人事労務日記~所長のつぶやき~ -311ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成24年11月26日



 年末を控えて、各社とも業績好転を目指して

最大の努力を傾けています。

然し、企業の業績はここに来て随分と悪化して

きているようです。


ある会社の幹部の話によると、今年はどうも赤字を

出しそうとのことで、その赤字へ転落要因は色々

ありますが、最大の要因は「今まで最大・最良であった

お得意さんからの受注が質・量とも厳しくなった」という

ことだそうです。


そこのお得意さんとは、何十年来の取引で相互の

信頼関係も強かったのですが、昨今の厳しい生き残り

競争がこの関係にも、徐々にひびを入れていったようです。

お得意さんのコストへの要求がとても採算に耐えられない

ほど厳しくなっていったとのことです。



日本企業は6重苦と言われる経営環境の悪化の下、

厳しい生き残り競争に立ち向かっています。

ここは、政治も日銀もツベコベと評論家みたいな弁解を

せずに、企業経営の建直しに資するべく最大の精力を

傾けるべきではないでしょうか?


平成24年11月24日


 大学生が学生食堂に一人で行くことが

できないという話を聞きました。

学生食堂はグループで行くものであり、

一人で行くと友達がいない寂しい人と

見られるのだそうです。


メールを頻繁にやり取りする若い人達にも

「仲間はずれ」にされたくないという同じような

気持ちがあるのかもしれません。


一人であることはいけないことと考えている

のでしょうか。


でも、私なんかは、

仲間と無駄話をしたり、仲間に気を使ったり

するよりも、一人でジックリモノゴトを考える時間が

あっても良いように思うのですが、

こんな考えは、時代遅れなんでしょうか?

平成24年11月22日


 先日、久し振りにサラリーマン時代の友人と

飲み会をしました。

政治・経済色々の話が一通り終ると、

「ところで、今何をしているの」という話に行き着きます。

定年退職した後の過ごし方にはひと夫々に悩みを

持っているようです。


私は定年になる前に会社を辞めたので、最後まで

勤め上げ、定年となる「その日」を迎える気持ちには

正直よく分らないところがあります。

然し定年を迎えたあと、心から打ち込めるものを

見つけ出せず、毎日まいにちを鬱屈した気持ちで

過ごしている人たちの話はよく聞きます。


長年働いてきたのだから、もう何をして過ごそうと

俺の自由だ”という気持ちは、よく分るのですが

気力・体力ともに十分なが、打ち込めるものを

無くして、一日中することもなく、本当の「余生」を

過ごすことになってしまうのはもったいない話だとも思います。


これから益々少子高齢化により労働力人口が減ると

言われています。であるなら、日本のためにも、彼ら

優秀な高齢者の働き場所を確保すべく、政府が至急

検討すべきではないかと思っています。




平成24年11月21日


 靖国神社の銀杏の木々もスッカリ黄色く

色づきました。

枝に一杯の緑の葉を着けていた銀杏の木々も、

黄色く色づき、そして風が強く吹くとハラハラと

黄色い葉を落とし、散らせて行きます。


そんな散りどきに銀杏並木を歩くと役目を終えた

銀杏の葉がヒラリヒラリと身体の上に舞い降りて、

歩く私の頭や服を黄色い斑点で色取って行きました。

まるで、“来年また会いましょう!”とでも言うように! 


私の木々の紅葉に対しての想いは、ここ数年変化

してきたようにも感じます。

それは紅葉の綺麗さに感嘆する一方で、

“来年もまたこの見事な紅葉を見ることが出来るだろうか”

という思いが加わったからです。不安や恐怖などでは

ありません。

今現在は、ときどき足が痛む以外はいたって健康です。


ただ漠然と“来年もこの見事な紅葉が見られるのだろうか”

と感じるのです。

多分、随分と人生の長い道を歩いて来て、

“もう直ぐゴールかな”ということが意識され出したからでしょう。

平成24年11月20日


 ひとは、辛い思いをすると、「後できっと良い事がある」

と思って自分を納得させたり、自分に言い聞かせたりします。

ひとは、それほど強い生き物ではないので一番辛いときは

そう思うのがいいと思うし、私もそう考えています。


そして、ある日、辛い目に会ったときから相当の月日が

経っているのに、期待していたような「良い事」が一向に

やってこない事に気がつきます。

然し、そのとき同時に気がつきます。


「良い事はやってくるのではなく、自分で探して発見

するものではないか」ということに。

そして、「自分がすでに手に入れているものの中に

価値あるものがあることに」。

それに気がつかないのは、「自分の給料に不満を持ち、

買ってもいない宝クジに当たるのを待っているようなもの

じゃないか」ということに。


そして、はたと手を打って納得するのです。
「自分が、今持っているものはとても価値があるんだ」

そして、

「それに気がついた事自体がとても”良い事”なんだ」

と。





平成24年11月19日


 今年も、もう11月も半ば以上が過ぎました。

改めて時間の経つ早さに驚かされます。

そして、予定通りには進まないビジネスを睨んで、

何か焦りさえも感じてしまうのは、私だけでしょうか?

ところで、時間といえば、その早さに驚く一方で、

過ぎ去ったときや、子供の頃、若かった頃などを

懐かしく思い出させるものでもあります。


忘年会のシーズンももう直ぐ始まります。

最近は、カラオケに行く機会は滅多にないのですが、

たまに行くと歌う歌を探すのに往生してしまいます。

私は最近のヒット曲は殆ど知りませんので、カラオケ

では専ら、昔(つまり、私の子供や若いころに)

流行った歌を歌います(逆に云えば、そういう歌しか

歌えないのです)。


また、カラオケや、テレビなどで、その頃によく聴いた

曲が流れてくると、懐かしさに胸が熱くなることがあります。

時の流れは、苦い思い出を甘く包んでくれるもののようです。


ところが、あの頃を思い出し懐かしさに胸を躍らせるのですが、

不思議にあの頃に戻ってやり直したいとは思いません。

「今が良ければ万事よし」の心境なのでしょうか?


平成24年11月17日


 最近、通りを偶々歩いているだけで見ず知らずの

他人から危害を加えられる無差別事件が増えて

います。


ある調査会社の方の話ですが、電話によるアンケート

調査をしようとして電話帳を集めると、最近は以前と

比べて目立って電話帳が薄くなっているそうです。

電話帳に番号を掲載しない人が増えているということと

若い人は携帯電話しか持たないといった事情によるもの

のようです。


最近は、情報化社会といいながら、個人の存在を示す

程度の情報さえも消えて行くという情報化社会の理念に

逆行するような奇妙な展開になっています。

情報化社会が目指すものは「匿名化社会」というもの

なのでしょうか?


駅や道路を歩いていると「周りに人は沢山いても関わりの

ある人がいない、周りは匿名の人ばかり」となんか不安に

感じてしまう昨今です。

平成24年11月16日


 私は、テレビ大好き人間で、いつも晩酌をしながら

テレビを見て、番組内容に悪態をついてストレスを

解消しています。


私がテレビを初めて見始めた頃、今でも鮮明に覚えている

番組は、大相撲の両雄であった栃錦と若乃花の

「栃若決戦」です。両雄が勝ち進み千秋楽にいよいよ

雌雄を決する、ということで、世の中は盛り上がっていました。

私も人並みに盛り上がり、手に汗を握って電気屋の店頭に

置いたあったテレビに見入ったものでした。


そのころはまた、プロレス全盛時代でもありました。

プロレスの試合の流れはほぼ毎回同じで「最初痛め

つけられていた力道山が、やがて逆襲に出て、最後の

場面で空手チョップを振るって、外人レスラーをコテンパン

にやっつける」というものでした。

力道山が空手チョップを振るい出すとテレビの前の観衆は

大喝采して、日頃の生活の鬱憤を晴らしていました。


鬱憤を晴らす手段としてのテレビは、今も昔も変わらない

ようです。

平成24年11月15日


 今日の朝の通勤時のことです。

いつもの通り、プラットホームに並んで電車を待っていると

別の列に私より重傷そうな足の不自由な男性が並んで

電車を待っていました。

電車に乗り込んでも、席は満席で座るところがありません。

どうするのかなと思ってみていると、席に座っている女性の前

のつり革につかまって立ちました。


優先席の前で杖をついた人が黙って立っているとき、それは

間違いなく「座らせてもらえませんか」という意志表示です。

しかし、誰も席を譲ろうとしないときがあります。

この場合、席を譲ってもらうための法則のうち、どこに問題が

あったのでしょうか?

誰もが「いいところを見せたい」と思っているため、やりように

よっては複数の人たちが席を譲ることも有り得ます。

しかし、それにはタイミングが重要なようです。

それは、自発的であると思わせるための微妙なタイミングです。

そのタイミングを逃がすと、譲りたいと思っている人でも、

人に言われてから席を譲るのはかっこ悪いという理由から、

わざと知らん振りをする可能性があるようです。


今日はその男性が、電車が揺れたため大きくよろけたときに

前に座っていた女性が席を譲り、一件落着となりました。

平成24年11月14日


 日本経済は、景気後退局面に入っている

そうです。

私の身の回りでも、店には余り買い物客が

見当たりません。


こんな不景気を乗り切るためには、「事業の選択と集中」

が必要とよく言われます。

すでに満杯の杯にお酒をついでもこぼれてしまうだけです。

新しいお酒をつぐためには、杯をまず空(カラ)にしなければ

ならないでしょう。


それと同じに、企業が生残っていくためには見込の無い事業

から撤退も考えなければならない場合も多いでしょう。

これは、物事を考える場合についても同じです。

いつまでも考え方を変えないのでは、今の時代の変化の

スピードには、到底ついてはいけません。


でも、我が身のことを考えると、捨てることの重要さは大変

分かりますが、本当に捨てることはなかなかできないのが

現実です。

だから、今私の机の周りを見渡してみても、余計な物で

埋まっています。

何かに役立つであろう、という思いで残し、結局、捨てられず

無駄なスペースをとったままの状態になっています。

世の中の変化にスピードに追いついて行くためには、まずは

身の回りの整理整頓から始める必要があるのかも知れません