人事労務日記~所長のつぶやき~ -312ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成24年月13日


 最近、私は記憶力がメッキリ衰えてしまいました。

いや、正確に表現すれば、「記憶する」というよりも

「思い出す」という能力に大分劣化現象が生じて

来ているようなのです。



先日もこんなこともありました。寝ぼけていたわけでも

二日酔いでもなかったのですが、自宅の机に携帯電話を

置いたままオフィスへ出かけてしまったのです。


そして、そのことに気が付いたのは最寄りの地下鉄駅の

入り口でした。

“あれっ、いつも上着のポケットに入れている携帯がない、

落としたのなら大変だ”と思い、家にあるかどうかを直ぐに

確認しようと思いました。

そして、無意識に「家に電話をするためにポケットの中を

ゴソゴソと探って携帯を探している自分」に気が付いたのです。


それが、“俺ってホントに大丈夫かな?”と真剣に

考え始めた瞬間でした。

平成24年11月12日


 「弱り目に祟り目」、「好事魔多し」と、

昔から「“生きている”ということは、厄介なもんだ」

ということを現す言葉があります。


「とかく、浮き世の風は冷たいもの」ともよく

言われますが、

嫌なことが次から次へとこれでもかと

言わんばかりに降り掛かってくると、

“自分はなんて運がないんだろう”

と思ってしまいます。


 自分の思い通りに「ことが運ばない」のは誰でも

経験する世の常としても、思いもしなかった想定外の

ことが次から次へと飛び込んでくるのはかないません。

思いもしなかったことに直面させられるのは、

思わなかった方の落ち度といえばそれまでですが、

それが重なってしまうと嫌になってきます。



 こんなときは、気分転換が必要です。

気分転換の方法は、人それぞれですが、

外で飲む事が少なくなった私の場合は、

家に帰って妻と愛犬を相手にした晩酌です。


今日も早く帰って一杯やることにします。



平成24年11月10日


 昨夜は、久し振りに学生時代の友人達と

飲み会をしました。

私たち世代の飲み会での話題は、「定年後、

毎日何をしているか」というところに行き着いてしまいます。


 普通のサラリーマンは、退職後も何か「生き甲斐」を

見つけようと苦心惨憺することになるのですが、

その「生き甲斐(ギターとかの音楽関係や絵、俳句等々)」

が妻の理解を得られず、自分だけの「生き甲斐」だと

定年後の家庭生活には危ういものがあるようです。

散々苦労の末、「男の生きがい」を見つけ出しても、そ

れが妻にそっぽを向かれてしまったのでは、穏やかな

老後は到底望めないことになってしまうでしょう。


 定年退職した旦那が、「30年間苦労をかけたから、

漸くお前と一緒に・・・・」

などと、奥さんを慰労する計画を立てても、奥さんからすると、

「30年間も放ったらかしにして、何を今さら・・・・

(私の青春を返せ!)」
ということになるのかもしれません。


 穏やかな引退生活を楽しむためには、人生の伴侶の理解が

必須なようです。




 





平成24年11月9日


時を経る」ということは、色々な場面で

重要な働きをするものです。

“失恋の悲しみも、事業の失敗による失意も”、

「時を経る」ことで軽減していきます。


ヒトの顔も「時を経る」ことで、顔つきが変って

くるようです。

「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」と

云われることがあります。

“幼い頃の顔は百パーセントが遺伝でも、その後

どんな生き方を選ぶかで顔つきが変わってくる。

その顔付きを長年続けるうちに次第に定着し、

やがてその人の顔ができあがる。その年齢が四十歳”

という意味のようです。

周りを観察していると、一日を一生だと思って生きる

「仮説思考の持ち主」のなかに、年齢を重ねるにつれ

「イイ顔」になってゆく人を発見したりします。

「イイ顔」になるためには、その人なりの哲学が

必要なのかもしれません。

ちなみに私はもう手遅れです。

平成24年11月8日


 私は、朝晩の通勤時以外にもお客様のところに

お伺いするときも電車を利用しますので、電車には

普通 の人よりとても多くの回数乗っていることになります。


そして電車には、様々な人が様々な人生をぶら下げて

乗ってきますので、乗車機会の多い私は、乗車してくる人の

夫々の人生模様をほんの一瞬垣間見る機会もとても多い

ことになります。


最近は、都営地下鉄が優先席を増やしましたので、優先席に

ついて思うことしばしばです。

私は右足が不自由なので、朝は始発駅まで戻り、プラットホーム

に並んで優先席に座ることにしているのですが、優先席は殆んどが、

席を必要としない人たちに占められてしまいます。

だから、途中から席を必要とする人たちが乗り込んできても座る席は

ありません。優先席の前に「見るからに立つのが辛そうな人」が立ち、

立っていても何ともなさそうな人が座っている光景は、今はちっとも

珍しくはありません。

先日は、私より余程重傷そうな人が立っていたので、少しは軽傷そうな

私が席を譲ったこともありました。


こんな状態なので、「わざわざ優先席と銘打つこともないのになぁ」と

いつも思っています。

平成24年11月7日


 猫は「孤高タイプ」で,犬は「群居タイプ」

というイメージの中で,「自分を通す」のが猫派,

「主人に忠実」なのが犬派という意味合いで、

犬派と猫派を分けるとすれば、私は断然

「犬派」です。


私は、とても「孤高タイプ」ではないし、何よりも

人と「群れる」のが大好きだからです。

「群れる」といっても最近は、サラリーマン時代の

友人たちとはメッキリと疎遠になってしまったので、

プライベートでは専ら家内と「群れる」ことが

多くなりましたが・・・・・


それでも、今月から来月にかけては、年に1回の

忘年会があります。

夫々の会で集まるメンバーは異なりますが、

何れも年に1~2回の面会となります。

1年経つと夫々の様相が大分異なってきます。

「今年はどうなっているだろうか?」

と今から楽しみであり、切なさでもあります。

平成24年11月6日


 定年退職した旦那が家庭にいつもいることになった場合、

家庭円満に過ごすには大きく分けると二つしか方法が

ないそうです。


一つはひたすら、奥さんに対して忠実となり、奥さん第一で

共に生きる道(私の場合はコレです)。


もう一つは、奥さんとの関係修復は、もう諦め、自分の

趣味などを極めて、最後まで 「自分の生き甲斐」 を貫く

生き方(この道は、妻の定年退職(離婚)や定年休職

(家庭内別居)も覚悟する必要があるかもしれません)。


でも、意志固く、趣味を極めていく生き方自体にも困難が

伴うようです。なにしろ、定年前に持っていた趣味の大半は、

定年後には最早通用しなくなっているのですから・・・・


ゴルフは「仲間」 と 「お金」が必要ですが、定年後は、

金もなくなり、会社の仲間もいなくなります。

木彫り、陶芸、小説の執筆など、一人でも出来る趣味は、

暫くやっていると、「茶碗をいくら作り続けても、それを欲しい

といってくれる人もいないし、自分で使うわけでもない。

ただ増え続けていくばかりの茶碗を見ていると、虚しくなる」

とそう遠からずに止めてしまうそうです。



とすれば、「第一の道」しか私たちには残されていないように

私には思われるのですが・・・・・・




平成24年11月5日


 「好事魔多し」とも言います。

これは、順風満帆なときこそ人生の落し穴に

落ちてしまうことが多いことへの警句です。

人は順調なときは、これからも順調に行くだろうと

思い込みがちです。

だから、「順調なときこそ落し穴には注意すべき」

という古くからの教えなのでしょう。



そう考えると人生というのは実に恐ろしいもので、

蜘蛛の糸一本でかろうじて吊り下がっているのかも

しれません。



もっとも、ついに花を満開に咲かせることもなく、もうじき

半開きのままひっそりと散らして行く私の場合は、人生の

高みなどには登ったこともなく、地べたをジックリと睨み

ながら淡々と歩いてきただけに、行く手に潜む落し穴は

すぐに目に入ります(いや、目に入るはずです)。

だから、「落し穴に落ちることはない・・・」と固く信じています!


“落ちるはずがない?・・、ウーン、まぁ、きっと落ちないでしょう・・・”

平成24年11月2日


 最近読んだ雑誌に「主婦の定年」という

記事がありました。


「会社を定年退職した夫が、結婚を機に

会社を辞めて専業主婦になった妻から、

“私も、もうすぐ定年(65歳)になるのよね。団塊の

世代のトップを切って。あなたと同じ無職になるのよ。

退職金は頂けるのかしら?“ 

と言われてハッとし、

“それじゃ、わが家から主婦がいなくなるじゃないか”

と危機感を覚え、早速奥さんと団交に入った。

そして結局、退職金は、会社から貰った退職金の

半分を奥さんに支給。主婦業は、激論の末、

妻の定年を5年間延長し、その代りに、夫もバイトで

家事を手伝う主夫になった。」

という内容です。


この記事は、私にとってもハッとした内容でした。

今まで、自分や同僚・知人の定年は考えても、

「妻の定年」など考えたこともありませんでしたから。

でも、よく考えれば「主婦業」という業務に定年が

あってもおかしくはないのです。


これからは、“私も「妻の定年」を意識して過ごさねば

ならないのかなぁ” と思ったりしています。

平成24年10月31日


 私は、「朝は遅く、帰りは早く」の重役時間(?)で

通勤しているのですが、その重役時間帯でも

平社員(?)のラッシュ時並に混むようになってしまいました。

先日の朝の通勤時も、電車がヤケに混むようになりました。

次から次と乗り込んでくる乗客で背の小さい私は、隅の方に

押し込まれて息も絶え絶えとなってしまいます。


「自分中心主義」のこの時代は、電車の中でも年配者

肉体条件の悪い人などへの配慮をする人は、あまり見られません。

帰宅時などの混雑しているときに、優先席には体格が良く、

1時間や2時間位立っていても屁とも思わないだろうと見られる

若い男女が席を占め、今にも転びそうな杖を突いた老人や

障害者がその前に立っているという光景もそれほど珍しくは

なくなりました。



老若男女を問わず、あたかもみんなが「兎も角、自分が楽に
なることが一番」と席の争奪戦にキュウキュウとしているかの

ようです。

だから、席が空けば弱者への配慮より先ずは自分が座ろうと

するのでしょう。


昔のような他人の目を意識した「自分の格好良さ」を求める

気持ちは、無くなってしまったようです。

他人の目を意識した「格好よさ」より自分の目を意識する

「自分らしさ」を求めるのかもしれません。


そして、それはみんなで成長した高度成長時代から僅かの少数

しか浮かび上がれないデフレ時代への「時代」の流れがそうさせて

いるのかもしれません。