人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

令和2年11月23日

 

 今日は勤労感謝の日ですが、私は勤労に感謝しつつ

オフィスに来て仕事をしています。

こんな日の出勤電車で、今日の朝、不愉快な事柄に

巻き込まれてしまいました。

私は足が悪く杖を突いて歩くのですが、電車も座って

乗れるようにホームで並んで電車の到着を待ちます。

 

 今日も優先席前の列の一番前に並んで電車を待ち、

電車が到着したので手摺の横の席(立つとき座るとき

手摺があると助かるので)に座ろうとして近寄った時、

サッと若い男性に先んじられて、席を取られてしまいました。

 

 優先席といえども、年寄りや障碍者に優先権はありません。

先に取られたら仕方ありません。

すごすごと隣の電車の空いている優先席に座りましたが、

「世の中には色んな人が居るもんだ」との思いを新たにした

時間でした。

 

 

 

 

令和2年11月20日

 

  脳科学者によると、人間の脳は使い続けているかぎり

いくつになっても発達するそうです。

実際に作家や芸術家のなかには70代、80代になっても

独創的な作品を世に送り出している人が少なくありませんし、

定年退職後にパソコンを覚え、80代でゲームクリエーター

として活躍する女性もいます。

 

  だから、こんな激変に対応できるのは若手だけというのは

誤りです。進取と自助の精神旺盛な人は、年齢を問わず

変化に対応できるのです。

「中高年だってやれば出来る」と私はいつも思っています。

令和2年11月19日

 

最近テレビや雑誌あるいはネット上でもよく

取り上げられるのが、キレる「シニア世代、高齢者」です。

確かに、高齢者である自分自身のことを振り返って

みても「高齢者が怒りやすい」という説はある程度

信憑性があるようです。

 

  専門医の先生によると「高齢になると脳の前頭葉

が収縮して判断力が低下し、感情の抑制が利かなくなる」

から怒りやすくなるそうで、医学的にも説明できるようです

 

  更に、近年のハイテク化個人情報保護傾向も、

ますます高齢者の「置いてきぼり感を強くしているのかもしれません。

令和2年11月16日

 

  私は今でも毎日電車に乗って通勤や顧問先などに

出掛けていますので、客として電車に乗る回数は同年代で

トップクラスじゃないかと密かに自負しています。

 

  電車の中は、さまざまな顔つきをした、さまざまの人が乗

り合わせています。人の顔は、造作の良し悪しとは関係なく、

その人の仕事やら生活振り、性格などが現われてしまいます。

 

  善良な人は、人の良さそうな顔つきをしていますし、

苦労して来た人の顔には、その苦労が偲ばれる人相が

現れています。

もともとの造作が悪くても知的仕事を続けて来た人は、

何となく知的な雰囲気を漂わせる顔つきとなっています。

令和2年11月13日

 

 私は今、毎日会社に来て仕事をしていますし「生き生き溌剌(?)と

自分らしく生きている」つもりです。でもときどき、ふっと本当の

「自分らしい姿」ってなんだろうと考えることがあります。

 

  何しろ仕事を終えて家に帰れば、ポツンと一人佇む、侘しいじいさんです。

嵐や地震や新型コロナウイルスとかの非日常的な大事件に出くわすと、

冷静な対応なんて“とてもとても”です。慌てふためき、ただひたすら桑

原くわばらと部屋の中で縮こまっているだけとなってしまいます。

仕事中の「溌剌とした姿?」なんてどこにもありません。

 

  そして恐怖の時間が過ぎて落ち着くと、はっと気が付き

“俺は怖がりだからなぁ”と照れ笑いを浮かべながら、自分自身への

言いわけをします。

この「照れ笑いを浮かべながら言いわけをしている」姿が、多分私の

「本当の自分らしい姿」かもしれないと怖い目に会うたびに思っています…………。

令和2年11月12日

 

 最近は、高齢者に対する話題がつきません。

○○詐欺という高齢者を狙い撃ちにした犯罪が続いています。

なけなしの蓄えをごっそりと持ち去られて途方に暮れている被害者

を耳にするたびに、心が痛みます。

 

  高齢化が進み養護が必要になると、核家族という今の世の中では、

施設に行かざるを得ません。高齢者を支えるのは寄り添いが必然ですが、

十分な介護体制を今の社会は持ち合わせていません。結果として、

不十分な養護による不十分な生活状況になります。

養護する人も養護される高齢者も、不都合な状況に追い込まれかねません。

 

  「少子高齢化」という今の時代は、若い人にも高齢者にも厳しい暮らしを

強いるようです。

令和2年11月11日

 

  ここのところ朝晩は、すっかり冷え込むようになりました。

木々の緑も黄色に色づき、風が吹く度にその葉をハラハラと

散らせていきます。

 

  晩秋を迎える頃になると、いつも亡き妻と歩いた銀杏並木

の光景が頭に浮かんできます。

自宅から数駅離れた「光が丘公園」の銀杏並木は、晩秋を

迎えると黄金色に染まります。

 

  且つて、亡き妻と元気に歩いていたその並木を、今は

右膝の痛さを気遣い乍ら一人でゆっくりと杖を突きながら歩きます。

見事に色づいた葉は、その美しさとともになぜか「はかなさ」も

感じさせます。

 こうしてまた1年が過ぎ去っていくとの思いが募ります。

令和2年11月10日

 

  故郷は、ひとの心のよりどころです。

私も、毎日の生活の中でちょっと疲れたときや、

ムシャクシャしたときなどに、ひょんと幼い頃

のことが頭に浮かぶことがあります。

 

  そして、その頭の故郷には、いつも眼鏡をかけた

ニコニコ顔の、ちょっと太った幼い頃の母親

(随分前に永眠しました)が居ます……。

 

  そのとき、いつも思います。

「そのうち行ってみようかなぁ!」と。

でも、中々思い立たずグズグズしている内に、時間だけが

過ぎて行きます……。

令和2年11月9日

 

中高「生」と一字違いだけなのに中高「年」サラリーマンは、

相変わらず会社では厳しい目にさらされているようです。

一体、昨今の日本に何が起きているんでしょうか?

 

  “中高年と中高生が違うのは当たり前だろ”、

“何を馬鹿なことを言ってるんだ”と憤る方も多いと思います。

たしかにその通りですが、字面を見てみれば分かるように、

たった1文字違いでしかありません。

 

  “中高生のみなさん集まってエ~”などとイベントで綺麗な

おねーさんが声をかければ、きっと中高年が何人か混じって

(中にはわざと間違える人もいて)集まって来るでしょう。

さらに広告チラシなんかで「中高生」を対象に訴求した場合、

多くの「中高年」が俺のことか、と思うに違いありません。

なぜなら、老眼だからチラシの文字の中高「生」中高「年」

見えるからです。

 

  「中高生と中高年」、この一字の違いは、私の経験からしても

年配者には裸眼では判別し難いのです。

令和2年10月30日

 

  若いころから怒りっぽい人、威張る人は認知症の進行が速いそうです。

当然のことですが、怒りっぽい人や威張る人には、だんだんと人が

寄り付かなくなります。

 

  他人が寄り付かなくなれば、「コミュニケーションの機会は減る。

他人の話を聞いて、自分の意見を言う機会も減る」ということになります。
つまり、「他人の話=情報の入力、自分の発言=情報の出力」

といった脳を悩ます機会が減るわけです。

 

  私の場合も学生時代の学友やサラリーマン時代の同僚・上司などで

怒りっぽい人、威張る人とは、いつの間にか疎遠になっています。