令和8年4月9日
Ai化が急速に進展していますが、これに追いつけない
サラリーマン諸氏からは、下記のような嘆き節が聞こえます
(2025年の第一生命「サラっと一句」から)。
① AIの 使い方聞く AIに、
② もう無理と あきらめかけた AIに、
③ パワハラと 教えてくれる AI様
令和8年4月9日
Ai化が急速に進展していますが、これに追いつけない
サラリーマン諸氏からは、下記のような嘆き節が聞こえます
(2025年の第一生命「サラっと一句」から)。
① AIの 使い方聞く AIに、
② もう無理と あきらめかけた AIに、
③ パワハラと 教えてくれる AI様
令和8年4月8日
サラリーマンであれば毎朝、満員電車に詰め込まれて
出勤している人が多いのではないでしょうか。
それぞれが自分の人生を楽しそうに、つまらなさそうに、
生き生きとしていたり、なんとなく惰性ですごしていたり、
と各人各様に毎日を過ごしているのでしょう。
令和8年4月6日
私にもたくさんの思い出がありますが、振り返るとやはり
辛かったことの方が鮮明に思い出されるように感じます。
海外駐在していたときに一時帰国して認知に戻るときの
辛さは今でも思い出します。
朝早く、成田空港を目指して荷物を満載した車 付きスーツケース
をガラガラ転がしながら徒歩で30分かけて最寄り駅まで
行かなければなりません。妻と補助輪付きの自転車に乗って
一番下の子が駅まで見送りにきてくれました。
朝早いため周りが静かな中、ガラガラと音を響かせながら
3人で歩きました。
駅に着くと“それじゃ、行ってらっしゃい。頑張ってね”と
言う妻。
“子供を宜しく。元気でね”と言う私。
後は3人で手を振って別れました。
令和8年4月4日
人生とは、一つのドラマです。
人は生まれてから死ぬまでの間に、様々な事件や出来事に
遭遇します。
「平凡な人生」といっても、その人の人生にとっては大切な
出来事が続く「人生ドラマ」です。
そのドラマの主人公はその人自身です。
そして誰もが、ドラマ終演のとき、“あぁ、いい人生だった!”
と思いながら旅立ちたいと願いながらそのラマを演じます………。
令和8年4月2日
ある日の午後に、一人で靖国神社の桜を
見に行きました。仕事に区切りがついた後、
オフィスをちょっと抜け出し、ブラブラと
ゆっくり歩きながら、靖国通りの桜を楽しみ
ました。
小さな桜の花びらが、青色の空と時々
浮かんでは消える白い雲を背景に点々と
連なって、まるで桃色の浮雲の様に浮かんで
いました。
そんな桜を眺めながら私の頭の中では、
子供の頃や、友達と上野の夜桜を楽しんだ
独身の頃、妻と一緒に歩きながら眺めた
光が丘の桜並木など懐かしい想い出の景色が、
次から次へと走馬灯のように浮かんでは消えて
行きました。
令和8年3月31日
人は良い思い出よりも、嫌な思い出を鮮明に
覚えていると言われています。
また「楽しい時はすぐに時間が過ぎる」とも
言われますが、まさにその通り。
楽しい時は、その体験だけで満たされてしまって
いるので、細かな情報には注意が向かないのです。
反面、退屈だったり、嫌な時は周囲の全ての情報に
注意が向きやすく、脳が神経質になっているため、
なかなか時間が経たないように感じるのだそうです。
零話8年3月30日
歳をとることは、多くの人にとって喜びと悲しみが
入り混じった複雑な気持ちを抱かせます。
ネガティブな意味合いで使われることもありますが、
必ずしもそればかりとは限りません。
年齢を重ねることを自然なこととして受け止め、
人生経験を積むことや、成熟していくこととして
肯定的に受け止めることもあるのです。
令和8年3月28日
ある朝の通勤時、年を経るごとに昇り降りが苦痛と
なってきた駅の階段をやっとこさと登って、靖国道路に
出るとパッと桃色の花が視界に飛び込んできました。
毎年この景色を見ると“あぁ、今年も桜が咲いたんだ”
と桜の美しさとともに一年を無事に過ごせたという
安堵感に包まれて嬉しくなります。
また、別の日の午後に、一人で靖国神社の桜を
見に行きました。仕事に区切りがついた後、オフィスを
ちょっと抜け出し、ブラブラとゆっくり歩きながら、
靖国通りに咲き始めた桜を楽しみました。
令和8年3月27日
高齢者が久しぶりに友人と会うと先ずは病気や
体調のことから会話が始まります。
みんな思いは同じ、「病気などで苦しい思いを
せずにピンピンコロリ」であの世に旅立ちたいと
いうことです。
でも、大多数の方はこんな願いは叶わず、病気で
あの世に旅立つ方が少なくないようです。
令和8年3月25日
企業がビジネスモデルの転換を進める中で、社員に求める
能力の質が大きく変化しています。しかし、従来の人材構成や
能力分布が、この変化に追いついていないケースが少なく
ありません。
そこで企業は、ビジネスモデルの転換に必要な人材を高給で
外部調達するために、転換に対応できない比較的高給な内部人材
を放出して人件費高騰を回避しようとするのです。
今、中高年サラリーマンへの厳しい選択の目が光っています。