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みどり の おにさん いいよった

まっか の おにさん たべよった

あーお の おにさん しかられる

 

みそぎ を もっても はいられぬ

いのち を もっても おいかえし

 

さいた よる に は やりなおし

 

やりなおし………

 

 

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渋谷センター街から外れたラブホテルの一室。

 

 

館山恭一郎はベッドに腰掛け、頭を抱えていた。

私はそっと隣に座った。

 

 

「………震えてるの?」

 

 

「警察は頼れないし、助けてくれない。刑事が警察を見限るなんて変な話だが………」

「私たちがいるよ」

 

 

「そうだな。だがあいつは、インリンは楽しんでるからな」

「頼りになると思うけどなぁ」

 

 

「ああ」

 

 

「そのぶっきらぼうな返事、日頃は面倒くさかったり、ほっといて欲しい時に使うのかな」

「………」

 

「でも今は不安で怖くて仕方がないって聞こえるね」

 

 

「小野寺真也とは婚約してたのか」

「ううん、大好きだったけど、付き合いは半年ほどなの」

 

 

「どこで知り合った?」

「彼の勤務するジムです。ある日いきなり電話番号渡されて(笑)」

「そうか」

 

 

「部下の吉岡川乃さんとはお付き合いしていたんですか」

「職場には隠してた」

 

 

「お互い愛する人を失いましたね………」

「ああ」

 

 

そう言って館山恭一郎は優しく私を押し倒した。

右手で私の左手を掴み、左手で私の首に手を回した。

 

 

彼の荒々しい息が頬に掛かった。

だけど不覚にも私は彼の口臭が嫌に感じなかった。

 

何かケアをしているのだろうかとそんなことをとっさに考えてる間に、

 

 

やってしまった………

 

 

館山は私に口付けをし、優しく舌を入れてきた。

私は彼の肩に手を回し、口付けを受け入れた。

 

 

声を出してはダメだ。口付けが終わってしまう。

私は何とかポッケからスマホを出し文字を打った。

 

 

 

( くちべに! )

 

 

 

密接に唇を重ねていても、館山の血が引いていくのがわかった。

 

館山はまだ生きてる。口紅に触れている間は大丈夫なのか………?わからない!!

館山は私のスマホを取り打ち込んだ。

 

 

(すまん にげろ)

 

 

目の前の男から唇を離したらその男は死んでしまう。

そんなの聞いたことがない。

口付けをしたら目覚めるとか生き返るはあったけれど。

 

 

ああ、この人は出会ったばっかりだ。二日目だ。

でも死なすのか………。

 

 

(たすからない にげろ)

 

 

彼はそう言って私を突き放した。

唇が離れ、彼はそのまま倒れ込む様にベッドに顔を埋めてしまった。

 

 

いとも簡単に、死んだ。

 

 

 

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「この童謡を見つけ出したのはでかいっ。さすがっ。ゆりにゃん♡」

 

「本気出せばこんなものです」

 

「いやーっ頼りになるっ。で、この子誰?」

 

「姪です。両親が海外旅行に」

 

「連れて行けばいいのに………じゃあ今日は♡ナシかっ………」

 

「最初から無いです」

 

「わーんっ………って電話」

 

 

 

 

「………どうしたのっ、ミッチー。………うん。うん。うん。すぐ逃げて。今確保されたら僕らは死ぬ。署名捺印させられるかもしれない。呪いを止められない。だから指紋と髪の毛の処理してすぐ出て。監視カメラはもう映っちゃってるからあまり気にしないでいい。マップ送るから一時間後にそこきてっ」

 

「どうかいたしましたか?」

 

 

「7人目が死んだ」

 

 

 

 

 

あと4人

 

 

 

 

 

  

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(私は何だかあの勝気な館山恭一郎が小さく見えた。

それはそうだ。彼は(赤いもの)に触れたら死ぬ。

 

自分の血すら猛毒。

 

エレベーターのボタンすら押せない。

換気扇すら回せない。

テレビのボタンすら押せない………

万事窮すとはこのことだ)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

(ボクはこの事象をもう少し観察したい。

館山がちぬところが見れたらいいが………。

いや、それはやり過ぎかっ。

 

今晩は三人でホテルに泊まるのがいいな。

ラブホなら匿名だし3人でも泊まれるっ)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

(どうして俺はもうちょっと頭を使わなかったんだろうか………。

いや、しかし植木鉢がアウトなだんて誰も思わないだろう)

 

だからこれからどう動くかだ。

俺は実験台だ。俺にしかできないこともある)

 

 

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「今日は3人でラブホに泊まろっ」

「ラブホ?」

「タテちゃんを観察したい。また、僕らもほんの些細なことでも彼にアドバイスする」

「助かる」

 

 

私たちはカフェのある百貨店を後にし、センター街の外れにあるホテル街に向かった。

平日だからか街道を歩くカップルは少なかった。

しばらく物色すると、真っ赤な建物があった。

 

 

(HOTEL REDZONE)

 

 

「ホテル限界??」

「せっかくだからこのぐらいのトコ行かないとっ」

 

 

「んー。SMルームがあるねっ。ここは赤そうダァ」

「インリン、本気で言ってるんですか?」

「あーもータメ語でいいよっミッチーの方が年上だし」

 

 

異様な部屋だった。

キングサイズのベッドが真ん中にあり、右手にはマッサージチェア。

左には………丸い木馬と、上部で手を固定する腕枷がぶら下がっていた。

そこまでは良かった。

 

 

問題は照明が赤いことだった。

館山は入り口に立ったまま直立不動していた。

 

 

「さて、この赤いライトの下に行ったら死ぬかなっ?」

「やめろ、ほんとに死んだらどうするんだ」

「そうよ!これが目的だったの?」

 

 

「いや、たまたまだよ。でもカフェからここに来るまで、いくらでも赤いランプはあった。ほら、パトカーだっていた」

「それも、そうね」

「………これでいいか」

 

 

館山は赤い照明の下にでたが何も起きなかった。

 

 

「ほら、照明は害がないみたいだ。でもこの光源の赤いランプを触ったら死ぬだろうねっ。枕や毛布なんかはもっての他」

「とりあえずは良かったー」

 

 

私は安心してついついベッドに仰向けに倒れ込んでしまった。

「はい、ほいじゃあ撮影始めるよっー」

 

 

「撮影??」

「撮影?」

 

 

「タテちゃん、約束したじゃない。ボクはキミらを助ける努力をする。そのかわりネタにさせてもらう」

「そうだな」

 

 

そう言ってインリンはスマホに三脚をつけた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

(ボクの見立てではこれはただの呪いじゃないっ。人間じゃないが、幽霊でもないっ。

このネタを追っかけるということは命懸けだ。

 

11人死ぬ前に(何者か)を特定し、呪いを解かないとっ。

もうゆり子も巻き込んでしまってる。)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「んじゃ。完成する映像は、このインタビューを流す前にダイジェスト、説明が入るからね。じゃあカメラ回すよ。顔は映んないからねっ。」

 

 

【何者かの声はどんな声だったのですか】

【………普通の………男だったかな?女だったのかな?よく思い出せないです。あまりに自然に耳に入ってきたので】

 

【赤に触れたら死ぬとうのは、どんな気分ですか】

【いや………あまりにもそれを意識して生きてきたことがないので、ただただ恐怖です。無意識にやってしまいそうで】

 

【無意識に?】

【あまりにも普通にやってきたことで………例えば会話で言うとタメ口をしたとたんに死ぬとか、そんな感じです】

 

【呪いを受けてから気をつけていることは】

【………赤を踏まないことですね。触るのは気をつけれますが、踏むのはなかなか気づかない】

 

【靴を履いてるのでは】

【自分から物体を触れに行くのがダメなのかなと。事実ここの赤いライトは効果ありませんでしたし】

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

根性とはこういうことか。私にはない。

インリンは自分を死地においてこの作品を撮っている。

登録者数なんてそんなものと思うけど、彼女?には命に勝ることなんだろうな。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

不意にSNSの着信音が鳴った

 

 

「はいはいはい!ゆりりーん♡寂しかったよー♡

どうしてたのー♡ウンウン♡

今晩………ある?ありえる?

わ^^^^^^^^♡」

 

 

館山がガチで引いていた。

 

 

「そうそうそう苔!コケ!………ほーう。なるほど。んじゃねバイ」

 

「切り方ひどいですね」

 

「苔で気になることがある。ちょっとゆり子のとこ行ってくるよっ」

 

「ゆり子さんって何者なんですか」

 

「図書館の職員だよ。司書。国家資格。本の虫さっ。本に載ってること全てがネットで見れるわけではないのだよっ。んじゃ後はお若いもの同士で。バーイ。明日は遠出するかもよっー」

 

インリンはそう言っていそいそと帰って行った。

 

 

「ほんと騒がしい子………」

「ああ」

 

 

「大丈夫?」

「ああ」

 

 

 

「………震えているの?」

 

 

 

(つづく)

 

 

  

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それは「赤」で発動する。

 

 

 

「赤いものに触れないで生きていくなんて無理だよ………ここの伝票だって赤いペンで書いてある」

 

「テレビのリモコン?あれの電源ボタンも赤だ。触れたら即死」

 

「………ポストとか?バス乗り降りする時も足元に赤いラインがある」

 

「ティッシュとか手袋をして触ればいいんじゃない?」

 

「それを試すのは命懸けだ。やるべきじゃない」

 

「定期券………。スーパーのお肉………」

 

「換気扇のボタン………。お湯の蛇口、給湯器のタッチパネル………」

 

「スマホの画面なんて赤だらけだよ………」

 

「やばいな………。普段、赤色の物なんて意識して生活しない。無意識に触ってしまう可能性が高い」

 

 

「でも、(声)を聞かないと(赤)に触れても大丈夫なんですよね」

「………今やってみるか?」

 

 

「いや………」

 

 

「ボクがやるっ。このディナーメニューの赤表記をポーンと。」

「呪いが確実なら今、何らかの理由で死ぬ。この場合、心臓麻痺か」

 

 

「あれあれま大丈夫っ」

 

 

「呪いはまず(声を聞くこと)、そして(赤に触れること)で発動する、でいいんでしょうか」

「まずそうだろうねっ」

 

 

「声はどこから聞こえるんだろう」

「川乃ちゃん以外に共通するのはあのT字路、ってことになるね」

 

 

「じゃあ、あそこに行かなければ?」

「それはそうなんだけどっ………じゃあ何故死ぬのが11人なんだ?ボクらは含まれていないのか………」

 

 

「ちょっとトイレ」

「………用心してくださいね」

「何をだよ」

 

 

「一体誰なんだろう。私たちをこんな目に合わせて何か得があるのかしら」

 

「そこは小野寺修也ちゃんが言ってたとおり、人間以外の何かであることは間違いない。だから目的なんて僕らの思いもよらないことなんだろうっ」

 

 

「貴方は怖くないの?」

「全然怖くないね。むしろ獲れ高が大きい方がやる気がでるっ」

 

 

「獲れ高ってなんですか」

「数字だよ。お金にも直結するけど、僕らは誰がどんだけ見てくれたか、其のために存在してるっ」

「危ない人………」

 

 

「いよしっ。できた。今までの犠牲者6人とその傾向をエクセルでまとめたよ。ほら見て」

「………わかりやすいですね」

 

 

 

T字路は交通事故で腹を掻っ捌かれている人が多いけど、修也ちゃんだけは違う。

また、川乃ちゃんは別の場所で声を聞いて自宅マンションエレベーターで心臓麻痺。

 

それらを鑑みると、やはりこの赤が臭い。んでもって私ら全員足しても11人ならない。これはどーゆーこったっ」

 

 

「そうですね………確かにそう、てかこの堺ゆり子さんて誰ですか?」

「ボクの、かのぴっぴだよ。もう巻き込んじゃってる」

 

 

そこへ館山恭一郎が駆け込んできた。

 

 

「やられた!!」

「え?」

 

 

「声だ。声が聞こえた!」

「なんて?」

 

 

「………七人目」

「ちょっと待って。どこで?どこで言われたのっ??」

 

 

「カフェ出て右に行ったところのトイレ前………ちょうど盆栽フェアがやってて」

 

 

「そこかっ!!」

「なに??」

「あのT字路とここの盆栽フェアに共通してあるモノと言ったら………」

 

 

「木、葉、もしくは苔っ」

「どれ??」

 

 

「………苔だろうな。小野寺真也は最後に苔むした六地蔵を見てた。………俺、植木鉢なんて予想もしてなかったよ………」

 

 

 

私の中では修也さんが最後に聞いた声「11人死ぬ」が、「11人殺す」というふうに聞こえてきた。

何者かは、明確な殺意を持って私たちをなぶり殺すつもりだと。

 

 

 

ボクの中では何かが引っかかる、何か創られたかのように話が進んでいる。

何者かは、ボクたちが思っているより厄介なものかもしれないっ。

 

 

 

俺しか川乃の仇は取れない、その俺が最も弱い立場になった。

赤いものに震える日々が………。

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

  

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そのカフェは最近建て替えられた百貨店の2階にあった。

変わった作りで奥に向かうにつれ幅が狭くなるショートケーキの様な構造だった。

 

 

左側全面がガラス張り、右側は本棚が奥まで連なる。

奥に向かってパーテーションでいくつかスペースが区切られ、そこにテーブルが並ぶ。

 

 

一番細長くなった奥のスペースはテーブルがひとつだけだった。

そこに捜査本部を外された刑事の館山恭一郎が座っていた。

タブレットにキーボードとマウスを装着していた。

 

 

「………こんにちは」

「よう。先になんか頼め。注文が来てから話をしよう」

 

 

「すみません、レモネードひとつ」

 

 

館山はワイヤレスイヤホンをつけたままSNSを通じて通話を始めた。

「インリン?前に行った、本棚が連なったカフェだ。ゆり子が喜んでいたろ。早くな。はい」

 

 

「………誰ですか?」

「助っ人を呼んだ」

 

 

「どういう人ですか?」

「こーゆーのがお得意なYOUTUBERさ」

「YOUTUBER??」

 

 

「どーもー。お邪魔しまーすっ」

 

 

綺麗だけどデカい声。

 

 

片側が紫。もう片方は黒。

そんなふざけたワイシャツと、黒いガウチョパンツ。先が丸く曲がった靴。

 

 

端正な顔立ち。でも多分女だろう。

黒紫のメガネをつけて、ニコニコニコニコしている。

 

 

………女?まあ美人は美人だ。

 

 

「こんにちは!ボクは井藤伊織っ!!インリンって呼んでいいよっ!生物学的には女っ!!でも女の子が大好きっ!そっから先は説明面倒臭いからそっちで判断してっ!! っ←これうざいのはご愛嬌っ!!」

「あ、あ、こんにちは。犬立道代と言います」

 

 

「………さぁてタテちゃん! 11人が死ぬかもって言ったよねっ」

「ああ」

 

 

「ボクに声かけてきたってことはボクもそれに含まれるかも、だよねっ」

「ああ」

 

 

「だよね〜サスガ現場に馴染めない半端な霊媒刑事〜。やることも陰鬱だわっ」

「ああ」

 

 

「だからボクはもうこの事件を解決しないと仕方がない。そゆことだねっ」

「ああ。もういいだろ、次いこう」

 

 

「すみませんボクもレモネードっ!」

 

 

「えっと、YOUTUBERさんなんですか?」

「そうそうっ都市伝破戒碌ってチャンネルをやってるよっ!!怖い話に片っ端から首突っ込むよっ!!」

「登録者数はどのくらいなんですか」

 

 

「1万と………300っ」

「あ………。そうですか」

 

 

「なになにっ!まだまだ過疎っ!これからこれから!!さてっ………動画はつぶさに見てきたよ。最後に亡くなった修也ちゃんはどんな具合だった?」

「………崖崩れによる窒息死で腹は割かれていませんでした」

 

 

「うん。そっか。ではタテちゃんの部下の、いやまあピッピだろな。吉岡川乃ちゃんの動画を見ていこう」

「ピッピって?」

「かのピッピ、かれピッピ、恋人のこと」

「………俺は黙って聞いておく。続けろ」

 

 

「エレベーターに乗り、自宅階のボタンを押し、閉めるボタンを押す。エレベーターは登る。ほら、もうここでフラフラしてるっ。で、ドアが開いたら倒れ込み絶命。なんだこりゃ。エレベーターに乗っただけで死ぬっ?」

 

 

「よくわからないですね………修也さんも最後変だった」

「どんなっ」

 

 

「蚊に刺されたと」

「ちょっと待って。蚊に刺された?」

 

 

「そう。頬を叩いて血を吸われてると言ってました」

 

 

「もっかい川乃ちゃんの動画見よ」

「うん」

 

 

「………。これは偶然じゃないかもね」

「何がですか?」

 

「そういや道代ちゃんのピッピ、真也ちゃんは亡くなる前日、赤いスカーフの話をしてたんだよね」

「T字路で見たと言ってました。関係あるんですか?」

 

 

「川乃ちゃんのエレベーターの閉まるボタン、何色?」

「赤………」

 

「そう。川乃ちゃんが死ぬ寸前に触れたのは赤い閉まるボタン。修也ちゃんが死ぬ寸前に触れたのは赤い血」

 

「うわ……………」

 

 

 

「そう。この呪いは『赤』に触れると発動する」

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

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「死んだ部下の吉岡川乃もね………。ここからの帰り道、何かを聞いたって言っていた」

 

 

「何を聞いたかはわからないんですね」

「わからない。この話はここの現場検証の後、帰宅する川乃本人から電話で聞いた。川乃自身がこのT字路で何かを聞いたわけではないと思う。きっと別の場所だ」

 

 

「なんだろう………」

 

 

「まず、最初の名無しの三人はよくわからないが、事故死なのに腹が掻っ捌かれていた。しかしこれは詳細が分からない。

 

真也さんの場合は何かを聞いて、T字路の真ん中へ何かを取りに行って事故死。腹は掻っ捌かれていた。

 

川乃は………。どこかで声を聞いて、自宅エレベーターで心臓麻痺を起こした。腹は掻っ捌かれていない。」

 

 

「全体の関連性がわかりませんね」

「全員、声を聞いたのかな………」

 

 

「てか何にしろ、兄はここで声を聞いたんだろ?このままここにいたらマズイんじゃないのか?」

 

「そうだな。もう撤収しよう。車に乗ってくれ」

 

 

「あ」

 

「どうした?」

 

 

「いや今、耳元で誰かが………」

「誰も何も言ってませんよ………。って、それ!!」

 

 

「11人が何とか」

「声が聞こえたのか??」

 

 

 

 

「あ、蚊だ」

 

 

 

 

そう言って修也さんは自分の頬を右手で叩いた。

そしてその手のひらを見た。

「はは、血吸ってら………」

 

 

その瞬間、地面が大きく唸り、耳をつんざくような轟音がした。

私たちは何が起きたか分からず、地面に倒れる様にして手をついた。

 

 

そしてドドドドドドという音と共に、六地蔵の上の雑木林から大量の土砂が落ちて来た。

六地蔵も、そして修也さんも倒れる様にして一瞬にして飲み込まれた。

揺れは収まらない。

 

しばらくして私は何とかフラフラと立ち上がり、修也さんを掘り出そうとしたが館山に止められた。

 

 

「馬鹿!まだ崩れるぞ!」

「だって早くしないと死んじゃう!」

 

 

落石防止のコンクリートやフェンスは全く機能しておらず、それらが軋むギィイイイギイギという音が響き渡った。

六地蔵はバラバラになっており、修也さんが埋まってしまった箇所の頭上には、大きなコンクリート片と落石が控えていた。

 

 

 

「消防に電話します!」

「ちょっと待て!俺はここを離れる。今、警察に見つかるとまずい」

 

 

「そんなこと言ってる場合ですか!」

「川乃は俺の大事な女だ!ここで引き下がれるか!お前だって俺がいなきゃ何もできないだろ!」

 

 

「でも監視カメラに写ってるじゃないですか!」

「お前は気づいてないだろうが、俺はここに来てからずっとカメラを避けてる」

 

 

「明日の昼、道舟街のマリンダカフェに来い!!」

 

 

「修也さん!!??修也さん!!聞こえる??聞こえる??………11人が何………?? 11人が何なの??」

 

 

館山が車に乗り込みながらつぶやいた。

「………11人死ぬということか」

 

 

 

 

(つづく)

 

 

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(あらすじ)

 

恋人:小野寺真也を交通事故で失った犬立道代は、その遺体の傷に違和感を感じていた。

 

事故当時あるはずのない鋭利な刃物のような物で、腹を縦に綺麗に掻っ捌かれていたからだ。

 

道代は恋人のお通夜に参加する。

そこに現れた弟:小野寺修也は「兄は人間以外の何かに殺された」と告げる。

 

T字路ではすでに死因は交通事故であるのにも関わらず、男性二人、女性一人、犬一匹が何故か腹を掻っ捌かれていた。

 

疑念を拭えない道代は修也と、捜査を外された刑事、館山恭一郎とT字路で待ち合わせる。

 

館山の部下、吉岡川乃もまた自宅マンションのエレベーターで心臓麻痺を起こし死んでいた。

 

 

 

 

………………………✂️………………………

 

 

 

 

 

 

雨の降る午後の見通しの良い広いT字路。

左右には土砂崩れを防ぐ為の斜めに張ったコンクリートと鉄柵、ワイヤーがある。

 

 

それらを包む様に雑木林が広がっている。

そしてそこに押しつぶされたように背が低く、苔むした六地蔵が赤い前掛けをつけて並んでいる。

 

 

ここで真也さんは死んだんだな。

どうしてこんな山道を通って通勤していたのだろうか。

多分………。足を鍛えたかったのだろうな。

 

 

私と真也さんの弟、小野寺修也は、刑事の館山恭一郎を六地蔵の前で待っていた。

 

 

しばらくして黒塗りの一台のセダンがやってきて、黒服の背の高い男が降りてきた。

 

黒髪のミディアムにパーマをかけていて端正な顔立ち。

 

目は切れ長で唇も薄い、ああ、これはずっとモテてきた男なんだろうなと思った。

 

 

トランクから傘を取り出し、挿してこちらへやってきた

「お待たせしてすみません。館山恭一郎といいます」

 

 

「タテちゃん。ありがとう。こちらは兄の恋人、犬立道代さんです」

「犬立です。よろしくお願いします」

 

 

「さっ。小野寺真也さんの映像を見ますか………こっち来てください、うん。雨は木で防げますね」

そう言って館山恭一郎は六地蔵?の後ろに回り込んだ。

 

 

「あ、ちょっと、それって罰当たりなんじゃ」

「はは、信心深いんですね。ここはですね、監視カメラの真下です。ほら」

 

 

「そうですね」

「このT路で真也さんは亡くなった」

 

 

「すいません、小さなタブレットで。ほらこれが真也さんの最後の映像です。………再生して大丈夫ですか?結構ショックな映像ですよ。2トントラックにドッカーンって跳ねらちゃってる訳ですから」

 

 

彼の物言いは少し嫌な感じがした。他人事のよう。実際他人なんだが。

「お願いします」

 

 

「ここから………。よーく良くみてください。真也さんはこのT字路を自転車で曲がろうとして、急に立ち止まります。耳に手を当てています。多分、何かが聞こえたのでしょう。

 

 

ここで真也さんはそばにある六地蔵に目を落とします。ここからです。真也さんはT字路を振り返り、何かを発見したような動作をします。

 

 

そしてそのままT字路の真ん中に進み、何かを拾い上げようとしていたところを、バン。2トントラックに跳ねられ絶命します。直接の死因は頚椎部の失血性ショックです。………首が半分もげたと言うことです」

 

 

私は動悸が収まらなくなった、胃の中のものが口の中まで上がってきている。吐きたい。吐きたい。

 

 

「で、問題はそこではなく………」

「おい」

 

 

「なに」

「そんな他人行儀な、赤の他人みたいなというか、兄をモノみたいにした言い方ないだろ」

 

 

「お前が頼んだんだろうが。やり方にまでケチつけるな」

「彼女にとっては結婚を約束した恋人の最後だぞ?ただの死体みたいに言うな」

 

 

「………わかった。だが仕事柄察してくれ」

 

 

弟は………修也さんは私よりも悲しいだろう。でも今は私を見ていてくれたんだな。

 

 

「真也さんは何かを拾おうとした。だけど鑑識では何も出てこなかった。犬立さん、事情聴取で聞かれたでしょう。彼が指輪かピアスをしていなかったどうか」

 

「はい。どちらもしていませんでした。」

 

 

「………。ここからはねられた瞬間を拡大してスロー再生します。いいですか?ここまで見るのはちょっと抵抗があると思いますが」

「いえ、どうも腑に落ちません。お願いします」

 

 

「T字路の真ん中で何かをつまんで拾って肩より上に持ち上げた。やはり貴金属か石を眺めているように見えますね。もしくは布、テープ類をつまむ様な姿勢」

「ここでトラックがくる」

 

 

「衝突の衝撃で頭が半分後ろへぶら下がっています。そのまま体を捻って身体が前輪、後輪に巻き込まれ吹き飛ばされる。………お二人方、よく分かったでしょう」

「わかります」

「うん」

 

 

「この一連の映像を見ても、溝落ちから性器の上まで綺麗にスッパリと、腹を切り裂かれる要素は全くない」

「………」

「この前の犠牲者三人も同じ様な傷があったそうです。俺は映像見れませんでしたが」

 

 

 

(なんだ?何が起こってるの???)

 

 

 

「で、ですね。真也さんが亡くなられた日、俺の部下の吉岡川乃も亡くなった。自宅マンションのエレベーターを降りる時、心臓麻痺で。腹は裂けていませんでしたが」

 

「何か関連づけるものはあるんですか?」

 

 

 

「吉岡もね………。ここからの帰り道、何かを聞いたって言ってたんですよ」

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

女は弱し、されど母は強し。

byヴィクトル・ユゴー(レ・ミゼラブル)

 

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(あらすじ)

 

恋人:小野寺真也を交通事故で失った犬立道代はその遺体の傷に違和感を感じていた。

事故当時あるはずのない鋭利な刃物のような物で、腹を縦に綺麗に掻っ捌かれていたからだ。

 

道代は恋人のお通夜に参加する。

そこに現れた弟:小野寺修也は「兄は人間以外の何かに殺された」と告げる。

 

 

 

 

真也さんのお通夜。

そこで長かった髪を剃り上げ、気のいい坊さんみたいになった弟、修也さんに声をかけられた。

 

彼が放った言葉は私を混乱させた。

 

 

「兄は人間以外の何かに殺された」

 

 

「え?」

 

 

「蔵の方でお話しましょう」

「はい」

 

 

向かったのはいわゆる酒蔵ではなく、旧家によくある「蔵」だった。

中は広く物が乱雑に積み上げられており、灯油ランプを焚いても部屋の四隅はよく見えなかった。

 

 

修也さんはその暗く広い蔵を、梯子で登って行った。

 

 

「気をつけてください」

「どこまで登るんですか」

 

 

「すぐです。ほらここ」

 

 

この蔵の2階に当たる4、5畳くらいの板間に私たちは正座して面と向かった。

格子状の窓、といってもガラスは嵌まっているが、半月が見えた。

 

 

私はこのよく知らない恋人の遺族と、こんな蔵の二階で話すことが不気味だった。

今ここで「俺がやった」と言われても不思議じゃない雰囲気だ。

 

 

またもや胃の中のものが逆流し、もう一度吐きたくなってきた。

弟本人は整然として月を眺めていた。

 

 

この人は私の様子なんてさっぱり把握していない。

ほんと活字を通してでしか世界を見ていないのかと感じた。

 

 

「どうです、隠れ家みたいでしょう。ここは子供の頃、よく兄と遊んでいた板間です」

「そうですか。私にはよくわかりませんが。それでさっき、人以外………」

 

 

「………ズバリと言うとですね、あのT字路、この一ヶ月で兄を含めて4人死んでいます」

「えっ………。刑事さんに事故が多いって聞いてはいましたけど、4人も死んでるんですか??」

 

 

「そうなんです。これは友人の刑事に聞いたんです。あまりに変な死に方なので報道規制を敷いていると」

「交通事故で??」

 

 

「これは貴方の耳にも入っていると思いますが、あそこで死んだ人間はみんな腹を縦に掻っ捌かれています。犬も一匹です」

「全員ですか」

 

 

「直接の死因、致命傷が事故によるものだとはいえ、こういう不可思議な傷が全員にあると言うことは誰だって他殺、人の仕業ではないことはわかります」

「そうですね………ワンちゃんまで?」

 

 

「明後日、一緒にあそこへ行きましょう。話に出ていた刑事もきます」

「えと、報道規制が敷かれているのに刑事さんが?」

 

 

「彼は捜査から外されました」

「どうしてですか?」

 

 

「それは 明後日、本人に聞きましょう」

「もう全部オープンでいきませんか?私だって頭を整理する時間がいります」

 

 

「そうですね………オープンに行きましょうか。刑事の名は館山恭一郎。実は兄が亡くなった日、彼の部下の女刑事も亡くなっているんです」

「………事故ですか。そんな1日に何度も」

 

 

「いえ、館山の部下、吉岡川乃はあのT字路捜査の帰り、自宅マンションのエレベーター内で亡くなりました」

「え?」

 

 

「心臓麻痺でした。自宅階で降りる時、頭から倒れ込こんだようです。腹は裂かれていません。館山が監視カメラの映像を持っています」

「それって………」

 

 

「館山は感情的になり呪いの類の話を持ち出して、捜査部長に詰め寄ったみたいですね。それで捜査から外されました」

 

 

 

「監視カメラ………見たいですね………もう5人も死んでる」

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

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真也さんのお通夜。

私はショックと持病の逆流性食道炎で立ってるのもやっとだった。

 

受付ではかなり待たされて、その間にトイレで一度吐いた。

 

 

このような人の集まりも個人の人柄とかとは言うが、真也さんの場合は実家が酒蔵なため従業員やら顧客やらでいっぱいの様子だった。

事実、真也さんは酒蔵を継がなかった。

 

 

随分と揉めたらしいが、ジムトレーナーであり元ボディビル日本一の彼の肉体を見れば、家族も引き下がったのであろう。

私ならそんなムキムキが作った日本酒は飲みたくない。

 

 

酒蔵は弟が継ぐことになった。このまた弟が高校生の頃から文才があり、新人賞を経て大手出版社で出版の話もあった。でも真也さんのせいで泣く泣く諦めた。

まあ泣く泣くと言っても、本人が一つのことしか、できなかったからというのもあった。両親からは副業でやっても良いと言われていた。

 

 

なのでこの兄:真也さんと、弟:修也さんはとても仲が悪い。

一度東京のコーヒーチェーン店でテーブルを囲んだが、二人ともまるでしゃべらない。

 

 

私が真也さんに話しかけると真也さんは不機嫌そうに返事をする。

それを聞いて修也さんは腕を組んで壁を見、歯を剥き出しにする。

 

 

私は怒った時に歯を剥き出しにする人の気が知れない。

私たちが野生だった頃の名残なんだろうが、見てても怖くないし滑稽にしか見えない。

 

 

でもまあそれを除くと修也さんは立派な方だったが、やはり文学の道は兄に閉ざされたのだと思っているようだ。

そう思い込みたいところもあるのだろうけど。気持ちはわかる。

 

 

どちらかと言えば真也さんのが子供だ。

でもあの磨き抜かれた身体と、日本一を獲ったという事実が、彼の心を鋼にさせていた。

 

 

そんなことを考えていると、唐突に声をかけられた。

 

 

「道代さん」

「はい、あ………」

 

 

「犬立道代さんですよね」

「そうです」

 

 

「お久しぶりですね。小野寺修也です。この度は兄のことで。ご不便かけます」

「いえいえ………お悔やみ申し上げます。一瞬誰だか分かりませんでした」

 

 

「びっくりしたでしょう。坊主にしました。酒蔵で働くには涼しくて良いです。あれ、笑ってます?」

「………すみません。だって凄くお似合いで。ごめんなさい」

 

 

「ははは、みんな笑われます。お気にせずに。で、あの………」

「何ですか?」

 

 

「実は兄の事で話したいことがあるんです。受付の方はこちらでやっておきますから、ちょっと蔵の方で話せませんか」

「いいですけど………何ですか、何だか怖い」

 

 

「んー。………こんなこと、道代さんにしか言えないのですが」

「はい」

 

 

 

「兄は人間以外の何かに殺された」

 

 

 

 

 

 

 

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恋人が事故で死んだ。

 

 

勤務先のジムから自転車での帰り道、T字路でトラックと正面衝突したらしい。

即死だった。

 

 

正義感が強くって、どこか抜けたところのある、兄貴肌の人だった。

ジムで働いていて運動神経も抜群だから、自分から車にはねられるなんて………。

 

 

私は………もちろん悲しいのだけど………。

真也さんの死因は失血性ショックだったのだけれど………。

 

 

どうしても腑に落ちないことがある。

 

 

真也さんの遺体は、溝落ちからヘソの下まで鋭利な刃物で切られた様な傷があり、そこから内臓の一部が飛び出していたらしい。

普通、車とぶつかってできる傷ではない。

 

 

T字路には監視カメラがあった。

そこには車にぶつかる寸前の真也さんの姿があったらしい。

 

 

刑事さんによると、真也さんは道路脇の地蔵を見ていたかと思いきや、いきなり振り返ってトラックに突っ込んで行ったらしい。

どう考えても腹を切ってる様子はないようだ。

 

 

不思議な職質を一杯された………病気などでの切開の後はないか、

刃物を忍ばせて通勤していた様子はないかと………。

そんなことあるわけない。ずっと一緒にいたんだ。

 

 

だとすれば………やっぱりトラックに鋭利な出っ張りでもあったのか………。

 

 

ここは最近事故が多発していたとも聞く。

 

何か腑に落ちないがとにかく今は悲しい。

悲しい。悲しい。もう一度彼に会いたい。

こんな形で終わるなんて。耐えられない。

 

 

 

 

 

………これが私の最初の間違いだった。