野人エッセイす -2ページ目

野人エッセイす

森羅万象から見つめた食の本質とは

 

人と犬の食性は同じ肉食雑食だが、犬よりも人のほうが雑食性が強く、逆に猫はほぼ肉食。

ただし消化機能は同じで、胃液で動物性たんぱく質を溶かす肉食が基本であり胃液は肉以外の葉野菜・根菜、穀物、キノコ類には歯が立たない。

消化酵素は雑食における苦肉の策であり、穀物がそうであるように余計な体力を使い眠くもなる。

 

海で生命は誕生、魚類など陸上脊椎動物の祖先はすべて肉食。

つまり、消化機能から基本はあくまで肉食であり、雑食は陸で進化、肉が得られない時に「生存する為の保険」のようなもの。

かろうじて消化酵素で穀物類は溶かせるがその大半は吸収出来ず素通り、「未処理うんこうんち」として廃棄処分される。

 

動物性たんぱく質と違い、効率よく吸収出来ず大腸に送られるのだから腐敗してガスや悪臭を放つのは当然。

穀物溶液である豆乳は飲んでも大半は吸収出来ず大腸へ送られ腐敗する。

 

人と犬が最も喜ぶ食べ物は、誕生以来最も長期間心身を養い続けた「肉」であり、本能として体に組み込まれている。

昆虫を始め生まれたばかりの動物がすべてそうであるように、主食を間違える動物はいない。

 

卵生は白身の動物性たんぱく質が体を築き、胎生は誕生して母乳の動物性たんぱく質が体の基礎を築くが、草食動物も例外ではない

 

早期肥育した細胞が不完全な市販の牛・豚・鶏肉は、食性は合うが肉としては不完全で嫌う人が出ても仕方ない。

面白いのは野生肉を目の前にした時の反応であり、犬は市販肉の比ではないほど発狂、人は及び腰で正反対。

食事中は犬も人も同じように発狂・大喜び。

食後の体調は犬もはっきりとわかり、人も体感出来る。

 

学問の進歩は心身の維持において大きな進歩だが、病不調の激増という大きな負の遺産も背負い込んだ。

その学問をペットや家畜に持ち込めば、同様に病不調が増えるのも当然。

 

半世紀前には存在しなかった、あるいはほとんど目立たなかった病不調。

ペットも同じ運命をたどっている理由は学問の間違い以外にない。

 

人間とペット、同じような不調の原因を解明出来ない理由は、分類を間違えたからだ。

人間フードもペットフードも肉や魚などの動物性蛋白質を大量に消費している。

 

生命エネルギー理論を基盤とした野人理論の分類は、「肉類」「魚類」ではなく、「陸のエネルギー」か「海のエネルギー」か、この二つだ。

それは肉や魚などの動物性蛋白質も植物も同じであり、しかも自然界が生み出した完全なバランスの有機物が有するエネルギー。食品種のバランスは関係がなく1種でもよい。

 

海水を必要としないコイやフナなどの陸封型の魚は「陸のエネルギー」であり、イワシやサンマやタイなどの完全海水魚は「海のエネルギー」。

 

海から陸へ上がり、海の機能を捨てて陸で進化した動物は陸の生命エネルギーで何万年も生を繋ぎ進化して来た。

その心身の維持制御には完全なバランスを持つ陸の生命のエネルギーを必要とする。

 

天然のマグロやサバは悪くはないが、陸の動物の生命維持にはやや不足

陸封型淡水魚のコイやフナやドジョウやメダカや金魚は野生の肉類と同じ陸の動物性エネルギーを有している。

 

飼い猫や飼い犬の祖先が何万年も何を食べて心身を繋いで来たのかを考えれば誰でも理解出来るはず。

野山の小動物、鳥類、昆虫、魚類、爬虫類などであり、海の魚が手に入ることはない。

同じ電気エネルギーでも「周波数」が異なると考えればよい。

 

イワシなど海の魚や海藻を食べ続け病不調を避けられた人はいるかな。

それらが身近で、日々摂れる漁村の人達と都会の人達で差が出るかな。 つまり、肉より魚が健康という説は間違っている。

 

海水魚と淡水魚、現在の学問で「成分」で比較すれば大差ないだろうが、生命エネルギーで比較すればその質は全く別物だ。

穀物主食の江戸時代、病人にはコイやドジョウや鹿を食べさせろと言う。

人間の祖先が食べ続けた食材だからだ。雑穀よりははるかによい。

 

陸の生き物は陸のエネルギーで心身を維持制御し続ける。

これは生命エネルギー理論の基盤だな。

 

消化も吸収も出来ないものを食べる多くの動物達。

胃がなく消化も吸収も出来ず、すぐに排出して食べ続ける身近な魚達。 さらに食べずとも1年以上生きられる動物達。

 

これらは実際存在するのだが誰も解明せず「」の一言で片づける学問。 「間違っている」と声を上げる学者もいない。

 

動物は何の為に食べるのか、あらためて考えていただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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日常的によく使われる「価値観の違い」。

意見の対立による摩擦はこの言葉で済まされることが多い。

解決にはならないのだが、この言葉がなければ対立は終わりがない。

 

優先順位や選ぶ基準が異なる状態を「価値観の違い」と表現するが、価値観の領域に収まる境界線が明確な人はどれほどいるのだろうか。

見解の違いをすべてその言葉で片付けているような気がする。

 

言われてみると「それはそうだな」と気付く人もいるが、多くは気付かずそのまま主張を押し通す。

自分の価値観に固執せず、多様な考えや基準を得ることを「価値観を広げる」と表現するが、境界が広がるほど衝突は減る。

 

観とは観念のことで主観的なイメージや考えであり、意見とは意思の見解。

どちらも心の中でそれぞれが思い描くことであり、異なって当然の内容だ。

それらが完全に一致する人などなく、性格が同じ人もいない。

 

価値観、人生観、仕事観、金銭観・・いくらでも観は存在、この観が対人トラブルの最も大きな原因になっている。

 

価値観と「理解」はまったく異なるものであり、観はそれぞれでも理は不変、人それぞれの観念などはない。

数学物理で、人それぞれに答えが異なることもなければ、価値観の違いで買い物時の「おつり」が異なることもない。

 

海や空が青くなる理由や植物の葉が緑の理由に価値観も個人差もない。

日々の暮らしの判断や、仕事やスポーツの判断においても、間違えば因果応報で自分に結果は返って来る。

 

理解とは理を解することであり、誰が考えようが答えも結果も同じ。 そこに「価値観」や「見解の違い」などは存在しない。

人の心や気持ちは自分なりに察することは出来ても、理ではないのだから理解など出来ない

 

日々の暮らしは現実の出来事であり、判断を誤れば怪我をするし交通事故も起こす。病気や不調も同じことであり、判断を間違えればその結果は自分に返って来る。間違っていなければ予期せぬ答は返っては来ない。

 

医療や薬や健康食品に依存、対処に進む前に何故そのような結果になったのかを考えるとよい。

原因があるからそうなったのであり、原因を解消しない限り解決などしない。

 

協生農法理論、生命エネルギー理論、心体維持復元理論などの野人理論は、あくまで物理論であり、観念や心とは無縁であり価値観の違いもない。

理解が合っているか間違っているか、〇か×しかないのが数学物理。

 

つまり、信じるか、納得出来るかなどの観念を捨てなければ理解はおぼつかない。

これまで社会から習い続けた学問を基準にすれば理解出来ないのは当然であり、それであきらめる人が圧倒的に多い。

 

野人理論を理解するには読む前に基盤の違いを理解、納得しなければ始まらない。

常識学問が正しいと判断すれば何も変わらず現状の道を選んだことになる。

学問の正誤の判断は感性ではなく理性であり、相応の知識がなければ判断は出来ない。

 

野人理論は専門用語など不要であり、言葉も言葉の意味も誰にでもわかるように書いてある。

理とはそれらを立体的に組み立てるイメージであり積み木のようなもの。 組立を間違えれば積み木は上手く組み合わない。

 

個々の感性も価値観も床の間に立てかけておいて、何度も読み直せばやがてイメージが湧いてくるはずだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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暗闇の深海にはほとんどエサがないにも関わらず大型魚や未知の生物が無数に生息する。

海水は生命を生み出した全ての元素と、微生物、プランクトンなど数えきれない程の生命が放ち続ける電気エネルギーを含んでいる。 生物には海の方が住みやすい。

 

海に住む生き物は皮膚粘膜からそのエネルギーを取り込み生長を続ける。 手っ取り早く他の生命を食べることが早い生長の基本だが、状況によって使い分けている

食べるか食べないか、その比率は個体差があり、その幅はうなぎが最も際立っている。

 

うなぎは超高度な技を持っている。

最も地球の仕組みを知り、海も陸もすべて使いこなし、恩恵を受けている生き物かもしれんな。

そうでなければ日本の山の上からマリアナ海溝まで行き来出来るわけがない。 水陸、生命の仕組みのお手本のようなものだ。

 

骨や筋肉や内臓など体の構造や成分レベルで考えても解けるものではない。

最初の魚の上陸も、体内に海の機能をそのまま持って上ったとか・・無理な説もあるが、「環境循環の仕組み」なくして生命の維持は不可能。

何の為に使うどんな性質のエネルギーかが重要なのだ。

 

物質レベルのミクロを研究しても生命は見えない。

教科書となる先人達の築いた学問の上に研究を積み重ねて行くのは容易いが、その基本が間違っていれば砂の城になってしまう。 生命に関する科学が行き詰まった現状はその典型だろう。

 

食べずとも生きられるこのうなぎのメカニズム。

飽食で不調に悩む人類は素直に学んだ方がよいのではなかろうか。 何の為に食べるのか何を食べるのか、人間はどちらも間違えているのだから。

 

遠い深海の底から、高い山の湧き水の水源地まで行き来するうなぎ。 その回遊は5千キロにも及び、食べずに苦もなく泳ぎ続けることが出来る。

 

海水と淡水、しかもこれだけの高低差で生きる海洋生物は他にいない

 

生命解明のカギを握るうなぎ、野人理論・生命エネルギー理論の証明に最も役立ってくれるのもうなぎだな。

 

 

 

宮川河口の天然うなぎ うなぎの語源はむなぎ 胸が黄色いから

養殖ウナギは青白っぽい

 

天然ウナギの白焼き丼クラッカークラッカー

 

 

 

 

 

 

 

 

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