人事労務日記~所長のつぶやき~ -315ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成24年10月4日


 今日は、朝早くから人間ドックに行ってきました。

朝の雨風の強い中を傘を傾けながら、歩いていると

「まるで私の身体が風雲急を告げているような」

気持ちになってしまいました。


ところで、先日メールを取引先に送った際に、

「貴社訪問」が「貴社法門」と転換したまま、

送付してしまい、冷や汗をかいてしまいました。

このように、パソコンで文章を作成する際に、

ユニークな変換ミスに遭遇することが時々あります。

大分前ですが、そのユニークな変換ミスを集めた

コンテストを日本漢字能力検定協会が開催し、

表彰作品を発表していました。


第一位は、
 「今年から海外に住み始めました   → 

   今年から貝が胃に棲み始めました」
となっており、念願の海外移住を実現させた友人

からのメールで、魚介類を好んでいた彼女がここまで

好きだったとはと、仰天したそうです。
 その他、
「誰か、ビデオとってるやついないか  → 

   誰か、美で劣っているやついないか」
 

   「正解はお金です     → 

           政界はお金です」


・・・等々、思わず笑いを誘う作品が多く選ばれていました。

平成24年10月3日


 尖閣諸島を巡る中国・台湾との軋轢は一向に

沈静化の兆しを見せませんし、領土を巡る韓国、

ロシアとの紛争も一向に解決の兆しさえ見せません。

まさに日本は近隣諸国との関係が過去最悪の

状態となっています。


更に政治は混迷し、経済も一層の落ち込みを見せるなど、

何かと暗い話題ばかりが強調される今の日本。

そんな中、日本人も自信喪失気味でどうしても伏し目

勝ちになってしまいます。


でも、日本人同士の暮らしの中では特に感じない

「日本人の良さ」は、外国で暮らしてみると懐かしく

思い出すものでもあります。

礼儀正しさとか、時間を守るとか、他人への思いやりとか、

数え上げたらきりが無いほど沢山あります。


私たちは、もう少し「日本人」であることに誇りと自信を

持ってもよいのではないでしょうか?

(それにしても、政治は何とかならないのでしょうか?)

平成24年10月2日


 期末は非常勤役員をしている会社の

業務が多く、オフィスを留守にすることが多く

なります。

それも今日の午前中でひと段落、ホッと

一息です。


「好事魔多し」と言います。

これは、順風満帆なときこそ「人生の落し穴」に

落ちてしまうことが多いことへの警句です。

人は順調なときは、これからも順調に行くだろうと

思い込みがちです。

だから、「順調なときこそ落し穴には注意すべき」

という古くからの教えなのでしょう。


そう考えると人生というのは実に恐ろしいもので、

蜘蛛の糸一本でかろうじて吊り下がっているの

かもしれません。

「人生の落し穴」は、いつ口を開けて待っているか

分らないのです。

だから結局、

「人生は、棺に蓋をするまでは油断してならない」

ということなのでしょう。


もっとも私は人生の高みに登ったことも無く、地面を

這いつくばって歩いてきてますので、「人生の落し穴」

に落ちることはあるまいといつも思っているのですが・・・・





平成24年9月29日


 今週は、上期決算月なのでとても忙しい

となりました。オフィスにも満足に顔を出せない

が続きましたが、土曜日になってやっと一息です。


 私は、朝晩の通勤時以外にお客様のところに

お伺いするときも電車を利用しますので、電車には

普通の人よりとても多くの回数乗っていることになります。

そして電車には、様々な人が様々な人生をぶら下げて

乗ってきますので、乗車機会の多い私は、乗車してくる

人の夫々の人生模様をほんの一瞬垣間見る機会も

とても多いことになります。


 ある日の夕方の帰宅電車、私が乗り込んだ車内は

結構混んでいました。運良く、席が空いて座ると暫くして、

隣からプーンとアルコールの匂いがするのに気がつきました。

電車が次の駅に止まり、酒の匂いを撒き散らしていた

隣の人は降りていきましたが、私が何気なくプラットホームを

歩いて行く人たち眺めているとその中にアルコールの匂いを

発散していた人を見つけたのです。

その人は丁度定年を過ぎたくらいの年配の男性でした。

何かそのうしろ姿はとても寂しそうに見えました。

きっと早くから酒を酔うほどに飲むには、それなりの理由が

あったのでしょう。


 私の場合は、最近は外で酒を飲む機会がメッキリと減り、

酒の匂いをプンプンさせて電車に乗ることもメッキリと減りました。

平成24年9月25日


 「好事魔多し」と言います。
これは、順風満帆なときこそ人生の落し穴に
落ちて

しまうことが多いことへの警句です。

人は順調なときは、これからも順調に行くだろうと

思い込みがちです。

だから、「順調なときこそ落し穴には注意すべき」

という古くからの教えなのでしょう。

そう考えると人生というのは実に恐ろしいもので、

蜘蛛の糸一本でかろうじて吊り下がっているのかも

しれません。

退職したら,
“カミさんとゆっくり旅行にでも行って、

夫婦水入らずの時間を過ごそう”、そうすれば、

“カミサンはきっと喜ぶはずだ”,

とサラリーマン時代と同じように

「奥さんは、自分と一緒の生活をしたいはずだ」

と勝手に思い込んでいる人は、ある日突然、奥さん

からの手痛いシッペ返しを受けて、

“なんで?どうして?”と慌ててしまうかもしれません。


「人生の落し穴」は、いつ口を開けて待っているか

分らないのです。
だから結局、
「人生は、棺に蓋をするまでは油断してならない」

いうことなのでしょう。

平成24年9月24日


 よる年波せいか私は最近「ものわすれ」が随分と

ひどくなった様に感じます。

そして、記憶力の低下と共に「あれあれ」という単語の

使用頻度もグッと上がりました。


先日もサラリーマン時代の同僚との飲み会で、ある上司の

ことについて触れようとしました。

然し、どうしてもその名前が思い出せません。

“ほらアノ人だよ、あの何とかっていう部に居た人。メガネを

掛けて如何にも俺は秀才だという感じの人。

何でわからないのかなぁ!ならこの話はやめよう!」と

話を打ち切ってしまい、一瞬、気まずい雰囲気が流れて

しまいました。


この話のように思い出せないものの大部分は、人の名前など

の固有名詞が多いようです。

そして、私の場合は、特に思い出せないものが三つあります。

「一つ目は人の名前、二つ目が最近会った人の顔、

 そして三つ目は・・・・・・・

 えーと、うーん、何だっけ、ほら、あれあれ!」

平成24年9月22日


 9月も後半となり、ここのところ流石に少し涼しくなりました。

朝晩は、窓を開けっぱなしにしておくとチョッと寒いくらいです。

時間と季節は、人それぞれの思いとは別にタンタンと

移り変わって行くのですね。


ところで、最近は「他人への思いやり」という言葉がとても

空虚に響く時代になってきたような気がします。

朝晩の通勤電車では、いつもこんな思いをさせられます。

障害のある方とかお年寄りとかが乗り込んできても、

優先席にヒタスラ座り続ける学生やら人目はばからず化粧に

余念のない女性とか、は良く見る光景だからです。


また、「自分を大事にするという言葉をえている」でばないかと

思うこともあります。

就職難の時代にヤッと就職しても、「この会社は自分に

合わない」といってはサッサと辞めていきますし、

自分に相応しい人と思って結婚したはずなのに、「この人との

結婚生活では、自分の中に意味を見つけられない」とか

言っては、離婚するニュースを目にするからです。


勿論、これらは一部の人たちのことなんですが、何だか

やりきれない思いもします。

平成24年9月21日


 随分昔に読んだ本に、「物事には表と裏がある」の

例えとして次のような言葉がありました。


・「喜びと哀しみはいつも一緒にやってくる」
・「かつてはあなたを悲しませていたものが今は、喜びに

 なっている」
・「かつては喜びであったことに、今は涙を流している」
・「捨て去りたいほどの、煩わしさは、背負い込まされた

 ものではなく、自らが選択したものだ」

 これらは、平易な例えではありますが、「物事には全て表が

あれば裏がある」ということを適格に表していると思います。


でも今の世の中、表と裏があり過ぎて(特に政治家)、

何が本当なのか分からなくなっているきらいもあります。


勿論私は、表と裏もありません。(本当かな?)

平成24年9月20日


 時間が経つのは、本当に早いものです。

今年も、もう8月が終り、9月も半ばになります。

だから、今年も2/3以上が過ぎ去ったことに

なるのですね。

それにしては、予定通りには進まないビジネスを

睨んで、何か焦りさえも感じてしまうのは、

私だけでしょうか?


ところで、時間といえば、その早さに驚く一方で、

過ぎ去ったときや、子供の頃、若かった頃などを

懐かしく思い出させるものでもあります。

ところが、あの頃を思い出し懐かしさに胸が躍らせる

のですが、不思議にあの頃に戻ってやり直したいとは

思いません。なぜでしょうか?


それは、自分の過去に何が起きたかはよく知っている

からです。昔のあの頃に戻れば失敗はしなくて済むかも

知れませんが、“ハラハラ・ドキドキ”、は無いでしょう。

だから“そのような人生は、退屈な詰まらない人生

かもしれない”からです。


“先が解らないから、人生は面白い!”

のではないでしょうか?



平成24年9月19日


 先日の土曜日、オフィスに出る前に床屋へ

行きました。

床屋に寄ったこの日の土曜日も、何時もの

土曜日となにも変わりません。

何時ものように、空いている通勤電車に

ゆっくりと座ってオフィスに出て、誰もいないオフィスで

一人静かにパソコンをいじって、「整理仕事をしたり、

アレコレと思いに耽ったり」するのです。


でも、その日たまたま混んだ床屋へ行き、待合室で

待っている間、何か不思議な気持ちに捉われました。

たまたま行った床屋で見ず知らずの他人と隣り合わせ

に座り、見ず知らずの人と“何でこんなに混んでいるん

だろう、ついてないなぁ”とお互いに同じ思いに捉われて

いることが、不思議に思われたのです。

同じ長いすに座った4人とは、たまたま私が“今日の朝は、

オフィスに行く前に床屋へ寄って行こう”と思い立ち、

然も何となく選んだ床屋へ行ったから、偶然にも顔を

会わせたのです。


私は、何時ものように床屋の後は、オフィスに出ますし、

他の人も夫々別々の用があるのでしょう。

夫々が、全く別々の人生を歩いていて、たまたま都会の

片隅の床屋で“ヒュン”とすれ違ったわけです。

あたかも隣を走っている新幹線に別々に乗り合わせた人が、

“ヒュン”とすれ違ったようなものです。

また会いたいと思っても、二度と会うことは出来ないでしょう。


本当に人生とは「偶然の巡り合わせ」から成り立っているんですね!