『ぼくらは海へ』/那須正幹 | こだわりのつっこみ

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 いくらやってもしゃっくりばかりくりかえしていた船が、いまやうまれかわったように、生き生きと走っている。
 いったん帆をおろして、潮にのって沖にむかい、あらためて空き地の岸にむけて帆走し、六人はぶじ、母港へかえりついた。
 岸にあがると、さすがにくたびれていた。せいぜい三十分の航海だったけれど、なんだか地球を一周したような気がする。
(p201より)

 
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ズッコケ3人組シリーズで有名な那須正幹さん。
私も小学校時代は面白く読ませていただきましたが、今回はそのシリーズではなく、文庫化されている長編、ぼくらは海へを紹介します。


あらすじです。

小学校5年生の2学期の終わりに埋立地にある小屋を見つけ、秘密基地としてきた小林誠史たち。
彼らは6年生となり、多感な思春期の入口を、受験や複雑な家庭環境にもまれていきます。
そんな中で彼らが思いついたのが、埋立地に散在してある廃材を利用して、船を造ること。
各々の家庭、学校の悩みを蹴散らすかのように、彼らは船造りに励んで行くのでした。

さて、船造りの過程で各人はどのように心境を変化させていくのでしょうか?
そして、船は完成するのか?


では以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。









ぼくらは海へ (文春文庫)/那須 正幹
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~2回目 2011.3.30~

さて、登場する小学生が数名いて、さらに家庭環境に特徴があることから、まずは彼らについての説明を加えておきましょう。

小林誠史・・・父親がおらず、祖母と母と暮らす。6年生に入り、成績がどんどん下がる。
 菅雅彰 ・・・誠史の親友。妹が喘息持ちで、そのせいか父親が不機嫌。
多田嗣郎・・・シロの愛称。メンバーの中で唯一塾には通わず、貧乏で両親も不和。
大道邦俊・・・無口だが優秀。スケベ。冷めた裕福な家庭に育つ。
 立川勇 ・・・めがねをかけ、船造りを提案するなど、陽気。家が転勤がち。

この5人が失敗を重ねながらも船造りに励みます。
しかし、そうはいっても小学生。
技術の大きな進歩はさほど望めず、誠史なんかは途中で投げ出してしまうことも。
しかし、船造りをイカダ造りに変更したことから、次第に航海が現実味を帯びてきます。

それは、上記5名のほか、新たな人物が加わることでさらにその速度を加速していきます。

工藤康彦・・・クラスの児童委員をしている学校の中心。
 森茂男 ・・・康彦の取り巻き。力で物事を解決しようとするガキ大将。

康彦は、学校を愛していて、学校のことを、ひいては生徒のことをすべて把握していると思っていました。しかし、5名が自分の知らないところで船造りなんていう壮大なことをしているということに驚きと興味を持ち、茂男とともに船造りに参加させてもらうことに。
聡明な康彦は遅れをとるまいと船の構造を調べ上げ、それまでの子供だましだったイカダを、実用的なイカダへと進化させていきます。
茂男は茂男で、そのイカダを5人のものではなく、自分達のものにしようと画策していきます。
折りしも船造りを提案した勇が父親の仕事の関係で引っ越すことになったことから、次第に彼らを取り巻く環境が変化していくのです。

そして、大きな事件が。
台風がその町に近づき、あることをきっかけに嗣郎がイカダの元に向かうことになりました。
台風の影響で波が高く、その波に揉まれて護岸壁にぶつかり、いまにも分解してしまいそうなイカダを救うべく、危険な中で作業を行う嗣郎に、波が襲い掛かり、嗣郎は死んでしまうのです。

当然、小学生の船造りは大人の知ることとなり、計画もろとも破棄されることとなります。

が、家庭環境がよくなかった誠史と邦俊の2人は、ほとぼりが冷めるやいなや、嗣郎の意思を継ぐという大義名分のもと、イカダ造りを再開します。

そして、できあがったイカダに食料を積み、2人は大海原に向け出航したのでした。


感想です。

本来、児童文学は大人の目から見ると、それこそ水戸黄門的な予定調和、もしくは何か教訓めいたものを作中に秘めているものだと思います。
それに加え、読者層を考えると限度以上に道をはずすことも考えにくい。

しかし、この作品に関しては、その2つがあてはまらないのです。

読み進めていくうちに私は、
「おそらくイカダを完成させて、それを海に放つ」
くらいに思っていました。
邦俊が、食料品を買い込んで航海に出かけようと誠史に提案したときも、
「最終的には何らかのことがあってイカダにのることはないだろう」
と思っていました。

しかし、この作品はさせてしまった。
結末は、2人は行方不明
ともにイカダを造っていた誠史の親友、雅彰に言わせるところ、
「ふたりは、いまも太平洋のあらなみをのりきって、元気に航海をつづけているにちがいない」(p307)
などという、そこには希望も絶望も混在しているラスト汗
こんな児童文学作品、初めてな気がします。

その衝撃がまず大きかったことはありますが、しかし長らく子どもたちとふれあい、それを文学作品に昇華してきた那須さんの細やかな設定や、子どもの心情とその変化を表現していることも忘れられません。
細やかなんです、ほんと。
主要人物5人はそれぞれの家庭環境があり、どの子にもいつくしむ心が湧いてきます。
・・・まあ、特に嗣郎は第2の主人公と思わせるくらいの好人物ですが。

文春文庫に文庫化されている辺り、子どもが読むというよりも、大人が読んで子ども時代を懐かしむという意味の作品になっているのかなはてなマーク、と感じました。


総合評価:★★★
読みやすさ:★★★☆
キャラ:★★★
読み返したい度:★☆