人事労務日記~所長のつぶやき~ -313ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成24年10月30日


 朝晩は、随分と冷え込んできて、銀杏並木も色づいた葉が

チラホラと見える様になりました。

もうすぐ、寒い冬が来るんでしょうね!


“景気が悪い”、“政治はどうしょうもない”とため息をいくらついても、

そんなことには関係なく、季節はキチンキチンと巡ってきます。 

然し、こんな季節の変遷とは全く無関係に、オフィスで仕事を

しているとセールス電話が飛込んできます。


私たちの社会では、何の関わりもないときには匿名でもいいのですが、

何らかの関わりを持つときには、お互いに名乗り合うのが礼儀で、

初対面の名刺交換のように誰だか知らない関係からお互いを

知り合う関係への移行が必須となります。

そして当然のこととして、この「人と関わり合う」というのは双方の

合意が前提となります。

関わりを求める人と求められる人が合意するという条件が整って

初めて成立するのです。


然し、中にはこの関わりを一方的に求めてくる人たちがいます。



それが、セールスです。

それにしても飽きもせずによくセールス電話は架かってきます。

鳴り響く電話には出ないわけはいかず、やりかけの仕事を

中断してまで出たときに、その相手がセールスだと分った際の

不快感。そしてそれを断る際のストレス。

どちらもとてもウンザリします。


だから、最近は電話に出てセールスだと分ると直ぐに切るよう

にしています。


関わっているととても不愉快になるからです。


不愉快な気分は、健康に良くありませんから・・・・

平成24年10月29日


 能登半島の高級旅館「加賀屋」は、その「お客様への

おもてなしの心」について、高く評価されています。
加賀屋の「おもてなし」がメディアで紹介されるとき、

よく取り上げられるのに、こんなエピソードがあります。


……女性宿泊客との会話の中で、“亡くなった夫と一緒に

加賀屋へ来たかった”、という話を客室係が聞く。そこで

担当の彼女はすぐさま調理場に頼み、夕食時にそっと

陰膳を用意する……というものです。
似た例はほかにも多くあるそうです。


近隣の「あえの風」(加賀屋グループのホテル風旅館)で

のエピソードです。
 ……結婚式に招待された男性のテーブルに、女性の写真が

置かれていることに客室係が気づいた。聞けば昨年亡くなられた

奥様の写真で、“花嫁の姿を一目見せてやりたかった”という。

そこで彼女は、花瓶に一輪の花を用意し、料理を2品ほど

持ってくると、“奥様とどうぞご一緒に、今日の花嫁さんを

お祝いしてあげてください”との言葉を添えた。……というものです。



私のところも、小さいながらサービス事業を営んでいます。

「加賀屋」の「おもてなし」にはとても及びませんが、お客様

への感謝の気持ちとその感謝をどのように表現して行くか

にいつも気をつけています。



平成24年10月27日


 ここのところ、朝晩は冷え込むようになり、木々の緑も

黄色に色づき、メッキリと秋らしくなりました。

また、ここのところ、政治が混迷し、中国との緊張も強まる

一方で、まるで末世のような暗い世情が続いています。


そんなやりきれない思いのとき、こんな人の騒ぎなどには

まるで無頓着に、晴れ渡った秋の青空の中にユッタリと

漂いながら動いていく白い雲を眺めていると、

ささくれ立った心がなぜか和んできます。



然し、他方で秋には、「物悲しさ」も感じます。
秋を詠んだ歌には、証券会社が多数集まっている兜町

でも有名な

「桐一葉、落ちて天下の秋を知る」

というのがあり、ささいな現象からその後の大勢を推し量る

例えとして用いられています。


もともとこの歌は豊臣の世の衰退を言い表しているそうで、
ヒトの世の「はかなさ」を詠んだものだといわれています。
年を降るにつれ、私なんかも実感として「そのとおりかな」

との思いを強くしています。


所詮「人間は偉い人もそうでない人も、誰しも死ぬときはみな同じ」

ということだと思うからです。 


平成24年10月26日


 団塊の世代が65歳を迎え、サラリーマン生活を

終える人が増えてきました。

65歳で仕事を退いたとしても未だ20年近くの人生を

過ごさなくてはなりません。

この膨大な時間をうまく使っている人もいますが、

多くの人はそれが出来ていないようです。


一番良く聞く話は、奥さんと一通り旅行に行った後、

「することがなくなる」というものです。旅行から帰ると、

いつも奥さんと二人。

奥さんの方は、地域や友達との付き合いも多いし、

家事もしなくてはならないから忙しいのに、夫はすることが

ないから家でごろごろしている、こうなると奥さんから

煙たがられるし、二人の仲も段々とおかしな雲行きにも

なってきてしまいます。


定年後、“長年働いてきたのだから、もう何をして過ごそうと

俺の自由だ”という気持ちは、よく分るのですが、

気力・体力ともに十分な人が、打ち込めるものを無くして、

一日中することもなく、本当の「余生」を過ごすことに

なってしまうのはもったいない話だとも思うのです。


平成24年10月25日


 「時を経る」ということは、色々な場面で重要な

働きをするものです。

“失恋の悲しみも、事業の失敗による失意も”、

「時を経る」ことで軽減していきます。


ヒトの顔も「時を経る」事で、顔つきが変ってくるようです。

「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と云われる

ことがあります。


「幼い頃の顔は百パーセントが遺伝でも、その後どんな

 生き方を選ぶかで顔つきが変わってくる。その顔つきを

 長年続けるうちに次第に定着し、やがてその人の顔が

 できあがる。その年齢が四十歳。」


という意味のようです。


そういえば、顔を見れば、そのヒトの過ごしてきた人生が何となく、

分るような気もします。

苦労してきた人の顔は、その苦労が顔に滲み出ていますし、

ずるい人は、ずるそうな顔をしています。


私の顔は人から見たら、どんな顔に見えているのでしょうか?

多分、苦労が滲み出ている顔でしょう。


平成24年10月24日


 東日本大震災後の復興需要の勢いも当初期待された

ほどではなく、民需の勢いも鈍りつつある中、日本経済にとって

中国経済の回復が数少ない希望の星のひとつでした。

然し、中国景気の回復の遅れに加えて尖閣問題が深刻化し、

足元では逆に中国が日本経済のリスク要因となりつつあります。
 
 中国では、景気回復の遅れに加えて、中国の税関当局が、

日本からの輸入品に対する検査率を大きく引き上げるなどの

対抗措置をとっているとのことで、対中輸出は一段の減少が

予測されています。
また、中国で広がる日本製品の不買運動の広がりも日本企業

への打撃材料の一つとなって来ました。

 長らく低成長により経済面でも世界に占める日本の存在感は

薄れる一方です。
デフレの長期化、超円高や高い法人税、厳しい労働法制などに

電力の供給不安や政治の混迷も加わり、日本の国際競争力は

低下する一方で、先般公表された世界ブランド番付では

トヨタ自動車が韓国・サムスン電子にアジア首位を譲り渡しました。

 しかし、それでも日本の実力は、まだまだ世界有数のものです。
通常、数年間の準備を要するとされるIMF・世銀の年次総会開催を、

1年半足らずの準備期間で警備面も含めて成功させました。
尖閣を巡る中国の挑発にも冷静に対応している日本を再評価する

動きも欧米で広がって来たようです。

 こんな苦境にある今こそ、そこから這い上がって行く日本の底力を

見せる好機なのかもしれません。

平成24年10月23日


 人は何かと迷います。私なんかは、優柔不断で

何をするにも迷っています。

でも迷うというのは、決めようとする事が優劣付けがたい

ことだからです。

迷うときは,どちらも同じなので,どちらを

選んでもOKだろうとの判断が前提です。

優劣がはっきりと見える場合は,迷うことはありません。

どちらも捨てがたいから,迷うのです。


そのような場合には,コインの裏表やジャンケンなど,

運を天に任せるというやり方で,選択をするにも一法

かもしれません。

どちらでもいいと思うから,運を天に任せられるのです。
 

そして、このようなどうでもいいことの選択をし続けて,

人生が彩られていきます。

あのときこうしていれば,という別の選択の道を思う

こともあります。


でも幸いなことに,別の道がどんなものであるのかは,

実際には分かりようがありません。

それは,現実に存在していないからです。

だから、結局、「あのときの自分の選択が良かった」と

思うしかないのです。

このようにして、人生が続いて行きます。

平成24年10月22日


 「好事魔多し」と言います。

これは、順風満帆なときこそ人生の落し穴に

落ちてしまうことが多いことへの警句です。

人は順調なときは、これからも諸事順調に

行くだろうと思い込みがちです。

だから、「順調なときこそ落し穴には注意すべき」

という古くからの教えなのでしょう。

そう考えると人生というのは実に恐ろしいもので、

蜘蛛の糸一本でかろうじて吊り下がっているのかも

しれません。



退職したら“カミさんとゆっくり旅行にでも行って、

夫婦水入らずの時間を過ごそう”、そうすれば、

“カミサンはきっと喜ぶはずだ”とサラリーマン時代と

同じように「奥さんは、自分と一緒の生活をしたいはずだ」

と勝手に思い込んでいる人は、ある日突然、奥さんからの

手痛いシッペ返しを受けて、

“なんで?どうして?”と慌ててしまうかもしれません。


「人生の落し穴」は、いつ口を開けて待っているか

分らないのです。

だから結局、

「人生は、棺に蓋をするまでは油断してならない」と
いうことなのでしょう。


平成24年10月20日


 今日も晴天です。

靖国神社の木々も色づき始めました。

もう今年も残すところ、あと3ヶ月もない

のですね!

時間の経つ早さに改めてビックリしています。


時間といえば、その早さに驚く一方で、

過ぎ去った日々のアレコレや、子供の頃、

若かった頃のことなど、懐かしく思い出させる

ものでもあります。
そして私は、最近、どういうわけか小学校時代の

ことをよく思い出します

そして、子供時代に一緒に遊んだけれど、

今は、全く付き合いのない人の子供の頃の顔を

思い浮かべては、

「あの人はどうしているだろう」と思います。


オフィスの窓から見える青い空と緑の木々、

そしてポッカリと浮ぶ白い雲を眺めながら、

過ぎ去った昔のことを懐かしく思い出しています。



平成24年10月19日


 昨日は、朝から冷たい雨が降る肌寒い

日でしたが、今日は朝から日差しに恵まれ、

空は雲ひとつ無い晴天です。

こんな好天の中、オフィスの外の靖国通りには

久し振りに大きなデモが、スローガンをがなりたて

ながら、通り過ぎて行きました。


こんな良い日は、みんな散歩でもしたいのでしょう。

私も、昼前に人形町の耳鼻科(持病の定期検査の

ため、もう20年近くも1ヶ月に1回通っています。)に

行って来ました。

途中に明治座がありますが、明治座は今年

創立140年だそうです。

その記念講演の旗が風邪の中、揺れていました。


ノンビリとした平和な光景が続いていましたが、

耳鼻科の途中にある公園の中は、チョッと様相が

異なっていました。

若い男性達が手持ち無沙汰げにスポーツ紙をひっくり

返していたり、ボンヤリと空を見ている人が目立って

いたのです。

今日は、平日の午前中ですので、仕事がある人は

こんな姿を見せていないでしょう。


今の日本の不景気の深刻さとそれに伴う失業の

問題を垣間見たような気がしました。