『こんな話を聞いた』/阿刀田高 | こだわりのつっこみ

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 四十年前、昌子は一つの道を選んだ。
 ――あの年が分岐点――
 ほかの道を選んだら、どうだったろう。べつの可能性が皆無だったわけじゃない。ちょっとした弾みで事情が変わっていただろう。
 ――ポイントをガチャンと切り替えるようなことがあったら――
 まるでちがった人生を歩むことになっていただろう。
 ――それは、そんな人生だったかしら――
 もっとすばらしい人生・・・・・・。あるいは、はるかに辛い人生・・・・・・。もし知ることができるならば、知ってみたい・・・・・・。
 なかなかやって来ないバスを待ち続けながら、
 「さっきの転轍機のあったところ、通ったわね」
 「うん?」
 「あそこで線路が二つに分かれていたんでしょ」
 「ああ」
 「左へ行くとスポーツ・センター?」
 「むかしは、ちっぽけな運動場だったけど」
 「右のほうへ行くと、隣町ね。そこが終点?」
 「いや、隣町を抜けると、グルっとまわって、やっぱり山麓の運動場に着くんだ」
 「同じところへ?」
 「そう」
 「やっぱりねえ」
(p215,216より)

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さて、大好きな博学男爵、阿刀田高さんの短編集こんな話を聞いたを読んでみました。
1編ごとに、本編と繋がるような古今東西の挿話を文頭にもってきており、作品全体の統一性が図れているばかりか、阿刀田さんの博学さがさりげなくアピールされています。


今回は1篇ごとに簡単な感想を書くにとどめますが、以下はネタバレを含むので、嫌な方は見ないでください。
 









こんな話を聞いた (新潮文庫)/阿刀田 高
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~1回目 2011.10.17~

1.銃声・・・1点
 読むのを止めようかと思ったくらい、しょっぱなから駄洒落です。

2.案内人・・・4点
 なんとなく結末は分かるものの、そのオチ言わせ方が阿刀田さんは秀逸で、ゾッとさせることに長けています。こちらも案内人が死神という設定で、ある人の葬儀に参列することになった主人公が、会場への道に迷い、案内人らしき人が教えてくれた道へ行こうとすると・・・
結局その道には運よく行かず、途中でそれが違うことに気づくのですが、その道を行っていたら、死神の思い通りになっていたかもしれません。

3.つもり貯金・・・6点
 ○○したつもりでそのお金を貯金する大叔母。彼女が死んだ際に弁護士に遺言を残す。
甥は「自分に遺産を・・・」と考えるのですが、見事なスカシ。
 ○○したつもりで貯金を、貯金するつもりで○○するに代わってしまい、大叔母は借金を残して旅立っていたのでした。

4.骨細工・・・9点
 ほんの知り合いと再会し、その彼に誘われるまま彼の自宅に。主人公の美的センスに何か共感するもの感じていた彼は、ボーンアートについて話し始めます。特殊かつ精巧な技術を要求される芸術品で、妻の死後、彼も趣味に没頭し、ボーンアートを製作しているとのこと。主人公はそこに美を感じ、彼を褒めます。
 すると彼が最後の一言「家内にお会いになりますか」
 ぞぞーっときました。

5.鏡の中・・・1点
 妄想の果てしなく膨らむ男の話です。なんとなく恐いんだけど、それ以上に全然内容が頭に入ってきませんでした。

6.影法師・・・7点
 面白いです。ブラックユーモアとかではないんですが、実在する存在か、それとも良心の呵責が作り出した理性か、よく分からない境界を書いているところがなんとも面白い。
 さらに、主人公が誰かの影法師としての役を継いでいるところがさらに◎です。

7.愛犬・・・2点
 良いではないか、死んだ愛犬に似た男と結婚しようが。女性の愛が強すぎるゆえに、愛犬に似た男を生み出したとしても。

8.青いドレス・・・5点
 死期が分かるとしたら、何か分かるものがあるとしたら、それはすごく羨ましいです。急に逝ったり逝かれることは寂しくて仕方がありません。恐さもあるのだろうけど、私はただただ切なくて仕方がなかったです。

9.フランス窓・・・8点
 冒頭の引用はこの短編です。話の内容はさることながら、引用部分が阿刀田さんらしく達観している感じがあって好きです。「もし○○していたら」とはよく思うけれど、結局自分は自分である以上、結末はどちらを選んでも大きくは変わるものではないのかもしれないですね。

10.夢ひとつ・・・5点
 仲の良い新婚さん。クブラバリという与那国島にある岩場の裂け目。ここを妊婦が飛び越えれば生まれてくる子は強い子だとの伝説が残る。妻の英恵は飛び越え、その夜昇は妙な夢を見る。まるでまるで受精を案じさせるかのような。
「元気ですか」「元気です」の挨拶を交し合う2人がかわいらしい。

11.靴が鳴る・・・8点
 あまりの恐怖や嫌悪を経験すると、脳が思い出させないように蓋をしてしまうらしいですね。主人公の侑子もそれが理由で幼い頃の嫌な体験を今まで思い出さないようにしていました。しかし、シュッ、シュッという音と共に、思い出してしまうのです。祖父にされたことを。
いくつかの記憶が錯綜し、一つのところに流れ落ちて、確信が脳裏に蠢いた。」(p266)
この表現、すごく好きです。

12.捜しもの考・・・6点
 頭だけでなく、体も大事なことを忘れてしまった、可哀相な男の話。

13.猫婆さん・・・10点
 ぞぞっとしました。とても恐怖な話。オバケよりもよく分からない人間の方が恐いですね。
猫に餌をあげる奇妙なおばあさん。しかし、そのおばあさんが急にいなくなった後、おばあさんがいつも猫に餌をあげていた小屋には、12~3匹の猫が死んでいた。
そんな猫婆さんを13年ぶりに新宿で見かける。
かつての事情を知らない人がこう言う。
「あのお婆さんは感心で、弁当を作ってホームレスに配っている」と。

14.うわさ話・・・2点
 猫婆さんの反動か、全然ピンと来ませんでした。短編集って、配列も大事なんですね、と勝手に思う。とはいえ、別にこれがどの配列に来ても高得点って事はないだろうけど。自分的に。

15.鴨狩り・・・6点
 若い頃、頭のいい鴨を捕らえて上手い具合に調教し、その鴨を毎年やってくる鴨の集団をおびき寄せるために使った、というお婆さんの話。しかしお婆さんは老人施設で、鴨にした自分の行いを罪深く感じるようになったらしく、「私は悪い鳥です」と呟くようになったという。
 しかし、最後の7行で急展開。お婆さんはかつて特高のスパイであり、素知らぬ顔でオルグに侵入し、仲間を売っていたという・・・まさにお婆さんがあの当時、鴨の役をしていたのです。

16.蛇供養・・・2点
 こちらも「うわさ話」同様、なんとなくしか伝わってこず、ピンと来ませんでした。

17.遠い記憶・・・6点
 思わず笑ってしまったけれど、でも実生活においてもそういうことって多分にあるかもしれません。自分の前世がイタリア人で、闘技場でライオンに噛まれた、という恐ろしい記憶が鮮明に残っていると啓一は親戚の町子に話します。すると、奥の部屋で寝ていたお祖母ちゃん、その話を聞いていたらしく、啓一が赤ちゃんの頃に、ライオンのような大きな野良猫に噛まれたことがある、とのこと。

18.街のどこかで・・・7点
 入院している時に見舞いの友人からもらった望遠鏡。それを眺めると、妙な色の部屋を見つけます。気になった主人公は退院後、その部屋を訪れると・・・なんだかこの短編集ではあまりなかった不思議で恐怖な終わり方。でも色に吸い込まれていくという感覚、よく分かります。私自身も、熊本の草千里はなぜか恐いのです。あまりの緑に。これは誰に言っても未だ分かってもらえないけれど・・・



総合評価:★★★
読みやすさ:★★★★
キャラ:★★★
読み返したい度: