人事労務日記~所長のつぶやき~ -334ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成24年1月23日


 今日から新しい週が始まります。

政治や経済は一向に新たな展開を見せない

のに、時間だけが淡々と過ぎて行きます。

時間が経つその速さに改めて驚いたりしています

「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と

云われることがあります。


“幼い頃の顔は百パーセントが遺伝でも、その後どんな

生き方を選ぶかで顔つきが変わってくる。その顔つきを

長年続けるうちに次第に定着し、やがてその人の顔が

できあがる。その年齢が四十歳”

という意味のようです。


そういえば、電車の中にもさまざまな顔を見かけますが、

その顔を見れば、そのヒトの過ごしてきた人生が何となく、

分るような気もします。

「顔は人生の表札」でもあるようです。

平成24年1月20日


 昨日は、家での晩酌を少しやり過ぎました。

その為、今日は少々二日酔い気味となり、

朦朧としながら仕事をする羽目となってしまいました。

然し、その朦朧とした頭の中を、一向に改善しない

中小企業の厳しい経営環境と先行きに対する不安が

、浮んでは消え、消えては浮んで、まるでトゲのように

チクチクと刺してきます。


大企業は世界的規模で事業の再構築を行いました。

そして、人口減少で市場が縮んで行く日本から、

経済の成長で市場が一段と拡大して行く中国、

東南アジアへと事業の主力を移しています。

然し、海外に移転できない中小企業は厳しくても

歯を食いしばって国内で頑張るしかありません。

他にはないキラッと光る自社の独自性を探すしか

ありません。


大きく変化する市場を睨んで、企業の新たな

成長路線を模索しつつあるのでしょう。

その変化のスピードは、予想以上に早く、

大きなもののように感じます。

こうした変化に乗り遅れれば、どんな優良企業で

あっても、なす術も無く淘汰されてしまう厳しい時代

を迎えてしまったようです。



平成24年1月19日


 指導する人が、指導される人にヤル気を出させる

言葉使いとして有名な話があります。


「勉強があまり出来なかった生徒に、担任の教師が

言いました。“おまえは高校に進学するよりも、

中学を卒業したら家業を継いだほうがいい”と。

それでもその生徒は高校に進学しました。

そこである先生と出会いましたが、その先生は

“今から簿記の勉強をすれば税理士になれる”と

励ましました。

本人もその気になり、高校卒業一年目の19歳で

見事合格したそうです。税理士試験は国家試験の

中でも難関といわれる試験で、しかも全国最年少

合格者(当時)というおまけまで付いたそうです。」


如何に指導する人の言葉使いによって部下の

ヤル気が引き出されるか興味深い話です。


平成24年1月18日


 今日は、朝一番でクライアント先に出かけましたが、

朝の電車は何時もより混んでいました。

私は、電車に乗って仕事に出かけることが多いのですが、

電車の中の優先席は、名前ばかりの存在と化してから

随分経ったなぁと改めて思ったりしています。


そして優先席付近では、通勤時の短時間程度は、

立ったままでも全く問題がなさそうな若い人が人を

押しのけても座ろうとする姿をよく見かけます。

そして、運良く競争に勝って座ると男女を問わず

携帯に見入り、自分の世界に閉じこもる姿も目立ちます。


こんな世の中になってどれほど経つんでしょうか。

歩きながらの携帯操作とか日常の立ち居振る舞いが

傍若無人になっている人を度々見受けるようになった

のも気になります。


これは、公私のけじめをつけるという緊張感がなくなって

きたことの裏返しなんでしょうか?

戦後の「個を大切に」という風潮が日本古来の他への

思いやりという伝統を虫食い状態にしてきたのかも

しれません。

そして社会がこのように変ってしまった背景には、

近所の口うるさいオジサンとかオバサンとかがいなく

なってきたことも大きく影響しているのかもしれません。

平成24年1月16日


 毎年、年の初めに“今年は、どういう年に

なるんだろう”との思いを募らせ、

年の瀬には“今年は、どんな年だったんだろう”と

振り返るのが、日本人の慣わしだと思います。


では、“昨年は、どんな年だったのでしょうか?” 

誰に聞いても、「昨年はヒドイ年だった」という答えが返って

来るのではないでしょうか? 

本当に次から次へと未曾有の大災害に襲われたヒドイ年

でした。

それに伴い、浮揚しつつあった景気も一気に落込みました。

私も寒い日が続く中、仕事を確保していくため、感風の

なか飛び回りました。

そして、どこの会社に行っても、経営者の厳しい顔と

景気は何とかならないかなぁ”というため息交じりの

厳しい声に出会ってしまいます。


欧州発の世界恐慌が現実化しても不思議ではない

ような状況となっています。

今回の不況は、相当根が深そうです。

不安がムクムクと頭に染み渡って行きます。



平成24年1月14日


 今日は、北風が強く吹く寒い日です。

オフィスの窓から見える靖国神社の木々も

スッカリ葉を落として寒々とした光景を見せて

います。


先日の夜、サラリーマン時代の友人たちと

久し振りに飲み会をしました。
昔話に花を咲かせたり、段々と短くなって行く

これからの生き方について語り合ったりと

楽しいひと時を過ごせました。 


飲みながらの話は、今まで自分の辿ってきた

生き様とか共通の知人の動向とかにも

および、あたかも夫々の人生を覗き見るような

趣があり興味津々でした。

そして他人の人生を覗き見たとき、その人生が

あまり順調ではないようだとなぜか心の奥深い

ところで、ホッとする自分に気づいたりもしたもの

でした。そう、「人の不幸は蜜の味」です。


「人の不幸は蜜の味」は、他人への妬みや

嫉妬と裏腹に、人の心の奥深いところに潜んで

いるのですね。

そして、そっと誰にも気づかれないように姿を

現し、それに気づいた本人をビックリさせる

ものなのですね。


平成24年1月13日


 昨日は、士業の方たちとの新年会に

出ました。

久し振りに名刺交換をして、新しい出会い

を楽しみました。

他方で、従来からの新年会で開かれなくなって

しまったものもあります。


考えれば、出会いの数と別れの数は,きっちりと

同じです。

出会いから別れまでの時間の長さがまちまちで

あるだけです。

出会いがあれば、必ずいつかは別れもあることに

なります。

人間誰しも、どんなに偉い人も、そうでない人も、

死ぬときはみんなに別れを告げることになるからです。


だから、「一期一会」。この言葉が私の心にズシリと

響きます。

「今のご縁を大事にする、誠意を持って接する」ことを

心掛けていれば、「一会」を後悔なく終えることができる

のだという思いを強くするからです。



冬の寒いけれど晴れた日に、オフィスの椅子に座り、

窓の外の青い空とユックリと漂っている白い雲を

眺めながら、何となく、こんな思いに耽っていると漠然

と頭に浮かんで来ることがあります。

“こんな日は来年もあるのだろうか?”・・・・・・・・

平成24年1月12日


 「人生ゲーム」というゲームがありますが、実際にも

人生とゲームというのは似ている部分もあります。

「ゲームは楽しむため」という目的がはっきりしています。

だから、人生もゲームをするように、そのまま楽しめれば

良いのですが、そうもいかないのが現実の人生です。


長い人生を生きていれば、やりたくないこともしなければ

ならないし、失敗することもあり、そしてその失敗した過去

は、消し去ることもできません。

だから、気にくわないからといって、リセットしてやり直す

わけにもいかないのです。        

そうした率直に楽しめない部分も含めて、丸ごと

抱え込んでしまっているのが人間の生き方なのでしょう。

だとすれば、人生はかなり難解なゲームだということに

なります。


この難解なゲームを終了し、死ぬ間際になって

「自分の人生ゲームは結構楽しかった」と思いながら、

ゲームオーバーをしたいものだと思っています。

平成24年1月11日


 去年は酷い年でした。

だから、“今年こそ明るい年になるように”と

心から祈っています。


昨年の大災害を経験して家族との「絆」が再認識

されました。

家族といえば私の母のことを思い出します。

「母」という言葉を聞くと、いつも何か胸に込上げるもの

があるのです。
私の母は、亡くなってから10年以上が経ちます。

92歳で亡くなりました。

亡くなる5年位前から呆けて、直ぐに私が誰だか

分らなくなりましたから、私を認識できていたのは今から

もう15年ぐらい前の頃となります。


私は、6人兄弟の下から2番目で、中学生の頃に

股関節炎を患い、闘病生活を経験しました。
だから、母は子供の中でも、特に私のことを心配して

いたようです。
私が中国で単身赴任しているときにも随分心配させた

ようです。
私は、母が他界し、「もう会いたくても会えなくなってから

特に母に会いたい」という願望を抱くようになりました。


「親孝行したくても親はなし」

・・・・・昔も同じような思いを持った人がきっと沢山

    いたのでしょう。




平成24年1月10日


 新年に入っての成人式連休も終り、各会社とも

いよいよ本格的に今年の業務を始めており、

サラリーマン達の喜怒哀楽に富む毎日が始まりました。

1月はまた1年間の始まりとしての新年会もアチコチで

開かれるでしょう。

昨日の休日に家内とホテルの高級和食店(?)で食事を

しましたが、ホテル内のレストランはどこも晴着を着飾った

若い女性や背広姿の中高年で満席となっていました。


日本の経済成長期を現役のサラリーマンとして駆け抜けた

私たちはまた、仕事帰りに仲間と上司の悪口や愚痴をこぼす

ためよく飲みに行ったものでした。

酔っ払って上司や会社の悪口で憂さを晴らし、ゲタゲタと

笑っていたそんな時代を懐かしく思い出します。

然し、サラリーマンを退き、歳を重ね、それに連れ段々と人

との付き合いも少なくなりました。

私も最近は、昔のサラリーマン時代の知人と会う事はメッキリと

少なくなりました。

学校とか前の職場とかの同期会とか同窓会とかに出るのも

億劫なので、これらの会には殆んど出ません。

すると、案内されることも少なくなりました。

だから、サラリーマン時代の知人と会うのは、盆・暮れのときに

仲の良かった友人達と飲み会で会う位になってしまいました。


アチコチで開かれる新年会にも今年は無縁となりました。