そのカフェは最近建て替えられた百貨店の2階にあった。
変わった作りで奥に向かうにつれ幅が狭くなるショートケーキの様な構造だった。
左側全面がガラス張り、右側は本棚が奥まで連なる。
奥に向かってパーテーションでいくつかスペースが区切られ、そこにテーブルが並ぶ。
一番細長くなった奥のスペースはテーブルがひとつだけだった。
そこに捜査本部を外された刑事の館山恭一郎が座っていた。
タブレットにキーボードとマウスを装着していた。
「………こんにちは」
「よう。先になんか頼め。注文が来てから話をしよう」
「すみません、レモネードひとつ」
館山はワイヤレスイヤホンをつけたままSNSを通じて通話を始めた。
「インリン?前に行った、本棚が連なったカフェだ。ゆり子が喜んでいたろ。早くな。はい」
「………誰ですか?」
「助っ人を呼んだ」
「どういう人ですか?」
「こーゆーのがお得意なYOUTUBERさ」
「YOUTUBER??」
「どーもー。お邪魔しまーすっ」
綺麗だけどデカい声。
片側が紫。もう片方は黒。
そんなふざけたワイシャツと、黒いガウチョパンツ。先が丸く曲がった靴。
端正な顔立ち。でも多分女だろう。
黒紫のメガネをつけて、ニコニコニコニコしている。
………女?まあ美人は美人だ。
「こんにちは!ボクは井藤伊織っ!!インリンって呼んでいいよっ!生物学的には女っ!!でも女の子が大好きっ!そっから先は説明面倒臭いからそっちで判断してっ!! っ←これうざいのはご愛嬌っ!!」
「あ、あ、こんにちは。犬立道代と言います」
「………さぁてタテちゃん! 11人が死ぬかもって言ったよねっ」
「ああ」
「ボクに声かけてきたってことはボクもそれに含まれるかも、だよねっ」
「ああ」
「だよね〜サスガ現場に馴染めない半端な霊媒刑事〜。やることも陰鬱だわっ」
「ああ」
「だからボクはもうこの事件を解決しないと仕方がない。そゆことだねっ」
「ああ。もういいだろ、次いこう」
「すみませんボクもレモネードっ!」
「えっと、YOUTUBERさんなんですか?」
「そうそうっ都市伝破戒碌ってチャンネルをやってるよっ!!怖い話に片っ端から首突っ込むよっ!!」
「登録者数はどのくらいなんですか」
「1万と………300っ」
「あ………。そうですか」
「なになにっ!まだまだ過疎っ!これからこれから!!さてっ………動画はつぶさに見てきたよ。最後に亡くなった修也ちゃんはどんな具合だった?」
「………崖崩れによる窒息死で腹は割かれていませんでした」
「うん。そっか。ではタテちゃんの部下の、いやまあピッピだろな。吉岡川乃ちゃんの動画を見ていこう」
「ピッピって?」
「かのピッピ、かれピッピ、恋人のこと」
「………俺は黙って聞いておく。続けろ」
「エレベーターに乗り、自宅階のボタンを押し、閉めるボタンを押す。エレベーターは登る。ほら、もうここでフラフラしてるっ。で、ドアが開いたら倒れ込み絶命。なんだこりゃ。エレベーターに乗っただけで死ぬっ?」
「よくわからないですね………修也さんも最後変だった」
「どんなっ」
「蚊に刺されたと」
「ちょっと待って。蚊に刺された?」
「そう。頬を叩いて血を吸われてると言ってました」
「もっかい川乃ちゃんの動画見よ」
「うん」
「………。これは偶然じゃないかもね」
「何がですか?」
「そういや道代ちゃんのピッピ、真也ちゃんは亡くなる前日、赤いスカーフの話をしてたんだよね」
「T字路で見たと言ってました。関係あるんですか?」
「川乃ちゃんのエレベーターの閉まるボタン、何色?」
「赤………」
「そう。川乃ちゃんが死ぬ寸前に触れたのは赤い閉まるボタン。修也ちゃんが死ぬ寸前に触れたのは赤い血」
「うわ……………」
「そう。この呪いは『赤』に触れると発動する」
(つづく)