人事労務日記~所長のつぶやき~ -310ページ目

人事労務日記~所長のつぶやき~

人事労務コンサルティング事務所を経営する所長が日々の業務について思うことを綴ってます。

平成24年12月13日


 時の流れは、感じ方の差こそあれ万人に平等ですし、

加齢現象もまた人によって進行速度が多少違っても、

全ての人に平等に現れる現象です。



私自身の経験では五十を超えたあたりから、徐々に

忘れっぽくなってきているような気がします。

世の中には、いやな事が沢山有りますので、自分の

周りの全ての事をしっかり記憶してたんじゃ生きて

行けなくなってしまいます。

だから、多 少の「もの忘れ」はあっても良いのかも

しれないと思っています。


いよいよ今年も押し迫ってきました。

今年起きた嫌なことは、みんな忘れて新しい年を

迎えたいものだと思ってもいます。

こういうときは、忘れっぽい私名なんかは、有利です。


平成24年12月12日


 「好事魔多し」とも言います。

これは、順風満帆なときこそ人生の落し穴に

落ちてしまうことが多いことへの警句です。

人は順調なときは、これからも順調に行くだろうと

思い込みがちです。

だから、「順調なときこそ落し穴には注意すべき」

という古くからの教えなのでしょう。

そう考えると人生というのは実に恐ろしいもので、

蜘蛛の糸一本でかろうじて吊り下がっているのかも

しれません。


退職したら“カミさんとゆっくり旅行にでも行って、

夫婦水入らずの時間を過ごそう”、そうすれば、

“カミサンはきっと喜ぶはずだ”とサラリーマン時代と

同じように「奥さんは、自分と一緒の生活をしたいはずだ」

と勝手に思い込んでいる人は、

ある日突然、奥さんからの手痛いシッペ返しを受けて、

“なんで?どうして?”と慌ててしまうかもしれません。


「人生の落し穴」は、いつ口を開けて待っているか

分らないのです。

だから結局、

「人生は、棺に蓋をするまでは油断してならない」

ということなのでしょう。

平成24年12月10日


 先週金曜日の夜、サラリーマン時代の友人たちと久し振りに

飲み会をしました。
昔話に花を咲かせたり、段々と短くなっていくこれからの生き方

について語り合ったりと楽しいひと時を過ごせました。 


飲みながらの話は、今まで自分の辿ってきた生き様とか共通の

知人の動向とかにもおよび、あたかも夫々の人生を覗き見る

ような趣があり興味津々でした。

そして他人の人生を覗き見たとき、その人生があまり順調では

ないようだとなぜか心の奥深いところで、ホッとする自分に

気づいたりもしたものでした。



「人の不幸は蜜の味」という言葉があります。
人が他人の不幸を蜜の味だと考えるのは常に自分の幸不幸を

他人との比較によって確認しており、人が不幸であることで

自分の幸せさを際立てさせる効果があるからだという人がいます。

自分だけをみて自分が幸福だと判断するほど自信のある人は

そう多くはないということでしょうか。




平成24年12月8日


 世間には、何気なく聞いていると分かったようでいて、

その実よく分からない言い方があります。

例えば大きさを表すときに「東京ドーム何個分」という

言い方がよく使われますが、東京ドームを見たことがない

人にはその大きさは、分かったようでいて本当のところは

分からないでしょう。


昨日の地震もかなり大きなもので、帰宅後自宅はかなり

揺れたと家内から聞きました。

でも、私は丁度地下鉄(大江戸線)に乗っていたときで、

電車は殆んど何事もありませんでした。

だから、車内放送で「関東地方に地震があり、東京は

震度3でした」と聞いたときは、こんなに大騒ぎされている

とはチッとも思いませんでした。


人間は自分で体験しないと、本当のところは分からない

のかもしれません。

とすると、選挙で「国民のため」と連呼している政治家も

単に選挙に受かりたい為の口先だけののことを言っている

のかもしれません。


平成24年12月4日


 リーマンショック以後、日本経済はずっと停滞を

続けています。

企業も六重苦と言われる経営環境の悪化の中、

必死の生き残り競争をしています。


その中でも、特に日本の家電メーカーが苦境に

立たされています。

後から追いかけてきた韓国メーカー(サムスン等)との

厳しい競争に負けて市場からの退出を迫られているか

のようです。何とか生残ろうと各社が必死の戦いを

しているようですが、情は厳しいようです。


今の経営者には、グローバルな経済上の環境の変化、

自社を巡る事業環境の変化、更には、自社の属する

業界や隣接する業界の変動などなど、これから起こる

色んな変化に対する感応力や分析力や判断力などが

問われています。

そうした能力に優れた経営者の率いる企業が、

この100年に1度とも言われる、事業環境の大変動

という局面を大きなチャンスとして捉え、飛躍して行くのかも

しれません。


考えれば、今のように「経営者の力量が、企業の

栄枯盛衰に大きく影響する」時代は、いまだかつてあまり

無かったようにも思います。

平成24年12月3日


 いよいよ年の瀬を迎えました。

大晦日を控えて今年1年の総決算を

済ませようとの気持ちが高まるようです。

特に金の貸し借りは、清算を済ませて

おきたいものです。


こんな川柳があるそうです。

「浴びるほど飲んでも忘れぬ貸した金」。

これに対して、

「浴びるほど飲んでも忘れぬ借りた金」

というのもあるんだそうです。


私は、他人との間での個人的な金の貸し借りは

全くしませんが、もしするとすれば気にして

忘れないのは「借りた金」の方だろうなと思っています。

なぜなら、他人に金を貸すときは返してもらうことを

前提としないレベルに止めようと思っているからです。


「お金を貸して、友人を失う」という事例は数多く

耳にしたり、目に見たりします。

だから、お金の絡む人間関係はどうしても敬遠して

しまうのです。

平成24年11月30日


 11月も今日で終わりです。

明日からは師走といよいよ今年も押し迫ります。


12月といえば、忘年会の月です。

「忘年会」とは、辞書を見ると「組織や集団が

一年の終りにその一年間を振り返り、その間の

労苦をねぎらい、忘れると共に新たな一年に

向けて気持ちを新たにするために行われる

年中行事」と書いてあります。

そして、日本の忘年会は、鎌倉時代若しくは

室町時代に始まった由緒ある行事なんだそうです。


そのためか、相変らず日本の会社では、「12月は、

忘年会真っ盛り」となります。

私のような些か“世の中をやぶ睨みしている”ような

者も12月は次から次へと飲み会が続きます。


だから、「12月は体調管理をきちんとしないと」

と思っています。

何しろ身体は、間違いなく衰えているのですから。

平成24年11月29日


 「縁は異なもの味なもの」という言葉もありますが、

誠に変幻自在な縁の有り様は、生きていく上で

何度も経験させられます。


縁を切るか深めるか、そんな局面に立つ場合も

あります。

昔、サラリーマン時代に仕事上のことで、一度ならずに

同一人物から口汚く怒鳴られたことがあります。

その際、その人とは「金輪際2度と会うまい」と思い、

心の中で縁切りしたことがありました。


その後噂は他の人から聞く事がありましたが、

果たしてその人とは2度とお目にかからずに

もう数十年が経ってしまいました。

これからも会うことは無く一生を終ることでしょう。


縁とは異なものであると同時にしつこい心の葛藤を

反映する場合もあるようです。

平成24年11月28日


 今日はドンヨリと曇っています。

私は、朝、家を出るとき、必ず天気予報を

チェックしますが、

この頃の天気予報を聞いていると、天気が“不安定で、

午後になると所により急に激しい雨が降るかもしれません”

といった情報が語られます。


これを聞くとき何時も思うのですが、“その急な雨とは子ども

の頃から知っていた夕立のことではないの?”ということです。

そういえば、この頃夕立という言葉を聞きません。


夕立に遭ったときには、しばらくどこかで雨宿りをすればやがて

止むというのが、私の子供の頃から身についた常識です。

夕立には、カミナリも付きものでした。入道雲が湧きあがり、

にわかにかき曇り、一雨が降り、さっとあがって、虹が架かる

というのが夏の風物詩です。


これに対し、「急な雨」というのでは、ただの天気の記録に

過ぎません。

いつの間にか、豊かな暮らしのイメージを紡いでいた言葉が

消え行くんですかね。

「急に激しい雨」、という言い方は、科学的なのでしょうが、

暮しの中の風流を消している言葉でもあるようです。


平成24年11月27日


 自動改札機は、以前は、“切符を入れると

扉が開くようになっていた”とのことです

(大分昔のことで忘れてしまいましたが)。

然し、最近ではこれとは逆に、“扉はもともと

開いたままになっていて、切符を入れなかった

場合や、不適合な切符であった場合”にのみ

閉まるというシステムに代わっています。


従来型の“扉は、もともと閉まった状態にあって

切符を挿入すると開く”タイプでは、1分間で

せいぜい20名程度しか改札を通過させることが

できないとのことです。

これでは通勤時間帯の混雑時などはスムーズに

改札を通過することができなくなってしまいます。

そこで発想を転換させ、イレギュラーな場合にだけに

閉めるという方法に代えたところ、通常時はスイスイ

通過することができるため、混雑の解消に非常に

役立ったということだそうです。


このようにものごとの進歩には「発想の転換」という

ことがとても大切なようです。

私なんかは、「従来からのしきたりをそのままにする」

タイプの人間なので、発想の転換によって、ものごとを

進歩させるのはとても無理です。

だから、今日も昨日と同じようなことをやり、無事に

一日を過ごしました。