令和7年12月12日
最近は外国人観光客が増えました。
私が通勤に使う電車の中も、大きなスーツケースを抱えて
乗り込んでくる大柄な外国人が増え小さな車体
(大江戸線は車内が通常の車両より3割程度小型)は、
足の踏み場がないほど満杯となります。
私は新宿駅で乗り換えるのですが、朝の通勤ラッシュ時
の新宿駅の乗り換えは想像を絶するほどの混雑となります。
いつもハラハラドキドキしながら乗り換えます。
令和7年12月11日
定年後も孤独感を感じないで過ごすには、週3日でも4日
でもいいから仕事を続けることだと言われます。
できたら、その仕事は在宅勤務など単独でできるものではなく、
多数の人との共同作業で行う仕事の方がいいとも言います。
なぜなら、仕事は給料を得るためだけではなく、人と
接する機会を得ることも目的の一つだからです。
取敢えずは仕事上だけの付き合いでもいいからその
仕事仲間との交流を続けることです。
そうすれば、その交流の中から気の合う人が出てくるかも
しれません。
令和7年12月10日
歳をとることは、多くの人にとって喜びと悲しみが
入り混じった複雑な気持ちを抱かせます。
ネガティブな意味合いで使われることもありますが、
必ずしもそればかりとは限りません。
年齢を重ねることを自然なこととして受け止め、人生経験を
積むことや、成熟していくこととして肯定的に受け止める
こともあるのです。
令和7年12月8日
妻が旅立ってから今年で10年となります。
10年経っても妻との日常生活の出来事が鮮明に
残っていることに今更ながら驚いています。
辛い思い出も時が経つとともに段々と
辛さがぼやけていって、楽しい思い出となって
いくのかもしれません。
きっといつまでも辛さが残っていたら、
その辛さに押しつぶされてしまうからでしょう。
忘れることは人生100年時代を迎えて長い人生を
生きなければならない私たちの生き残るための秘訣
かもしれません……
令和7年12月6日
「誰もが長生きしたいと願うが、誰も老人には
なりたくない」。
これはアイルランドの作家スウィフトが著した
『ガリバー旅行記』
に出てくるセリフです。
18世紀のアイルランドを生きた人々も、
私たちと同じく
「老いへの恐れ」を抱いていたようです。
令和7年12月5日
日本が高度経済成長路線をひた走りに走り
「エコノミックアニマル」と呼ばれた時代。
国鉄が「酷鉄」と呼ばれていた時代です。
そこではサラリーマンの涙ぐましい努力が
縁の下の力持ちとして経済を支えていたのです。
私は、今でも「24時間働けますか?」の
当時を懐かしく思い出すこともあります……。
令和7年12月3日
私は右膝関節炎を患っているので、毎月1回整形外科
通いをしていますが、整形外科はいつも混んでいます。
ジジババで一杯です。リハビリで通っているジジババは
顔なじみも多いようで、半ばサロン化している雰囲気
もあります。
“○○さんはここのところ来ないけど病気かしら?”
の声が聞こえ、“ええ?ここは内科もある病院なんだけど”
と突っ込みたくなることもあります。
令和7年12月2日
秋は紅葉の美しさとともに黄金色に輝く銀杏並木
の美しさにも目を奪われる季節でもあります。
妻が元気なころ、秋になると隣の駅にある
光が丘公園の銀杏並木を鑑賞しに出かけたものでした。
二人は黄金色に輝く銀杏並木と時々隙間から
顔を出す青空を眺めながらただ黙って歩きました。
時々“銀杏が綺麗だね”と話しながら……
令和7年11月28日
パソコンを立上げて指タッチをすれば、直ぐに
色んな情報が目の前に広がって来ます。
膨大な量の情報がネットワークの仕掛けによって
端末に押し寄せて来るのです。
毎日暮らしていくだけでも疲れてしまうのに、
情報の選択収集まではとてもできません。
だから、毎日情報を見流しています。
見流した後”アレっ、今何を見たっけ?”と思い、
”何とも大変な時代に入ったもんだ”とつぶやきながら……。
令和7年11月27日
普通、70歳以上になると、友人知人の数は段々と減って
行きます。それは昔からの友人たちが少しずつこの世を
去って行く一方で、新しい友人は一向に増えないからです。
男性の場合、定年になって会社を辞めると、
急速に「友達ゼロ」に向かって進み始めるとも言われて
います。
「友達ゼロ」でも、奥さんが代わりをしてくれる人は
幸せです。