時に文永8年9月12日の深夜、うしこくだいしょうにんさま泰然たいぜんくびに座し給うた。
 太刀取たちとりの依智えち三郎さぶろうがそのかたわらに立つ。
 そして、大刀一閃いっせんまさに振り下ろされんとした時、思議しぎを絶することが起きたんです。
 その状況は、だいしょうにん御自身が次のごとくしるし給いくだされております。

 「しまかたよりつきのごとくひかりたるもの、まりのやうにてたつかたよりいぬかたひかわたる。
 じゅうにちけぐれ、ひとおもてえざりしが、ものひかりつきのやうにて人々ひとびとおもてみなゆ。
 太刀取たちとくらみてたおし、兵者つわものどもおそれ、きょうさめて一町いっちょうばかりはせのき、あるいはうまよりりてかしこまり、あるいはうまうえにてうずくまれるものもあり」

とこうおおせであります。
 突如とつじょとして、暗闇の中から巨大な満月のごとき光り物が出てきたんです。その光がいかに強烈であったか。
 練達強豪れんたつきょうごう太刀取たちと依智えち三郎さぶろうは目がくらんでその場に倒れ伏してしまった。
 大勢のへいたちも恐怖のあまりだいしょうにんさまを底に置いたまま100mばかりも逃げ出したんですね。
 じょうたちも皆馬から降りてかしこまった。あるいは、馬の上でうずくまってしまった。これが、その時の状況じょうきょうであります。
 一人砂浜にし給うはだいしょうにんただ一人いちにんだいしょうにん大高声だいこうしょうで叫ばれた。

 「いかにとのばら、かかるだいある召人めしうどにはとおのくぞ、ちかれや、れや」

 へいたちに向かって「どうしたのか。このような『大罪ある』とって逮捕した罪人から遠のくのか。近く打ち寄れや」とおっしゃった。

 しかし、誰一人としてちかる者とてない。だいしょうにんさまかさねて大高声だいこうしょうで叫ばれた。

 「夜明よあけば、いかに、いかに、くびるべくはいそるべし、夜明よあけなばぐるしかりなん」

とこうおおせになられた。これは、死刑をうながされたんですね。
 響き渡るは凛凛りんりんたるだいしょうにんさま御声おんこえのみ。
 目にうつるは、月の光に照らされてかがやだいしょうにん尊容そんようのみであられた。
 まさしく、こっけんりょくがただ一人いちにんだいしょうにん御頸おんくびことができず、その絶大ぜつだいとくの前にひれしてしまったのであります。
 かかる思議しぎを絶する荘厳そうごん崇高すうこうげんに満ちた光景は人類史上どこにもないでしょう。
 このだいげんしょうこそ、日蓮にちれんだいしょうにんが立宗以来のしゃく身命しんみょうの御修行ここに成就して、名字ぼんおんの当体ついにそのまま遠元初おんがんじょ受用身じゅゆうじんとなり給うた姿すがたであられます。


令和4年 2月7日 日興上人御報恩勤行会 浅井先生指導