそうです。


反対側に回るとこうなってます。


石壁(赤壁)

行く先々で「ブラタモリでタモリさんが…」と、聞きます。

柱状節理です。

溶岩やマグマが冷えて固まる時にできます。


江戸時代の絵図にも描かれた滝。

今はポンプで流していますが、

昔は藩主が来ると、人が桶で流していたそうです!

その名も桶樋滝。


旧日暮亭

武者小路千家が藩主の茶頭を務めていたそうで、

武者小路の造りです。

どこが武者小路なのかわからないですが、

サイトによっては石州流とあります。

書院茶室で、武家流のように思えます。


藤棚と豊島石を使った灯籠


降りつくばいとあるんですが、

私的にには流れつくばいと認識しています。


降りつくばいって、織部寺のコレじゃないのでしょうか?


対龍山荘の流れつくばい


栗林公園は名勝庭園の中でも1番広いらしく、

まだ続きます。

美輪明宏さん 訃報

美輪明宏さんが亡くなられたという訃報が入ってきました。

昨日広島の記事を書きましたが、 

美輪さんは長崎で被爆され、

ガラスが飛んできたのに、奇跡的に無傷だったとおっしゃっていました。(しかしその後後遺症に苦しみます。)

何冊か著書を持っています。

美輪さんの言葉は歯に衣着せぬというか、

とても心に刺さります。

紅白での「ヨイトマケの唄」の迫力は記憶に新しいです。

舞台にも行きました。

何年も前ですが、すでに足元が少し不安定でした。

その時に購入したサイン本(左)

とても美しいサインです。


YouTube見ていると、

あたかも美輪明宏さんが語っているような

チャンネルがあります。

よくみると、画像と声だけ借りて

あたかも美輪さんが話しているような動画です。

私も騙されました。

お気をつけください。


美輪さんのご冥福をお祈りする前に

天上界に行かれてそうです。 

また1人戦争の悲惨さを語る方が逝かれてしまいました。



平和記念公園

広島平和記念資料館から見た景色です。
原爆が落とされるまでは、ここに町が広がっていました
建築家 丹下健三は平和の軸線と呼ばれる南北の軸によって
都市計画を行いました。
原爆ドーム、平和の火、資料館は南北に一直線に並んでいます

反対側から見た平和の火、資料館、

南側のビル(病院)はその軸線上の壁面が白く記されています。

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被爆者の1人、平山郁夫画伯の「広島生変しょうへん図」

右上に不動明王が見えます。

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オバマ大統領が折った折り鶴

 

ローマ教皇フランシスコが広島市に贈った燭台

 

原爆死没者慰霊碑に鳩が2羽

名簿は毎年8月6日に更新されるようですが、

34万9,246名 (令和7年(2025年)8月6日現在〕です。

埴輪の家の形をしています。

 

爆心地は公園の東側(右手)で、高さ600メートルでさく裂しました。

木々の向こうにみえる高層ホテルの4倍の高さです。

(パソコンで書くと、添削機能が赤線引いてきて、時々イライラします。

さく裂を爆発と添削してきますが、原爆はさく裂のほうがよくありませんか?)

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原爆ドームが保存されることになってよかったと思いますが、
被爆者の人にはつらい思いを思い起こさせるので
早く取り壊してほしいという意見も多かったそうです。

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修学旅行で広島に行った中学生と話しましたが、
平和資料館の展示を見て、とてもショックを受けたそうです。
昔は蝋人形が置いてありましたが、
今は遺族から寄贈された遺品が多いです。
建物疎開の為、動員されていた中学生もたくさん亡くなり
同年代の子たちの遺品を見たのもショックだったのでしょう。
息子の小学校の担任の1人は広島出身でしたが、
広島(長崎も?)と他府県では平和教育に隔たりがあるそうです。
他府県に出てしまうと、カルチャーショックを受けるそうです。
8時15分にチャイムは鳴らないんだ。。。と。
私も広島に行く度心動かされます。
平和を願う気持ちは皆あるはずなのに、(ない人もいるのか?)
今も世界で戦いが絶えないことは遺憾です。