いいですか、国立こくりつ戒壇かいだん建立こんりゅう遺命ゆいめいは別しては日興にっこう上人しょうにんただ一人いちにんへの仏勅ぶっちょくであります。
 同時にこれは、総じて門下一同への御命令でもあるんですね。
 ですから『いち期弘ごぐほう嘱書ぞくしょ』に国主こくしゅほうてらるれば」日興にっこう上人しょうにん一人いちにんぞくせられた。
 しかし、同時に門下一同に「この国立こくりつ戒壇かいだん建立こんりゅう遺命ゆいめい成就に奉公ほうこうたてまつれ」というのがだいしょうにんさまの総じての遺命ゆいめいであります。
 しかるに今、こう前夜を迎えて正系門家一同が敵対てきたいおちいってしまったではないですか。
 第六天だいろくてんおうのたばかりとはいえこれは一体どうしたことか。
 すなわち、池田大作は政治野心を遂げんがために国立こくりつ戒壇かいだんを否定してにせ戒壇かいだん正本堂しょうほんどうを建て、池田大作にへつらう時の貫首はこのにせ戒壇かいだん正本堂しょうほんどうを「遺命ゆいめい戒壇かいだん」と認証にんしょうしてしまった。
 この敵対てきたいの罰によって学会と宗門が抗争におちいるや、池田大作はさらにあろうこと戒壇かいだんだい本尊ほんぞんさまをも捨てたてまつり、宗門の阿部日顕はだいほうぼうのぶ派とも連携した。
 何たる無道心、何たる敵対てきたいやからであろうか。
 だが、だいしょうにんさまはこの大悪を断じて許し給わず、ゆえに、顕正会をしてかんぎょうせしめ、ついににせ戒壇かいだん正本堂しょうほんどうを崩壊せしめ給うた。
 さらに「大扉おおとびらひらかず」のだいげんしょうをもって終生しゅうせいほったくらんだ阿部日顕を退座せしめ給うたのであります。
 このだいげんしょうを眼前にすれば本国ほんごくいちしんずることあるべし」とのこのだいしょうにんさまげんを実感をもって拝したてまつことができるのであります。
 だいしょうにんさまは、前代ぜんだいもん大闘諍だいとうじょう一閻いちえんだいに起こる時、そして、国侵逼こくしんぴつ来難らいなん日本にっぽんを襲う時、この大罰を用いて日本国を一時に信ぜしめ給うたのであります。
 最終さいしゅう段階だんかいにおけるこの重大どうをお手伝い申し上げるのは、遺命ゆいめいを守りたてまつったゆえに理不尽な解散かいさん処分しょぶんを受けるとも一筋ひとすじ忠誠ちゅうせいつらぬき、今三百万のぶつだいしゅうだんにならんとしている顕正会以外には断じてあるべくもない。
 さあ、本日の日興にっこう上人しょうにん第690年の正当しょうとうして、いよいよ全員で歓喜の大行進だいこうしんを起こし、何としてもだいしょうにんさまこたたてまつろうではありませんか。


令和4年 2月7日 日興上人御報恩勤行会 浅井先生指導